This is my essay.








1.上海蟹

 10月から11月にかけては、上海蟹のシーズンである。ホテル・オークラに『桃花林』というレストランがある。落ち着いた雰囲気に加えて、料理の味も比較的私たちの好みに合うので、二人で時々ここを利用している。つい先日、家内とお昼を食べた際に、来週から上海蟹を出すというパンフレットを見た。そういえば、外国駐在から帰ってきて以来、しばらく蟹らしい蟹にはご無沙汰をしている。そこで、その翌週にまた二人で出かけて、上海蟹を注文してみた。

 メニューには、蒸すと、煮ると、紹興酒漬けとがあった。このうち、紹興酒漬けというものは、実は数年前に日本の中華料理屋で食べてみたことがある。ところが、これは要するに生の蟹を漬けて一ヶ月ほど放って置くものらしくて、まるで老酒を飲んでいるような気がしたものである。そこでこれを避けてとなると、蒸したものしかないというわけで、『上海蟹のせいろ蒸し』なるものを注文した。

 裁ちばさみのような大きなはさみと、それに蟹肉を取り出す大きな耳掻きのような道具を使って、二人でまあ、人目をはばかることなく、蟹のあちこちを切り刻み、そして肉という肉をほじくり出して小半時、これが一流ホテルですることかと思うほどに蟹をバラバラにして食べつくした。最後に、こってりとした蟹味噌を味わって、お仕舞いとなった。良い味である。

2.蟹のバーベキュー

 英語でいうと、『Baked Crabs』あるいは『Barbeque Crabs』というもので、要するに蟹のバーベキューである。クアラ・ルンプールの街中のレストランで、入り口に大きな蟹の絵が描いてある。そこここに家族連れが輪になって、皆がやがやと蟹を食べている。それも、申し合わせたように、手に金槌を持っているのである。
 さて、これはいかにと思っていると、丸テーブルについてすぐに、その金槌が全員に配られる。そうして待つことしばし。やがて香ばしく焼けた蟹のバーベキューが大皿一杯に運ばれてくる。それに老若男女、各自てんでにトントンカンカン叩いて、硬い甲羅や足を壊し、その中身を食べるのである。これは豪快の一言に尽きる。そして焼けた蟹肉の良い香りと、ジューシーな肉の美味しさが相まって、二度と忘れることができない思い出である。

3.蟹のチリソース

 これもまた、東南アジアの宝石こと、シンガポールの思い出である。英語のメニューでいうと、『Crabs with Chili Source』というもので、チリ・ソースの蟹の煮たものである。それをキロ単位で注文すると、楕円形の大皿に、蟹をバラバラにした料理を載せて出しているのだが、そのソースが天下絶品の味である。もちろん、チリ・ソースなのでとっても辛いのであるが、それに蟹のエキスがたっぷり詰まっていて、加えて卵を溶いたものが散らしてある。
 これらの辛さ、エキス、卵の旨味が渾然一体となって、まるで天国のような味を醸し出す。舌がひりひりするのを感じながら、大皿の中のどこの蟹を食べようかと必死になっている自分が、おかしく感じられる。こういう、いわば原始的な味は、今日の日本では、とうの昔に忘れられたものではなかろうか。

4.ブルー・クラブ

 今度は、アメリカの首都ワシントンDCから小一時間余りのドライブの距離にある、アナポリスのレストランの話である。チェサピーク湾に注ぐ川岸にあるこの店では、ブルー・クラブ、つまり渡り蟹のソフトシェル・クラブを出している。日本ではほとんど見かけないこの蟹の料理を初めて出されると、びっくりする。そもそも、蟹の甲羅をむしゃむしゃと食べようというからである。これが驚かずにいられようかという感じである。

 おそるおそる、これを口にしてみると、そのやわらかいことに、再び驚いてしまう。しかし、種を明かされれば、なぁんだというわけ。つまりこれは、脱皮した直後の蟹だからである。それを蒸して出してくるので、非常に食べやすい。アメリカの蟹の水揚げの半分は、この形態の蟹だという。日本人や中国人のように、蟹の甲羅や硬い足をほぐして食べるような、そんな面倒なことは、アメリカ人はあまりしないらしい。いずれにせよ、このソフトシェル・クラブのサンドイッチは、なかなかおいしい。もっとも、ケチャップとかマヨネーズとかマスタードの類を、あまりつけすぎないことをお勧めする。





(平成18年12月 1日著)
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