This is my essay.








 最近の日本が長年の間、低成長に苦しんできた上に高齢化や少子化が容赦なく進んでいるのに対して、中国やインド、ロシア、ブラジルといった世界の新興国が快進撃を見せてどんどん高成長を続けている。そういう日本を巡る国際経済環境の変化が、私くらいの歳になるといささか心配になり、自分が近々引退するといったときに、老後にちゃんとやっていけるのかと、一抹の不安を覚えるのも事実である。

 たとえば、手元に100万円という金額があったとする。大人しくそのまま定期預金にでもすると、何しろ金利が0.35%などというレベルである。一年たっても利子はたった3500円という雀の涙しかつかない。あたかもこれは、「貯金などしてくれたら困るので、そんなことせずにさっさと使え」と銀行から言われているようなものではないか。

 そこで、投資でもと思うのが普通であるが、株式や投資信託はもう上限に近づいていると考えられるし、私のような歳の者は、そもそも危険資産というのは持つべきでないという本能のようなものがある。本当は、思い切ってそういう殻を破らないと、大金を手にできないのであるが、ウルトラマンではない身なので、なかなかそう一挙には変身できない。

 しかし、そろそろ引退という時期になって、ちょっと変身したいという山っ気が、ないわけではない。しかし、引退後ただちに危険資産に手を出してすべてなくしてしまうというのも、困ってしまう。そういうわけで、少し練習してみようと決意した。まず株式というものが頭に浮かぶが、株式を始めたら始めたで、いつも株価ボードが気になって仕事に身が入らないなどというのは本意ではない。さりとて、いま流行のFX取引というのも、似たり寄ったりのようだ。つい最近、FX取引で7億円の儲けを申告しないで脱税で捕まった夫婦がいたが、しょっちゅうファックスで業者とやりとりしていたらしい。それに何よりも、こんな危ない投資はないようだ。よく聞いてみると、この夫婦は、今年は4億円の損失を出したという。

 そのようなわけで、まだ現役でバリバリ仕事をしているうちは、たとえシミュレーションとはいっても、株やFX取引には近づかない方がよさそうだ。そこで、たまたま、ソニー銀行に口座をもっているので、円ドルの為替取引の実験をしてみようかと思い立ったのである。

 まずその前に、最近の為替の動きを見なければと思い、1ヶ月、3ヶ月、半年、1年、2年のチャートを眺めていたが、いくつかのノコギリの刃のような形を描きながら、上がったり下がったりしている。その昔、サミュエルソンの経済学原論で読んだ景気変動理論そのものである。これがコンドラチェフの波、こちらがシュンペーターか、などと懐かしい。まあ、懐古話はともかくとして、為替には半年程度の大波と、それこそ1〜2日程度の小波とがあると判断した。私はせっかちな方だから、とても半年程度の大波は待っておられない。1〜2日程度か、せいぜい1週間程度の小波を見て売買のシミュレーションしようと思い定めた。「まだはもう、もうはまだなり」という格言の世界である。いずれにせよ、為替ならパソコンで24時間取引ができる。そこで、仕事のない夜と早朝の取引の真似ごとをしてみた。

 さてそれで、3ヶ月の間に、試しに2〜3回、米ドルを仮想売買してみた。ソニー銀行の為替手数料は、往復50銭なので、それ以上の値動きがあれば、儲けとなる。最初は誠に好調そのもので、115円から118円の間で円が高い時期に米ドルを100万円分購入し、円が50銭以上安くなって、目安としてできれば1円以上安くなったときに円転するということを繰り返した。売買の期間は、一週間というのが多かった。すると、3回で合計15、000円の儲けである。まあそれも、しょっちゅう円レートのチャートを見ているというわけでもなく、数日に一回、レートを見て、有利であればどっこらしょという感じで売買するという調子である。とても、熱心な投資家とはいえない。それでいて、年率にすると6%のリターン(3ヶ月X4)という成果であるから、それほど悪くはない。

 ところが、それからがいけなかった。円が124円にもなって、購買力平価で評価すると87年のプラザ合意以来の低水準となっていったので、とても買う気にならなかった。いつ反転するのやら、その見極めがつかないからである。それでも、一回だけ、果敢にも円買いをしたところ、どうやらそれは反転をした直後だったらしくて、どんどん円高が進み、あわてて小反落の時まで待って何とか売り、差引1000円程度の損失に留めた。大損を回避しただけでも、よかったと思うべきであろう。

 本来であれば、日本経済の状況、米国経済指標の知識などを駆使して、為替の動向を判断してから、円買いかドル売りかを決定すべきであろう。実は私も、一応そのようにして、一定の相場観を持ちつつ為替の売買をしようと試みた。しかし、わかったことは、そんなことは神様でもない限り、不可能ということである。たとえば、日銀の利上げ判断が遅れそうだから、円の対ドルレートはこの水準まで下がりそうだと思っても、私には全く知識のないアメリカの雇用統計が突然発表されてその数字が悪かったので、円が大幅に上ったとか、あるいはサブプライムローン(それは一体、何なのか!)の焦げ付きのせいでこれまた下落基調だった円が突然に上ったとか、もう予測のつかないことばかりである。だいたい、為替専門家の書く文章も、一日も経ったらもう時代遅れとなっている。この人たちも、お手上げに近いのに違いない。

 というわけで、妙に経済学の知識をもって小賢しく売買するというよりも、むしろチャート上のグラフの上下だけを見て、動物的カンで決めるしかないと思い至った。まるで、ゲーム感覚そのものである。こういう方針で、その後、機を見て2回ほど売買して、いずれもまあまあ成功し、結局のところ累積で約2万円のプラスとなった。半年のベースだから、一年換算では4%の利回りということになる。これを高いとみるか、安いとみるか………やはり安いと見るべきであろう。1000万円を投資しても、一年で40万円しかリターンがない。したがって年間400万円を稼ごうとするには、元手に1億円が必要である。とても、リタイア後の生計の手段にはならないようだ。別の確かな道を探さなければ………。いずれにせよ、今回のことは、実験としてはまあこんなところか。

 ところで、よく考えてみると、この私がリスクをとった外貨売買で、ソニー銀行は手数料として計算上約3万円の収入があったはずである。やはり、最後に笑う者は、銀行であったようだ。


(平成19年8月 7日著)



(後日談)

 さて、以上のようにとりあえず試験的に外貨取引のシミュレーションを試みたのであるが、相手は海千山千のプレーヤーがいる市場、なかなかそう簡単に素人が扱えるものではない。この記事を書いた直後の8月9日、フランス最大手の銀行のひとつであるBNPパリバは、アメリカにおけるサブプライムローン投資(信用力の低い個人向け住宅ローン)で大きな損失を被ったことを発表した。これを契機に、大きなショックが株式・金融市場を襲った。その一環として。日本の外国為替市場で円借り取引の解消の動きが始まり、円は急騰し、8月17日には、1ドル=116円台から、翌日には一時111円台となった。この動きは、次第に収まり、27日には、116円台に戻っている。

 ところで、この騒ぎのせいで、損切りをしようとした私は、この波に乗り遅れて、結局のところ約3万円の損失を被ってしまった。要するに、バタバタしたあげくにチャラになったわけだが、これが素人というものか。竹槍のようなサヤ取り程度では、市場の大変動には、とうてい敵うものではない。まあ、FX取引でなくてよかった。FX取引家は、相当な損害を被っているようだ。これを試そうとしなかったことだけについては、先見の明があったのかも・・・。いずれにせよ、今回のようなことがあっても、最後に儲けたのは銀行だという構図は、やはり変わっていない。

 以上のシミュレーションで得た結論は、私のリタイヤ後の暇つぶしとしては、「絶対に相場商品には手を出すべきでない」ということである。少し、賢くなった気がする。その代り、いつまでたっても経済状況は変えられないけれど・・・。





(平成19年8月27日追記)
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