This is my essay.



ハッブル宇宙望遠鏡から見た星雲




 銀座通りの歩行者天国を家内と二人でぶらぶらと歩き、松屋の前の旭屋書店で、「パラレル・ワールド」という題の本を見つけた。著者は、ミチオ・カクというニューヨーク大学理論物理学教授であり、最新の宇宙論をわかりやすく述べている。私はちょうど2年前に、NHKで「美しい宇宙論 統一理論に向けて」と題するテレビ番組を見て感動し、このエッセイにも「エレガントな宇宙論」というものを書いた。この本は、その中心課題である「ひも理論」又は「M理論」というものを書物の形で解説し、あわせて宇宙終末(ビッグ・クランチ)に際して我々知的生命体は生き残れるかなどという課題を解き明かそうとしているのである。かねてからの私の関心事であったから、早速これを買い込んで、土曜の夜から日曜の朝にかけての6時間、たっぷり楽しませてもらった。期待以上にすばらしい内容だったのである。

 物質とエネルギーの本質を追究してきた結果、今では二つの物質粒子間に働く力として、次の4つがあるとされている。第1は、重力(あらゆる粒子に引力として働く)、第2は、電磁気力(電荷を帯びた粒子に働く)、第3は、弱い核力(物質粒子に働き、光子や電子などスピンが整数のものには働かない)、第4は、強い核力(原子核の中で陽子と中性子をまとめる閉じこめる力)である。そしてノーベル賞をもらったワインバーグ、サラムなどの科学者が生み出した大統一理論(GUT)は、後三者は統一できたものの、重力についてはまだできていなかった。そこでこれを説明するのに諸説入り乱れていたが、とうとう新たに出てきた「ひも理論」又は「M理論」なるものがそれに成功しそうだということが、そのテレビ番組であった。まさに、この本はその詳細を記述している。

 この4つの力は全く別のもので、強さも性質も違う。たとえば、重力は他の力の10の36乗分の1であり、静電気を帯びた櫛が落ちないというのは、電磁力が地球の重力より勝っているからである。それから重力はもっぱら引く力であるが、電磁力は引き合うこともあれば互いに排斥する力でもある。宇宙の誕生から数えて今は137億年経っているが、その誕生の時にはこれら4つの力は一つのものだった。つまりあらゆる力は完璧に単一の状態で始まったが、その後多くの状態の変化を経て冷えるにつれ、力が一つ一つはがれ落ちてきて、現在に至ったとのことである。

 そして、今後の宇宙の未来を見通す場合の要素として、H(ハップル定数 = 宇宙の膨張速度)、Ω(オメガ = 宇宙の物質の平均密度)、Λ(ラムダ = ダークエネルギーつまり空っぽの空間の持つエネルギー)という3つのパラメーターが考えられた。このうち特にΩ(オメガ)が問題で、仮にΛ(ダークエネルギー)がゼロとすると、Ωが1より小さいと宇宙は将来どんどん縮んでいって、ついにはビッグクランチと称する灼熱の破滅を迎える。Ωが1より大きいと将来とも宇宙は膨張を続けて、ついには温度が絶対温度0度に達して死の世界たるビッグフリーズを迎えるということとなる。ところがちょうど中間の1だと、宇宙はこのまま膨張を続けて最後は平坦になり、時間も空間も無限大となる。実際の宇宙は、このうちのいずれであろうか、それが問題となる。

 また、宇宙については3つの疑問があった。それは、@重力以外の3つの力を統一できた理論の想定するモノポール(磁気単極子)が見つからないのはなぜか、A宇宙がどこまでも平坦である理由はなぜか(平坦性問題)、B夜空のどこを見ても一様なのはなぜだろうか(地平線問題)というものである。これらは、アラン・グースのインフレーション理論が一挙に解決をした。つまり、モノポールが見当たらないのは、広い宇宙に散らばってしまったからであり、AとBは、宇宙が急激に膨張したからである。しかし、Ω(オメガ)の値は1.0となるべきところが、観測を通じては0.3しか確認できず、その理由が不明のままだった。

 ところがこの問題は、1998年に数十億年前に生まれたIa型超新星の観測を通じ、昔の宇宙の膨張速度を観測したデータがとらえられて解決した。昔と比べて、現在の宇宙の方の膨張速度が、はるかに高かったのである。これは、かつて無視していたΛ(ダークエネルギー)を0.7としなければ計算が合わず、これにΩの0.3と足し合わせれば、確かに1.0となる。これはインフレーション理論の正しさが検証された瞬間で、その鍵は、真空にあったというわけである。WMAP(マイクロ波背景放射観測衛星)の背景放射の観測で、Λ(ダークエネルギー)が宇宙の物質とエネルギーの73%を占めることが判明した。このΛの計算結果と符合する。

 ここで過去を振り返ってみると、宇宙の大統一理論(万物理論)を打ち立てる際には、どうしてもアインシュタインの一般相対性理論と、彼が最後まで違和感を持っていた量子力学とを統一しなければならなかった。ところが前者は、恒星や銀河、ブラックホール、クエーサーなどの宇宙的規模の現象を記述するのに適しているのに対し、後者は原子、陽子、中性子などという超ミクロの世界を説明するのに使われる。しかも、量子力学はそもそも量子という不連続なエネルギーを相手にしているので、事象はすべて確率の問題に還元されてしまう。だから、この二つの理論は、そもそも交わりようがないというわけである。したがって、これらを統一しようとする試みは、すべて失敗に終わっていた。

 ところが、1968年「ひも理論」が偶然に発見された。カブリエレ・ヴェネツィアーノと鈴木眞彦がそれぞれ別個にオイラーのベータ関数というものを発見した。これは、18世紀にレオンハルト・オイラーが見出した公式だが、素粒子の相互作用を記述するために必要なあらゆる性質を備えていることを発見した。これは素粒子の特性を予測できるなど、その革命的性質から、一大センセーションを巻き起こした。

オイラーのベータ関数

 「ひも理論」というのは、最初から風変わりなものであった。というのは、それまでの物理の理論は、まず自然を観察して仮説を立て、それを実験で検証していくという道筋をたどる。ところが「ひも理論」は、最初から直感的に答を推測するのである。そして、普通の理論なら、たとえばパラメーターを少し変えてそれをよりよくしようとするが、この「ひも理論」に限っては、少しでも式をいじくるだけで全体が崩壊してしまう。つまり、調整可能なパラメーターなど全くないということがわかった。

 次に、シカゴ大学の南部陽一郎は、素粒子を点の粒子でなく、振動する「ひも」である考えた。つまりどの粒子も本質は同じもので、ただ振動だけが違っているというのである。そこでこの本の著者のカク教授は、「ひも」を場と考えて「ひも理論」を4センチの式にまとめてしまった。ところが次に気づかれた問題は、「ひも理論」は10次元ないし26次元でしか、存在しえないということであった。これで、一時はこのせっかくの理論も、お蔵入りの運命になった。

 しかし、シャークとシュウォーツという二人が研究を続け、「ひも理論」からアインシュタインの一般相対性理論が導き出されることを発見した。これは超ひもの最低の振動として現れたのである。これで科学者は、「ひも理論」は実は万物理論になるべきものだったということに気づいたのである。そして1984年、シュウォーツとグリーンが「ひも理論」で数学的発散と異常性をなくせることを立証して、理論に矛盾がないことを示し、これ以降、「ひも理論」が再びホットな理論となった。

 仮に極微の世界を観察できる顕微鏡があって、それで電子の真ん中を覗いたとしたら、「ひも理論」によると点粒子ではなく振動する「ひも」が見えるはずで、その大きさは10のマイナス33乗センチメートルだという。そして、その「ひも」をはじくと振動が変化して電子がニュートリノになったり、あるいはクォークになったりするというわけである。既知のいかなる素粒子も、これで説明ができる。「ひも」が分かれたりくっついたりする相互作用は、原子に含まれる電子や陽子の相互作用を生み出すので、「ひも理論」であらゆる物理法則が説明できるのである。

 「ひも」が最低の振動を示すとき、つまり質量がゼロでスピンが2の「ひも」は、従来の理論でいえば重力の粒子つまりグラビトンと解釈がでる。そうするとアインシュタインの重力理論が量子の形で示すことができる。また、「ひも」は動いたり切れたりくっついたりするときに時空に影響を与えるので、アインシュタインの一般相対性理論も得られる。これで、「ひも」理論にアインシュタインの理論を取り込めるというか、正確にいえば後者はむしろ「ひも」理論の一部というわけである。

 「ひも」理論は、これが10次元を前提とするものであるだけに、いまある空間と時間を合わせた4次元を超えた残りの6次元はどうなっているかという疑問が生じる。これについては、宇宙は当初は10次元であったが、ビックバンのときに、これが不安定となって6次元は小さく巻き上げられ、残る4次元だけが拡がりだしたというわけだという。

 次に、ビックバンと同様に時間を遡っていくと、ついには特異点に達してしまって、そこでは既存の物理法則がすべて破綻するのではないかと考えられる。この点については、「ひも」は点たる粒子ではなく長さのある物体であるために、ゼロで割って無限となるような「発散」は避けられる。つまり、無限ではなく、有限のままなのである。これを数学的にいえば楕円モジュラー関数というものである。これは、「ひも」理論が10次元でなければならないものと結論付けている。

 もうひとつ「ひも」理論は、対称性をもっていて、この観点も、「ひも」理論が宇宙論として十分に役立つことを示唆している。宇宙は、もともとすべての力が一つの力に統合された完璧な存在であった。ところが、宇宙が冷える過程でその対称性が崩れて、現在の宇宙となったとされる。「ひも」は、超対称性ともいえる特性があり、既存のすべての素粒子をひとつの単純な対称性にまとめられる可能性があり、換言すれば、宇宙のすべてを取り込めるほどの対称性が得られそうなのである。

 「ひも」理論には調整が可能なパラメーターが一切存在しないが、それでも標準模型に含まれる様々な素粒子とパラメーターが説明できる。しかも、「ひも」理論の10次元のうち6次元を巻き上げても残り4次元で超対称性が保てるのなら、小さな6次元の世界はカラビーヤウ多様体で表せる。そしてひもの対称性が崩れると、標準模型に驚くほど近い理論が得られた。そしてカラビーヤウ空間の研究が進むと、この6次元空間(多重連結空間)のトポロジーが、我々の現実世界である4次元宇宙のクォークやレブトンを決定していることがわかった。

 「ひも」理論は1984年にいったん火がついたが、1990年代の半ばにはブームに衰えをみせた。というのは、ひもの方程式には無数の解が見つかり、それぞれが特有の宇宙を表していた。標準模型に近いものも実現できたが、現実に19個のパラメーターが特定の値を持ち粒子に3つの世代があるような厳密に標準模型と一致するものは、まだ見つかっていない。これは、宇宙が林立している中で、我々の宇宙を見つけることは、非常に難しいことを意味していた。

 ところが、我々の宇宙の開闢時に、対称性が崩れていって現在の宇宙の姿となったのであるが、その場合の対称性の崩れ方には多種多様なものがあり、そのパターンにはそれぞれの宇宙が対応している。それに基づいて無数の宇宙があると主張するのが「宇宙=ユニバース」ならぬ「マルチバース」理論である。ちなみにこれは、量子論の根本原理であるハイゼンベルクの不確定原理にも適合する。そして、この「ひも」理論が表す林立する宇宙は、このマルチバースを意味していたのである。

 それはよいのであるが、「ひも」理論が表す宇宙が多すぎて、うまく解を選ぶ方法が思いつかなかった。加えて、矛盾のない「ひも」理論(10次元)が5つもあって、統一理論とはいえなかった。しかも、このほかに超重力理論と超膜理論という11次元で働く理論も考えられたが、いずれも超対称性はあるものの、完全な説明はできなかった。

 1994年になって突破口が開かれた。11次元の超膜理論で1次元を巻き上げれば、結局それは「ひも」理論となるだけでなく、11次元で考えれば5つの「ひも」理論は同じ事をいっているにすぎないことがわかったのである。ウィッテンはこれをM理論と名付けた。たとえば、超重力理論は11次元の理論で質量ゼロの二つの粒子しか含まれないが、M理論は様々な質量を持つ無数の粒子を考えるので、その一部が超重力理論の二つの粒子に対応するというわけである。つまり、超重力理論はM理論の部分集合にすぎなかったのである。M理論は膜(membrane)から成る。11次元のうちの1次元を巻き上げれば小さな円となり、それが10次元でいう「ひも」理論の「ひも」となる。ここに、「ひも」理論はM理論へと大きく発展したのである。

 M理論によると、他の力に比べて重力が圧倒的に小さいことが説明できる。たとえば我々の宇宙が5次元の世界に浮かんでいる3ブレーンだとすると、身の回りの振動である原子は、5次元の世界には漂い出ることはない。振動は3ブレーンにとどまっているからである。ところが重力は空間の曲率なので、5次元の世界に漂い出る。だから、我々のブレーンでは他の力と比べて重力はその分、ずーっと弱くなるというのである。そしてこれが、ひょっとしてダークマターの見えないエネルギーを説明できるのではないかということである。

 つまり、超空間をはさんで、我々の宇宙とは別の、並行宇宙が近くに浮かんでいる。重力は超空間を飛び越してそちらに漏れていってしまっているので、我々の世界では非常に弱くなる。他方で、天の川銀河をとりまくハローに銀河の90%の質量が含まれているように観測されるということは、それはダークマターというより、並行宇宙の質量ではないかというわけである。この点はまだ実験や観察で確認されたわけではないが、M理論の応用としては、非常に興味深い。

 加えて、従来はビッグバンといわれた宇宙開闢の宇宙観にも、M理論が応用できそうである。ビッグバンは、ひとつの点から宇宙が芽生えたのではなく、高次元の膜に浮かぶ二つ以上の並行宇宙がぶつかって起こったのではないかということである。すなわち、ここに二つのからっぽの冷たい膜(並行宇宙)があったとする。それが、重力で惹きつけられて衝突し、そのときの莫大な運動エネルギーが物質と放射に変換されて我々の宇宙の萌芽ができる。二つの膜は衝突の反動で分かれていき、冷えていって我々が目にする宇宙となり、引き続き冷却されてついに宇宙の絶対温度が零度になる。それでもなお重力が膜を動かし続け、何兆年後に再び衝突を起こして別の宇宙が誕生するというサイクルを繰り返している。この考えは、宇宙の平坦性と一様性を説明している。

 このようにM理論は、いろいろな宇宙論に応用できそうなのだが、まだM理論を定式化する公式が見つかっていないという意味では、発展途上の理論である。しかし、これまでのどんな理論よりも、万物理論となり得るものといえる。M理論が正しいとして、これはユニバースならぬマルチバースという並行宇宙世界があることを前提とする。考えてみると、我々が現在住んでいるこの宇宙パラメーターは、非常に良くできている。

 たとえば、宇宙の相対密度Ω(オメガ)が今より小さいと、宇宙の膨張速度は速すぎて、早く冷えてしまっていた。反対に、今より大きいと宇宙は人間が誕生する前につぶれていたはずである。宇宙定数Λ(ラムダ)も、今より数倍大きければ爆発的に膨張してビッグフリーズとなる。逆に、マイナスであったら、宇宙はすでにつぶれてしまっていた。また、次元が1次元や2次元ではたとえ生物が生まれても複雑な神経網はできず、4次元では原子も太陽系も軌道が不安定となる。やはり3次元でなければならない………などと、6つの定数の値が人間の生存を決定する条件で、これらがわずかに違っていたりすると、たちまち死の宇宙になってしまうというわけである。

 こうして、「ひも」理論から発展したM理論は、単に万物理論の有力候補であるだけでなく、従来の宇宙観すら根本的に覆すパワーを秘めている。これが正しいとすると、我々人間の宇宙観だけでなく、宗教や哲学の分野にも大きな影響を及ぼすものであろう。従来、物理学者といえば、数式を扱うという程度の一般的認識しかなかったが、それがあの世や人間に来し方などをも説明できるようになったとは、私は本当に心底から驚いている次第である。

 高次元の空間というものがあり、それは何兆年いや何京年あるいはもっと果てしない過去から、超宇宙を漂っている。その高次元の空間に浮かぶ膜(ブレーン)は無数にあり、それが重力で互いに惹きつけられて衝突を起こし、それで誕生するのが個々の宇宙である。我々の世界は、そうして生まれた。しかし、たまたま我々の宇宙は、色々な条件が好都合にそろっていた。だから、誕生後これまで137億年も続いてきて、膨張速度は拡大しているものの、これからもまだ相当続きそうである。その中で45億年前に生まれた我々の太陽系の地球で、生命がはぐくまれた。実は、地球は全球凍結やら隕石の衝突やら度重なる氷河期があったのであるが、そういう試練を経てなお、知的生命体としての我々人間が生存し、繁栄している。

 これが新しい宇宙観である。したがって、我々人間がこの宇宙に生存し得ているということは、まさに僥倖ともいうべきものだということがわかる。たとえば、膜(ブレーン)の衝突としての宇宙の誕生のときに、少しでもパラメーターが違っていたら、そういう宇宙は単なる空間か、あるいは死の世界となっていたはずである。地球上でも、いろいろな試練があったにせよ平穏な時期が数億年なかったとしたら、我々人間のような高等動物は生まれていなかった。これが、確率が支配する世界での単に偶然のなせる技か、あるいは神のような存在が意図的に作り出したのか、何とでも解釈ができるであろう。

 さて、次なる課題は、今の世界に我々人間が存在すると、何十億年先には、宇宙全体がビッグフリーズを起こしてすべてのものが死に絶えてしまうということが予測されるが、その時に知的生命体は、生き延びられるかというテーマである。これをカク教授はタイプTからVまでの3つの文明に分ける。惑星内文明、恒星系文明、銀河系文明である。ちなみに現在の地球の文明は、タイプTの惑星内文明にも至らない、0.7文明だという。それが百億倍のエネルギーを扱い得る銀河系文明になれば、他の宇宙への脱出口となるブラックホールやベビーユニバースを人工的に作って可能になるかもしれないという。いずれにせよ、遠い遠い未来のことと信じたい。

(平成19年3月15日著)



【後 日 談】 超ひも理論をスパコンが検証

 2008年1月16日、「ブラックホール蒸発、ホーキング理論をスパコンが検証」という題名の新聞記事が載った。各紙を読み比べてみたところ、それらの中でも朝日新聞が比較的詳しくて、次のとおりである。

 重力がとても強くて光さえ抜け出せないブラックホールは、物質を飲み込む一方で熱を出し、いずれ「蒸発」する――。『車いすの科学者』として知られる英国のスティーブン・ホーキング博士が74年に提唱したこんな理論のうち、ブラックホール内部に熱源があるように見える理由が、モデル計算で確かめられた。理論の正しさが検証されたことになり、遠い未来にブラックホールが消えてしまうという予測が現実味を帯びてきた。 高エネルギー加速器研究機構(茨城県つくば市)の西村淳准教授らのチームが、スーパーコンピューターで計算した。

 宇宙の成り立ちを説明する究極の素粒子理論『超弦(ちょうげん)理論』をもとに、ブラックホールの中心部のモデルをスパコン内に構築。同理論ですべての粒子の本体とされる極小の『弦』が無数に生成・消滅し、合体・分裂をしながらさまざまに振動する様子を計算した。すると、こうした弦の反応の様子がホーキング博士の理論とよく一致した。

 弦の反応は複雑で計算量が膨大になるため、これまで厳密なモデルはなかった。チームは弦の4つの基本振動パターンをうまく組み合わせ、無駄な計算を省いた。成果は米科学誌フィジカル・レビュー・レターズ電子版に15日、掲載される。


 西村さんは「さらに計算能力を上げ、ブラックホールが蒸発する様子や、『宇宙は実は9次元空間だ』という超弦理論が求める宇宙構造などを検証したい」と話す。

というわけである。同日の日経新聞によれば、これは高エネルギー加速器研究機構と理化学研究所との共同の発表で、研究成果は1月15日付の米科学誌フィジカル・レビュー・レターズの電子版に掲載され、また西村淳・高エネ研准教授らは、約1カ月かけてブラックホールの温度とエネルギーの関係を計算し検証したとのこと。

 この記事の題名「ブラックホール蒸発、ホーキング理論をスパコンが検証」とは裏腹に、これはスーパーコンピューターのシミュレーションで、『超弦理論』つまり超ひも理論の現実的可能性が立証しうることを示している。この記者にちょっと知識があれば、「超ひも理論をスパコンが検証」とでもすべきであったかもしれない。

 超ひも理論は、一般相対性理論と量子論を統合する究極の理論、宇宙の四つの力を統合できる大統一理論の候補と言われ続けながら、何しろ超微細な振動する「ひも」をその理論の基礎とすることから、それを観察することもできず、絵に描いた餅と言われ続けていたが、こんな検証の仕方があるとは思いもしなかった。とりわけブラックホールは、従来の理論ではその内部は取り扱えない特異な領域であり、それを研究したのは最近ではホーキング博士ぐらいで、しかもブラックホールは将来は蒸発するという結論だったものだから、誰もがそんなことあるものかと半信半疑だった。それを超ひも理論で検証したとは、本当に着眼点がよい。

 今年から欧州で稼働開始されるLHC(高エネルギー物理実験のためCERNがジュネーブ郊外に建設した世界最大の衝突型円型加速器)は、超ひも理論あるいは少なくとも余剰次元の存在を示唆する成果を挙げるのではないかと思われていた。しかし、今やその成果を待つまでもなく、シミュレーションではあるものの、これを契機にさまざまな分野において超ひも理論が信頼に足る理論であることの検証が広がっていくことが予想される。いわば、超ひも理論シミュレーション学というものが誕生した瞬間であり、しかもそれが日本の科学者によって日本の得意とするスーパーコンピューターを使って行われ始めたことが、誠にすばらしいことだと思う。

(平成20年1月16日著)


【後日談2】 高エネルギー加速器研究機構のホームページ

 高エネルギー加速器研究機構のホームページで、一般向けに「ブラックホールの内部を探る 2008.1.17」と題して今回の超弦理論でシミュレーションの説明書きが載っていた。それによると、次のとおりである。

 
一般相対性理論が予言する謎の天体

 私たちが最も身近に感じている力の一つに重力があります。質量を持つすべての物体の間に働く「万有引力」として、ニュートンが17世紀後半に発見しました。一方、アインシュタインは1915年から1916年にかけて、「一般相対性理論」と呼ばれる新しい重力の理論を発表しました。この理論によると、質量があると時空が歪み、その歪みが小さい範囲内では、ニュートンの万有引力の法則が適用できます。この理論の正しさを裏づける現象として、水星の近日点移動や重力レンズ効果などが知られています。大きな質量が極端に狭い領域に押し込められた状況では、まわりの時空が著しく歪み、いわゆるブラックホールが形成されることが一般相対性理論から導かれます。

ただの「黒い穴」ではない?!

 20世紀初頭には、「一般相対性理論」と並ぶ理論物理学の柱として、「量子力学」が完成しました。量子力学では、何も存在しないと思われる真空中でも、粒子と反粒子が対になって生成しては消滅するという過程が絶えず起こっていると考えます。英国の物理学者ホーキングは、1974年このような効果をブラックホールのまわりで考えました。

 その結果、ブラックホールは単なる「黒い穴」ではなく、光などを放出しながら少しずつ小さくなることが理論的に示されました。この現象は「ホーキング輻射」と呼ばれています。


ブラックホールの中には何がある?

 理論的に導かれた「ホーキング輻射」のエネルギーの分布を見ると、あたかもブラックホールに何らかの内部構造があるように見えます。しかし、それが何であるかは長い間ナゾでした。ブラックホールの中心付近では、時空の歪みがあまりにも大きくなるため、アインシュタインの一般相対性理論さえも、有効ではなくなってしまうからです。したがって、ブラックホールの内部構造を解明するには、一般相対性理論を素粒子レベルまで拡張する必要があり、それはアインシュタイン以来の大問題だったのです。

問題を解く鍵は「超弦理論」

 素粒子理論では、一般相対性理論を素粒子レベルまで拡張する究極の理論として「超弦理論」が提唱されていました。この理論では、観測されているすべての素粒子を、極めて小さなヒモである「弦」の様々な振動のしかたとして表わします。その中には、重力を媒介する「グラビトン」と呼ばれる粒子も含まれているので、一般相対性理論を素粒子レベルまで自然に拡張することができるわけです。この超弦理論を用いれば、ブラックホールの内部構造を解明できると期待されていました。

超弦理論の予測するブラックホールの内部構造を表す概念図(弦の凝縮状態)。

 1995年に「弦の凝縮状態(弦が小さな空間にたくさん集まっている状態)」が発見されたことにより、超弦理論の研究が大きく進展しました。そのような状態の中には、遠くから見るとブラックホールに見えるものもあり、そのことから、中心付近に端を持つ多数の弦が揺らいでいるような状態(図)がブラックホールの内部構造として予測されていました。しかし、実際にそのような状態の性質を具体的に調べる事は、弦の間に働く相互作用が強いため、難しいと考えられていました。

スーパーコンピュータでシミュレーション

 今回、高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所の西村淳准教授を中心とする研究グループは、弦の振動の周波数に応じて効率的に数値計算する新しい方法を開発し、スーパーコンピュータを使って、ブラックホールの内部に存在すると考えられる「弦の凝縮状態」のエネルギーを計算することに成功しました。のグラフが、エネルギーを温度に対してプロットしたものです。棒のついた四角い点が、今回計算された「弦の凝縮状態」のエネルギーです。これに対して実線は、ホーキングの理論を用いて得られていたブラックホールのエネルギーの温度依存性です。温度が低い領域で「弦の凝縮状態」を遠方から見たときに、一般相対性理論で記述されるブラックホールに見えることが知られています。グラフを見ると、実際に低い温度では、両者のエネルギーの計算結果が近づいていく様子が確認できます。これにより、超弦理論によって、予測されていたブラックホールの内部構造(前図)を世界で初めて実証しました。この計算には主に高エネルギー加速器研究機構のスーパーコンピュータ「日立SR11000モデルK1」が用いられました。超弦理論の「弦の凝縮状態」のエネルギーを計算した結果を温度に対してプロットした図。実線がホーキング博士の理論に基づいて計算されるブラックホールのエネルギーを表す。一般相対性理論に基づく計算が有効になる低温領域において、両者が近づいていく様子が確認された。








これまでの研究とどこが違うの?

 ホーキング輻射が起こらない特殊なタイプのブラックホールについては、既に10年以上前、超弦理論に基づく内部構造の研究が進められていました。このタイプのブラックホールは、内部の温度がゼロの場合に対応し、熱的なゆらぎがないため、高度な数学を駆使することにより、その内部にあると考えられる弦の凝縮状態の性質を調べることができます。この研究と比べて今回の研究が大きく異なる点は、温度がゼロでない場合について、弦が熱的に励起されて揺らいでいる様子(図)を調べることで、ホーキング輻射に関連するブラックホールの性質が明らかになったという事です。

超弦理論の夢、広がる

 超弦理論の使い道はブラックホールだけではありません。もともと、一般相対性理論を素粒子レベルまで拡張する究極の理論として誕生した「超弦理論」ですので、様々な応用が考えられます。特にコンピュータを駆使した弦理論の新しい研究手法が確立した意義は大きく、例えば、ブラックホールの蒸発や初期宇宙、物質の創成といった興味深い問題において、超弦理論が大きな役割を果たすと期待されます。今後の研究の進展にご期待ください。

    

 なるほど、これで、よくわかった気がする。日本のお家芸ともいえるスーパーコンピューター技術で、現代物理学の最後の難問である超ひも理論が解き明かされようとしているということに、胸がふるえる思いである。

 これで超ひも理論が宇宙の大統一理論として認知されれば、20世紀科学の二大成果でありながら、これまで相容れなかったアインシュタインの相対性理論と量子力学の二つの学問がようやく統合される。そればかりか、我々の宇宙の始まりとその未来が予測され、次いで余剰次元とパラレル宇宙が研究されるであろう。まさに、21世紀にふさわしい科学の発展である。

 そして我々の曾孫の時代になると、ひょっとしてそのパラレル宇宙につながるワームホールが発見され、異次元宇宙の探検時代が幕を開けるということになる・・・などとというのは、SFの読みすぎかもしれないが、ひょっとしてそれに近いことになるのではと期待を持たせられる成果である。この歳まで生きていて、本当によかったと思う。




 ということで、高エネルギー加速器研究機構のホームページには、僭越ながら次のような書き込みをさせていただいた。

 これまで、架空の数学遊びといわれていた超弦理論の有効性を実際に解析したという手法は、@新たな学問分野の創設、A相対性理論と量子力学の統合、B四つの力の大統一理論の完成、C宇宙開闢時代の解明など、いくつもの意義が秘められており、それを我が国得意のスーパーコンピュータで行ったというところは、誠に誇らしいと思います。京大の山中伸弥教授のiPS細胞研究に匹敵する大きな業績です。今後とも、こうしたご努力を続けていっていただきたいと思います。





(平成20年1月19日著)
(お願い 著作権法の観点から無断での転載や引用はご遠慮ください。)



 
ホーキング宇宙と人間を語る
宇宙に終わりは?
サイクリック宇宙論
超ひも理論
ワープする宇宙
パラレル・ワールド
エレガントな宇宙論
ホーキング宇宙を語る





ライン




悠々人生のエッセイ

(c) Yama san 2007, All rights reserved