悠々人生のエッセイ

宇宙に終わりはあるか

ハッブル宇宙望遠鏡




 家内が、東京大学の弥生講堂で「宇宙に終わりはあるか」という演題の講演が行われることを教えてくれた。インターネットで申し込んだところ、首尾よく受け付けていただいた。そこで、きょう土曜日に聞きに行ってきたというわけである。演者は、数物連携宇宙研究機構の村山 斉 機構長(44)だった。

 「宇宙は暗黒物質、暗黒エネルギーといった未知のもので支配されていることが、最近分かってきました。私たちの身の回りのものが出来ている原子は宇宙の5%にもなりません。まるでスターウォーズに出て来るような宇宙の暗黒面の正体は、実は宇宙がどうやって始まったのか、宇宙の運命は何か、といった人類が何千年もの間考え続けてきた疑問に関わっているのです。暗黒エネルギーの正体によっては、宇宙に終わりがあるかもしれません。今回は、最新の科学の力でこうした人類の疑問に応えていく取り組みについてお話しします」というわけである。

 この村山機構長さん、なかなかの話し上手で、難しい話の一方で、お子様の写真や、テレビドラマの理論物理学者の役者のセリフを借りて軽快に話を進めていくので、とても聞きやすかった。聴衆の数は300人、老若男女いろいろである。

WMAP衛星による宇宙背景放射のゆらぎの測定


 2003年のWMAP衛星(ウィルキンソン・マイクロ波非等方性探査衛星)による宇宙背景放射のゆらぎの測定などで、どうやら、この宇宙には「暗黒物質」(Cold Dark Matter)があり、しかもその質量は半端なものではないことがわかった。我々が普通に目にする原子や中性子はもちろん、目に見えないニュートリノなどを合わせても、宇宙の組成のわずか4%程度にすぎない。それに対して暗黒物質は、この銀河系のみならず宇宙全体に満ち満ちていて、精密な天体観測の結果、宇宙の組成の23%を占めていることがわかったのである。この暗黒物質は、宇宙がまだ誕生して1兆分の1秒というごくごく若いときに創られた素粒子だと考えられるようになった。

 そこで、これを検出しようと、旧神岡鉱山の地下に新しい実験装置をつくり、銀河の中の暗黒物質を直接捕らえようとしていたり、また、今年始まる欧州の世界最大の粒子加速器LHCを使った実験によって、暗黒エネルギーを実験室で創り出そうとしている。しかし、何しろ相手が目に見えない上、めったに既知の粒子と相互作用をしないために、たとえば神岡鉱山の地下の実験では、年に2〜3回しかないというそのチャンスを気長に待たなければならないという悠長な話である。

 他方、また宇宙の組成の話に戻るが、暗黒物質が23%、普通に目にする原子や中性子等が4%というのであれば、それではその残り73%は何かというと、それが「暗黒エネルギー」(Dark Energy)であるという。ヨーロッパの天文台が30年間にわたる約1万もの銀河の分布と動きを測定した結果、その存在が明らかとなった。これも、暗黒物質と同様に、光も放射線をも放出・反射しないために、現在の技術では捕らえることはできない。暗黒エネルギーは、銀河間に作用して重力(万有引力)に逆らうかのように振る舞い(万有斥力)、理論上、宇宙を収縮にではなく膨張に導く力である。つまり、宇宙の膨張を減速させる引力の影響を弱める働きをする。これまで長い間、宇宙の膨張速度は銀河間に働く引力によって減速すると考えられていたが、暗黒エネルギーの存在はそれとは正反対の結論を導くことになるので、科学者は驚いたというわけである。

 つまり、宇宙の主役は、我々が普段、目にするような星々や銀河や星雲などではなくて、実は暗黒物質と暗黒エネルギーだったのである。このうち、特に暗黒エネルギーは、我々の宇宙の行く末に大いに関係するものである。というのは、宇宙の膨張に伴って暗黒物質の方は薄まっていくが、暗黒エネルギーの方は変わらずに働き続けると見込まれるからである。このまま暗黒エネルギーが我々の宇宙に作用を及ぼし続けるとすれば、やがてこの宇宙に存在する星、銀河などがバラバラになる。それどころか、物質とそれを作っている原子、素粒子もバラバラとなり、結局のところ、何も残らない荒涼たる暗黒の世界が広がるというのである。もちろんそれは、100億年とか、それ以上の歳月が経過したときのことである。これをビッグ・リップ(Big Rip)というらしい。

 これまで、宇宙空間の曲率がプラス、つまり遠い将来の宇宙は、ビックバンの逆コースをたどって収縮し続け、最終的にはつぶれてしまうという考え方をビック・クランチ(Big Crunch)といっていたが、こちらの場合はたぶん何もかも燃え尽きてしまうのであろう。でも、生きとし生けるものはもちろんのこと、物質すべてがなくなるという点では、結論としてビッグ・リップと同じようなものだ。ははぁ、我々の世界は、結局は、原子や素粒子に至るまで、跡形もなくバラバラに引き裂かれるというわけか、意外と寂しい終わり方をするものである。

 ところで、村山機構長が、講演の最後のあたりで、私の関心事である超ひも理論にも触れていた。それによると、数物連携宇宙研究機構にいるアメリカ人の若い女性研究者が、こんな説を提唱しているらしい。すなわち、そのうち宇宙には「泡」のようなものが出来てきて、その中には暗黒エネルギーは存在しない。そうして、そういう「泡」構造がやがて優勢となって、やがては宇宙は泡だらけとなり、暗黒エネルギーは働かなくなるというのである。面白い説だが、シャボン玉のようにうたかたの泡と消えそうな気もする。

 そこで私は、講演後のQ&Aの機会に、村山機構長にこんなことをお聞きした。「ひも理論で泡の話をされましたが、暗黒エネルギーというのは、ひも理論がその前提とする別次元の空間から漏れてくる重力として理解するのが本筋ではないですか?」これに対して村山さんは、「この我々の世界からいったん別次元へと漏れた重力が、またエネルギーとして返ってきて我々の世界に影響を及ぼすと考える研究がされているのですが、いろいろと説明のつかない不都合があるようです」との答えであった。いや、別に返ってこなくとも、別次元の空間そのものの重力が暗黒エネルギーとなっているのではないかと単純に聞いたつもりなのだが、どうも伝わらなかったようだ。それとも、ご専門が違うのかもしれない。

 ただ、当日、配られた数物連携宇宙研究機構作成の資料を見ると、「ひも理論で、ブラックホールの熱の正体と6次元の幾何学が結び付けられたように、物理学が新しい数学の発展を促し、それはまた宇宙の謎を説明する新しい物理法則の発見につながります」とあり、また「原子を構成する素粒子であるクォークやレプトンは、『ひも』のような形をしていると考えられます。しかも、極微の世界は、私たちが住む3次元空間よりもっと高い次元の複雑な構造をしていると考えられています」とあるから、超ひも理論も、それなりに数物連携宇宙研究機構の研究対象となっているようだ。
一般講演会「宇宙に終わりはあるか」 〜 宇宙はどのように進化するのか。カギをにぎる暗黒物質と暗黒エネルギー 〜 東京大学 本郷キャンパス 弥生講堂にて


(参 考) 万有斥力と万有引力

 宇宙全体に万有斥力が働いて膨張速度が加速しているとすれば、たとえば太陽と地球、あるいは極端にいえば、家の中の私と家内の距離も拡大していると考えるべきか。その答えはノーだという。なぜかというと、万有引力は物体間の距離の二乗に反比例して弱くなっていく(F=G*Mm/r2)ので、距離が短いときは万有引力の方が効いてくる。しかし、距離が離れれば離れるほど、今度は万有斥力の方が優勢になって銀河群がお互いにどんどんと離れていくからである。

 それではその境界はどこかといえば、およそ2000万光年の距離で、それより近ければ万有引力が優勢、それを超すと万有斥力が優勢だという(東京大学・佐藤勝彦教授)。我々の銀河の直径は10万光年、我々の銀河のお隣とアンドメダ銀河は230万年光年で、その直径は20万光年である。したがって、この範囲内ならば、万有引力が優勢に働く世界ということになる。しかし、我々の銀河とアンドロメダ銀河は、2000個あまりの銀河から成る巨大な「乙女座超銀河団」の端にあり、超銀河団の直径は2億光年なので、もはやこのスケールになると、万有斥力が優勢の世界になる。そして、万有斥力が徐々にその効果を強めていき、やがては超銀河団全体、最終的には宇宙のすべてが引き裂かれ、ちりぢり、バラバラになるというわけである。




(平成21年1月24日著)
(お願い 著作権法の観点から無断での転載や引用はご遠慮ください。)



 
ホーキング宇宙と人間を語る
宇宙に終わりは?
サイクリック宇宙論
超ひも理論
ワープする宇宙
パラレル・ワールド
エレガントな宇宙論
ホーキング宇宙を語る




ライン




悠々人生のエッセイ

(c) Yama san 2009, All rights reserved