悠々人生のエッセイ








 せっかくの土曜日なのに、朝から雨模様である。カメラ片手に桜の写真でも撮ろうと思っていたけれど、この雨はなかなか晴れそうもない。これは、大きく当てが外れた。たまたま日中は家内もいないので、地下街の散歩でもして体を動かして来ようかと思い、千代田線に乗って二重橋前駅で降りた。そこから地下をたどれば最も遠くは東銀座まで行けるし、そこまで行かなくても近くをぐるりと回るなら大手町から八重洲へと行って戻ってくる方法もある。八重洲で旅行客の人混みにさらされるのも面倒だから、銀座に行ってみるかと思って日比谷方面へと歩き、途中で左折して有楽町に向かった。

 地下をどんどん歩いていくと、有楽町マリオンの入り口のエスカレーターが目に入った。そういえば、ルミネがここに入って、男性ファッションの店へと業態を変えたと聞いた。気楽な散歩の途中のついでだから、ちょっと見て来ようかという気になって、エレベーターに乗って一番上の階まで上がったのである。するとそこは、映画館だった。数階分もある大きな吹き抜け構造になっていて、その中央には上下するエスカレーターがあり、ほとんど誰も乗っていない。昨今の電力事情を考えれば誠にもったいない。でも、なかなか気持ちの良い空間である。そこにはいくつかの映画館があるようだ。その中のひとつは、本日封切りとある。題名は「Battleship」つまり、戦艦だ。「The」が付くと、特定の立派な戦艦だろうが、それがないということは、無名の戦艦が出てくることを意味していそうだけれど、それが何かはわからない。

 ふと興味が湧いて、入り口にいた女性の係の人に、席はありますかと聞いた。映画館に入るなんて、5年前にたまたま「ハウルの動く城」(宮崎駿 監督)を観た以外は、昔々、子供が小さかった頃にドラえもんを一緒によく観に行って以来だから、おおざっぱに言うと、もう30年ぶりのことだ。だから、このときのその係の人との会話のトンチンカンさ加減が、この長い歳月を物語っている。


 「ひとり分、席は空いていますか?」と聞く。

係 「はい、お席はあります。ただ、今日は封切り日でお客様が一杯でして、隣の席には、どなたかがいらっしゃいます。」

私 (心の中で)何、隣に人がいるって・・・昔は、満席といえば、劇場内で立ち見のあるのが普通だったのに・・・隣に人が座っているだけで満席だなんて、世の中、変わったものだ。 「ええと、それは結構ですが・・・あの・・・字幕がよく見えないだろうから、なるべく前の方にしてくれませんか」・・・と言って、前から3分の1くらいの席を指さす。

係 「はあ・・・でも、字幕は結構大きいですから、この辺りですと、首がスクリーンを見上げるようになってしまいますから、もう少し後ろの方がよろしいかと思います。」

私 (心の中で)へえぇ、昔の映画館では、なるべく前に座らないと字幕なんか見えなかったのに・・・と思いつつ、「ああ、そうですか・・・ではこの辺り」・・・と真ん中を指さす。

係 「はい、お待ちください。」・・・と言って、パソコンの画面を2〜3回タッチして・・・「はい、ではN−15のお席をご用意できます。」

私 (心の中で)こんなところにもIT化が進んで、便利になったものだ。昔は座席指定なんかなかったから、早いもの勝ちだったなぁ。「ああ、ではそれで、お願いします。あの・・・開始の何分前に来ればよいですか。」

係 「今でもお入りいただけますが。お席に着いていただけるのは、清掃が終わってからなので、開始の15分前頃です。」

私 
「では、その頃に来ます。」・・・と言って、その場を離れた。







 その時間まで45分間ほどあったので、下の階へと降りて、男性ファッションの階をいくつか見に行ったのだが、まあこれは、30歳から40歳台の人向けのところであることが、良くわかった。私が是非ともこれが欲しいと思うものは、全然見当たらなかった。たとえば、帽子の店があったので、立ち寄った。私は、これから紫外線が強くなるので外出するとき用に日よけを兼ねて、ハット形のつばの長い帽子が欲しかった。一昨年に行ったロンドンのマークス&スペンサーでは、ちゃんとそういう帽子があって、喜んで買ってきたものだ。この店にそういうものがあるかと期待して入ったのに、つばの長さが最大で4センチどまりのものばかりで、要するにこの店で売っているのは、街歩きに際してのちょっとしたアクセントになる程度の帽子なのである。ああこれでは全く役に立たないと思いつつ、その店を出た。よくよく周りを見ると、土曜日だというのにお客の数はさほど多くはないし、これで大丈夫か、ちゃんとやっていけるのかと心配になる。私の娘もそうだが、今どきの若い人は、インターネットで何でも手に入れようとするから、このような一等地で物販という業態そのものが、時代に合わないのかもしれない。

 そういうことで、帽子や靴などのカジュアル・ウェアなどを見てしばし時間をつぶした。その後、映画開始の15分前になったので、再び劇場のある階に上がって行き、切符を示して入った。入口のすぐ左手には、売店がある。しかし驚いたことにその店は、もう完全にマクドナルド化しているではないか。映画館の売店といえば、昔は少し薄暗いところにある鄙びた感じの物寂しい売店が多く、年老いた係の女性が目をしょぼつかせながらお金を細々と数えている風景を、私などは思い浮かべる。しかしこの劇場では、店員の服装、若さ、売り方、そして売っているものすべてが、まるでマックのようなファースト・フード店そのものなのである。これは近代的になっているとびっくりした。考えてみると私には昔の記憶しかないのだから、まるで30年後にタイム・スリップして映画館に来たようなものである。驚くのは当たり前だ。

 扉が開いたので、皆と一緒に館内へと入って行った。自分の席を見つけて、そこに座る。するとすぐに、私の右の席に30歳代の半ばで小太りの男性がひとり、腰を掛けた。私の目は、思わずその持っているものにくぎ付けとなった。なんとまあ・・・大きなバケツのような入れ物に、あふれんばかりのポップコーンが入っているではないか・・・辺り一帯に、プーンと実に良い香りがする。これを、ひとりで食べようというのか・・・。いやはやびっくりした。次に、私の左の席には、カップルがやってきた。男性はトレーを両手で持っていて、やはりバケツのようなポップコーンひとつと、飲み物がふたつ入っている。ああ、こちらはひとつのバケツのポップコーンをふたりで分けようというのだから、まだわかるが、それにしてもこの右手の単身の男の人といったら・・・よく食べるものだ。







 そんなことを思っているうち、映画が始まった。係の人が言ったように、そもそもスクリーンがやたらに大きいから、もちろん字幕も非常に大きくて、この調子では一番後ろの席でも見えそうだ。「Battle Ship」つまり戦艦というからには、戦争物だろうと思ったが、全然違ってSFだった。まだ上映中の作品だからその内容を明かすのはいささか気が引けるが、そこはひとつお許しいただくこととして、映画のストーリーはおよそこんなところである。

 NASAが、ゴルディロックス惑星(Goldilocks Planet つまり生命が生存することのできる環境にある星)を見つけた。異星人とコンタクトできるかもしれないということで、超遠距離通信衛星を打ち上げ、ハワイにその通信用アンテナを数基設置して、強力な電波でその宇宙域に向けて通信を送った。するとそれに呼応したかのようにエイリアンらしき5隻の宇宙船艦隊が地球にやってきて、ハワイ沖に着水したのである。そして、たまたまその辺りで演習中だったRimpac(環太平洋合同演習)諸国海軍の艦隊と戦闘状態に入る。Rimpac艦隊側は、アメリカの空母を中心に、日本、オーストラリア、カナダ、韓国、シンガポール、マレーシアなど何十隻もいる。ところが、その宇宙船艦隊の母船と思われる船が電磁波を出してハワイ一帯を電磁シールドで覆った。その中にアメリカや日本の海上自衛隊のイージス艦が5隻、閉じ込められてしまい、空母は電磁シールドの外にはじき出されてしまった。戦闘機で電磁シールドのバリアを突破しようとするが、操縦が効かないまま電磁シールドに直接ぶつかって木端微塵となる。いやはや、これは手強い。ところでそのエイリアンの宇宙船艦隊は、ここハワイに飛来する直前に世界各地を襲撃して、たとえば香港の高層ビル群を破壊するなど乱暴狼藉の限りを尽くしていた。このハワイの地上でも、ソロバンの玉をとてつもなく大きくしたようなぐるぐる回る金属製兵器を発進させて、高速道路や住宅やビル、空軍基地など至る所を破壊し尽していた。

 ハワイ沖のその電磁シールド内では、アメリカや日本の海上自衛隊のイージス艦が宇宙船艦隊の母船と戦うが、宇宙船側から発射された擲弾筒を束ねたような兵器にやられ、日本のイージス艦みょうこうも含めて5隻中4隻が撃沈された。残るアメリカのイージス艦1隻もかなり破壊されて、艦長や副艦長を含め多数の兵員が亡くなった。生き残った中で最も上級士官である主人公(アレックス・ホッパー大尉)が艦長を務めようとするが、あまりの事態に自信をなくしてトイレにこもったりする。そこへ、日本のイージス艦みょうこうの艦長(浅野忠信が演じているナガタ艦長。)が救助されてアメリカ側と合流し、その知謀と経験によって、なんとそのアメリカのイージス艦の艦長に推戴される。

 日が暮れて辺りは真っ暗な中、イージス艦から宇宙船艦隊に反撃しようとするが、電磁シールドの中ではレーダー電波が使えないので、攻撃ミサイルの照準を合わせられない。そこで、ナガタ艦長は、ハワイの周辺に数多く配置されている津波観測用のブイの利用を思いつく。宇宙船は海面をバッタのように移動する。その際に海面を大きく揺らせるので、ブイの潮位の変動の大きいところに宇宙船がいるはずだというのである。(電磁シールド内では電波が使えないはずなのに、どうやってインターネットにアクセスして、そのハワイ周辺のブイのデータを入手できたのだろうかと聞きたいところだが、まあそれはさておき、日本人艦長が津波のブイの利用を思いつくなんて、まるで悪い冗談のようだ)ともかく、それで照準を合わせてミサイルを発射してみたところ、二回は失敗したが、三度目の正直で成功し、これで3隻を沈め、艦内の士気が大いに上がった。宇宙船なのに、地球のミサイルで案外簡単に撃沈できてしまった!)

 他方、この話と同時並行的に、ラブ・ストーリーが展開していく。この宇宙船来襲事件の5年ほど前、ぐうたらな弟と海軍エリートの兄がいた。兄は弟をたびたび叱るが、弟はまるで馬の耳に念仏で、その素行不良はちっとも治らない。ある日、二人が酒場で飲んでいると、絶世の美女が席に着いた。チキン・ブリトーを注文するが、バーテンは無情にも、もうキッチンは閉めたという。チキン・ブリトーっていったい何だろうと思うが、メキシコ料理のトルティーヤで、野菜や肉などを巻いたものらしい。)その美女に近寄って行った弟が、よし、俺がきっかり5分で持ってきてあげるよ。」と、気楽に請け負う。ところが、その酒場の向かい側にあるマーケットに買いに行ったところ、店員がちょうど店を閉めるときで、無常にもそのまま帰ってしまった。そこでこの弟、屋根を破って忍び込み、そのチキン・ブリトーを握って電子レンジで温めその際、レジにお金を置くという、律儀といえば律儀なところがある)それで店を出ようとするが、途中で警官に撃たれて倒れ、気を失う前に、その美女に手渡す。

 実はこの美女、アメリカ海軍艦隊司令官の娘で、皆はそれを知っているから、近づかなかったようなのである。ともかく、海軍に入ったその素行不良の弟こそ、本日の主人公のアレックス・ホッパー大尉である(考えてみると、かつて建造物侵入・器物損壊罪でおそらく有罪となった人物が、それからわずか5年で海軍の将校になることができるのか、それが不思議でならないけれど、まあうるさくは言わないことにする)。彼の兄は、電磁シールドに閉じ込められたRimpac艦隊のうちのひとつのイージス艦の艦長になっていた。アレックス・ホッパー大尉は、チキン・ブリトー事件以来、アメリカ海軍艦隊司令官の娘と仲良くなって、結婚の許可を司令官からもらおうと鏡の前で練習したりするが、どうもうまくいかない。それどころか艦隊内でもめ事を起こして、帰港したとたんに解任されそうな成行きになった。そんな中で、エイリアン宇宙船艦隊と遭遇してしまった。兄のホッパー艦長は乗船中の艦を沈められて殉職した。

 生き残った艦内に、エイリアンの宇宙人が侵入してきた。金属製のモビル・スーツ懐かしい言葉だ。ただし私は、ガンダム世代ではない。どちらかというと、鉄人28号の世代である・・・いったい、何代前なのか、よくわからない。)を着ている。そのヘルメットを脱がせると、昔よく描かれた火星人のような顔が現れた。さらに詳しく調べようとすると、いきなりその宇宙人が動き出し、仲間の助けで、あっという間に逃げてしまった。その後、残されたヘルメットを乗員がかぶってみたところ、これは一種のサングラスで、宇宙人は太陽の光に弱いということがわかった。そして、組織のサンプルが爬虫類の特徴を示していたのである。かつて爬虫類を飼っていた乗員がいて、やはり爬虫類は光を苦手とするという。

 他方、アレックス・ホッパー大尉のフィアンセとなったその艦隊司令官の娘は、リハビリを行う退役軍人施設に通っていた。彼女はたぶんボランティアである。担当したのは両足を失った退役軍人で、軍こそが生き甲斐だったのに、これですべての希望を失ったような人である。その人と、ハワイ山頂の超遠距離通信用アンテナ近くを散歩していた。するとそこへ、宇宙船の一部が飛来してきて、通信用アンテナについて何やら作業している。その通信用アンテナ保守施設から宇宙人に追い出されたNASAの科学者に聞くと、あれは母星との通信設備に違いない。あと数時間で衛星が上空に来て通信可能となるという。これを自由にさせると、母星からどんどん侵略軍がやってくるのは自明のこと。そこで艦隊司令官の娘は、活躍の場を与えられた退役軍人と、その頼りない科学者の助けを借りて洋上のアレックス・ホッパー大尉と連絡をとり、あと4時間以内にハワイ山頂の超遠距離通信用アンテナを破壊してほしいと伝える。

 一方、ナガタ艦長とアレックス・ホッパー大尉のイージス艦に船を破壊された宇宙からの侵略者側は、生き残りが宇宙船の母船1隻と宇宙船が1隻になってしまった。夜が明けてまずその宇宙船が向かってきた。イージス艦は一計を案じ、島の突き出た半島の陰に隠れた。お互いがその半島の先へと進み、半島の先端で鉢合わせをした。ところが、イージス艦はちょうど太陽が昇る位置を背景としたので、ただでさえ太陽の光に弱い宇宙船側は、一瞬、目が眩む。そこで、ナガタ艦長とホッパー大尉がイージス艦の舳先(へさき)から宇宙船の艦橋に向けてライフルの銃弾を浴びせて破壊し、それと同時にイージス艦から魚雷を打ってこれを撃沈した。考えてみると、宇宙を超高速で飛んでくる性能のある宇宙船の艦橋のガラスが、たかがライフル弾程度でそんなに簡単に穴が開くものかと疑問がわくが、まあ、それはさておき)、宇宙船側から反撃を受け、ハワイ各地を破壊したソロバンの玉をとてつもなく大きくしたようなぐるぐる回る金属製兵器を放たれた。これが艦内を破壊して回り、イージス艦はあえなく沈没してしまった。

 その後、ナガタ艦長とホッパー大尉は救命ボート上に引き上げられた。しかし、今度は宇宙船の母船がハワイ沖から島近くへと移動してきて、攻撃体制をとっている模様である。二人は、「あれは・・・移動もできるのか」と落胆する。こちら側には、使える戦艦はもうない。電磁シールド内の戦艦はすべて沈んでしまった。まさに絶体絶命の状況だ。しかしそこで諦めないのが、アメリカ流である。そうだ、我々には戦艦ミズーリがある」という。戦艦ミズーリといえば、私などは今から67年前の太平洋戦争で、日本の降伏調印の舞台となったあの艦のことを思い出す・・・まさか・・・と思ったら、やはりそうだった。たとえていうと、日本の戦艦大和のような存在なのかもしれない。そういえばベレー帽を被った漫画家で、放射能をまき散らす宇宙人と改造した戦艦ヤマトで戦うというSF漫画を描いた人がいた・・・しかし、この人の漫画に出てくるたとえばメーテルという女性は、竹久夢二の描くなよなよとした女性に似ていて、どうも私の趣味ではない。まあ、それはともかく・・・)。その戦艦ミズーリはその後、1991年の湾岸戦争で巡航ミサイルのトマホークを発射するために改造をされたり、実際に主砲を発射したそうだが、それを最後に退役し、現在は真珠湾に係留されて歴史的記念物になっている。そんな古い骨董のような艦が動くのか、動くどころか主砲を発射できるのかと思ったら、普段は展示で説明に当たっている元乗組員たちが、沈没したイージス艦の乗組員とともに動かしただけでなく主砲を発射して宇宙船の母船を砲撃した。あわやというとき、破れた電磁シールドから突入してきた空母搭載の戦闘機が、宇宙船の母船をやっつけてくれた。その直前、戦艦ミズーリは、残った一発の砲弾をハワイ山頂の超遠距離通信用アンテナに向けて打ち、これを破壊した。

 ということで2万数千人の死者を出したこの宇宙船侵略事件は終わり、その追悼と叙勲の式があった。艦隊司令官、その娘、もちろんアレックス・ホッパー大尉、ナガタ、頑張った退役軍人などが参加し、ホッパー大尉は勲章を受ける。その式が終わった直後、ホッパー大尉は艦隊司令官に、やっと「あなたのお嬢さんとの結婚を認めてください」と申し込む。答えは「No。だけど、これから飲みに行って『チキン・ブリトー』の話をしたい」と言われ、一緒に出かけるというのがラスト・シーン。







 この映画を見て思うのだが、第二次世界大戦・太平洋戦争は遥かに昔のこととなった。日本の高校生に太平洋戦争のことを話すと、中には素っ頓狂な声で「えっ、日本って、アメリカと戦争したの?それホント?」などと言われてがっくりすることも稀ではないと聞くと、さもありなんという気がする。明治は遠くなりにけり・・・どころではない。私の生きているときにもう既に、大正どころか昭和までもがそうなるとは思わなかった。

 ついこの間まで、硫黄島での日米両軍の死闘が映画のテーマとなっていた。それなのにこの映画では、日米のイージス艦が一緒に戦うだけでなく、日本の艦長が一時的とはいえ、アメリカ海軍の艦の艦長となってちゃんと指揮するなんて、ほんの数年前まではおよそ考えられなかった。そればかりか、この映画では、演習の出港前の余興で各国海軍のサッカーの試合があり、そこで海上自衛隊のチームが2対1でアメリカ海軍のチームに勝ってしまうなんて、これまた数年前までは想像外のことだっただろう。アメリカとの戦後の貿易戦争の数々をくぐってきた私個人としても、感無量である。

 まあそれにしても、ここまで日米両国が一体化するとは、とても思わなかった。この調子では、この世紀の終わりごろには、日本はアメリカの52番目の州となっているかもしれない。えっ、何ですって・・・アメリカは50州しかないって・・・いやだから、51番目はイギリスだって・・・もっとも、両国とも残念ながら畏れ多くも皇室と王室がどちらも後継者難に陥るという条件付ではあるが・・・現実にそうならないことを心から願っている。

 iPhoneが役立つという話をしたい。実は私、「ゴルディロックス惑星(Goldilocks Planet つまり生命が生存することのできる環境にある星)」のことを知っていた。この映画を観る数週間前、たまたまiPhoneのアプリで、その名も「NASA」というのがあって、それを見ていたからである。これはもちろんアメリカ航空宇宙局(NASA)の公式アプリで、現在実施中の数々の宇宙探査計画の説明やその写真、ビデオなどを掲載している。このアプリはいつ見ても、非常に興味を引かれることばかりで面白い。そういうものを見ていたとき、Goldilocks Planetというのが出てきた。その意味がわからなかったので英語の辞書のアプリで検索すると、「生物が生息可能な大きさ・環境・位置などの条件を満足する地球のような惑星のこと」とあり、これはイギリスの童話「Goldilocks and the three Bears」から来たという。残念ながらそれがどんな童話であるかは知らないけれど、ちなみにゴルディロックス経済というと、「インフレなき成長を維持する絶好調の経済のこと」をいうらしい(いずれも「i英辞郎」より)。

 ちなみに、最近は生命存在の可能性がある系外惑星(「系外」というのは、太陽系外という意味)を探すのが天文学のブームとなっている。恒星の前を惑星が横切る際のわずかな光の揺らぎを検出して探すのだが、これまで見つかった惑星の大半は、木星や土星のようなガス惑星であった。これらは大きいから探知しやすいのである。しかし、生命が存在できるのは、まず岩石質の惑星で、その恒星からの位置が遠すぎても近すぎてもいけない。遠いと水は氷となり、近いと水は蒸発してしまう。つまりこのゴルディロックス惑星であるには、水が液体として存在できるほどよい距離でなければいけないのである。これをハビタブル・ゾーン(生命生存可能領域)というが、ここにあることが確認された惑星は、地球から約20光年離れた「グリーゼ581d(Gliese 581d)」、約22光年の位置ある「GJ 667Cc」、約36光年離れた「HD 85512 b」、約600光年離れた「ケプラー22b(Kepler-22b)」の4個が現実に確認されている。それどころか今年の3月28日、欧州南天天文台(European Southern Observatory、ESO)は、生命の存在する可能性がある地球に似た惑星が、銀河系(Milky Way)には数百億個存在するという推計を発表した。(以上、いずれもiPhoneのAFPニュースのアプリから)

 そのようなことで、この映画のように、たとえば地球に最も近いゴルディロックス惑星グリーゼ581dへと通信を送ることも考えられるが、電波が届くだけでも片道20年かかるし、ましてや光の速さであちらの星から地球に向けて飛んでくるだけでも同じ歳月がかかる。アインシュタインの相対性原理でいくと、光の速さで飛ぶと我々の体や宇宙船がぺちゃんこになるはずだから、とてもその速さで飛べるわけもない。そうすると、この宇宙で働いている別の原理でも見つけたのか・・・いや、その可能性はほとんどない。そうすると、別次元の宇宙を利用してワープしてきたのかとでも考えないと、この映画のように、電波を送ったらすぐにエイリアンの宇宙艦隊が出現するなどということは、あり得ない。それとも、たまたまエイリアンの宇宙艦隊が地球付近をパトロールあるいは探査をしていてその電波を受信したのか・・・それならば、あり得るし、持っている武器が擲弾筒と電磁シールドのバリア、それに巨大なソロバン玉のような破壊兵器程度で本格的なものではないことを考えると、まあ説明がつく。

 いずれにせよ、この後、またエイリアンの襲来が予想される。だから、アメリカ海軍としては、破壊したエイリアンの宇宙船を海中から引き上げ、それを徹底的に調べて、その技術を習得しようとするだろう。どうやって宇宙を飛ぶのか、大気圏突入時の摩擦熱をいかに逃がすのか、兵器や宇宙船の動力源は何か、あの戦闘機もブロックする電磁シールドはどうやって作り出すのか、乗員が着ていたモビル・スーツの構造と動力源、それに何よりも爬虫類が進化したらしいエイリアンの体の構造と知性など、数世紀分いや数十世紀分の技術と知識が一挙に手に入るというわけだ。いや、これはすごいことだと考えたところで、映画館から出ていた。まあそういうことで、とっても楽しめた一日であった。おっと、これからまた東京の地下街の散歩の続きをしなければいけない。では、さようなら。





(平成24年4月14日著)
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