悠々人生のエッセイ



葛西臨海公園の大観覧車からの眺め




           目 次
    
       
     自分の子のように孫を躾ける
     男の子はそんなことで泣くな
     近所の散歩の機会に楽しみを
     ラブレターきたり噛まれたり
     熱中するのは石拾いと石投げ
     古時計の歌でチクタクお帰り
     大阪出身の女の子ウチもやる
     愛玩→躾ける→教育の段階へ




1.自分の子のように孫を躾ける

 初孫ちゃんは、4歳6ヵ月となった。3ヵ月ほど前に書いたこのシリーズのエッセイでは、「最近、初孫ちゃんが東京に戻って来て前よりも頻繁に会えるようになった」と述べたが、それからというもの、頻繁どころかしょっちゅう顔を出すし、お泊りもするようになった。そのような機会を通じて私も家内も、初孫ちゃんをじっくり観察した結果、ああ、これは色々と矯正しなければいけない生活習慣が多々あるということに気付くようになった。そこで最近では、初孫ちゃんをお客さん扱いをすることはもう止めようということになって、まるで自分の子供のように「躾け」をすることにしたのである。

 というのは、これまでは両親は共に多忙を極めていたことから、子育てはついついベビー・シッターと幼稚園に任せきりであったようだ。すると、子供は両親とはあまり触れ合う時間がないので、両親の前で過ごすその貴重な時間は良い子を演じ、世話する人が両親からベビー・シッターなどに代わった瞬間、スイッチが切り替わって我がまま一杯モードになり、そうするとまるで手が付けられないという状態となっていたようだ。ベビー・シッターも、同じ人がずーっとやっていてくれるのならまだ良いのだけれど、そういう人が見つからずに派遣会社から入れ替わり立ち代わり違う人がやってくるというシステムだ。

 そのやってくるベビー・シッターの皆さんも、このままではいけないと薄々感じていたとは思うし、しかも皆さんそれなりの有資格者だから何とかしてあげたいという気はあったとしても、そこは両親とは立場が全く違って、子供が悪いことをすればこれを強く叱って躾けをするということは出来ない。それどころか自分の持ち時間だけは無難に過ごしたいという責任回避モードに入ってしまって放置をする。そして、雇い主である両親に対するレポートには、まるきり表面的な良いことだけしか書かない。

 かくして当然のことながら、我々からすると生活習慣が身に付かずに我がまま一杯に育ったのではないかと思える仕儀となった。加えて一人っ子ときているから、中国でいう「小皇帝」状態だ。まあこの手のことは大なり小なり、ほとんどの共稼ぎ家庭で起こっていることではないだろうか。

 実例をあげれば、たとえば、次のようなことである。とある休みの日、初孫ちゃんを一晩預かり、朝起きてきたので朝食を出したら、ご飯や魚を食べただけで、いつまで経っても、おかず(菜っ葉、人参、ゆで卵)に手を付けない。それどころか何だかんだと無駄なおしゃべりをしたり立ち上がったりしてこちらの気を逸らすような行動をとり、全く食が進まない。仕方がないので、食べさせようとしてスプーンに食べ物を入れて持っていくと、両手を口に当てて「ゆきどまりーっ」とやる始末。それを何回となく繰り返して1時間半以上経ってしまった。その日は、息子の家に行く約束があって、その出発時間まであと10分というギリギリの時となった。

 とうとう堪忍袋の緒が切れて「おしゃべりばかりしないで、早く食べろ」と一喝した。そうしたら、わずか5分で一気に食べた。その気になると出来るのに、なぜこんな態度をとるのだろうと本当に不思議である。甘えているのかなぁとも思うが、そんな風にも思えない。ご飯の時間はきっちり座って集中して食べるという生活習慣が出来ていないのである。

 そんな風にして慌てて出かけた息子の家で、家内と私、息子夫婦の4人で楽しく談笑しているときに、初孫ちゃんが「食べているときは、お話しをしないの」と何回もいうので、ムードが悪くなった。まるで先ほどの意趣返しをされているようだ。しかし、ともあれ人前だから、あまり強くは叱らずに、「ここにいる皆は、食べ物をちゃんと食べてからお互いに楽しんでお話ししているので、それはいいの。あなたは、食べないでおしゃべりしてばかりいるから、さっきは怒られたの」といった。でも、どうもまだ、わかっていないみたいだ。

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2.男の子はそんなことで泣くな

 また別の日のこと、夕食後、ビー玉をテーブルの上に投げ付けてポンポン跳ね返らせている。それだけでなく木の積み木も何もかもまとめてあちこちに投げ始めたので、「テレビに当たったらどうするの」と叱ってやめさせた。そうこうしているうちに、居間の紙屑入れを頭に被って歩き出したので、「汚いことをするな」と、これまた怒った。そういう下地がある中で、寝る時間となった。本人は、もう少し遊びたかったのに、明日は幼稚園だから早く寝かされたので不機嫌になり、床に就いてから両脚で周りをしつこく蹴っている。そこで、「コラ、やめなさい」と強く叱ったところ、「ウェーン」と泣きながら寝た。

 家の外でも中でも、軽く転んだり誰かとぶつかったりという、ちょっとしたことでもすぐに「ウ・ウ・ウェーン」と大袈裟に泣く。そこで「男の子ならそんなちょっとしたことで泣くのは止めろ。泣いていいのは、血が出たり骨を折ったりした大怪我のときだけで、そんな軽いことでいちいち泣くと、他の子から軽く見られてイジメられるから、男なら泣くな」といった。これについては、かなり納得したようだ。その後、私がいなくてグランマ(家内)と一緒のときにやはりコケて、指を軽く擦りむいた。家内によれば、そのとき一瞬、泣き顔になったが、「血が出ていないから、ボク泣くかないもん」と、健気に言っていたそうだ。  

 まあ、そういう調子で3ヵ月ほど我々なりの「躾け」を続けてきたところ、かなり改善されてきた。やれば普通に出来るではないかと思うことの連続である。特に困っていた食事の習慣、とりわけ野菜を食べない、おかず全般を食するのに時間がかかるという点については、トマト、ナス、じゃがいも、セロリ、豆と次第に食べるレパートリーが増えてきたし、また夕食にかかる時間も1時間半から1時間内、そして今では早ければ30分以内程度に短縮された。これは目に見える大きな進歩である。やはり、どの子供も元々素材としては悪くないのだから、ちゃんと躾ければ、それなりに育つことを実感した。

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3.近所の散歩の機会に楽しみを

 まあ、もちろん、叱るだけではよろしくないので、近所の散歩とか何かの機会に、いろいろな楽しみを与えるようにしている。たとえば、近くの大衆食堂に、白くて大きな美しい猫が飼われている。その猫がときどき店先に出ているので、それを見に行くためにわざわざ遠回りして、その店の前を通る。ある日の夕方、その白い猫が首輪で繋がれて、所在なく店の前にいた。初孫ちゃん、つかつかと近付いて行って、1メートルほどの所でしゃがみ込んだ。猫は物憂げに見上げ、なんだ子供かという顔で一瞬その警戒を解いた。そして、そのまま双方が見合っていたが、やがて猫の方が「ふん、アホらしい」とばかりにそっぽを向き、あまつさえ店の中の方へと体を反対に向けてしまった。

 そして、「どうだ」と挑発するように、尻尾を左右に振った。すると初孫ちゃん、立ち上がってその尻尾を軽く踏みつけようとする。すると猫は、怒るかと思ったら、まるで無視するように尻尾を反対側に振った。すると初孫ちゃん、それを再び踏もうとすると、猫は知らん顔をして尻尾を逆に振るということを繰り返して、双方ともまるで意地になっているようで、可笑しくて可笑しくて、笑いがこみ上げてきた。

 千駄木の駅の近くに「菊見煎餅総本店」というレトロ調でなかなか風情のある店がある。明治八年の創業で、白砂糖、抹茶、醤油の三種類の四角いお煎餅を売っている。初孫ちゃんはこれが大好きで、特に白砂糖煎餅には目がない。幼稚園バスから降りると、「お腹が空いた。菊見せんべいを食べたい」と宣言するや、お迎えのグランマを尻目に裏道をひたすら走って、この煎餅屋まで一気に到達する・・・追いついていくのが大変だ。着いたとたんに、大声で「砂糖のおせんべいを下さい」と叫んでそれをもらうと、今度はお店の前にある緋毛氈を敷いた長椅子に座り、ボリボリと音を立てて食べる。そして道行く人に「これ、おいしいよ」と叫ぶので、ちょっと恥ずかしくなる。まあ、天真爛漫というか、いささか伸び伸び育ちすぎである。

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4.ラブレターがきたり噛まれたり

 自宅の近くは下町なので、季節になると狭い玄関先に様々な花が咲いている。今なら紫陽花の季節だが、初孫ちゃんがこの近辺に初めて来たときは、梅の花が満開だった。そのとき、「この花から、緑の梅の実が生るんだよ」と説明した。つい先週のことであるが、その梅の木から落ちた実が道路にたくさんころがっていた。そこで初孫ちゃんを抱き上げて梅の実がいっぱい生っている梅の木を指さして「ほーら、こんなに梅の実が枝についている。これで、梅干しが出来るんだよ」と話した。一昨日、その梅の実が生っている御宅の前を再び通りかかったとき、初孫ちゃんが梅の実を見上げて、「いつ梅干しになるのかなぁ」とつぶやいた。もう、笑ってしまうが、かくのごとく子供に教えるというのは、なかなか難しいことである。

 ある日、幼稚園から帰ってきた初孫ちゃんのカバンを整理していたママが、可愛い手紙を見つけた。封印には、女の子の顔写真付きのシールが貼ってある。それを開けて見てびっくり。たどたどしい平仮名で初孫の名前が書いてあって、「いつもありがと。もうだいすき」なんて書いてある。これは、いわゆるラブレターではないか。私なんか、20歳を超えてもそんなもの、もらったことがないし、親類中を探しても、たった4歳でもらうとは、なんとまあ、ませた子だ。それで、ママがあせって、これは返事を書かなければ申し訳ないということで、次の日に何とか返事を書かせて、その子に渡したそうな。しかし、本人はさっぱりその意味がわかっていなかったという。でも、しばらくしてママが幼稚園の遠足に付いていくと、その女の子と手をつないで楽しく遊んでいたそうな。

 先日、初孫ちゃんが胸を噛まれるという事件があった。噛んだのは、犬ではなく、3歳くらいの男の子である。近所の児童遊園で遊んでいるときの出来事で、付き添っていたのは私ではなくてグランマである。その男の子には、祖母らしい人が付いていたというが、やんちゃ盛りなのか、それとも我が儘のし放題に育てられたのか知らないが、祖母が何を言ってもヤダヤダを連発していたらしい。その子が初孫ちゃんと二人で滑り台の上に乗っていたときに、初孫ちゃんの激しい泣き声が聞こえて家内が振り返ってそちらの方を見たら、その子が初孫ちゃんの胸辺りに噛みついていたらしい。

 すぐに飛んで行って引きはがしたそうだが、あちらの祖母らしき人は平謝りに謝って、どこかに消えて行ったそうな。私が家に帰ってその噛まれ跡を見たところ、確かに小さい歯型が付いていた。ただ、服と下着の上から噛まれているから、そうたいした被害ではないし、C型肝炎を心配するほどではなさそうで、ほっとした。これは、いわば通り魔のようなものでアンラッキーな出来事であったが、子供の世界も、なかなか危なくなってきたものである。



葛西臨海公園での初孫ちゃん


5.熱中するのは石拾いと石投げ

 最近、初孫ちゃんが熱中している遊びが、石拾いと石投げである。石拾いはともかく、石投げは都会の真ん中でやったりするとご迷惑なので、海か川に連れて行って、そこでやってもらうようにしている。我が家から近いのは、葛西臨海公園のなぎさか多摩川や荒川の河川敷である。

 たとえば臨海公園に行くと砂浜に大小様々なサイズの石が転がっているので、それを掘り出しては一ヶ所に運び、海に向かってポーン・ポーンと投げ込んでいる。ただ石を拾って投げるという単純なものではなくて、まずは、どういう石かということにこだわっているようである。とりわけ、形が丸くて大きな石ほど初孫ちゃんにとっては貴重なものらしい。そういう石を見つけると、一瞬笑みを浮かべて、それを両手で抱え上げ、それから両肩を上下させて「ウフ、ウフ、ウフ」という声にならない声を出して喜んでいるから、笑ってしまう。

 次に、それを投げるのには、オーバースローで投げたり、下から上に投げたり、大きな石だと両手で持ってイチ・ニー・サンという掛け声付きで投げたりして様々だ。中でも、水しぶきが高く大きく上がるものが楽しいようだ。それにしても、もう少し別の遊びに切り替えてくれないかと思うのだが、歩き始めの頃から水に興味があったというから、筋金入りだ。こんな遊びをする子って他にいるのかと思ったら、先日は石投げの現場で同じ年代の同好の士を見つけて、その子と一緒に「あれいいね、これいいね」などと相談しながら石を投げて遊んでいたというから、世の中は広いというか、狭いというか・・・。

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6.古時計の歌でチクタクお帰り

 幼稚園で、いろいろな童謡を習っているらしく、ときどき我が家に来たときに口ずさんでいる。先日は、大きな古時計という歌で、こんな歌詞である。「おおきなのっぽの古時計 おじいさんの時計 百年 いつも動いていた ご自慢の時計さ おじいさんの 生れた朝に 買ってきた時計さ いまは もう動かない その時計 百年 休まずに チク タク チク タク おじいさんと いっしょに チク タク チク タク いまは もう動かない その時計」。

 これを歌ってくれるのは良いのだが、私の腕時計を見て「あれっ、おじいさんの時計は動いてるねぇ」といったり、あるいは何か悪さをして私に怒られた直後に「おおきなのっぽの古時計 おじいさんの時計 いまは もう動かない その時計」などと歌うのは、大きな皮肉を言われているように聞こえるから、参ってしまう。これは、少し考え過ぎだろうと思われるかもしれないが、いやいや、そうでもない。現に先日、私がいつものように帰宅して「ただいまーっ」と言ったら、その時たまたま来ていた初孫ちゃんが「チクタク、お帰りーっ」と応えたので、びっくりした。初孫ちゃん、恐るべし。並みの幼児ではないのである。

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7.大阪出身の女の子ウチもやる

 先日、こんなやり取りがあった。どうやら最近、幼稚園に大阪出身の女の子が入って来たらしくて、初孫ちゃんの言葉が急に関西弁の女性言葉になってしまった。たとえば、自分も同じことをやりたいようなときに、「ウチもやるーっ」という。そこで私が「それは関西の女の子の言い方だから、使わない方がいい。あなたは東京の男の子だから、そういう場合は、ボクとか、ワタシと言いなさい」と教えた。その日の晩に何かの拍子で私が「あなたは、ウチの子だから」というと、初孫ちゃんが「ウチって、男の子は使っちゃいけないんだよーっ」と言われてしまった。日本語を教えるのは、なかなか難しいことを実感した。

 これまた先日の我が家での出来事だが、私と初孫ちゃんがテーブルについていたとき、グランマがゼリーのカップがいくつか入った袋をドンと置いた。初孫ちゃんが「ウチ・・・いや、ボクが分けるーっ」と言って、まず私の前にゼリーのカップをひとつ置き、「これは、おじいさんの」といい、次に自分の前にゼリーのカップをまたひとつ置いて「これは、ボクの」という。そこまでは良いのだが、次いでグランマの前に3個めのカップを置いて、グランマにこう言った。「これは、半分はグランマので、残りの半分は、ボクにくれる?いいよね」。そこで私が雷を落とし、「これっ、何を言っている。ひとり一つに決まっているでしょ!」

 これに対して、初孫ちゃんは、「やだっ」とか言って、何か反論していたけれど、こういうところが、躾けがまだ行き届いていないところだと反省した。まあ、追々教えていくとするか・・・。それにしても、誰も教えないのにグランマはあまり怖くないと見極めて、これに対して半分よこせと堂々と要求するなんて、本当にけしからぬヤツだ。こんな図々しい人間が果たしているものだろうかと記憶を辿っていくうちに、ふと思いついた。これは、アメリカの弁護士の遣り口だ。昔、特許の交渉をしたときに、この手合いにさんざん悩まされたことがあった。

 初孫ちゃんはおしゃべり好きだし、まだ小さいのにそれなりに弁も立つし、ちょっと妙なところもないわけではないがビジョンもあり、それに向けての交渉力の片鱗が見られるから、弁護士業をやれば意外と成功するかもしれない。ただ、日常生活でこんなことをやられたら、家族や周りの者が迷惑するから、そういう常識は教え込まないといけないと思っている。まあ、人間いろいろな性癖や趣味趣向があってその中には社会にご迷惑なものもあるものだけれど、それを抑え込んで健全な社会人にするのが教育の力である。これに成功すれば、初孫ちゃんはそもそも地頭が良いので、ひとかどの人物になるのではないかと期待している。


8.愛玩→躾ける→教育の段階へ

 かくして初孫ちゃんとの交流は、当初の「おお、可愛い、可愛い」という愛玩の段階から、「そんなことしちゃダメ、こうしなさい、ああ上手だね」などと躾ける段階を経て、「妙なところを矯め、良いところを伸ばす」という教育の段階に入って来た。本人からすれば好き勝手気儘に過ごしていたのに、ジジババとこうしたやり取りをしなくてはならないから、誠に煩いと思っているかもしれない。しかし、「鉄は早いうちに打て、でないと間に合わない」をモットーに、家内と二人三脚で引き続きこの子をしっかり鍛え上げていこうと思っている。幸い本人は、理屈を順序立てて説明すれば理解しようとするし、また言われたことをちゃんと覚えていてくれるからやり易い。

 家内に言わせれば、「あれだけおじいさんに叱られているのに、なぜかおじいさんが好きっていっているのよねぇ」ということなので、それなりの信頼関係が出来ていると考えたい。こういう基礎があるので、きっと上手くいくと信じている。

 そもそも躾けや教育というのは、周りの大人が寄ってたかって各々の方針で行い、そのおかげで子どもの人柄が練れていって自然に良い子に育つというのが日本の伝統だったはずだ。それなのに、最近では家族間でも個人主義が余りに進んでしまったために、その機能がなくなったのではなかろうか。これがひいては、近年急増している引きこもりやDQN(ドキュン=非常識な人間)に繋がっていくのではないか、そんなことを考えるようになった、今日この頃である。





(平成25年6月10日著)
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