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林望のイギリス観察辞典

 

林望のイギリス観察辞典
(British Observation Dictionary)
林 望 (はやし のぞむ)
平凡社

ISBN4-582-45213-2


凡例より
 本書は、古今東西の英国の諸事情をあまねく知らんと欲する人の為には、ほとんど何の役にも立たないことを目的として、特にリンボウ先生の偏狭なる視点をもって選び出したる63項目よりなる。

あとがきの観察論より 
 かくて脚下照顧、あまり人の注意しないところに、つねに気を配って、一定の物をどこへ行っても必ず観察し撮影し蒐集する。それによって、そこで山高帽の紳士がしかめつらしい表情でガリガリとやっているところなどが想像され、やがては、イギリスの歴史の一つの隠れた側面が息を吹き返してくるのである。

著者略歴より 
 1949年2月東京生まれ 慶応義塾大学博士課程修了。専攻は日本書誌学・近世国文学。現在(93年時点)、東京芸術大学助教授。デビュー作「イギリスはおいしい」で第39回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。 
 この本は、1993年に出たものであるが、7年ぶりに再読したことになる。一般に私は乱読の類で、一度読んだ本はめったに再読しないものであるが、たまたま図書館で再び見かけたのからなつかしくなってしまったというわけである。前回読んだときの感想はといえば、「何だ、これくらいなら私にも書ける」という、やや傲慢不遜なものであったが、しかしおそろしいことに、7年経ってもまた同じ気がするのである。自分のことながら人間というのは、何年経ってもさほど変わらないものだと、ちと愕然とする思いである。ただ、最近の私は専門書だけでなく、こういうホームページに気楽なエッセイなるものを書き始めたので、語彙の乏しさに気が付き始めている。どうも私の用いる言葉は、新聞雑誌の類の域を出ない。年相応の文学的教養が少し足りなかったかと、反省しきりである。法令用語なら少しは自信があるのであるが、これとて最近の法律は常用漢字を使うことになっているし、昔の法律中の難しい用語などはあたかも恐竜のごとく次第に絶滅しつつある。しかしそれにしても、リンボウ先生は「拳拳服膺」などという言葉を、いとも気楽に使っているものである。私なぞは、たかがエッセイごときに日常見慣れないそのような言葉を使う気は、あまり起きない。法令用語で書くエッセイなどは、考えただけでも頭がくらくらする。しかしまあ、冗談として、一度やってみようかとも思う。

 それはともかく、この本のテーマにあるような外国の風俗習慣というものとわが国のそれとを比較することは、本当に面白いものである。私も東南アジアに滞在していたときには、自分で見聞きしたこと体験したこと、それから毎晩のように出たパーティで他人から聞きかじったことを本にでもしたら、深田祐介の東洋事情にも劣らない、おもしろいものができたと思っている。ただ、風俗習慣の部分はともかくとしてその多くは、まだ関係者がお元気にご存命中なので、書いたもので暴露することは信義則に反することではある。たとえば、発電所の商談が日本企業どうしで繰り広げられていた頃の出来事は、ちょっとしたサスペンスもどきである。それにくらべれば、「イギリス人というものはこういう人種なんだよ、へぇシンガポール人ってこうなんだ」などと言っている分には毒気がない。

 リンボウ先生は、最初のRainy Dayのところで、ひどい土砂降りのときに隣の銀行員が朝の挨拶で、What a beautiful day it is! といったという話をしている。まあ、こんなのは日常茶飯事で、イギリス人の中には、ひどい皮肉屋も多い。私が彼らのあまりの皮肉に参ったというか、不愉快になったことも多い。私が30歳代の初めであったあるとき、やはり30歳くらいのイギリス人と雑談していた。私が「サンフランシスコで『Lefty』と書いてある店に入ったら、すべて左利き用の人の商品を売っていた。はさみとか何でもあった。たとえば、これとこれとこれ」というと、そいつはふんふんと一見熱心に聞いたあとで、「へぇ、お箸もあったのかい」などというので、なんだかいやになったことがある。イギリス人には、もちろん良い人も多いが、こういう嫌みな人物もまた多いのも事実である。しかしリンボウ先生のさらりとしたエッセイには、そうした人物があまり出てこないようである。

 アスプレイという雑貨屋さんの話は面白かった。18金のヘルメットなど何でも注文しようとすれば作ってもらえるそうである。また、イギリスのお茶の習慣は良い。それにしても、日本で紅茶を入れるとなぜこれほど不味いのかと思っていたが、リンボウ先生の解説でようやくわかった。およそ入れ方が違うのである。まずミネラルウォーターの熱湯をたっぷり用意する。一杯あたり一匙の茶葉をティーポットに入れて5〜6杯分の熱湯を荒っぽくじゃぶじゃぶと注ぐ。保温カバーをかけて2分ほど置く。湯は、できるだけ硬いことがよいから、沸騰したらただちに用いること。カップは大ぶりで薄手の紅茶専用カップにあらかじめ熱湯を7分目まで入れておいて、それに紅茶をなみなみと注ぐ。なぜ熱をさまさないようにするかというと、冷たい牛乳を入れるためだという。

 こういう、どうでもよい知識を昔この本で仕入れて感心し、7年経ってまた同じ事に感心しているという自分にはあきれるが、エッセイというものは、本来そういうものかもしれない。してみると私がこのホームページで書いたエッセイも、10年ほど経って再び読んでいただければ、その斬新さ(?)に再び感心していただけるかもしれないのである。


(平成13年 1月14日著)
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