悠々人生のエッセイ



根津神社の楼門と、境内の整備で造られた神橋




 自宅近くの根津神社は、毎年5月になると、つつじ祭りで有名である。その縁起によれば、「今から千九百年余の昔、日本武尊が千駄木の地に創祀したと伝えられる古社で、文明年間には太田道灌が社殿を奉建している。江戸時代五代将軍徳川綱吉は世継が定まった際に現在の社殿を奉建、千駄木の旧社地より御遷座した」という由緒正しい神社である。このところ数年という長い期間をかけて、境内の本格的な整備や社殿の塗り替えが行われてきて、ますます美しくなったことは、誠に慶賀の至りである。

 特に目立った整備が行われたのは、楼門の前庭に当たるところである。とりわけ、有名な躑躅の丘直下に小さな滝が作られて、そこからの水が従来からあった深い池に流れ込むようになった。しかもそれに続く浅い池が掘られて、それに架かる橋まで造られた。たったこれだけのことで、神社の景観は変化に富むようになり、驚くほどよくなったといえる。この池には、亀や緋鯉、それにたくさんの金魚が放されて、この橋を通る参拝客や通行人の目を楽しませている。もちろん、私もそのひとりで、この改修と整備によって、毎朝の散歩が実に楽しくなったのは、いうまでもない。

躑躅の丘直下の小さな滝からの水が流れ込む深い池。突然闖入してきた「コサギ」に驚いて逃げ出す緋鯉たち


 ところが最近、この池に異変が起こった。あれだけ、群れをなすようにたくさんいた金魚の数が激減してしまったのである。緋鯉の数も、相当減ってしまった気がする。私がきょう、早朝の散歩に行ったときに、ようやくその理由がわかった。真っ白い小型の鳥がやってきて、その浅い池に入り、歩きながら小魚を狙っていたのである。

 その鳥は、外観からすると「コサギ(小鷺)」のようだ。各地の水辺や田圃にいる鳥である。その動きを見ていると、空から舞い降りた直後に最初にしたことは、滝のある深い池と最近新設された浅い池との間を仕切る石組みの部分に立ち、池の様子を見ることだった。しばしの間そうやった後、やおら滝の方へと飛んだ。しかし、その辺りにいた緋鯉たちが、これはかなわないと思ったか、すぐに池の深い方へと泳ぎ去った。

深い池と浅い池との間の石組みの上に立って見まわす「コサギ」


 それで「コサギ」は仕方なく、また元の石の上に戻ったかと思うと、今度はいきなり浅い池の中へと歩いて入って行った。それぐらい、浅い池なのである。そして、鳩のように首を前後に動かしながら前進して、橋の真下までたどり着いた。それで危険を察した金魚の群れは、ササッと逃げ出したのだが、残念ながらその先で浅い池は行き止まりになっていて、群れごと、追い詰められてしまったのである。橋の回りにいたおじさんたちが、「また食べようとしている」と言って、手を動かして「コサギ」くんを威嚇するのだけれど、鳥は少しも気にすることなく、今朝の朝食に向かって、突進していった。阿鼻叫喚の時が過ぎ、あえなく、逃げ遅れた金魚の一部は食べられてしまったというわけである。

浅い池を歩き出す「コサギ」


 この浅い池ができる前は、緋鯉が放されている深い池だけしかなかったから、このような「コサギ」がわざわざ飛来するようなことは、一切なかった。それまでは、ここは神社らしく専ら鳩が闊歩していたところで、高い銀杏の木もあるから、たまにカラスの姿を見る程度の静寂な世界であった。ところが、この浅い池が出来てからというもの、たったそれだけのことで、生態系がこうして一変してしまったのである。

 池の前の楼門によくとまっていた多くの鳩たちは、すべてどこかへ消えてしまった。改修の際に楼門に鳩がとまれないような工夫がされたのかもしれない。おかげで我々は、上空からの鳩の落し物を気にする必要はなくなった。しかし、その代わりが、この新たな捕食者の出現で、金魚の受難の世界になったのかと思うと、あの平和な鳩たちが、とても懐かしい気がするのである。

浅い池の端に追い込まれた金魚たち


 近年、海に流れる川の両岸に広がる森林が、実は海の生物をはぐくむ上で大切な役割を果たしていることが判明したり、あるいは洪水対策を目的として川の護岸を無機質なコンクリート構造物で覆ったりすると、川の生態系が根本から成り立たなくなってしまうということがわかってきた。人間の都合で設計図だけを見て、深く考えることなく、長い間それなりに成立してきた生態系を勝手にいじくると、自然から思わぬしっぺ返しを受けるものだということが、よくわかった。狭くて資源もない日本だから、我々の生活を便利にしたり産業振興のために自然に手を加えることはやむを得ないにしても、こういう生態系や食物連鎖あるいは環境そのものについての知識や知見というものを良く踏まえて、開発行為を行うべきであろう。

 その点、ごく最近では、たとえば海の護岸を作るにしても、今までのように直方体のコンクリートではなく、ロックフィルダムのようになだらかな形で、しかも表面には海の生き物や海藻が定着しやすいような材料で作るという試みがされている。また、ずいぶん前から、ダムの堤防の脇に、海から戻ったシャケなどの魚が川を遡ることができるような魚道が設けられるようになってきた。さらには、ビオトープといって、学校やら庭やら湖沼などで、自然の水草や水生植物と小さな魚、昆虫などを一体となった生態系として育もうとする試みも各地で行われている。

 何だ、行われ始めているではないかという気がするのであるが、根津神社の境内という大都会のごく小さな神社に、そういった知識や知見が普及するには、まだまだ年月がかかりそうである。とりあえず、浅い池の方に、金魚が隠れることのできる浮島や、背丈の高い草でも植えてみたらいかがかと思うのであるが、どうであろうか。







(平成21年11月19日著)
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