悠々人生のエッセイ








 私と家内のそれぞれの両親のうち、1人は80歳そこそこ、残る3人はすでに80歳台の半ばを過ぎたのであるが、幸いにしていずれも元気にしてくれている。もちろん、寄る年波には勝てなくて、1人は耳が遠くなってしまったが、どういうわけか配偶者が甲高い声で話すと通じる。しかし私のように声が低い人が話し掛けても全く聞こえないから、そういうときにはホワイト・ボードで筆談するようにしている。そのほかの3人は、頭脳も明晰で、こちらが話すことも喜んで聞いてくれるし、コメントや質問もなかなか鋭い。それどころか、86歳にもなってまだ愛車を運転している人もいる。最近の運転免許試験は、認知症のテストも行っているようだが、それも楽々パスしてきてしまう。

 ただ、いずれも相当な歳なので、万が一何かあっては大変と、私も家内もいつもそれを気に掛けている。ちなみにわれわれの実家へは、片や新幹線で1時間半ほど、もう一方は新幹線と特急を組み合わせて4時間半ほどで行けるから、そう遠い距離ではない。しかし、私たち自身も既にかなりの歳であるし、日ごろ多忙にしていることもあって、いざ新幹線に乗って帰省するとなると、正直言っていささか面倒な気がする。

 しかし、そうも言っておられないので、年に数回は実家に帰ることにしているが、それ以外は週に2〜3回の電話をすることで勘弁してもらっている。もっとも、私たちには妹がいて、それぞれ実家の近くで所帯を持っているから、何かあると飛んでいって面倒をみてくれる手はずになっている。だから、たとえば同窓会などで「年老いた両親の介護でホントに大変だ」という話を聞くにつれ、家内と「ウチは恵まれているね」などと話しているところだ。

 そういう恵まれた状況にある私たちなのだが、先日、そうした楽観的な生き方を真剣に反省しなければならない事態に直面したのである。まずは家内の方の両親なのであるが、普段の通り家内が実家に電話してみると、父が出てきて、いつものようにたわいもない話をする。次の日もまた父が電話をとったので、家内が「お母さん、元気?」と聞くと、「ああ、元気だよ」と答える。その場はそのまま安心して電話を切ったのであるが、翌日、念のためと思ってまた電話をすると、電話口に出てくるのは相変わらず父で、母は出てこない。それで「お母さんは?」と聞いたところ「ああ、休んでいるよ」という答えであった。そこで、家内は何か胸騒ぎがしたという。すぐさま新幹線に飛び乗って、実家に向かった。

 家内が実家に着いてみると、父は普段通りで、母はベッドで休んでいる。電話のとおりの状況だ。ベッド上の母は、話しかけるとちゃんと受け答えが出来るので、まあ普通といえば普通なのだが、でも足が痛くて立てないというのである。素人ながら、その足をさすってみると、痛がる。そこで、これはひょっとしてと思い、その場で救急車を呼んだ。それで担ぎ込まれた病院の医師の診察の結果は、誰にも予想できないものだった。つまり「足が折れていますね。すぐに手術しなければ」と言われたのである。本人の話によれば、しばらく前に体調が良かったので、5〜6時間、近所を歩き回ったという。それを聞いた医師は、「ああ、それが原因ですね。高齢になると、たったそれだけのことでも骨折したりするんです」とのたまった。

 それでどうなったかとというと、その病院で足の手術をしてもらい、数ヶ月にわたるリハビリを経て、再び問題なく歩けるようになった。めでたし、めでたしというところであるが、私たちは、これで学んだことがある。それは、老人になると、なかなか新しい事態に意識が付いていけなくて対応が遅れがちであるということである。どういうことかというと、今日は昨日の続き、明日は今日と同じという日常に慣れてしまい、そういう中で何か危険の兆候を見せるような事態が生じたとき、すぐに対応しなければいけないのに、それに遅れたり、あるいは気が付かなかったりしがちであるのである。今回の場合も、いちおうベッドの中にいて一見、普通のようで、自分たちも普通と思っていたが、実は骨折していて、そのまま放置すると寝たきりになってしまうという危機一髪の状況にあった。しかし、本人たちは、別に昨日と変わらないと思っていたのである。まあ、そんなものである。こういう場合は、いつも顔を見ているメンバーよりも、かえってたまに行って顔を見る人の方がわかるというものである。

 そういうことを経験していたのであるが、今回の私の父の一件には、驚いた。9月に入ってまだ熱帯夜が続いていた頃のことである。実家に電話すると、母が出てきていつもの世間話の後、「お父さん、暑いからシャーベットばかり、食べてるのよねぇ」という。「暑いといっても、ご飯とおかず、食べないとね」と答えると、「いやそれが、出しても食べないのよ。頑固なんだから」と笑って言う。そんなものかと思い、受話器を置いた。そうして、数日後、また電話すると、母が「お父さん、立てなくなって、一日中、寝ているの」というから、「シャーベットばかりじゃ、そうなるから、お粥なんかを食べさせなきゃ、力が出ないよ」というと、「そうねぇ。そうする」と母がいった。

 その翌日、また実家に電話したところ、母が「お父さんね。尿が赤くなって、それに、変なことを口走るのよ。何十年前のことをね」という。「それじゃ、病院に行って、診てもらわないと」といっても、「お父さん、嫌がるのよね」と、困った様子。そこではじめて、「ああ、これは家内の実家の場合と同じだ」と気が付いた。それで、すぐに妹に電話して、「何かおかしいから、救急車で病院に連れて行ってほしい」と頼んだ。妹も、この一週間、顔を見ていなかったと言って快諾してくれ、直ぐに実家に駆けつけて本人を無理矢理、救急車に乗せた。

 病院に担ぎ込まれて診察を受けた結果、重度の貧血状態だとわかった。何でも、ヘモグロビンの量が、本来は13以上であるべきところ、5.8しかなかったそうだ。それで、立てなくなったり、譫妄のような症状が現れたそうだ。その次の日、私が新幹線で駆けつけたところ、ちょうど午前中に輸血をしてもらったばかりの時で、ヘモグロビンの量は7.8まで改善していた。意識もちゃんと戻っていて、いろいろなことを的確に答えてくれたので、ひと安心したのである。もう一度、輸血をしてから退院したのだが、そのときには12〜13まで回復していた。後から妹に聞くと、まさにあのとき入院しなかったら、それこそ危なかったらしい。

 やはり、老人の家庭の場合は、誰かちゃんとした人が側にいて、いつもそれなりの目をもって見守っていた方がよいと思う。本人たちは、昨日も今日も明日も同じと思って、たとえ何か悪い予兆があったとしても、その変化を認めたくない、あるいは見たくもない、面倒だという潜在意識が働いて、気付くのが遅くなる傾向にある。我々は、これでひとつ大事なことを学んだのである。





(平成22年10月20日著)
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