悠々人生のエッセイ



東京駅前の丸ビル内のクリスマスツリー




 年の暮れになった。もうすぐクリスマスという日の夕刻、東京駅前の丸ビル内のレストランで、家内と二人だけで食事をした。ともにアルコールをほとんど飲めない質なのだが、この日はどちらともなくワインで乾杯しようということになり、白身魚を注文した家内は白ワイン、牛肉の私は赤ワインを頼んだ。その二つのワイン・グラスが緑色のテーブルクロスの端に置かれた。グラスの中で、琥珀色と葡萄色の液体が、テーブル上の蝋燭の光を反射してゆらゆら揺れる。その光が下から当たった家内の顔も、心なしか何やら美人に見える。二人でひとつずつそのグラスを持ち上げ、どちらともなく「乾杯!今年は公私ともに予想外の大きな出来事が次々に起こったけれど、チームワークよろしく何とか乗り越えられました。本当にご苦労さまでした」という趣旨のことをお互いに言って、ねぎらいの言葉を掛け合った。

12月に初孫ちゃんと行った昭和記念公園


 それにしても、今年はいろんなことがあった。私が第二の人生を歩み始めた大事件は別格としても、年初の頃から娘一家が私の家の極く近所に引っ越してきたのが私生活上の大事件である。私たちも、一時的に初孫ちゃんの面倒を見るつもりが、気が付いてみると初孫ちゃんが私の家を常の住処とするようになった。自分の家にはもう立ち寄ることもせず、幼稚園に行くにも帰るにも、直接、私の家から通う始末。もちろん、食事もテレビを見るのも寝るのも、私の家である。私たちは二人の子供たちが成人し資格をとって職を得て出て行ってからというもの、10数年間も二人だけの暮らしを続けてきて、それでいきなり4歳の子と生活を共にすることになった。いやもう、最初は大混乱の極みである。たとえば、初孫ちゃんは真冬でも、半袖のシャツというスタイルで床に就く。さぞかし寒いだろうと思うのであるが、実は全く逆で、本人はぐっしょりと寝汗をかいている。それでそのシャツが汗でびっしょりと濡れる。最初は、病気で高熱を出しているのかと慌てたが、どうもそうではないらしい。基礎体温が高すぎるからだと思う。それが証拠に、朝はちゃんと普通に起きてくる。しかし、シャツが濡れたまま寝ているのでは風邪を引きかねないので、寝入ってから1時間ほどして、新しいシャツに着替えさせることにしている。上体を起こしての着替えとなるが、これがまた、重いのである。そして冬は、これに加えて、昔風にいえば、「かい巻き」を着せて、かつ靴下を履かせている。というのは、いくら布団をかぶせても、すぐに跳ね除けて部屋のあちらへゴロゴロこちらへゴロゴロと、寝ながら全方向に向けて転がっていくから、いわば布団に相当するものを身に付けて寝てもらうしかないのである。私はその横で羽毛ふとんに電気毛布という伝統的スタイルで、それでも寒いと思いながら寝ているが、そういう布団もなしのスタイルで朝まで寝てしまっても平気という初孫ちゃんには、ただもう、びっくりするばかりである。

初孫ちゃん


 私たちの寝室は、元々さほど広くもない部屋だが、そこに二つの布団を引いて家内と一緒に寝ていたところに、「川」の字の真ん中に入る形で初孫ちゃんが割り込んできた。するとまあ、色々と予想外のことが起こる。寝ながら「部屋のあちらへゴロゴロ、こちらへゴロゴロ」というのは序の口である。たとえば、寝ているときに、どうも頭が重いなと思って目が覚めたら、額の上に初孫ちゃんの足が乗っている。4歳とはいえ、結構立派な足をしているから重い。そうかと思えば襖がガタンと音がして外れる。寝ている家内の体を乗り越えた初孫ちゃんが、そこに頭から突っ込んだからだ。いやもう、初孫ちゃん用に2〜3人分くらいの寝るスペースを確保しないとだめだと分かった。そこで、2人分の布団を敷き、この子をそこに寝かせてその周囲を丸めた上掛け布団で壁を作った。家内は当然のように隣の部屋に追い出された。すると、家内に言わせれば、初孫ちゃんはその丸めた上掛け布団が気に入ってこれを抱き枕のようにして寝ているけれど、次に気が付いてみたら、初孫ちゃんが反対の方へ行って今度はあなたが抱き枕にしている」という次第であるらしい。

12月に初孫ちゃんと行った昭和記念公園


 そのようなわけで娘一家も、我が家で朝は一緒に食事して出勤するし、夕方はバラバラに帰ってきて家内の作った夕食を食べてから帰るという形となった。最初は一緒に帰っていた初孫ちゃんも、前述の通り一緒に帰らずに我が家に住み着く形となった。それでも親が帰るときには一応気を使って「ママ。大好き」などと親に対しては言い甘える仕草をするものの、実はグランマ(家内)にべったりで、親や私から怒られたときの格好の逃避先にしている。そのグランマは、挨拶や食事マナーなどに関してかなり初孫ちゃんを躾けてはいるものの、それ以外は比較的鷹揚に見て、かつ細かいことはあまり言わない主義なので、初孫ちゃんに慕われて当然かもしれない。

 家内は元々、家族思いで世話好きな性質(たち)で、それが徹底している。初孫ちゃんについても放っておけないようで、朝と夕方に担当する食事は、栄養素のバランスに気を付け、初孫ちゃんの体重に合わせてきっちり大人の三分の一の分量にして食べさせている。最初は好き嫌いの激しかった初孫ちゃんにいろいろと指導して、最近ではほぼ何でも食べられるようになった。これだけでも大変な成果である。私にいわせれば、奇跡に近い。おかげで顕著に身長が伸び、かつ体重も増加し、来た当初に比べて頭ひとつ分大きくなり、嬉しいことに筋肉も付いてきた。靴のサイズはもう19センチである。エレベーターで会う同じマンションの奥さん方に大きな声であいさつするので可愛がられるようになったが、そのついでに必ず「大きくなったわね」などと言われる。


初孫ちゃん


 テレビを毎日数十分程度、見させることにしている。同世代の子供の知識に追いつけるようにするというよりは、興味があればそれを伸ばすためである。たとえば、ピタゴラスイッチなどの科学番組は、いつも食い入るように見ている。そもそもこの子は、何かを作るのが好きで、かなり凝るタイプである。子供の遊び場「キドキド」に行ったら、運動に疲れると必ずこうしたコーナーに行って何やら無心に作っている。家ではたとえば、さっさと手早く積み木で130センチくらいの塔を作り、その上にサランラップの芯を2本繋げた先端部分を取り付けて高さを180センチと、私の背丈よりも高くして「東京スカイツリー」と称している。そして、作った後でその脇を何回か走り抜けて、倒れないかチェックするという念の入れようだ。ところがそれが出来た後、先日、真夜中に千葉県を震源とする比較的大きな地震があり、東京の私の家付近では震度3だった。そのせいで御自慢の「東京スカイツリー」の上部3分の1が崩れてしまった。初孫ちゃんは寝ているので、仕方がなく私が片付けついでに積み上げて行ったが、時間もかかるし初孫ちゃんほどうまくいかない。サランラップの芯を乗せると、ぐらぐらしてくる有り様だ。結局、丸い小さな積み木の部品を一つ追加して、何とか安定させた。いやもう、冷や汗ものだった。翌朝、起きてきた初孫ちゃんの第一声には驚かされた。あれ、あの丸い積み木は何?」というのである。よくあんな小さな部品まで覚えているものだ。

 テレビ番組としては、お猿のジョージ、機関車トーマス、羊のショーンが大好きで、私も一緒に録画で見ている。お猿はアメリカ、残りはイギリスの子供向け番組であるが、実に良く出来ている。お猿は子供に試行錯誤的に考えさせる、それも科学的に考えさせる点が優れている。機関車トーマスは、いかにも子供らしい考えで何かしでかす機関車たちが主人公で、その失敗を通じてさりげなく教訓を垂れている。羊のショーンは、イギリスの片田舎の小さな農場にいる羊たちと番犬の物語で、イギリス人らしい皮肉やウィットに富む番組・・・というか、大人向けギャグ連載の抱腹絶倒の番組であり、私は年甲斐もなくこれを見て笑っている。初孫ちゃんが本当にこれが分かるのには、あと20年はかかるなと思いつつ、一緒に見ている。


初孫ちゃん


 初孫ちゃんが家の食卓前で披露する芸は、ついこの間までの流行は部屋を暗くしてする花火の物真似だったが、最近は天気予報の物真似である。それも、突然やり始めるから面白い。私の家は52インチの大型の液晶テレビなのだが、それを背景にして先端が熊の顔になっている細長い筒のような風船を持って現れた。まず、直立不動の姿勢から深々とお辞儀をして、自分のフルネームを名乗る。そして、その細長い筒でテレビの画面を指して「今週の天気をお知らせします。ご覧の通り、札幌はずーっと雨、東京は晴れが続きます」とやったので、それを見ていた我々はもう大笑いして、笑い過ぎて息が苦しくなったほどである。そのほか、どこで見たのか知らないが、ステージ・ショーの物真似をするようになった。テレビの前に丸くて硬めのクッションを持ってきてその上にすっくと立った。両手には、サランラップの芯の筒を持っている。気を付けの姿勢をして「Hello! Everyone」といって一礼をした後、それを振り回して応援団のように大声で何やら叫んでいる。そうかと思うと、松坂屋で買ってもらったばかりのおもちゃのトランペットを出鱈目に吹きながら、それを持ってくるりと一回転する。気分はもう、一流のエンターティンナーである。

12月に初孫ちゃんと行った昭和記念公園


 これだけ活発な子なので、休みには運動できるところに連れ出すことにしている。親は平日の休みの日と土曜日が担当、私は日曜日が担当である。私が連れて行くのは、天気の良い日は寒かろうが暑かろうが屋外の公園、天気の悪い日は子供専用の運動場のアソボーノ(東京ドーム)またはキドキドのような屋内施設が多い。アソボーノは、東京の中心にあるだけあって、ともかく人が多くてほかの子とぶつかるのではないかと心配なので、その点、人の数がそれほど多くないキドキドが便利である。ここに着くと、係りのお姉さんたちとも顔なじみなので我が物顔に振る舞っていて、いささかやり過ぎの感がある。ボールのプールには頭から飛び込むし、トランポリンでは跳ね回るし、工作室では例の通り巨大構造物を作り始める。専ら運動系で、さんざん動き回って疲れて休みをとりたいときに、工作を始めるという感じである。運動しているときにカメラで高速連写をすると、玉のような汗が飛び散っている。

 秋ごろから、突然、平仮名を書くようになった。平仮名の方は幼稚園で習っていたから読むのは出来ていたのだけど、最近それが書く方になってきたということだろう。通っているのはインターナショナルスクールの幼稚園で、外人の先生の方を向いて英語で授業を受け、それが終わったら一同くるりと後ろを向いて、今度は同じ内容を日本人の先生から日本語で授業を受けるという日英ちゃんぽん方式なので、うまくいくのかやや疑問だったが、一応の成果は上がっているようだ。ただし、初孫ちゃんが家で英語を話すことはめったにないのがご愛嬌だ。しかし、英語が全く身についていないというわけでなさそうである。最近、寝る前に絵本を何冊か読んであげるということをやっていて、初孫ちゃんもその影響かもしれないが、日本語の形容詞や副詞を上手に使うようになった。たとえば「そんなことは、絶対にしない」とか、「全くありません」とかいう調子である。その反面、ときどき日本語の解説を求められることがある。たとえば「『もっと』とはどういう意味なの」とか、「『急に』って、なんなの?」と聞かれる。そういう場合、日本語で噛み砕いて説明するが、同時に英語で「『some more』、『suddenly』という意味だよ」というと、一発でわかった顔をするから、少なくとも聞き英語にはなっているようだ。

 それから、情操という意味でも言葉を学習することは大事だ。たとえば「心配って、どういう意味?」と聞く。具体的に例を上げないとわからないだろうと思って、「この間、グランマが病気で腕にチックンと点滴していたとき、ボクはどう思ったの?」と聞くと、「かわいそうで、涙がこぼれそうになった」というから、「うん、その気持ちが『心配』っていうんだよ」というと、「そうか」と納得してくれた。それは昨日のことだが、きょうママに質問していたのは、なかなか難易度が高かった。「『今度』と『そのうち』とは、どう違うの?」というもの。これにはさすがのママも答えに一瞬詰まって、私に助けを求めてきた。「どちらも、これからのことをいうのだけれど、『今度』は次のとき、『そのうち』は、いつかはわからないけれどこれからあることをいう。英語でいうと、『今度』は「next time」、『そのうち』は「some day」だよ」と言ったが、こちらの英語はわからなかったようだ。

 最近の出来事として特筆すべきは、10未満の簡単な計算をするようになったことである。ほんのこの2週間以内のことだけれど、3+2は5、4+3は7、6−2は4などである。それが出来るようになった理由がこれまた可笑しい。初孫ちゃんは、近くの菊見煎餅という店で売っている四角い大きな煎餅が大好きなのであるが、これは家族の皆も好きで、一緒に食べる。ところが自分の分だと買って来た分まで食べられたと憤懣を述べるので、「では、いったい何枚なくなったの」と聞くと、よくわからない。それでこれではいけないと思ったらしくて、両手を使って数を数えてそれを記憶している。そして「3枚あったけど、それに4枚を買ってきて追加したから7枚あるはずなのに、あれ、5枚しかないから、2枚なくなった」と言えるようになった。両手を使って一生懸命に練習して1週間で出来るようになったので、家内と「必要は計算の母だね」と言って笑いあった。まったく、計算高いというか、がっちりしているというか、少しませた子である。

 とまあ、こんな調子で今年1年は何とか無事に過ごし、我が家の実質的に3番目の子供となった初孫ちゃんは5歳の誕生日を迎えた。はてさて、来年は何が起こるか、ちょっぴり怖いような、それでいてとっても楽しみなような妙な気分である。

 皆様、今年もこのサイトを読んでいただき、ありがとうございました。良いお年をお迎えください。


初孫ちゃん







(平成25年12月23日著)
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