This is my essay.
















 娘が形成外科の医者をしているので、家の中に医学専門書がころがっている。暇なときに、それを手にして読んで・・・というか、写真や図表を眺めていると、実に面白い。何というべきか、手術や治療の技術が、とても傑作なのである。つまり、よくこんなことを考えついたものだとびっくりしたり、あるいは、何とまあこんな(敢えていえば、馬鹿な)ことを思いついたものだと、感心するやらあきれるやら・・・。しかし、こういう世界でも、思いつきや工夫が大事だということが、よくわかる。

 たとえば、乳ガンで、片方の乳房を切り取られたご婦人がいるとする。そのままでは、体のバランスが悪くなるし、まだお若いと、もちろん見た目も気になる。そこで、乳房を再建するという手術が行われる。こういう場合、アメリカの美容外科では、シリコンを入れて綺麗におっぱいを作るというのが普通らしいが、娘の病院では、自分の体の組織を使って再建するという。

 そこで、こうした手術の技法に関する医学書の出番となるのだが、ではどうするのかということになる。私などは、自分の体のどこか目立たないところから、お肉を持ってきて、それを胸にポンと縫い合わせるなどと簡単に考える。しかし、それは浅はかな素人考えらしい。そんなことをしても、その動かした組織が定着しないという。だいたい、少なくとも血管がちゃんと繋がっていないと、組織というものは生きられないというのである。

 
「ほっほう、それは困ったものだ、ではどうするの」と聞くと、

 
「発想は簡単よ、ちゃんと繋がっている血管ごと脂肪組織を持ってきて、それをその場所にあてがえばいいのよ」とくる。

 
「でもねぇ、肝心の胸は、そもそも乳房が取られて、男の胸みたいにあばら骨がむき出しなんだろう? まさか、残っている方を二つに割れないし。」というと、

 「だから、その人の体のどこから持ってくるかで、これまでいろいろな医者が苦労してきたところなのよ。その結果、今では、二つの場所のどちらから持ってくるということになっているの。」と、のたまう。


 
「へえ、つまり、血管ごと脂肪を持ってこられて、しかも胸の近くか・・・、とすると、余分な脂肪のあるお腹かなぁ?」

 
「当たり! それと、胸のすぐ後ろの背中にある肩胛骨の下の付近ね。」

 
「それは、ひょっとすると、裏返すのかね。」

 
「裏返すというより、正確に言うと向きを変えるということでしょうね。」

 
「ははぁ、そちらの方は、思いつかなかったけれど、そのお腹から脂肪組織を持ってくるというのは、ついでにお腹の余分な脂肪も取れるから、一石二鳥というわけだ。」

 
「そうね、しかし帝王切開などをした人には、できない方法なので、その場合は背中からということになります。」

 誠に面白いものである。そもそも、そういうことを思いついて、しかもそれを実際にやってみて、それがこういう医学書に載っているということ自体が、愉快である。

 それからまた、その医学書中に、まるで頭がおてもやんのようになっている男の人の写真を見つけた。つまり、ミッキーマウスの耳のようなものが三つあって、それらが頭の外へ向けて丸く大きく突き出しているのである。しばし考えたが、こういう病気は、聞いたことがない。そこで、娘に聞くと、「それは、頭頂禿げの治療よ」とのこと。あまりの答えに、要領を得ないでいると、つまりはこういうことらしい。

 頭頂禿げ、つまり頭の上のところだけが禿げていて、頭の周囲にはまだ髪の毛がふさふさとあるというタイプの禿げの人がいるとする。ちょうど、時代劇の月代のように禿げてしまったケースである。こういう人が、何とか頭頂にも毛を生やしたいと希望したとする。その場合、周りの髪の毛があるところから毛を取り出し、それを一本一本取り分けて、頭頂に植え付けるというやり方がある。この場合は、毛を個々に取り分けるところに技術を要するという。

 そこで、別のやり方として、このミッキーマウス方式があるというのである。簡単に言うと、要するに禿げている頭頂部を縫い合わせるのである。そうすると、髪の毛のある部分だけになる。このようにすれば、普通の人のように、頭が一面、髪の毛、しかも自分の毛で覆われるという状態となる。こう言えばたやすいようだが、実は大きな問題がある。禿げている頭頂部を縫い合わせようとしても、そうは問屋が卸さない。なぜなら、皮膚がなかなか伸びてくれないのである。

 考えてみれば当然のことで、そんなに簡単に皮膚が伸びるのでは、われわれの体はタコの表面のように自由自在になってしまう。そこで、ミッキーマウス方式の登場となる。これは、その髪の毛がふさふさと生えている部分の皮膚に生理食塩水を注射して、その部分の皮膚を風船のように膨らませるのだという。その風船を頭の周囲に三ヶ所作って、十分に膨らんだところで、頭頂部の禿げている部分の皮膚を削除し、髪の毛のある部分だけをひっぱって縫い合わせるわけである。

 このように聞けば、いとも簡単のようであるが、ひとつ大きな問題がある。それは、皮膚が十分に膨らむまでに、結構な時間がかかることである。少なくとも数ヶ月の間は、このミッキーマウス状態でいなければならないという。娘に、「それでは、男がその間、妙な恰好でいなければいけないけれど、そのような人、実際にいるのかね」と聞いた。すると、前の病院で、そのような治療を受けている人が現実にいて、初めて見たときは、その人には申し訳ないが、びっくりしたとのこと。しかも、更に驚いたことに、その生理食塩水を抜いて実際に縫い合わせる段になって、手早くやらないと、皮膚がすぐに縮んでしまいそうだったという。やはりねぇ、縫い合わせたあと、額などが突っ張らないのだろうか。

 というわけで、世の中には、全くもって想像もできない、妙な世界があるものである。



(平成17年8月 1日著)
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