This is my essay.








 私は、大学院の先生という稼業も行っているが、そこでの授業はゼミ形式という形をとっているので、先学期は20人余りの若者とのお付き合いがあった。他方、年に数回という頻度ではあるが、大学時代の同級生との会合があり、友情や懐かしさも手伝って、できるだけ出席することとしている。たまたま同じ週にこの授業と同窓会という二つの会合が重なったりすると、既視感つまりデジャブとでもいうのだろうか、何か不思議な感覚を身の内に覚えるのである。

 これは何だろうと考えてみて、ふと思い当たったことがある。それは、この学生諸君とのお付き合いは、いわば赫々たる人生の始まりを見ているのであるが、同窓会の集まりは、人生の……といっても、まだファーストライフではあるが……終わりを見ているからである。学生さんたちは、何になろうか、どんな職業がいいか、どこに就職しようかなどと夢一杯であるのに対し、私の同級生は、そのほとんどが当初の職場を離れ、セカンドライフを迎えたばかりである。中には、十分に出世ができなかったと悔しい思いを抱いている者もいれば、人生こんなものさと達観している人もおり、それを通り越して専ら趣味にいそしむ者もいたりする。「我々は、その時代のベスト・アンド・ブライテストだったはずなのに、この中でただのひとりも、億万長者が出なかったなぁ」と嘆いた者に対しては、「勤めている限り、そりゃあ、無理さ」と、とりなす輩もいる。学園紛争直後の世代なので、まあ、物わかりと諦めの良さが、私の年代の唯一の取り柄なのかもしれない。

 いずれにせよ、我々も昔はこの学生さんたちのように純粋無垢だったのに、それが30数年間の人生ゲームの末、こんな姿となったのかと思うと、感慨無量である。そういえば数年前に、この同級生全部について、その学生時代の顔写真と現在の顔写真とを並べてCD−Rにし、自動めくりのスライドショーにして配ったことがある。そうすると、本人よりむしろその家族から「うちのお父さんが学生時代にあんなに格好良かったとは知らなかった」とか、「あの頃はあんな髪型だったのですか。時代と歴史を感じます。」などとか、思いがけない反応が返ってきた。どうやら我々の青春時代は、もはや茫々たる歴史の彼方となっているようだ。

 ところで、変わったのは、何も顔や姿形だけではない。昔を思い起こして社会に出た時点でのそれぞれの性格や能力と現在の境遇とを比較すると、これが人生かとしんみりさせられる。

@ あの何事も賢く手堅かった人物は、近く上場企業の副社長に就くらしい。そうだろうな。この性格で30数年、仕事をやり続けていれば、当然ともいえる地位である。おめでとう。奥さんとも時々散歩をしているようだし、家庭も円満そうだ。

A 次にあの寡黙で大人しくて、それでいてどういうわけか銀行に行った彼は、早期に退職して地方の大学の先生となった。その方が、はまり役だと思う。最初からそうしていれば、今や学会の中核となっていたかもしれない。もっとも、生涯賃金では、銀行を経由した今の方がはるかに高いので、結果的にはこれで正しかったのかもしれない。

B えぇと、あの良く喋って冗談ばかり言っていた人は、今はメーカーの専務で、いつもの通り同窓会でもまた冗談を言って笑わせているではないか。これを懲りないヤツというのか。給料もそこそこだし、万事順調のようだ。めでたしめでたし。

C それから、軽音楽部でギターを掻き鳴らしていた彼は、うーんこちらも、4つの企業の社長、副社長などを兼ねてご発展中で超多忙らしい。ひとりでギター、ボーカル、ドラムを兼ねるといった調子だから、学生時代より忙しそうだ。昔も今も、多忙が好きというか、そういうのが体に染みついているらしい。これも、出世するひとつのタイプである。

D 人柄が良くてどこから見ても良家のお坊ちゃんタイプなのに、あの生き馬の目を抜く有名商社に行った彼はというと、肌に合わなかったのか50歳過ぎて早期退職をして1億円もらったものの、今は二つ目の中小企業で苦労しているらしい。かわいそうに、髪が真っ白になっている。最初の就職先は、のんびりしたメーカーの方がよかったのではと思うが、大学を出たばかりの時点では、そんなこと、わからないしなぁ。

E あのガリバー企業に行ってこれも早期退職をした彼、学生時代の印象は、自分で何でもできる人という感じで、現に退職後は自分で会社を立ち上げた。しかしそれが元で、別居か離婚をしたとのこと。加えて今は経営的にもひどく苦労をしているらしい。今回の集まりでは、外国人女性と住んでいるという爆弾発言をしていた。万事手堅い同級生の中で、このケースが一番ドラマティックである。人生変転恒成らずというところか。

F 裁判官となった彼、学生時代は、真面目を絵に描いたような人だった。こちらも順調に出世して今や管理的立場にあり、65歳まで勤めるとほがらかに宣言。仕事が性に合っているようで、誠に結構である。

G 弁護士となった彼、勉強して司法試験に通った頃は、意気揚々として、我々も心からおめでとうと言ったものだ。しかし、時代は変転し、今は個人の法律事務所では儲からなくなってしまったらしい。どうかすると、事務所の維持すら困難と聞くに至っては、自営業の怖さを思い知らされる。

H もっとも、その一方では、都内の法律事務所に就職してしばらくすると、ボス弁が亡くなってしまい、その法律事務所を引き継いで今日まで営々と努力し、中堅の法律事務所に育てたという友人もいるから、世の中はよくわからないものだ。単に能力というよりも、運の力というものも相当あるのかもしれない。

などと、際限もなく続きそうなのでこの辺りで止めることとするが、こうして見てみると、かつての大学卒業時の性格や能力と30数年後の現在の運命とを比べれば、明らかに相関関係がある。もちろん、途中で運の良い人悪い人という違いが若干あるけれども、おおむね7割程度は、言い当てられると思うようになった。

 さて、そんな感慨を抱いて、私の学生さんたちを見ると、世間から見れば最高学府にいるベスト・アンド・ブライテストの諸君ではあるが、その実、色々な人がいる。たとえば、愛想の良い人、文章に迫力ある人、あれもこれもと気の多い人、大言壮語を語る割には大したことない人、思いもかけない新説や珍説を述べる人、斬新な考えのある人、上がってしまう質の人、世の中がわかっていそうな人、よせばいいのに一言多い人、ちと狡い人、真面目過ぎて融通が利かないのではないかと思える人など、さまざまである。

 占い師よろしく、「あなた、このままだと将来はこうなりそうだよ」などと言えないこともないが、そんなことをしたら、希望に満ちている学生さんには失礼千万であろう。またそもそも、運に相当する3割の確率で当たらないことも有り得る。というわけで、その人の将来の道筋を思い描きつつ、出来る人や将来有望な人にはその良い点を具体的に指摘して、誉めて自信をつけてもらい、反対にこのままだと華々しい出世があまり望めそうもないのではないかというタイプの人には、余計なおせっかいかもしれないが、それとなく欠点を指摘して、これを直していけばよいのではないかという観点で接するように努めている。いずれにせよ、出世だけが人生ではなく、家庭や趣味に生きるというのもひとつの選択なのだから、そんな例も含めて学生さんに人生のヒントとなるものを差し上げることができればいいなと思っている。

 まあ、これからの本人の努力の成果もあるだろうし、そもそも生きる時代も変わるし、それに応じて運の良し悪しに一層左右されることもあるだろう。セカンドライフに入ってしまった我々の場合はもう遅いが、学生さんたちには、これから明るい将来があるようにと、祈るばかりである。





(平成19年8月10日著)
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