悠々人生のエッセイ








 息子の結婚式が無事に終わった。とっても良い式だった。家内とともに、まずは肩の荷を下ろしたという気がして、満足感で一杯である。それとともに、まるで幸福のお裾分けをしてもらっているような気持ちでいる。今日もまた、卓上アルバムにした結婚式当日の写真を、家内と二人でニコニコしながら見返している。写真の中でも、お嫁さん、お婿さんともに自然と笑みがこぼれ、二人とも、本当に幸せそうである。また、私の親類はもちろん、遠方からわざわざ大挙して出席された先方のご両親の親戚縁者の方々皆さんの顔が、喜びに包まれている。結婚した二人が幸せなのはいうまでもないが、出席者の皆さんがここまで屈託のない笑顔を見せる結婚式は珍しいと、会場の係の人から言われたほどである。

 お嫁さんの方のお宅は今回が子供たちの中で最初の結婚式ということなので、かなり力が入っていたようである。ところが、私たちの場合は、これが最後の子供の結婚式であることから、まあ何というか、我々のサイドは「ああこれで終わった。終わった」という感じで気持ちに総じて余裕がありすぎた。だから、緊張するどころかむしろ気持ちが弛緩してしまい、万が一にも失礼がなかったか、いささか気になるところである。そういうことを割り引いても、いやそれにしても、結婚式当日の写真で見る我々のニコニコした顔・顔・顔は、誰が見ても幸せがいっぱい。ついでにいえば、私、妹、母、そして息子は、明らかに同じような顔で、これはもう一族血縁であることが一目瞭然だ。昔は決してそうではなかったのに、歳をとるに連れて、親類一同の顔が同じように収斂していくなんて、思いもしなかった。げに、DNAのなせる技とは、恐ろしいものと言わざるを得ない。

 この日、息子とお嫁さんが挙式したのは、日本橋にあるホテルである。私たちは指定の美容室に朝早く行き、家内は髪のセット、私は既に支度が終わった新郎新婦が館内でプロが写真やビデオを撮るのに付いて回った。実は私も愛用のカメラE−P3を持って、プロの邪魔にならないように気を付けながら、写真を撮ったのである。あちらのお父さんは、この結婚式に備えて最新式のビデオカメラを買ったというから、さしずめビデオ担当である。もちろん、正式な写真やビデオは、それぞれプロにお願いしたのだけれど、写真もビデオも、被写体となる人物はどういう人かということを理解して撮らないと、どうしてもいささかピント外れのものになりやすい。たとえば、親類のテーブルの写真を撮っても、あの人とこの人は兄弟だから、バランスよく画面に収めようなどという配慮が出来る。ところがプロとはいっても全く何の縁もない人には、もちろんそういう配慮が出来るはずがないものだ。その点、私は親類中の親類、花婿さんの父親だから、少なくもこちらサイドは完璧に知っているし、あちらサイドについてもある程度は教えてもらっているので、まあ最適というわけである。それに、息子とお嫁さんの晴れ姿を自分のカメラで撮りたいという気持ちを抑えることなど、不可能なことである。

 まあ、そういうわけで、この日の朝、モーニングコートに着替える前、館内での撮影会に、私も加えてもらった。このホテルは、高層ビルのホテル・事務棟の隣に、元は著名銀行の本店を改装した建物を併設していて、その重厚な雰囲気の場所で二人の写真を撮らせてもらえる。最初は何もそんなミスマッチなところでと思ったものだ。ところが、元は銀行の重役会議が行われた部屋とか、廊下やそこに突き出ている大きな金庫の扉の前とかに、モーニングとウェディングドレス姿が並ぶというのも、実際に行ってみてみると、非日常的な感がして、なかなか面白い企画である。もちろんホテル内のあちこちでも撮る。中でも私がこれは良いと思ったのは、ホテルのレストランである。ここは、一連の内装が異国情緒あふれるものだし、お嫁さんが外に面している階段の踊り場に立ったとき、そのウェディングドレスの長い裾が階段にベールのように垂れる様は、何とも言えず優雅そのものである。それにここは、外光がふんだんに入ってくるから、二人の肌の色がとりわけ素晴らしく映る。ここで、二人をモデルに、たくさんの写真を撮った。お嫁さんは、優雅で気品があり、清楚という言葉がぴったり来る。

 それがひとしきり終わった頃、今度は二人がそのモーニングとウェディングドレス姿で外へ出て、日本橋の辺りで写真を撮るという。しかし、残念ながら私の着替えの時間が迫っていたので、私はそちらの方へと急いだ。ホテルの美容室に行ってみると、家内がもう終わりかけだったが、そのヘア・スタイルを見てびっくり仰天した。前髪が真横にすぱっと一直線という摩訶不思議なヘア・スタイルとなっている。「何それ?」と聞くと、家内もおかしいと思ったらしく、美容師さんと再交渉してまた髪のセットが始まった。それを見ていて「あれあれ、この美容師さん、また変なことをしている。髪の毛が天に向けて逆立てるなんて、これでは怒髪天を突くか、よくて雀の巣なのではないか」と思ったりしたが、それ以上ダメ出しをするとまた時間が遅れるので控えることにした。

 そこへ娘が顔を出した。こちらの方は、着ているドレスの雰囲気に合わせ、顔の前はひっつめ髪風、後ろはくるくるカール髪風で、なかなか似合っている。どうにも合点がいかなかったのは私の妹のケースで、髪とお化粧で合計1万8千円を支払ったはずなのに、美容室から出てきたその顔と髪は、どう見てもいつもと全く同じである。これなら、私の母と同じく、何もしない方が良かったのではないか・・・それにしても、「化粧」という言葉通り、もう少し化けさせてあげるべきだったと思う。おそらく、担当となった美容師の力量が足りなかったのだろう。まあ、結婚式だから、花嫁さんだけ、とびっきり美しければ、後の人は引き立て役なのだから、それで良いのかもしれない。

 親族が一堂に会し、花嫁と花婿を真ん中にして並び、皆で写真を撮った。こちらサイドは、もうすぐ3歳になる初孫ちゃんが、ネクタイをして私の膝にちょこんと座り、皆の注目の的となって照れ気味だった。この子、場の雰囲気がわかるのか、この結婚式を通じて大きな声を出すこともなく、全般的に大人しくお利口さんでいてくれて、大いに助かったし、その忍耐力に感心もした。ときどき、その場の雰囲気も読めずに泣きわめいたり、会場を走り回ったりする子供がいる。しかし初孫ちゃんは、そういうタイプではなくて、何か違う雰囲気を自然に感じ取って、それに合わせて行動してくれたようだ。爺バカ気味の物言いだが、これならちゃんとした子に育つに違いないと思った次第である。

 さて、案内されて、一同がホテル内のチャペルに向かう。水の流れる涼やかな音がし、真ん中に十字架が浮かび上がっている。向かって右手には、チェロやバイオリンやフルートの奏者がいる。左手には、後ほど合唱隊が入ってきて一列に並ぶところがある。さて、お婿さんと牧師さん(神父さん?)とともに入ってきて、正面から入り口を見据えて立った。緊張しているかと思いきや、いつもの通り、ニコニコしている。荘厳な音楽とともに、チャペルの扉が開き、お父さんに付き添われた花嫁さんが現れた。そのままヴァージンロードを祭壇に向かって進む。お父さん、かなり緊張しているのがよくわかる。「花嫁の父」の第一幕だから、当然であろう。しずしずと歩き、祭壇の前でお婿さんに交代し、二人で牧師さんの方を向く。花嫁さんのウェディングドレスの長く伸びた裾が階段の下まで続いて、とても美しい。

 まず、牧師さんの指導の下に、皆で立ち上がって賛美歌を歌う。賛美歌なんて、私にとっては何十年ぶりのことである。賛美歌312番の歌詞をいきなり渡された。それを眺めて、いったい何だこれはと思っていたら、メロディーが流れてきて、「かがやく夜空の星の光よ・・・」との歌詞が頭に浮かんだ。ああ、これは昔懐かしい歌「星の世界」だということがわかった。確か、文部省唱歌ではなかったか。まあ、どちらでもよいが、それがこのチャペル内では「いつくしみ深き 友なるイェスは、罪とが憂いを とり去りたもう。・・・」となっている。これは歌えるとばかりに、最後まで歌った。だんだん、結婚式のムードが高まって来た。

 牧師さんの司会が始まる。説教や司会の言葉は最初は日本語だったが、次第にアメリカ風の英語になっていった。日本語でも英語でも、まあそれはどうでもよい。よい牧師さんの言っていることは、自然に聴衆の胸に染み入り、それこそ言葉の壁を越えて良くわかる。いよいよ、この二人が夫婦になったのだなぁ・・・月並みだが永遠に幸せにという言葉が頭に浮かぶ。そっと家内の方を見ると、少し顔が紅潮しているが、まあ普段通りである。これも、二人目の余裕のなせる業かもしれない。ところが、先方のご両親は子供さんの中でも最初のご結婚なので、とりわけお父さんの眼が、心なしか潤んでいるように見えた。それも、それだろう。私だって・・・と、昔の娘の結婚式のことを思い出したのである。結婚式は滞りなく進み、牧師さんの結婚宣言で幕を閉じた。良い結婚式だった。私の母などは、「キリスト教式の結婚式は、初めて出たけれど、いや本当に良いものだねぇ」などと感想を述べていた。私は帰り際に牧師さんに、英語で心からの御礼をいい、よい結婚式で心から感動したと申し上げたら、牧師さんもこちらこそと言ってくれた。そういえば、先日亡くなった私の父にも、もう少し生きていてもらって、この孫の晴れ姿を見せたかった。教会式など、出席したことがなかったはずだ。人の寿命のことだから何ともいえないところではあるが、つくづくそう思う。

 披露宴が始まった。私たち親族の席は、右左の後方の端である。私も、なるべくたくさんの写真を撮りたかったが、何しろ花婿の父でモーニング姿の私が、会場のあちこちにカメラを持って出没するのはいささかはばかられたので、その代わり超望遠レンズで自席から撮ることにした。すると、当たり前のことだが、新郎新婦の席までに至る人々の顔が障害になって、撮影ポイントがなかなか見つからない。やっと特定のポイントを見つけて、そこから二人の表情を撮っていった。昔なら最後に両家を代表して新郎の親が挨拶していたものだが、近頃はそれも省略で、新郎自らが挨拶をして、それでおしまいというサッパリしたものだ。結婚は、家どうしではなくて、二人のものという考えが普及したからだろう。

 来賓や友達の挨拶が始まる。メインのテーブルに着いている来賓たちは、同じ法律事務所の上司や仲間たちである。特に上司の挨拶は、息子の仕事ぶりがよくわかり、とても面白かった。とりわけサウジアラビアに行ったときの活躍などは、まさに抱腹絶倒で、いかにも息子らしいなと、家内と一緒に大笑いさせてもらった。また、お嫁さんサイドの来賓は、何とこの日のために赴任したばかりの海外事務所から帰国して出席してくれたとのことで、誠に有り難いと感謝している。総じて、二人を知っている人は、良くお似合いだと言ってくれて、私も家内も本当にそうだと思い、嬉しくなった。


結婚式の花束


 会場で、新聞の号外が配られた。何かと思ったら、この二人の和服姿の花嫁花婿姿の写真が載った記事が両面に印刷されている。ここにご紹介できないのが残念だが、本当に良く出来ていると思ったら、本日出席している大学時代の同級生で、本物の新聞記者が作ったものだという。「二人は、本紙の取材に対し、『お互い思いやりを持ち、暖かい笑顔あふれる家庭を築いていきたい』とするコメントを発表した」などと書いてある。二人のプロフィール中には、息子のところには「趣味は都内散歩、読書など。モットーは『無理しない』」とあり、お嫁さんのところには「趣味は映画鑑賞、料理など。モットーは『勇気を出せば何とかなる』が身上」とあった。これらのモットー、男女逆ではないかと思ったが、まあそこはそれ、いかにも息子らしい。息子は万事この調子で、中高一貫校入試 → 学士 → 修士 → 博士 → 法曹という数々の難関を、飄々と乗り越えて来た。普通なら、どの段階でも、まなじりを決して必死の形相で勉強するところだが、この人は昔からそういうところが全くなかった。ご近所の人たちからも、「あんなに遊んでいたあの子がねぇ・・・なんで受かるの」などと不思議がられたものである。実は私も、いつ勉強しているのだろうと思っていたが、本人の心の中も、やはり「無理しない」ということだったのかと、半分わかったような気になり、そして残りの半分はやっぱりまだよくわからないところが残ったのである。

結婚式の料理


 お色直しの時間となった。まず花嫁が先に会場を出た。花婿もそれに続こうとしたのだが、そこでハプニング。友達が4人ほとで馬を作り、花婿をその馬に乗せたのである。その格好で、最初は勢いよく動き出したが、何しろ息子の体格が良すぎて、重たくなったらしい。途中で馬が崩れそうになるも、そこを何とかこらえて、出口まで走りきり、やんやの喝采を浴びていた。息子は、素晴らしいお嫁さんだけでなく、こんなに良い友達を持って、本当に幸せだと、家内と顔を見合わせた。

 しばらく披露宴会場で歓談が続き、私は、会場の特に来賓テーブルの方々と先方の親戚の皆さん方とにご挨拶をした。しばらくあって、装いも新たに新郎新婦が再登場した。息子は、グレーのモーニング、花嫁さんは薄いピンクのドレスで、頭の上に載せたピンクの花のティアラと手元に持った花束が見事なまでに気品のある美しさである。ああ、これは素晴らしい。結婚式の成否は、花嫁さんの美しさとメイン・スピーチで決まると言われるが、今日のこの結婚式は、いずれも満点である。さて、次に、友人のスピーチがひとしきり続いた後、うちの初孫ちゃんが、二人に花束を贈呈する番である。小さい体にネクタイを締め、紺色のジャケットに半ズボンを履いた姿で、お父さんに連れられてスタスタと歩き、二人の前で立ち止まって花束を渡した。皆から注目されていることで、いささか緊張気味の顔をしている。花嫁さんがこぼれるような笑みを投げかけるが、緊張したままである。それで、二人から御礼にと、小さな包みを受け取った。自分の席に戻り、それを開けてみたら、筑波エクスプレスの模型である。初めて、笑顔がこぼれて、それで遊び出した。大役、ご苦労さま。小さな体で、よく頑張った。


結婚式の料理


 さて、結婚式のハイライトであるウェディング・ケーキにナイフを入れる瞬間が来た。カメラを持っているものが集まってもよい。私もいそいそとカメラの集団の中に加わり、その瞬間を撮った。近くに行ってわかったのだが、この背の高いケーキは、普通の結婚式ならその切るところだけが本物のケーキという張りぼてなのだが、これはすべて本物のケーキとなっている。これも、息子夫婦らしい選択である。さて、ケーキを切った後、それをお互いに食べさせるという趣向がある。こういう企画は、我々の時代にはあまりなかったが、なかなか微笑ましくて、良いものである。微笑ましいといえば、会場で二人の小さい頃からの写真が映写された。何か、小さい頃から、この二人は良く似ている気がしたものである。

結婚式の花束


 そういうことで、無事に結婚式が終わった。花嫁さんはどこまても美しく、息子も堂々としていた。しばらくは仕事の上で大変な激務が続くが、このまま何とか凌いで、その道では専門家といわれる法曹になり、まずは仕事を安定させてもらいたい。幸い、お嫁さんもそういう仕事の内容は良くご存じのようだから、協力してもらえるだろう。そういうしているうちに、二人の二世誕生ということになれば、愛と絆はますます深まるし、良い家庭が自然と築かれると思う。まずはこの二人に、永遠の幸あれかしと、心から思う今日この頃である。



(平成23年11月 6日著)
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