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表 紙 の 写 真 集




迎 賓 館


 かねてから申し込んでいた迎賓館(赤坂離宮)の見学の抽選がはじめて当たり、はがきが送られてきた。そこで家内と二人で、8月初旬の土曜日、出かけることになったのである。確かに、そこそこの内装であるし、綺麗に維持されているが、何しろそこで生活が行われているわけではないので、どうも映画のセットのような気がしてしまう建物である。見終わったあとで、はなはだ気持ちの落ち着かない気がしたのは、なぜだろうか。ベルサイユ宮殿の一部を切り取ってきたような、あるいは鹿鳴館の現代版のような、そういったところが原因かもしれない。というわけで、点数をあげるとしたら、せいぜい40点といったところか。 (2001. 8.10)
The National Guest House

入谷の朝顔まつり

 7月7日の七夕の日、自宅から言問通りを20分ほどかけてトコトコ歩いて、入谷の朝顔市に出かけた。夏の暑い日で、汗だくになってしまった。ここ眞源寺には、鬼子母神が祀られていて、毎年この頃になると、朝顔がいっぱい売られるお祭りがある。鬼子母神とは、インドの女神のひとつで、子供をとらえては食べてしまうという性質凶暴であった。そこでお釈迦さまは、その鬼子母神の末子を隠してしまい、子を失う悲しみを実感させて改心させたとのことで、それ以来、安産子育ての神となったという。
 それはともかく、明治になってこの近くは田圃となり、朝顔や蓮の栽培に適していたことから、植木屋が持ち寄って朝顔を売り始めたのがはじまりということである。大正時代に市街化が進んで一時とだえたが、戦後再びはじまって、今日に至っている。
 あいかわらず、たいそうな人出で、ごった返している。ちょうどお昼に行ったものだから、朝顔のほとんどは萎れてしまっていて、ちゃんとした花を咲かせているのは、ほんの一握りという有様である。それでも、皆はどんどん買っていく。確か数年前は、一鉢3500円という値段が付いていたが、きょうは2000円といっていた。ここにもデフレの波が押し寄せて来ている。眞源寺に入り、縁起物を売っていた和服のお嬢さんの手つきに思わず見とれ、一枚撮らせていただいた。
 (2001. 7. 7)
The Morning Flower Festival
Miss Morning Flower

紫陽花まつり
 近くの白山神社では、6月の中旬に、紫陽花まつりが行われる。といっても、狭い境内の中に所狭しとばかりに植えられている色とりどりの紫陽花を愛でて、ぞろぞろと見て歩くだけである。もちろん、若い人というよりは、年寄りばかりが目立つ。いずれもあらかじめ打ち合わせたかのように、帽子とチョッキを身につけて、三脚付きのカメラのファインダーをのぞき込んでいる。

 ここに来ると、紫陽花には誠にもっていろんな種類があると、改めて思い知らされる。あざやかな青色が定番だが、そのほかにピンクや薄紫のもの、あるいは真っ白なものもある。それから、ガクアジサイといって、真ん中には小さな花が密生していて、周囲に大きな青いガクが散らばっているものも、なかなか魅力的である。

 とまあ、そういうわけで、丸い紫陽花の可憐な花をさんざん撮ったついでに、家内の丸い顔をアップで撮ってしまったら、これがまた、花となかなか調和していた。

(2001. 6. 9)
東京の写真へ
The Hydrangea Festival
Blue Hydrangea

神田祭りの迫力
 セイヤッ! セイヤッ! おおっと、そこの姉さん、ちょっと痛いじゃないか!
 そこのトンカチ!何を馬鹿いってんだよっ! セイヤッ! さっさとお担ぎ! セイヤッ!
 セイーーノーーゥッ! セイヤッ! ああっ痛ってえ! くそぅっ!

 なんていう話を、この大音響の中でしているのかもしれないが、それにしても、まあ何とすごいお祭りであることか・・・。などとつまらないことを言っていないで、こちらも セイヤッ! セイヤッ!
御神輿の音
The Kanda Festival

五 月 人 形

 五月人形を撮りたいと思ってデパートに行ったが、そこにあったのは、赤いよだれ掛けをした金太郎と、この甲冑であった。京都甲冑という表示があったけれども、一体が30万円とか、50万円、果ては300万円近いものがあった。しかし、私はどれも好きではない。まあ、美術品もどきとして飾るのも一案ではあるが、年代物ならともかく、こんなものは何年経っても古美術品としての価値もないであろう。
 私の家では、息子が生まれたときに、私の母が記念に武者人形を買ってくれた。それが、凛々しい顔で、いっぱしに鎧を着て刀を差し、弓矢を持って両足を踏ん張っているのである。息子はそれをどういうわけかとても気に入って、いつも机の前に置いている。外国へも持っていったし、外国から帰るときに周囲のガラスが割れたけれども、それでもそのまま飾っている。いまや既に弓矢の一部が欠け、兜の付近も相当に痛んでいるが、息子はなお捨てようとはしない。いまどき、とても珍しいことだと思うが、私たちもそれを見て、心がなごむのである。この調子だと、息子は未来の奥さんも、とっても大事にしそうな気がする。

(2001. 3.22)

Worrier's Doll for Boys in May Season

根津神社のつつじ

 毎年4月中旬から5月初めにかけては、根津神社でつつじ祭りが行われている。といっても、ご覧のような斜面いっぱいの躑躅を眺めて、その間を人垣に揉まれながら散策するという趣向である。屋台や猿回しなども出て、誠に平和な風景が現出する。まさに、日本の下町情緒が味わえるというものである。しかし、この赤や白やピンクの躑躅の色のあざやかさはどうだろう。何という美しさか。ちなみに、この季節では、この根津神社のつつじに加えて、上野東照宮のぼたんと、亀戸天神の藤の花が見事であり、下町三大花祭りとなっている。(2001. 4.20)
Azeria Festival at the Nezu Shrine

皇居の桜

 皇居の大手門のそばを車で通ったところ、しだれ桜が五分咲きであり、その桜色がとっても良かった。その印象が目に焼き付いていたので、お昼に暇ができたとき、真っ先にそれを思い出した。そこで外に出て、春の陽気にさそわれつつパレス・ホテルまで歩き、外堀通りを渡ってお堀のそばまで行った。

 しだれ桜の色がいい。しかも風に吹かれてゆらゆらと揺れて、これまた風情がある。写真を撮ろうとたが、適当なアングルがない。もう少し桜から離れた方が構図的にはいいのだが、それでは道に出てしまう。いろいろと試し、結局しだれ桜の木の中に入り込む感じで大手門の櫓を撮ることにした。それから、お堀には、鳥が何羽かいて、その横を悠然と緋鯉が泳いでいく。私は、鯉が好きなものだから、その写真も撮らせてもらった。最近、お堀でもブルーギルとかいう妙な外来魚が繁殖して在来種を根絶やしにしそうな雰囲気というので、心配していたが、どうやら、大きな鯉たちは大丈夫なようである。
 (2001. 3.31)
Cherry blossoms at the Palace Side


Swimming Carp at the Palace

外務省の桜

 21世紀に入って最初の桜の開花は、気候温暖化の影響であろうか、例年より一週間ほど早まって、東京では3月24日頃であった。都内では上野公園や飛鳥山公園に大勢の人出があるが、ここ千代田区では千鳥が淵と外務省前の桜並木が有名である。この写真は、外務省前のもので、以前であればこの方向だと桜の背景は真っ青な空であった。しかし、今ではご覧のとおり、最近立ち上がった総務省などが入っている政府のビルが立ちはだかってしまった。それでも、桜が満開のこのトンネルの中に入ると、まるで全くの別世界である。写真の左下の三人のご婦人たちがこう語っていた。「いいわねぇ、こんなすばらしい景色の中を朝な夕なに通えるなんて・・・」。いや、全く同感である。しかし今年の外務省には、そういえば報償費問題があった。花は盛りにとばかりに、今や満開のこの桜を見ている余裕があるのだろうか。(2001.03.28)
Cherry Blossoms in front of the Ministry of Foreign Affairs

東大合格者の胴上げ

 ワーッ、ギャーッ、おおーい、ドンドン、パチパチパチ。喚声が喚声を呼び、それが地鳴りのように大地に響きわたる。これが我が国の最高学府、東京大学の入試合格者の発表風景である。運動部の猛者が次々に合格者を胴上げする。近くに住んでいるものだから、ついこの季節になると我ながら物好きだとは思いつつも、これを見物に行く。でないと、私の春は始まらないのである(2001.3.10)
 エッセイ「東大の合格発表」を参照。 

The Announcement Day of the Entrance Examination to the University of Tokyo

蘭の美形

 近くの東京ドームでは、ときどき面白い催しをやっていることがある。冬のある日にふらりと立ち寄ったところ、「世界らん展」というものを開催中であった。蘭といえば、シンガポールのチャンギ空港のおみやげ品か、美空ひばりの胡蝶蘭かぐらいの浅薄な知識しかない私にとっては、この色とりどりの蘭のオンパレードは、まさにカルチャーショックであった。蘭というのは、ある意味ではいい加減な花で変種がいっぱいあるとは聞いていたものの、これほどまでとは知らなかった。この写真は、その中で最も気に入った蘭である。(2001. 3. 2)
  エッセイ「蘭の世界」、写真「世界らん展」を参照。
Orchid Exhibition

お雛様の季節

 3月3日の雛祭りの季節がまた巡ってきた。うちには女の子(といっても近々社会人)がいるものだから、その小さい頃にデパートに出かけて大枚をはたき、お雛様のセットを買ってきたことを思い出す。少し大きなガラスケースの中に、雄雛と雌雛のほか、三人官女に五人囃子、牛車と箪笥の類、それに左近の桜と右近の橘があって、小さいながらも一応すべてそろっていた。それだけでなく、右上のかわいいネジを回すと、雛祭りのオルゴールの音が聞こえてくる。これを家内はことのほか気に入り、外国に行くときも持っていって、この季節になるたびに、広い居間中にのどかなオルゴールの音を響かせていたものである。
 ところが、東京のデパートで最近売られているお雛様セットには、三人官女のほかに五人囃子をそろえているものは、それを見つけることすらむずかしくなってきた。オルゴール付きのものなど全く見かけない。それどころか、雄雛と雌雛しかいないものが相当多いのである。もっとも、そういう二点雛は結構なかなかに凝っている。着物は帯地であるし、一枚一枚ちゃんと着せてある。いわば一点、いや二点豪華主義なのである。都会の狭い住宅事情を反映しているのは間違いないが、それ以上にさしもの伝統も、実質主義によって次第に蚕食されつつある証左である。今世紀の末頃になって、良き日本の伝統であるこの季節の行事が、なお残っていることを切に望むものである。

(2001.01.30)

Noble Gentleman and Lady
Noble Dolls for Girls in March Season

熱 帯 魚

 私は、水槽に魚を飼っていたことは、延べにすると20年近くになるが、金魚、鯉など、どれも淡水魚である。いずれの魚も比較的長命だったと思うが、それというのも、私がせっせとマメにお世話をしたからである。私とて、色とりどりの海水魚を飼いたいと思ったことは、たびたびある。それにしても塩分とか温度の調整が難しいようなので、これ以上の面倒はご免とばかりに、ついぞ飼おうとはしなかった。
 しかし私の友人の一人は、そういう熱帯魚を大きな90センチ水槽一杯に 何匹も飼っていたのである。私は、そのお宅にお邪魔して、じっくりと鑑賞させてもらっていた。ところがある日、その友人は一月もの長期の休暇をとり、その水槽のお世話をお手伝いさんに頼んで出ていった。休暇が終わり、その人は自宅に帰って、その水槽を見てびっくり仰天した。何と、その水槽には、丸々と撮った大きなエンゼルフィッシュがただ一匹、悠々と泳いでいたからである。
(2001.02.08)

Memory of Angel Fish

節分の思い出

 2月3日の節分は、昔から豆まきをしたものである。母が豆を炒ってくれて、それを父や小さな妹たちと、縁側から暗い闇に向かって投げるのである。「鬼わぁぁぁ外、福わぁぁー内」というかけ声を掛ける。最初は手にいっぱい持って投げるが、そのうち、自分で食べる分がなくなるという貧乏根性が出て、2〜3粒しか投げなくなるというのも、例年のことであった。わが家らしい。ところで、現代っ子の家庭では、こういう行事をやっているのだろうか。
(2001.02.03)

Japanese Custom in February

グッピーの水槽

 鯉のお話としてエッセイにも書いたが、私はもともと観賞魚が好きなものだから、そうした水槽を見かけると必ず立ち止まり、魚と水草に見入ってしまうくせがある。私のオフィスにあるこのグッピー水槽もそれで、たくさんのグッピーたちが右へ左へとてんでに動いている様に見とれている。大きな魚の場合は動く方向が曲線的であるが、こういう小さな魚のときには、直線的に動き、曲がる角度が鋭角であるところが何とも不思議である。
 昔われわれが東南アジアにいた頃、まだ小さかった子供たちがこういう色とりどりのグッピーをたくさん拾ってきた。「いったい、どこからもらったの」と聞くと、「家の回りの溝に、いくらでもいるよ」と言われてびっくりしたことがある。そういえば、私の知人が現地で釣りに行って、50センチほどのアジア・アロワナが釣れて驚いたと言っていた。
Guppy

越後湯沢駅


 お正月に、上越新幹線の越後湯沢駅を通りかかったときのスナップ写真である。この冬は、どういうわけか2001年に入ってから日本海側が記録的な大雪に見舞われた。このときはその直前であったが、それでも雪の量が例年より多いと感じたものである。

The Yuzawa Station Covered by Snow

金閣・銀閣


 2000年の晩秋の京都にて、鹿苑寺の金閣と東山慈照寺の銀閣とを一つにまとめてロールオーバーとした、誠に贅沢な写真である。おそらく、世界でこの一枚しかないに違いない。(2000/11/25)
  旅行記「京都の旅」、写真「
京都」を参照。
 帯ゆらり
  京の舞妓の
   あでやかさ


 目にしみる
  苔じゅうたんに
   散るもみぢ
The Golden Temple/ The Silver Temple in Kyoto

クリスマス


 早いもので、もう年の瀬となった。ジングルベルを聞いて、一億にわかクリスチャンになる楽しい季節である。私たちは3年ほど前に出た「ダンシング・サンタ」という動く人形が好きで、今年も家内とデパートでそれを見つけた。相変わらず、楽しく腰を振って踊っていた。この写真の左上隅にいる。驚くべきは、その値段の下がりようで、確か3年前は1万円であったが、2年前は7千円弱となり、それが今年は何と1980円であった。しかし、家内は980円の値札のところも見つけたという。ここにも価格破壊の波が及んでいた。(2000/12/17)
Dancing Santa Claus

龍安寺のもみじ


 2000年11月末、京都は龍安寺での紅葉の模様である。東京では、この季節は銀杏の黄葉が目立つが、さすがに京都では、もみじが赤く燃え立つようである。赤いトンネルの天井を見て、ただ呆然としてしまった。(2000/11/26)
 秋深し
  古都のもみぢの
   紅をめで
Red Maple Leaves at the Ryuanji Temple in Kyoto

晩秋の富士山


 1999年の10月末の頃のことである。テニスの合宿で河口湖に行き、そこで泊まった。その翌日、朝食を終えてすがすがしい気分で散歩に出かけた。
 すると、私の目の前に大きく富士山が立ちはだかった。その優美な山肌、真っ青な空と薄く白い雲の重なり合いが神々しいほどである。すすきをかき分けて、その富士の姿を撮らせていただいた。生涯で最高のショットのひとつである。
(1999/10/)
The Fuji Mountain from the Kawaguchi Lake





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