This is my essay.



          




 人の特徴を区別するメルクマールとして、いろいろとあるが、その中に甘党と辛党という区別がある。私はもとより、その両刀使いではあるが、実は家内とともに、かなりの甘党である。今住んでいる関東とそれから出身地の中部地方の和菓子には、我々の好きなものが多い。たとえば、安倍川餅という和菓子がある。これは、柔らかくて小さなお餅にきな粉やあんこをまぶしたもので、江戸自体以来の静岡の名物である。製造メーカーによっってさまざまなタイプがあるが、普通は小さなパックに小分けされている。

 そのパックは清潔な感じで、しかもしっかりと包装されているが、意外と開けやすい。いざ開けてみると、その中にはたとえば餡もち1個ときな粉もち2個が入っている。それには、竹で出来た小さな洒落た楊枝が添えられていて、これで食べるようになっている。また、きな粉もちのきな粉の量が少なくて物足りないと思ったら、紙製の小袋の中に追加できる少量のきな粉がちゃんと用意されていて、それを開けて振り掛ければよい。和菓子としてよく考えられており、中部地方を中心として全国ベースで売られているという理由も、なるほどと納得できるものである。

 先日、田舎に住んでいる親戚から、和菓子をもらった。葛餅である。関東近辺では、見たこともないメーカーだが、包みを開けてみると、ひとつひとつ小分けされていて、一個の包みには葛餅の入った小パックに、黒蜜、きな粉、それにプラスティック製の小さじが添えられていて、全体がまあ格好よく包まれている。外観は、まず合格といってよい。

 さて食べようとして、まずは葛餅の小パックを開けようとした。ところが、ここで手間取ったの何のって。だいたい、表面のプラスチックの一枚がなかなか開けられないのである。しばし格闘してやっとのことで、何とか開けることが出来た。ところが、その小パック一杯に中身が詰まっているので、まず、葛餅をちょっと食べないと、黒蜜やきな粉が振り掛けられない。そこでプラスチックの小さじを手に取ったのだが、これがまた小さ過ぎて、小学生でも持つのに苦労するだろうなぁと思うくらいである。ま、それでも何とか余裕を作って、それでまず、きな粉を掛けようとした。そして、やや大きめのきな粉の袋を手にとって開けようとしたものの、これもまた頑丈で、なかなか開かない。

 そうこうしているうちに、一挙に開いたのだが、それの勢いがあまりにも強すぎたものだから、何と、きな粉が50センチ四方に飛び散ってしまった。さらに間の悪いことに、そのきな粉が鼻に入って、止める間もなくくしゃみが出てしまい、さらにきな粉が飛び散った。こうなるともう、食べるどころではないではないか。そもそも、こんなお菓子を作った人は、実際に自分で食べてみたことがあるのだろうか。あったとしたら、よほど力の強い人に違いない。私はもう、こりごりしたので、二度とこんな和菓子は食べたくないと思った。

 考えてみると、こういった和菓子という小さな産業分野でも、デザインや味、値段などにそれなりに頭を使っただけでは、全国区に通用するようなお菓子にはならないのだろう。やはり、顧客に満足感が残って、また買おうという気持ちを呼び起さないといけないのである。この田舎の葛餅のように、二度と買うものかという気をお客に起こさせるなど、論外なわけである。こういう顧客第一の姿勢に基づいての、ちょっとした知恵と配慮と工夫の有無が、全国区のお菓子となるか、それとも一地方の名もないお菓子となるかの分かれ目なのである。

 私の住んでいる文京区に、二つの有名な和菓子店がある。ひとつは、根津のタイ焼きで、これは元駐日米大使だったモンデールさんご夫妻が、これぞ日本の味といって絶賛していたものである。何の変哲もないタイ焼きであるが、焼きたてはとても美味しい。北海道からも、噂を聞きつけて買いに来るほどである。もうひとつは、大塚の講談社前にある群林堂の大福であり、大福本体よりも豆の方が多いのではないかと思うほどに、数多くの美味しい豆に囲まれた大福餅なのである。この二つの店の共通点は、一日に作る量が決まっていてその日の朝に作ったものそのまま店で売り出して、売り切れたらそれで店を閉じてしまうというスタイルをとっていることである。たとえば根津のタイ焼きは、大鍋いっぱいに作った十勝の小豆がなくなば、それでハイおしまいとなって、その時いくら列ができていても、閉めてしまう。吉祥寺にも、羊羹であるがそんな店があって、午前5時などという朝早くに店を開いて、もう9時過ぎには売り切れてしまうと聞いたことがある。

 それでよく商売が成り立つなと思うところであるが、要するに、身の程を知っているという意味では、なかなか立派な態度であると思う。これに対して、最近の食品偽装で一躍世の中の非難の的となった感のある、伊勢の赤福や北海道の白い恋人は、身の程以上に商売を大きくして、管理できなくなって失敗したのではあるまいか。特に赤福などは、元々は伊勢参りのおみやげで、ほんの30年前くらいから名古屋、そして関西で売り始めたと記憶している。というのは、家内もこれが好きで、大阪から帰京する新幹線をわざわざ途中下車してこれを買い、それで帰った記憶があるからだ。それが今ではどうだ、東京の近くの普通のスーパーでも買えることがある。そして、買うときには「生ものですから、きょう中にお食べください」などといわれる。ところが、実はその赤福餅は、売るまでに冷凍保存したり、それどころか「まき直し」と称して売れ残りをもう一度包装し直して販売したり、「むきあん」「むきもち」などといって売れ残りの再利用を図ったりしていたというのだから、なにをかいわんやである。これでは、食当たりをしなかったのが不思議なくらいではないか。こんな経営者は、商道徳のかけらもないと思うのだが、その実、本人は伊勢地方の商業界の大物だったというのだから、騙された一庶民としては、二重に驚いている。

 しかし、私も、もう少し注意を働かせていれば、こんなことは簡単に見破ることができたのかもしれない。根津のタイ焼きや群林堂の大福のように細々と、しかし気長にやっている商売と違って、赤福は、あんなに大々的に全国区で売り出し、しかもいつ行っても売り切れということがない。それでいて、「本日中にお召し上がりを」などというのは、やっぱり少しおかしいと思うべきだったのかもしれないなぁ。そういえば、食べた赤福が、ちょっと冷たかったり、箱の下の紙とくっついてなかなか剥がせなかったりしたことがあったが、あれは「まき直し」の製品だったのかもしれないと思うと、甘いお菓子も、いささか苦く感じてきた。




(平成19年11月10日著)
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