目 次 | |
1 | 管理組合の理事長職 |
2 | 10年の節目 |
3 | 調査診断の結果 |
4 | 当面のスケジュール |
5 | 工事項目と予算の決定 |
6 | 見積もり参加会社の公募と選定 |
7 | 工事施工候補会社の絞り込み |
8 | ヒヤリングの実施と決定 |
9 | 大規模修繕工事請負契約の締結 |
10 | 大規模修繕工事の実施 |
11 | 【後日談】 |
1.管理組合の理事長職 私は、自分の住んでいるマンションの管理組合の理事長になって、もう5年目に入った。そもそも管理組合の理事長職なるものは、1年で交代するというのが世上一般でよく行われている慣行である。私のマンションも、私がなる前は、実はそうだったのである。 ところが歴代の理事長の仕事ぶりを見ていると、これでは、運営がうまく行かないのも、むべなるかなであると思った。たとえば相当のご高齢なのに理事長職を町内会のような感じで気安く引き受けていた人がいたが、法律問題が浮上し、どうにもならずに立ち往生してしまった。あるいは、自ら勇んで理事長になったものの、勤めている会社の都合とやらで半年以上も自宅にいなかった人もいた。何しろ管理組合には、日常のお金の出入りはもちろん、数千万円にのぼる高額の修繕積立金の管理もあるので、これには困ってしまった。 要するに理事長は、管理会社や居住者、あるいは区役所やら隣地の所有者などと互角に渡り合いつつ、しっかりとお金の管理をしなければならない。しかし残念ながら、これらどの人もあまり適任ではなかったというほかない。要するに、実務能力が伴わなかったのである。また、これらの人の年齢はといえば、いずれも60歳代以上の人たちで、そもそも働きざかりを越している。悠々自適の人たちに、この種の面倒な管理や世知辛い折衝事をうまくやれということが、そもそも無理筋なのである。というわけで、当時まだ50歳そこそこであった私のところに理事長職が回ってきて、そのまま定着したというわけである。 私の方針としては、公平で透明な運営を心がけるということで、そのためには今現在、何か起こっているのかということを、すべて紙に書いて管理組合員に配るということである。たとえば、この稿の主題である大規模修繕については「大規模修繕ニュース」というものを書いて、節目節目で起こっていることをすべて書き込んで配布した。私の代になって、コピー代金だけでも年間10万円を超えたのではないだろうか。ちなみに大規模修繕ニュースは、前年の5月から大規模修繕が始まる10月までで、15号を数えた。わずか2〜3ページのものが多いが、組合員には好評だった。 しかし、これが逆に働いて、かえって総会などへの出席率が下がってしまったのかもしれない。良し悪しというところであるが、私も一組合員としていた頃、何かさっぱりわからないうちに大事な物事がどんどん進んで行き、しかもそれを知っているのがごく一部の人に限られていたということに不満を持っていた。そういうことがないようにと、生じたこと、それへの対応、その結末などをすべて書き込んだというわけだ。まあ、新聞のニュースのようなものである。 2.10年の節目 さて、そうこうしているうちに私のマンションは、今年11月末で、建設後ちょうど10年の節目を迎える。「マンションというものは、10年ごとに大規模修繕を行って、その価値を維持すべし」という程度のことは、常識として私も承知している。そこで去年の春に、管理会社の担当者に対して「大規模修繕というのは、どうするんだね」と聞いたが、「いえ、私どもはあまり詳しくなくて・・・すみません」などと、いつものことだが、さっぱり、ちっとも、何の役にも立たない。何か新しいことをやろうとすると、すべて逃げ腰なのである。私は内心、「やはりね。聞くだけ時間の無駄だった。では、自分でやるしかないか。」と思って、動き始めた。 まずは、私の友人に国土交通省の人がいるので、何か知っていないかと聞いてみた。すると、住宅局住宅総合整備課に、マンション管理対策室なるものがあり、そこの室長さんを紹介してあげるという。お会いして話しをしたところ、パンフレットを元にして懇切丁寧に教えてくれた。このパンフレット、なかなかよくできていて、この手順通りにやれば、問題なさそうである。それにはまず、建築士のパートナーを探せとされている。そこで、その室長さんに誰か適当な人はいないですかと聞くと、自分のところで認可した事業協同組合が二つあるので、そのどちらかに電話すればよろしいとのこと。もらったリストを見て、私のマンションに近いところにある組合に電話をかけた。そうして、M一級建築士がやってきたのである。 建物診断設計事業協同組合 〒110-0016 東京都台東区台東1-6-6 古茂田ビル5F TEL:03-5816-2818 FAX:03-5816-2819 http://www.adoc.or.jp/ このM一級建築士、これからMさんと呼ぶこととする。年の頃は60歳くらいか、いささか野武士風だが、たいそう真面目そうな人柄のようにお見受けした。早稲田の建築を出たといっていたから、技術的には大丈夫なようである。私は、あまり派手目な人だと、当マンションの性格上ちょっと困るという考えでいたので、この人なら任せられるという気になった。 パートナーの一級建築士を選ぶ場合、調査診断だけか、それとも設計監理までお願いするかという選択肢があるが、私は、バラバラに頼んでも効率が悪いし、どうせお願いするならひとまとめにということで、設計監理まで一貫して依頼することとした。報酬は約380万円とのこと。それが適正かどうかは確信がないが、工事を入札にかければ、それくらいは出るという建築士本人の言葉を信じて、OKを出した。それを盛り込んだ予算を管理組合の総会に諮り、皆さんの了承を得た。議論の際、案の定、高くはないかという意見が出されたが、私は、さも自信ありげに「工事を入札にかけるのだから、それくらいは簡単に出る」と受け売りを言ったところ、そのまま通ってしまった。 そのほか、総会では、やれ電気をこまめに消せとか、今年予定している鉄部塗装が大規模修繕と重複するので同時にやれば○○万円の節約になるとか、細かい意見が出た、前者は一見もっともに聞こえるが、ロビーが暗くなってケチくさいし、そもそもあまり暗いと監視カメラの写りが悪くなる。そういうことを言って、それで消したとしてもたかだか年間数百円の節約しかならないから、意味がないと答えた。後者は、本来はもっと前にやるべき鉄部塗装がいままで遅れたのが原因なので、ここまで遅れたなら大規模修繕と一緒にやるというのは合理的だとして、採用した。こちらの方が、経済効果も高い。マンション管理対策室からもらったパンフレットによると、鉄部塗装は建築後5年以内にするべきだと書いてある。したがって、そんなアドバイスすらしてくれなかった管理会社は、まったく怠慢というほかない。 ちなみに、この段階でパンフレットにあるように、大規模修繕委員会を立ち上げようとしたが、皆は忙しいとのことで、話になかなか乗ってこなかった。これは規模の大きなマンションでは機能するかもしれないが、たかだか50件程度のわれわれのマンションでは、そうそう人材がいるものではない。結局、理事会に機能を集中することにして、やめてしまった。パンフレットも万能ではないようだ。 3.調査診断の結果 さて、去年の10月のことになるが、Mさんとその組合仲間の設備屋さんが、私のマンションの調査診断に入った。見ていると、コンサートの指揮棒のような形の診断棒とやらでタイルをコツコツと叩いたり、コンクリートに穴を開け、配管を切断するなどしてサンプルをとったり、地下の機械室に潜って設備をチェックしたりで、大わらわでやっていた。 今年2月にその結果がまとまり、約80ページの報告書が出来た。これは、約100万円の仕事である。もしこの約100万円の支払いで委任関係を終わったていら、おそらく高いと感じたであろうが、幸いにも同じ人に設計監理も頼んでいる。それらを総合して判断すべきであろう。 この報告書を読んで思ったことは、Mさんとその組合仲間の仕事ぶりは、なかなか真面目なものだったということである。それに報告書の書きぶりも、一応、知識階級らしい論理の進め方であった。こういう良いパートナーとの出会いも、大規模修繕の出来不出来に大いに関係するのだろう。とりあえず、この報告書を組合員に説明してもらおうとして、会合を開いた。 @ 建物の躯体及び外壁 躯体には、目立った劣化はないようである。コンクリートについて3ヶ所がサンプルをとったところ、上層階のコンクリートには、ほとんど劣化(中性化)がみられなかった。しかし、一階の駐輪場脇のコンクリートは、どいうわけか、ひどく劣化しているという、いささか訳のわからない報告であった。同じ日に同じ方法で専門家が調査したというが、本当かという感じである。これを除けば、まあ問題はないらしい。 びっくりしたのは外壁のタイルで、これは大いに問題があるらしい。というのは、撮影したビデオを見たところ、タイルの上を診断棒でコンコンと叩くと、堅くしまったコーンコーンという音が返ってくるのではなくて、ポコポコという間の抜けた音がしている。これは、タイルと壁との間に隙間が出来ていて、これを放置すると何年か先には崩落することになるらしい。普通のビルでは、2〜3%くらいはどうしても出るもののようだが、われわれのマンションは、サンプル調査の結果ではあるものの、もっとその割合が多いらしい。これは、施工費が高くつくことを意味する。 それでまあ、いささか余計なことに、この建築士さん、説明会でこの点をとらえて「これは欠陥マンションだ」と突然言い出したのには、参ってしまった。今更そう言っても、何しろ10年近く前の建築なので、施工主たる会社は、とうの昔のバブル直後に消えてしまっている。施工会社は一部上場会社として残ってはいるものの、その責任はあくまでも施工主に対してのもので、施工主から購入したわれわれ区分所有者に対しては負っていない。まあ、企業の社会的責任とやらで間接的に追求するという手もあるなぁと思い、とりあえずその施工会社のアフターサービス部門に連絡をとってみた。求めに応じて、担当者がしぶしぶやってきたものの、書類とビデオを持ち帰ってそれで終わり、あとはなしのつぶてである。予想通りで、これ以上つまらぬエネルギーを費やすことは、やめにした。 A 建物の設備関係 上水道の配管は、中に塩ビが貼ってあるので、ほとんど劣化がなかった。切り取った実物を見せてもらったが、内部はきれいなものである。それは幸いなことであった。次にポンプであるが、普通の建物では、屋上に貯水槽を置いて重力の力で水を配るという仕組みである。しかし、われわれのマンションでは貯水槽が地下にあり、ポンプで押し上げている。たまたまドイツ製なのだが、これがまたメンテナンスの面倒な機械なのである。しかし、ポンプ自体は、設計上あと2年は持つという。 ちなみに、私は、水道を直結増圧給水方式にできないかという宿題をあらかじめ出していた。このマンションができてからほどなくして東京都水道局が打ち出した方式で、これを使えばマンションに貯水槽を置く必要がなくなる。それに、いうまでもなく、水も新鮮なものとなるし、めんどくさいメンテナンスも要らない。報告書は、これについても触れていて、水道局に行っていろいろと相談したとのこと。それによると、この方式とするには現在の水道管が細すぎて、強引にやると、一階にある店舗への水の供給が細るらしいことがわかった。それを解決するには、600万円余の費用をかけて水道管を取り替える必要があるらしい。この結果を受けて、それではやめようということにした。 4.当面のスケジュール さて、それではどのようにとり進めるかということになり、まずは当面のスケジュールを設定した。夏の暑いときで、私もバカンスに行くし、会社の皆さんもお盆の休みをとりたいだろうから・・・などと色々な要素を勘案して作り上げた。これにあとから決まった日付を実際に入れていくと、次のようになる。 5月28日 通常総会において、大規模修繕に関する懇談を行い、要望を聴取 7月 2日 臨時総会において、大規模修繕実施計画及び予算を決定 7月13日 業界紙に、見積もり参加会社募集広告を掲載 7月22日 見積もり参加会社の応募の締切り(11社が応募) 7月30日 理事会において、見積もり依頼会社(5社)を決定 8月 6日 見積もり依頼会社に対する現場説明 8月20日 見積もりの提出期限 8月23日 見積もりを比較検討しヒヤリング対象会社(2社)を決定 8月27日 2社からヒヤリングを実施 理事会において、工事施工候補会社(1社)を決定 9月 4日 臨時総会において、工事施工会社との契約の締結を承認 9月 8日 工事施工会社と契約を締結し、直ちに着工 翌年1月末 完工引渡の予定 5.工事項目と予算 まずは、どういう工事内容とするかである。Mさんとパンフレットによれば、大規模修繕工事内容は、二つに大別されるという。第一は修繕工事で、建物というものは経年劣化するものであるから、外壁を修理したりペンキを塗り直したりということを通じて、出来たときの建物の性能を回復するというもの、第二は改良工事で、建物を取り巻く環境や時代の要請に合わせてその外見や性能を高めるというものだそうだ。概念的には、そういうことだろう。ただこれだけでは、うちのマンションを具体的にどうするのかという問題の解決にはならない。 修繕工事はともかく、改良工事をどうするかということがポイントである。この点、自分が平素から思っていたことを提案するしかないと考えた。それは、(1)防犯性能の向上、(2)快適な環境の実現、(3)玄関外見の向上である。(1)については、裏手の駐輪場が外部に素通しで、ときおり自転車が盗まれたり、いたずらをされたりしていた。隣のマンションとの間の柵の高さが低いので誰でも入って来られる。また監視カメラがあるにもかかわらず、特殊な録画方式をとっているので、画像を見ようとするといちいちレンタル先の営業所の人を呼んでダビングをしてもらう必要があり不便である。(2)については、廊下に段差があるので高齢者がつまずきやすいし、廊下が暗い。また、表玄関だけでなく、裏玄関にもオートロックを付けたい。(3)については、うちのマンションができてから隣のビルができたのであるが、その隣のビルの壁の一部がコンクリートむき出しである。うちのマンションは、やや通りから引いた位置にあるからそれが丸見えで、とても見苦しいなどである。 とりあえず、アンケートという形で皆さんに意見を聞いたところ、私と似たり寄ったりの意見が出てきたが、これはという大向こうをうならせるようなものは、見あたらなかった。皆さんも、私と同様、単なるの素人であることが、よくわかった。ところが、さすがMさんは違ったのである。 Mさんは私に、一階ロビーや各階に段差があるのはおかしいので、一階であれば中庭などとの関係も工夫して、バリア・フリー化をしてはどうですか」という。実は、われわれのマンションは、確かにあちこちに1センチから数センチの段差があるといういささか妙な構造となっている。これから高齢化社会を迎えて、安全でより快適にするというのは、確かに必要である。まさに、目から鱗というところで、やはり玄人の着眼だと感心した。 というわけで、工事項目が決まった。そこで、Mさんの積算を元に、やや余裕をみて次の予算を作った。そしてこれについて、まず通常総会において、その正式議題とはせずに、大規模修繕に関する懇談ということで、組合員の意見を聞いてみた。 今回の10年目の大規模修繕に際して、4,800万円の予算で臨みたい。 その大まかな内訳であるが、大規模修繕に際して、修繕工事と改良工事とがある。修繕工事は、年々劣化する建物の性能を維持するためのもので、これに対し3,600万円の予算を当てる。これは、最低限、必要な費用である。改良工事は、建物に新しい性能を追加することによりそのグレード・アップにつながるもので、1,200万円の予算を当てたい。要すれば、3対1の比率である。
(注)いずれも、現段階の概算であり、今後の見直しで変わりうることに注意。 (工事の概要) 第1.修繕工事の説明 建物全体に足場をかけ、壁のひび割れや浮いたタイルに樹脂を注入し、ペンキを塗り直し、廊下とベランダに敷いてあるシートを取り替える等必要最小限工事 第2.改良工事の説明 @ ラウンジ 1階ラウンジについてバリア・フリー化を図る。玄関からエレベーターまで斜めに直行できるようにし、段差をなくすなどの工事を行う。また、Aで述べるように、裏口の今のドアの横に玄関と同じようなオートロックの扉を作る。階段とは、扉で仕切るが、階段から下りてきた人は、いままで通り、裏口のドアを通じて裏手にも出られるようにする。 A 裏口ドア 裏口にある現在のドアの横に、玄関と同じようなオートロック式の引き戸を付ける。玄関のオートロック式の引き戸と同じく、皆さんの鍵をそのまま使えば、自動的に開くようにする。なお、現在の裏口のドアは、階段からも出入りできるように、引き続きそのまま設置しておくこととする。 B 玄関左横 隣のビルとの間の隙間(表通りに面している)は、泥棒の通り道にもなりかねないので、これを背の高さ以上まで閉鎖し、あわせてビル間の壁に対して、こちらも自立する壁を作って美観を改善する。 C 玄関照明 最近の他のマンションと比べてエントランス・ホールの照明が貧弱という指摘を受けているので、電気代に配慮しつつこれを改善する。ちなみに、ラウンジの吹き抜け天井の照明器具も改善する。 D 段差解消 各階エレベーター前に段差があるのは不自然で、無意味という建築士の指摘を受けているので、廊下のシートの張り替えと併せてこれを解消し、バリア・フリー化を図る。 E 廊下照明 各階廊下の照明器具が暗かったが、昨年、2階から8階まで試しに照明器具のフードを付け替えたところ、電気代は同じであるが、非常に明るくなったので、これを全階に拡大する。 F 監視カメラ 現在のレンタルによる監視カメラは、年間約28万円もかかっているが、ちょうど契約も切れることでもあり、調べたところ、最近の技術進歩で買い取り設置でも十分に対応でき、しかも初期費用の約30万円ですむことがわかったので、契約を打ち切り、新たにDVD式のセットを購入する。 G 1号室横【検討中】 各階1号室の玄関横は、直接、雨が降り注ぐので、玄関のドア枠が腐食したり、大雨や嵐の場合にその出入りに不都合を来している。そこで、ここに雨よけスクリーンを設置してはどうか。ただし、この措置は、対象となる1号室の皆さんだけが恩恵を受けることになるので、議論して、その他の皆さんのご理解とご賛同を得ることが前提。 H 駐輪場扉【検討中】 今後の10年間を見越したときに、防犯上、当マンションで最も脆弱なのは駐輪場である。誰でも、自由に出入りができるので、自転車に対するいたずらや盗難が生じやすい。そこで、駐輪場の入り口を格子のようなもので覆い、真ん中に扉を付けて出入りをするのも一案である。日中は扉に鍵はかけないが、夜間は鍵をかけるということでどうか。やや不便になるが、二つ隣のビルでは、盗難対策として柵を導入している。 I そ の 他【検討中】 予備費として、皆様からの提案待ちという扱いで約200万円の予算を計上しておく。何かご提案があれば、この範囲で対応したい。もし、特段のご提案がなければ、この費用を、2〜3年後に予想される水道ポンプの交換に当てる。その場合の今回の予算計は、約4,600万円。 (ちなみに、今回の建物診断の結果、上下水道配管には劣化が見られないので今回の10年目の大規模改修では、特段の措置をしないこととしている。しかし、現在、上水道用として使っているポンプは、あと2〜3年後にはその耐用年限を迎えるので、その時には、約200万円程度〔ポンプ位置を変更する場合は更に100万円上乗せ〕の費用がかかるものと見込まれる。) 通常総会そのものでは、さほどの意見はなかったが、総会のあとで、皆でマンションの前で立ち話をしたところ、もう少し、玄関を直せないかという意見が出てきた。外出して夜に帰ってくると、そもそもマンションが目立たないし、まるで洞穴に入っていくようだというのである。なるほどというわけで、Mさんに頼んだところ、しゃれた都会風のデザインが送られてきた。よさそうなので、これを採用することにした。最近は、エクセルにCADデータの図を貼り付けることが出来るので、自宅のパソコンでそれが見られるのは実に便利である。 ちなみに、工事総額については、こうした玄関の模様替えなどによる数字の調整を若干行って、結局、5000万円の予算として総会に提出した。 また、これと合わせて、これだけのお金を一度に使うと、さらに10年後の2度目の大規模修繕の資金がショートするのではないかと危惧する人も出てくるだろう。また、大きなお金が動くので、ひょっとして、せっかく一生懸命にやっている私が、万が一、色眼鏡で見られたらたまらないというわけで、次のような文章を合わせて総会資料に入れておいた。 大規模修繕に関する留意点 (1)大規模修繕に伴う一般的な問題 全国各地にあるマンションでは、大規模修繕工事が常に行われているわけですが、それに伴い、いろいろと問題が生じてきております。その種の一般的な問題を紹介し、それに対する当管理組合理事会の対応を記しておきます。 @ 管理会社にすべてお任せというスタイルですと、その管理会社が仕事の割に多大の管理費を徴収したり、修理をその傘下の修理会社にさせたりして裏リベートをとるなどの問題が生ずることがあります。 → 今回の当マンションの大規模修繕は、理事会が主体で行い、管理会社は関与しておりません。 A ほかのマンションでは、大規模修繕資金が不足し、銀行借入をしたり、区分所有者から特別徴収をする必要があるところが、結構あります。 → 当マンションでは、今回の大規模修繕に約5000万円(このほか380万円の設計監理等費用)の予算を組みますが、これらを全部使ってもなお、今年度末には、総額2400万円程度の剰余金があります。したがって、いまからさらに10年後の、20年目の大規模修繕時には、計算上、約1億円近くの資金が積み上がっていることになります。また、今回使用する5000万円も、これはあくまで上限ですので、競争入札を通じ、実際にはさらに引き下げるよう努力します。(ただし、特に外壁タイルの浮き修理の費用が相当広範囲に及ぶようでしたら、それに予定以上に費用を使うことから、あるいはこの金額をほぼ使い切ることになるかもしれないという不確定要素があるのは事実ですので、ご承知おきください。) B 管理組合の役員が不正を働く場合もあります。たとえば、役員の知り合いの施行会社に随意契約を結ばせたり、あるいはこれら施行会社から金品を受け取るなどの行為です。 → 当管理組合役員は、その種の不正あるいは疑惑を招くようなことを一切、行わないことを誓約します。 C 設計監理を依頼した建築事務所が同様な不正を働く場合も考えられます。→ 当管理組合理事会としては、通常必要とされる注意義務をもって対応します。ちなみに、今回お願いしているMさんに依頼した経緯は、理事長が国土交通省のマンション管理対策室に業者の紹介を依頼したところ、同室からその傘下の二つの事業協同組合を紹介されたので、そのうちのひとつの事業協同組合に電話をしたところ、派遣されてきた一級建築士がたまたまM氏であったというものです。 というわけで、7月2日には、大規模修繕実施計画及び予算を決定する臨時総会を迎えた。最初に出た意見としては、駐輪場の侵入防止柵を高くすることに反対というものだったが、私から「せっかく入口に防犯扉を付けようとしているのに、その横が自由に出入りできるというのでは、まったく意味がないではないか」というと、黙ってしまった。どうやら、閉所恐怖症的観点から反対という妙な理屈だったようだが、常人には理解しがたいところである。出席者の大宗は、変な人が入って来られないようになるから賛成であった。これ以外には、一階中庭を廃止するときにラウンジとの間にある壁を壊す必要があるが、これは地震などの際の建物の強度には影響しないかというもので、これはまともな質問である。Mさんが、そもそもこの壁の下半分がガラスなので、これを取り去ったとしても、強度が低下することは考えにくいと答えた。ということで、原案通り、承認された。 6.見積もり参加会社の公募と選定 予算と計画が確定したところで、7月13日 業界紙に、見積もり参加会社募集広告を掲載した。マンションの大規模修繕関係の新聞であり、仕事の募集という意味合いがあるので、無料で載せてくれるという。新聞社に送った原稿は、次のとおりである。 大規模修繕の見積参加者募集広告の原稿
資料を送って寄越す会社は、最初こそ、ちらほらだったが、締切日前日には、どっさりと来た。Mさんに「11社も出てきた」とぼやくように言ったところ「普通は20社くらいなのですがねぇ。マンション管理専門の新聞に余裕がなかったので、設備工事関係の方の新聞社にしたからでしょうか。」などと答えていた。この程度でよかったということか。 さて、せっかく来た資料を数時間かけて読み、比較表を作った。会社案内、会社概要、マンションの改修工事実績というのは、わかりやすいものであるが、経営事項審査結果通知書というものがどんな意味があるのか、最初はわからなかった。しかし、調べてみると、これは便利なものである。個々の工事業者の経営や技術を点数化したもので、国土交通省のお墨付きが付いている。しかも、技術点は、建築一般とか防水、塗装などごとになっており、これは比較しやすい。決算書は、せっかく工事をお願いしても途中で倒産というトラブルに見舞われたら困るので、負債などを重点に見た。 ということで、締切の翌日の日曜日午後には、11社の比較表を完成し、それをMさんにメールで送ったあと、どこに見積を依頼するかを検討した。そうすると、実績があり、技術点と経営点のいずれも高いという会社を6社選んだ。ところが、うち1社は中堅会社ではあるものの、この2年で連続して売上げが落ち込んでいることが気になった。そういうコメントを付けてMさんにメールで評価を伝えると「これだけ、自分で調べる人はいませんよ」などと妙な褒められ方をした。どうも世の中の人は、自分の頭を使わないらしい。私は、単に比較表を作ってその中からピックアップをしていく方式だったが、さすがにMさんはそういう素人的やり方ではなかった。技術点や経営点を並べて総合的に数値化して比較するというものである。しかし、結果は私と同じであった。 こうして選んだ6社の内訳は、3社が比較的大手、2社が中堅、1社が小規模である。小規模のところは必ずしも点数が高くはなかったが、大手ばかりでは談合でもされては困ると思い、無理して入れたという面があった。もっとも、意外と良い数字を出してくれるのではという期待も半分くらいは抱いていた。 そのような6社の比較表をもって、7月30日、理事会で話し合ったが、やはり、私が気にしていた会社、つまり売上げの減少に見舞われていた中堅一社を落とすこととした。結局のところ、大手がA、B、Cの3社、中堅がDの1社、小規模がEの1社の、合計5社を選定し、私からメールと手紙で通知した。8月6日(土)に近くの公民館で開催することとした。 さて、8月6日(土)午前10時30分より開催したこの説明会には、当然のことながら5社がそろい踏みをした。時間通りである。見回してみると、中年の営業マンが一人きりで来ているところがあったかと思うと、若くて元気な感じの男女がペアで来ている会社もあった。総じて、中年のおじさん(部課長)と若い担当者という組み合わせが多かった。その際に、我がパートナーであるMさんが配布した技術資料をみて、びっくりした。全部で38ページもあり、これがまあ、非常に詳しい図面ばかりだったからである。使用材料の名称はもちろんのこと、どこのメーカーのどんな品番のいかなるサイズのものを使うかまで書いてある。考えてみれば当たり前のことで、ここまでやらないと現場ではどういう工事をやるべきか、わからないからである。なるほどと十分に納得できた感じで、ここでようやくM先生に支払う380万円は仕方がないか、という気になったのである。 技術資料に関する質疑応答のあと、皆さんにマンションの見学をしてもらった。中には、診断棒を持ってタイルやコンクリートをコツコツ叩きながら回っている人がいた。こんなことで、わかるのかという感じもしたが、大方は、デジカメを持ってパチパチと撮る程度である。しかし皆、かなり、熱心にやってくれている。 ちなみに、技術資料とともに、私の方から以下の書類を配布した。 「大規模改修工事」見積もり要綱 平成17年8月6日 ■工事名称 : ○○大規模改修工事 ■発注者 : ○○マンション管理組合 東京都○○区○○丁目○番地 ■設計・監理 : 建物診断設計事業協同組合 担当:M建築事務所 TEL FAX E-mail mam@kenchiku.or.jp ■契約工期 :平成17年9月初旬〜平成18年1月30日(足場は12月中に解体) ■支払条件 : ・契約時 請負金額の10% ・中間(11月頃) 請負金額の40% ・竣工引渡し時 工事金額の残額 ■工事着工までのスケジュール 8月 6日(土) 現場説明・現地見学 8月13日(土) 質疑締切り(各社からM事務事務所へE-mail送信) ・質疑がない場合でもその旨送信すること。 8月15日(月) 質疑回答(全社へM事務所からE-mail送信) 8月20日(土) 正午 見積もり提出の締切り 必着とする ・管理組合理事長宛 E-mail:VVV@ab.so-net.ne.jp 提出方法: 書類一式を管理人室あて郵送若しくは宅配便で送付又は持参すると共に、見積書はE-mailでも送る。 ・M建築事務所宛 提出方法: E-mailで送る。 8月27日(土)午前中にヒヤリングを実施し、施工業者候補を最終選考する予定。 9月 3日(土)午前の臨時総会で施工業者を決定後、住民説明会を開催し、その後、工事契約締結。 ■配布資料:工事設計図書(仕様書・図面) 設計数量書 ■提出書類 下記の書類をそれぞれの者に対して提出すること。 1.管理組合理事長 あて(管理室気付) ・ 見積書 1部 ・ VE提案書 1部 但し任意。 ・ 返却書類(工事仕様書・図面一式) 2.M建築事務所あて ・ 見積書のデータ(E-mailに添付) ・ VE提案書のデータ(E-mailに添付) ■現地見学について(現説以外) ・あらかじめ管理人へ連絡し、必ず立ち会ってもらうこと 電話: 時間8:00〜12:00 13:00〜15:30 土曜午後及び日曜は休み ■その他 ・ 工事内容・条件等は、原則として、工事概要書・図面・工事仕様書が、工事見積書より優先する。 ・ 設計数量は参考とし、自社の判断で修正、追加等の変更は可とする。 ・ 躯体改修工事(タイル補修含む)の数量は見積数量を10%越えた場合は実費精算とする。 ・ VE提案は設計仕様と同等以上でコスト軽減が可能なものとする。 ・ 返却する設計図書には書き込みは可とする。 ・ 工事契約には連帯保証人をつけること。(履行保険も可) ・ 見積期間中の質疑は定められた方式以外には応じられない。また、見積もり、選考及び最終承認期間中における関係者への問合せ、訪問、接触、金品の受渡しなどは厳禁する。 ・ 談合の虞を探知したときは、当局に通報するとともに、本見積もり手続きを中止することがある。 この説明会のあと、8月20日の正午の締切までに、各社が個別に管理人に連絡してその立会の下で見学をしてよいとしたので、4社が訪れた。ところがどうしたのか、小規模の1社だけ、見学に来なかったのである。見積依頼対象から外れた会社に対しては、私の名前の断り状を電子メールと手紙で送付した。 7.工事施工候補会社の絞り込み さて、いよいよ工事施工候補会社(1社)の絞り込みという山場を迎えた。まず8月20日の正午に締め切ったところ、5社全部が書類を持参あるいは宅配便で送ってきた。実は私は、そのときはリゾート地でのんびりしていたのであるが、同時に電子メールで送ってもらったので比較することができた。ところが1社だけ、メールを送って来なかった。また例の小規模1社である。この点は、Mさんに補ってもらって、比較表を作った。こんな表の作成は、Mさんの仕事かもしれないが、しかし自分で作った方が比較しやすい。 できあがった比較表は次の表を見ていただくとして、総額だけを比較すると、次の通りである。 @ A 社 (大 手) 3339万円 A B 社 (小規模) 3780万円 B C 社 (大 手) 3937万円 C D 社 (大 手) 4189万円 D E 社 (中 堅) 5092万円 まずこれを見て思ったことは、入札をやって本当によかったということである。最高額は5000万円近くであるから、何も考えずに管理会社に丸投げしていると、今頃は「見積もりは5092万円ですが、92万円は勉強させていただいて、ご予算通り、5000万円でどうでしょうか?」などといわれていたかもしれない。いや、それならまだしも、ひどい管理会社になると施工会社から高額のリベートを取り上げるだけでなく、管理組合からも手数料などと称するものを二重取りをされるかもしれない。 その点、この見積もりの安さはどうだ。最低額の3339万円というと、予算の3分の2ではないか。なんとまあ、ひどく安くなったものだ。しかも、それを提出した会社は、この5社中で資本金も受注額も一番大きなところだったから、驚いてしまったのは、我ながら無理もない。これは、予想もしなかった展開である。念のためインターネットでこの会社のホームページを見て、その建築業の国土交通大臣登録番号を調べ、それを(財)建設業情報管理センターのホームページに打ち込んでみると、提出されていた書類と一致するものが出てきた。どうやら間違いがなさそうである。 それから、各社の見積もりについて、各項目を詳細に調べることとした。もうこの段階では、上位3社に絞っても、問題あるまい。まず3位のC社から見ていくと、これも驚いたことに、Mさんの見積もりと、ほぼ同一なのである。ということは、この辺りが業界の平均的なところかもしれない。
私は、せっかくの夏休みで、リゾート地でのんびりと休み、という休暇モードであった。ところが、これは面白くなってきたので、ホテルで一晩、比較表を作りつつ、じっくりと各社の見積もり内容を比較した。 C社は、総額だけでなく、個別工事項目の単価なども、Mさんの見積もりとほぼ同一なのには驚いた。そこで、これを標準として上位2社の項目を見ていった。共通仮設工事はA社が異常に安い。他社では外部での駐車代金だけで50万円をみていたり、あるいは安全管理員の配置に20万円かけるなどしているが、そんな費用はみていないし、事務費用も最小限である。これでやれるのかという気がしないわけではない。直接仮設工事は、B社が高い。内容をみると、他社にはないゴンドラを付けるというだけで、200万円もかけている。あとからMさんに聞いたところでは、共通仮設や直接仮設などは工事の便宜のためで、付加価値として残らないから、金額をかけるのは無駄なことだという。 躯体補修、外壁改修、鉄部塗装、屋根防水などは各社、似たり寄ったりである。ただ、A社の単価が少しずつ安い。これらの修繕工事に続いて改良工事を見ると、A社はラウンジは安いのに、駐輪場廻りは高い。特に後者は、侵入防止フェンスが他社と比べて110万円も上回っている。次に監視カメラは、A社以外はおかしい。私がビックカメラに行って確かめたところでは、4台のカメラ、DVDレコーダー、19インチ液晶テレビの合計で、30万円もしない。これに一番近いのが、A社であるが、最も高い見積もりを出しているD社は、カメラ1台で20万円と積算している。まったくとんでもない値段である。 以上のようなことがわかったので、8月27日のヒヤリング対象会社をどうするか、Mさんに電子メールを送って相談した。本命はもちろんA社、それにB社とC社の二つをともにヒヤリングするかどうかである。A社とB社の2社は、あまり気が進まなかった。というのは、B社は説明会のあとの追加見学に来なかったり、私のところにメールを送って寄こさなかったり、Mさんの追加指示事項に答えてこなかったりしていたからである。電話でMさんの意見を聞くと「あそこは、コミニュケーション能力に問題がありますね。こんな調子で工事に入ったら、こちらの指示が伝わらないかもしれません。外すのも一案です。」とおっしゃるので、確かにその通りと思い、ヒヤリング対象会社はA社とC社の2社にすることとした。ところで、Mさんはどういうご意見ですかと問うと「私は、C社の見積もりが適当だと思うのですが、何しろA社と600万円も違うのでは、巻き返すのが難しいでしょうねぇ。」とおっしゃる。 私は「もしA社が小規模なところで、実績もないというのであれば、最低額でも外すという選択もあり得るけれど、この5社の中で一番実績があり、資本金も5億円を越しているうえに、経営事項審査結果通知書の技術点も相当高いから、ヒヤリングでよほどの欠点が見つからない限り、ここに決まりではないでしょうか。もちろん、C社がよほど値引きして頑張るというのであれば、勝負になりますが・・・。」というとMさんも賛成し、27日のヒヤリングはこの方針でいくこととした。 そこで、8月24日、私の方からA社とC社に電子メールで次の通知をし、手紙も同時に出した。ちなみにその内容は、本工事の決済権限者、工事責任者及び現場代理人予定者に来てほしいこと、安全対策と仮設計画、施工体制等について聞かせてほしいということとともに、各社ごとの質問である。たとえばA社に対しては、「貴社の見積りを拝見したところ、とりわけ金額面において、期待通りの結果をいただいております。しかしながら、@現場事務所等の在り方について(金額の根拠)、Aラウンジ拡張部の屋根サッシュの金額の根拠(安過ぎる)、B新規フェンスの単価の根拠(高すぎる)という点に、やや疑問があり、とりわけAとBについて、あるいは誤解があるのではないかと考えているところでして、これらを特に詳しくお聞きすることになりそうです。また、「機械等設置届」提出についての9月3日以降の準備期間の猶予とは、具体的にどういうことなのか、お聞かせください。」という文言を付け加えておいた。 なお、その翌日、外れた3社に対しては、その旨の電子メールと断り状を送った。 8.ヒヤリングの実施と決定 さて、いよいよ8月27日のヒヤリング当日となった。午前9時から一時間ずつ、AとBの2社のヒヤリングを実施した。理事会のメンバーにも参加してくれとお触れを出していたのに、誰も参加してくれない。今回の理事は私を含めると8名だが、高齢者がいるうえ、働き盛りの男性といえば、東大病院の先生、IT・外資系企業の社員、私立学校の先生、小規模会社の幹部だけれども、土曜日の午前中はどの人も働いているらしい。そういうときは代わりに奥さん方が出て来てくれるのだが、さすがにヒヤリングは、わからないらしい。したがって、このヒヤリングを見ているのは、Mさんのほかは、私の家内だけである。 午前10時から本命のA社、その前の午前9時から対抗のC社である。時間になり、C社の人が4人、どかどかと一階ロビーに入ってきた。いかにもやり手のような精悍な顔でちょっと小太りの部長、こちらが決済権限者らしい。そして、メインスピーカーを務めた課長に、現場管理者の候補者、ちなみにこの人は生真面目な技術者風である。最後が若い社員、うちのオフィスにいる若い人にそっくりである。眼鏡を掛けて痩せぎすで、細かい積算の話題になると、大急ぎで計算をし「ちょっと、待ってください」といって部課長を脇に連れていって丸くなって相談をしている。まあ、この組織は、日本風ながらもちゃんと動いているようだ。 しかし、こちらはなかなか手強い。私の方から細かい積算の話を持ちかけても、なかなか下げようとはいわない。監視カメラを管理組合の方で現物支給したら、いくら差し引くかという話しか乗って来ない。それは、50万円を差し引くという。これだけである。ではこちらも、というわけで「あなたの会社の見積もり内容を見させていただくと、こちらの思っていたとおりで、その点は満足しています。ところが、あなたの会社より、かなり低い見積もりを出している会社があり、そちらに対抗していただくには、相当の努力をしてもらわなければいけないが、どうか。」と言った。 そうすると、面白い提案をしてきた。工期を原案の9月から翌年1月とするのではなく、来年1〜5月にしてもらえば、安くできるというのである。その理由は、原案の工期だと、工事最盛期で、職人の賃金単価も高くなるが、その時期を外せば若干は勉強できるという。部長から係員まで集まって丸くなって相談をしていて、結局、出してきた社印入りのペーパーには、100万円の値引きをするということが書かれていた。私は内心、「これでは、節約は合計でわずか150万円にしかならないし、監視カメラもこちらで買わなければならない。仮にそれを計算に入れなくても、A社との差は、450万円もある。A社によほど欠点でもない限り、逆転はまず無理だろうな。」と思いつつ、丁重にお礼を言って、その場を引き取ってもらった。 午前10時からはA社のヒヤリングで、部長、現場管理者、担当者の3人がやってきた。部長は先般の説明会にやって来られた方で、会社の方針、資本関係、工事で心がけていることなどを説明してくれた。なかなか誠実そうな方で、コミニュケーションは十分にとれそうである。現場管理者は、一目で気に入ってしまった。大手のゼネコンから定年退職で移ってこられた人ということだが、一見すると怖そうではあるものの、いったん笑うとなかなか愛嬌のあるお顔をされていて、これは良いと思った。現場監督は居住者との窓口だから、愛想がいい方がよいのである。3人目の担当者は、紅顔のおぼっちゃん風だったが、説明に移ると、まあそれなりにちゃんとした話をしていたので、こちらも大丈夫なようだ。 会社の背景やら工事の進め方など、ひととおりの話のあと、私から気になっている点について、ひとつひとつ聞いていった。まず共通仮設工事がとても安いが、これでできるのかという点については、事務機械などを使い回しをするから、大丈夫だという。ラウンジの中庭を廃したあとの天井については、他社と比べて安すぎるが、計算間違いではないかという点については、材料を買ってきて自社で組み立てる機能があるので、問屋から買う他社とはかなり安くなるはずだと、胸を張っていう。最後に、駐輪場の侵入防止フェンスについては、仕様書を勘違いして、特注という前提で計算していたので、汎用品として計算すると、110万円を差し引くという。おや、もっと安くなってしまった。 ところで、せっかく安くなりそうだというので、2日前にこのヒヤリング対象の2社に対して、2点を伝えておいた。@外階段を現況のコンクリートむき出しを改めて、廊下のように塩化ビニール製の防水シートを引くこと、A駐輪場の新設する扉の上に、雨よけのひさしを付けることという追加をしたいので、積算してきてほしいということである。その答えを聞いたところ、@は60万円、Aは22万円の追加となるという。 しかし、この二つをあわせてもなお、侵入防止フェンス110万円のマイナスを補うことはできず、結局のところ、最初の見積もりの3339万円が、このヒヤリングを経て、さらに53万円低い3286万円となってしまった。B社と比べて600万円も安い。神様から、やりすぎだと怒られそうな気がする。Mさんも「いやはや安くなってしまいましたね。私は安くても4200万円と踏んでいたのに、3200万円台なんて、すごいですねぇ。」と、呆れている。でもまあ、やれるというし、5社の中で一番大きな会社だし、それに最も多くの工事数を持っている。というわけで、ここに決めた。 引き続いて午前11時から、理事会の皆さんに無理して集まってもらい。以上の顛末を伝えて、工事施工候補会社(1社)は、A社に決めたいと伝えた。5000万円の予算からすると、実に3分の2にも満たない。皆さんもびっくりして声が出ないといった風で、そのように決まってしまった。 そこで、私の方から、まずA社に対して「お宅に決まったので、3日の臨時総会後の住民説明会で説明してください。」と伝えた。引き続きC社に電話をし、恐縮ながら、もう一社の方がお宅より600万円も安い見積もりとなったので、そちらに決まりました。」と伝えたところ、私の聞き違えでなければ、その若い担当者は600万円のところで「ギャッ」などという声を挙げた。やはりねぇ、無理もないか。 それから一週間後の9月3日(土)に、臨時総会を開いて、工事施工会社は、A社とすることを決定した。ちなみに、その場で追加的に出た要望として、管理人室の金属のドアには窓がないので、中からは通る人が見えないという死角になるし、住民も管理人がいるかどうか、回り込まないとわからないという問題があるので、窓を付けられないかというものがあった。もっともなことで、それでは、ドアをそっくり取り替えようということにした。 引き続いて、工事に関する住民説明会を開催したが、A社のお坊ちゃん風担当者が、手際よく説明をしていた。その後、10日ほどして正式に契約を締結した。さて、これからちゃんとやってくれるかどうかである。これから来年1月末までの5ヶ月間、気の抜けない日々が続きそうだ。 9.大規模修繕工事請負契約の締結 9月24日(土)となり、そういえば、きょうはA社が仮設計画を相談に来る頃だと思い出し、一階ロビーに降りていくと、Mさんは来ているが、A社は一向に姿を見せない。MさんはA社の担当者を携帯電話を呼び出したところ、どうやらすっかり忘れていた模様である。仕方がないので、午後から再び仕切り直しをすることとした。 その時間となり、A社の担当者と現場監督と称する別の人がやってきた。Mさんは、相当おかんむりで、その担当者が「実は、予定していた現場監督が交通事故で、怪我をしたので、この人に交代させたい」と言い出すと、「本当か」などと詰問口調で詰め寄った。私としては、だいたい約束時間を忘れた挙げ句に、人の交代を申し出てくるというのは、まったく怪しからぬことだとは思うが、まあ今更この会社を変更して450万円も高いC社に乗り換えることも面倒なので、今日のところは様子を見ることとした。 A社の担当者は足場の仮設計画の図面を見せてくれた。最初に開口部をチェックしたが、当マンションにはレストランが入っているし、その隣には駐車場もあるので、特に裏手には開口部を大きくとる必要がある。もう少し、大きくしてほしいというと、「計算してみなければ」と答えた。なかなか、しっかりしているではないか。Mさんが、「柱を補強したら」などと助け船を出していた。 それから、足場を建物に固定するために、足場から建物側にボルトを打ち込むらしい。その打ち込まれるタイルの数を数えると、ざっと数百枚となる。われわれのマンションの建築時から保存してあるタイル数はたかだか千枚程度なので、「これで足りますかね」と聞くと、やや自信なげである。もちろん、足場を組んで網羅的に調べてみないとわからないが、もしタイルが浮いていると、足りなくなるおそれがある。そういうときはどうするのかと聞くと、既存のタイルを持って行って、タイル屋に焼いてもらうとのこと。費用は、1万枚単位で30万円らしい。もちろん、これは見積時の積算に含まれていない。タイルは、こちらから支給するという約束だったからである。これはどうするかであるが、タイルを壊さないような足場の組み方はないのかと聞くと、タイルの隙間に打つなどの方法がないわけではないが、水漏れの危険があるので、やりたくないという。考えてみれば、もともと千枚を超える場合はこちらが持つ必要があったのであるし、こんなところでケチケチして浮きタイルの修理が十分でなくなるのは困る。それに、余ったらこれを保管しておけば次回の大規模修繕に使えることから、費用はこちらで持つこととした。 次に、管理人室のドアに窓を付けるという臨時総会で出た案と、それから玄関の改装の際についでに両脇の壁をタイルから白いパネルに換えて統一感を出すという私の案を積算に加えるように指示した。 また、作業員の休憩場と事務室をどうするかという件で、A社担当者は駐車場のひとつに押し込めるという案を出してきた。この件は、すでに私の方から、既存の駐車場をもっている方に話しをして、露天になるが、いまの駐車場から少し出して停めてもらい、駐車料は半額に免除するということにしていた。ところが、現場で足場を組むと、その前に駐車されると事故が起こりかねないという気がしてきた。というわけで、近くに駐車場を借りられないかA社に探してもらい、その全額を持つということにした。そして、空いた駐車場は作業員の休憩場にしてもらい、事務機を置くスペースは、一階ロビーを仕切って使ってもらうことにしたのである。 それやこれやで、細かい調整をしたのち、10月8日(土)に、工事請負契約書に基づき正式な契約をした。A社担当者は、4日の週の工事着手までにと言っていたが、その土日は三連休なので私の都合がつかないといったら、「それでは、一週間、日付をバックデートしましょう。」などといってあっさり先延ばしにしたので、契約上は1日付けになっている。 ちなみに、契約書は、民間連合協定工事請負契約約款委員会の平成12年4月改正のものをそのまま使用している。その内容は、次のとおりである。 (1)工事期間 着工 平成17年10月 12日 竣工 平成18年 2月 15日 (2)引渡し日 竣工後30日以内 (3)請負金額 33,757,500円 うち工事金額 32,150,000円 消費税 1,607,500円 (5%) (4)支払条件 着工時 10% 3,375,750円 中間検査完了時 40% 13,503,000円 工事完了検収後 50% 16,878,750円 それぞれ、請求書到着後1ヶ月以内に銀行振込 追加費用が発生したときは、工事完了検収後に支払う。 (5)最終積算の内訳と当初見積りとの比較
10.大規模修繕工事の実施 10月12日から、工事が始まった。外側に足場を組み立てるだけかと思ったら、マンションの入り口からエレベーターの内側まで「養生」と称するカバーが一面に貼り巡らされたことで、雰囲気が一変してしまった。その間をパイプ類をかついだ職人がせっせと動いている。ラウンジにソファーがあったところには、間仕切りがしてあって、その脇にソファーが積み重ねられている。それはともかく、よくよく観察すると、養生のカバーが白っぽいためか、マンションの入り口が明るくみえる。やはり、玄関から入口までを白っぽくするような改修をするとしたことは、間違っていなかったようだ。 10月15日の土曜日、快晴である。朝からマンションの外が騒がしい。足場の組み立てのようだ。「おーい」「お願いしまーす」「上げてくださーい」などという声が飛び交う。とび職のお兄さんたち、なかなか言葉遣いが丁寧ではないか。あれよあれよという間に、パイプが組み上がっていく。普段は建物と青空しかない窓からの展望がいきなり遮られ、そこにとび職のお兄さんたちが顔を出すと、やはりギョッとする。それで、やむなくカーテンを閉めるのだが、やはり、いささか鬱陶しい。一階に行ってみていると、Y氏が下から見上げて、何やらいろいろと指示している。やはり現場監督らしくやっているようだ。 10月17日、台風が南方海上で足踏みしている関係で、朝から雨である。現場事務所を覗くと、Y氏がひとり寂しく、パソコンの前でキーボードに何やら打ち込んでいる。雨なら、とび職は動けないとみえる。早く止んでくれればよいのだが。 以上のような経緯で、工事請負会社との契約を終えて、実際に大規模修繕工事が始まった。 契約が上手くいっても、現場の作業員が真面目に正直に働いてくれなければ、工事は上手くいくはずがない。その鍵を握るのが、現場監督さんである。 この工事の場合、現場監督としてやって来たのが、Y氏である。歳は50歳くらいで、私とほぼ同年代。話してみると、誠実そうな人柄が垣間見える。教養もあるし、根っからの建築関係者には見えない。 それもそのはずで、何とまあ、東京芸大を出て、バイオリン専攻だったそうだ。でも、音楽の道では食っていくのは難しかった。結局、奥さんの家業を継ぐことになり、一級建築士の資格を取って、この道に入ったそうだ。 私は、毎朝の出勤の時には、必ずこの監督と会って、雑談やら近所の道案内やら、時によってはその日の作業内容や作業員の管理のことまで幅広く何でも話していた。そのおかげか、信頼関係もしっかりとできて、良かったと思う。 そんなことで、特段の波乱もなく、無事に第1回大規模修繕工事は終わった。 【後日談】それから、10年の年月が流れた。ある日、マンション内の2部屋で、雨水が漏れてきた。その調査のため、ブランコの形で、外壁のタイルの間の隙間を埋めるシーリング(コーキング)調査を行った。もとよりシーリングの主な機能は、防水効果である。経年によってこれが劣化すると、ひび割れや亀裂が発生してしまう。するとその隙間から雨水が浸入して、水漏れを招く結果となる。だから、大規模修繕のときには、これを取り替える(専門用語で「打ち替える」)必要がある。 そうやって隣のマンションに面している外壁を調査したところ、驚くことが見つかった。前回大規模修繕のシーリングの打ち替えで、手抜きがあったのである。つまり、古いシーリングを完全に取り除いた後に、新しいシーリングを打たないといけないのに、古いシーリングの上にそのまま打ってしまってあったのである。こうすると、取り除く手間を省ける上に、打ち込む新しいシーリングの量をケチることが出来る。さすがに正面の広い外壁にはしなかったが、隣のマンションとの境の目立たない場所で不正があったのである。 そこで、施工をした請負工事会社と監督監理をした建築事務所に連絡をして、対応を協議したところ、建築事務所は瑕疵担保責任期間を過ぎているということで逃げられたが、工事会社の方は、立派だった。同じく瑕疵担保責任期間を過ぎていると主張することも出来たのに、会社の評判にも関わるということで、シーリングに関わる費用全額(二百数十万円)の返却を申し出てくれた。これには、管理組合一同、感心した次第である。 (平成17年10月15日著) (お願い 著作権法の観点から無断での転載や引用はご遠慮ください。) |
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