![]() |



目 次 |
|||
| 1 | 東北の三大祭り | ||
| 2 | 角館とナマハゲ | ||
| 3 | 秋田の竿燈祭り | ||
| 4 | ナマハゲと青池 | ||
| 5 | 青森ねぶた祭り | ||
| 6 | 立倭武多祭り | ||
| 7 | 中尊寺金色堂 | ||
| 8 | 仙台七夕祭り | ||
![]() 1.東北の三大祭り 先週の北海道縦断の撮影旅行に引き続き、今週は家内と5歳半の初孫を連れて、東北三大祭り(秋田竿燈、青森ねぶた、仙台七夕)と五所川原の立倭武多を見物するツアーに参加した。私は毎年1月に東京ドームで行われる「ふるさと祭り」で、竿燈やねぶたを見物していたので、いつか本物を見て写真を撮ってみたいと思っていたからである。 【第1日 秋田の竿燈】 東京駅発(秋田新幹線) → 角館着 → 角館武家屋敷通り → 秋田市内(夕食)→ 秋田竿燈祭り見物 → 男鹿温泉郷泊 【第2日 青森ねぶた】 男鹿温泉郷発 → 白神山地・青池 → 十二湖(昼食) → 青森県観光物産館アスパム → 青森市内(夕食) → 青森ねぶた祭り見物 → 鯵ヶ沢温泉郷泊 【第3日 立倭武多祭】 鯵ヶ沢温泉郷発 → 八甲田ロープウェイ → 奥入瀬渓流 → 森のホテル(昼食) → 津軽伝承工芸館(夕食) → 五所川原の立倭武多祭り見物 → 津軽南田温泉郷泊 【第4日 仙台七夕祭】 津軽南田温泉郷発 → 中尊寺参拝 → 平泉(昼食) → 仙台七夕祭り見物 → 仙台駅発(東北新幹線) → 東京駅着
少し進んだところで、折悪しく俄か雨が降って来た。そこで、樺細工伝承館に入って様子を見ることにした。最初はポツポツという程度の降りだったが、次第に雨脚が強まり、ザザーッという音を立てるほどの強い本降りになった。ところが、まだ雨脚が強くない頃に表の様子を見に行った家内と孫がなかなか帰って来ない。ずぶ濡れにならなければ良いがと心配していたところ、30分ほどして家内と孫が顔を上気させて帰って来た。別に濡れている様子もない。家内が言うには、突然大雨が降ってきたので、孫と二人で門前の人力車に駆け込み、そのまま20分乗せてもらって雨の中を散歩したそうだ。その人力車のお兄さんはずぶ濡れになって少し気の毒だったようだが、なるほど、それは雨宿りと市内観光を兼ねた一石二鳥の良いアイデアだと笑ってしまった。
3.秋田の竿燈祭り
![]() それを見ている見物人も一緒になって「ドッコイショー、ドッコイショー」の掛け声を掛け、思わず拍手をしてしまうほどの見事さだ。風が吹くと、まるで生きているくらげのごとくあっちへゆらゆら、こっちへゆらゆらと定まらない。ところが名人らしき人の手にかかると、それがピタッと決まるから不思議である。それでも風の影響からか、竿燈は暗闇の中をまるで生きているかようにゆっくりと動き回り、隣の竿燈とぶつかりそうになるは、倒れそうになるはで、見ていて結構はらはらする。それで「ドッコイショー、ドッコイショー」の掛け声が「ドッコイショッショ、ドッコイショー、オエタサーショー、ドッコイショ、オエタサー、根ッコツイタ、オエタサ」と繰り返している。最初は聞き取れなかったが、「オエタサ」はうまく据わった竿燈がまるで根付いた稲のように動かない様子をいうらしい。 いただいた秋田竿燈まつり実行委員会のパンフレットによれば「稲穂に見立てた竿燈が夏の夜空に揺らめき、五穀豊穣を祈願する秋田竿燈祭りは東北三大祭りのひとつで、260年以上の歴史を持つ国重要無形文化財です。大きな竿燈を自在に操る差し手の技は、日々の訓練とバランス感覚が必要とされます。代々受け継がれた伝統の技はまさに職人芸・・・竿燈の起源は江戸中期とされ、『ねぶり流し』『眠り流し』と呼ばれる睡魔払いのお盆行事だったという説が有力とされています。昔は『夏になると暑さが厳しく、労働もきつく、つい眠くなる。その隙に睡魔が忍び入り、眠り病に冒される』と考えられ、その睡魔を退治するために、眠り流し『竿燈』を行ったと伝えられています」とのこと。 さてその竿燈であるが。大若という最大のものは長さ12メートルもあり、重さも50キロと非常に重たい。先端に神社によくありそうな「御幣」を付け、そこに9段にわたって計46個もの提灯を吊るしている。それを支えるのが「差し手」で、頭に豆絞り(てぬぐい)を巻き付けて半纏を身に付け、竿燈を、力四分、技六分という絶妙なバランスで手の平、額、肩、腰などに移し替える妙技を披露してくれる。いや、これは素晴らしい。気が付いてみると、孫までいつの間にか「ドッコイショー、ドッコイショー」と叫んでいた。 私の関心事の写真だが、黒い夜空にゆらゆら揺れる竿燈は、それなりに撮れた。しかし、それを支える差し手は、常時細かく動いているから、周りの人はしっかり写るのだが、差し手本人はブレてブレて写真にならない。こうなったら逆転の発想だと思って差し手を追いかけて適当にシャッターを切って何十枚か撮ったところ、ほんの数枚だけ、差し手がはっきりと写った写真がとれた。何しろ観覧席にいて、しかもストロボを使うと迷惑なので、これがこのカメラの性能と素人カメラマンの腕の限界である。それにしても、期待通りの素晴らしいお祭りであった。
![]() 4.ナマハゲと青池 【第2日】 男鹿温泉郷発 → 白神山地・青池 → 十二湖(昼食) → 青森県観光物産館アスパム → 青森市内(夕食) → 青森ねぶた祭り見物 → 鯵ヶ沢温泉郷泊 沖縄あたりに来ている台風の影響か、朝早く6時頃にザザザーという音とともに大雨が降り、これで旅行を続けられるのかと思ったくらいだが、幸いにも出発時刻の8時半には雨が止み、無事に出発できた。バスガイドさんによると男鹿半島は秋田からの日帰り圏で、今ではパラグライダーやナマハゲが有名だが、道路の沿線には田圃が結構あって、静岡県と同じくらいの稲の収量があり、藩政時代には佐竹藩の隠れ倉といわれたという。ナマハゲは本来は独身の男性が扮するのだが、最近はあまりいないのでPTAのお父さんがやっているそうだ。また、近頃はナマハゲをハローワークで募集していたり、あるいは女湯に出没したりしたそうな。 Wikipediaによると、ナマハゲは「山の神々の使いとして里に来訪する。ナマハゲは大晦日の夜になると『悪い子はいねがー』『泣ぐコはいねがー』と発しながら家々をまわり、悪を諌めるとともに吉をもたらすとされる、日本の民俗行事の一つである。『なまはげ』は怠惰や不和などの悪事を諌め、災いを祓いにやってくる使者(鬼・妖怪の類い)である。年の終わりに、大きな出刃包丁(あるいは鉈)を持ち、鬼の面、ケラミノ、ハバキをまとって、なまはげに扮した村人が家々を訪れ、・・・奇声を発しながら練り歩き、家に入って怠け者、子供や初嫁を探して暴れる。家人は正装をして丁重にこれを出迎え、主人が今年1年の家族のしでかした日常の悪事を釈明するなどした後に酒などをふるまって、送り返すとされている」という。
5.青森ねぶた祭り せっかくの青森ねぶた見物であったが、残念ながら雨模様である。そこでまだ明るいうちにと、出陣前のねぶたの前で、その写真を撮って回った。これらは和紙でできているから、雨に弱い。だから雨模様のときは、ビニールを掛けて運行するらしい。もう既にひとつのねぶたに大きなビニールが掛けられていると思ったら、宅配便のくろねこヤマトのねぶただった。さすがに、荷物を包むのを手慣れているだけのことはあると感心した。海上には、跳ね人(ハネト)のお兄さんたちがたくさんいたので、この人たちにお願いして、囲まれて写真を撮ろうとしたら、孫が逃げてどこかへ行ってしまった。気が付いてみると、遠いところで、うちわ配りのお姉さんと話しをしている。
我々の座敷席でも慣れた人たちは団扇を振り回し、大勢の跳ね人がときおり放り投げる鈴をもらおうとしている。どこからか聞き覚えのある声で「ラッセー、ラッセー」の黄色い掛け声があがったと思ったら、なんとウチの孫だった。そういうわけで、これで要領は分かったので、本格的な見物は、また次回の楽しみとしよう。
私がトイレに入って着替えているとき、誰かが入って来て「あっ、誰もいない。どんないたずらをしようかな。ふふっ」などと呟いているから、けしからん奴だと思っていたら、その声にどうも聞き覚えがある。ドアを開けてみたら、やっぱりウチの孫だった。私が「これっ、何を言っている」といいながらドアを開けて出て行ったら、びっくりした顔をしたが、すぐに「冗談だよー。」と言っていた。大丈夫か、この子? なまはげを見て逃げて行ったのと同一人物とは思えない。 その夜は鯵ヶ沢温泉郷のホテルに泊まったが、まあ、孫がたくさん食べること食べること。うらやましいほど旺盛な食欲だ。とりわけリンゴの冷製スープとグレープのムースが気に入ったらしい。こういう味は、家ではなかなか出せない。また、サラダ菜やプチ・トマトを臆せずにぱくぱく食べているのを見て、約1年半で、ようやく野菜を自由に食べられるようになったのかと、感慨無量だった。以前は野菜の形を見ただけでも敬遠していたのに、これは大きな進歩である。子供の頃に食べた味は大人になっても舌で覚えていて、好き嫌いなく色々な食材を楽しむことができるから、今のうちに何でも食べさせておくことは大切だと思う。
朝から大雨で、早朝に鯵ヶ沢役場から緊急避難を呼びかけるメールが入る始末。昨日、白神山地を行くときに通った海岸沿いの国道も通行止めになったという。運転士さんが、早く内陸の方に行かなければとあせっている。我々ツアー客はどこか他人事で、急変する事態を楽しんでいる雰囲気すらうかがえる。ともかく、慌ただしく出発して八甲田ロープウェイに向かう。101人乗りのゴンドラで1300メートル地点にある山頂公園駅に向けて上がって行った。その途中で、遠くの山がわずかに見えたものの、山頂に着いたら本来なら周囲の山々が見えるはずなのに、一面のガスで何も見えない。地上より気温が10度は低いということだったが、半袖でも良いくらいの暖かさだ。 孫は、山頂の売店でカウベルを見つけてきて、それを欲しいとねだるので買ってあげたが、すぐに地面に落として真ん中にぶら下がっていた部品が外れて音が鳴らなくなった。自分でしげしげと覗いてみて「リングが外れている!」と叫ぶ。「どれどれ、見せなさい」と言って手に取ると、なるほどリングから部品が外れて落ちたようだ。そこで、その部品をリングの隙間に無理やりねじ込んでリングを指に挟んで締めたら、簡単に直ってしまった。孫が感心すること、感心すること。また地上に降りてきてバスに乗り、雪中行軍遭難碑や酸ヶ湯温泉を通り、奥入瀬に向かう。
ところが、それなのに、奥入瀬の渓流に入ると、水は濁っておらずいつも通り美しい。途中には、急流になっている阿修羅の流れがあり、昔ここで写真を撮ったことを思い出した。全体に車窓から見るだけだったが、銚子大滝で少しだけ降りた。これは、春の新緑の季節と秋の紅葉の季節に長逗留をして、写真を撮りに来るべきだろう。ガイドさんの話によると、奥入瀬は葉の密度が高いので、紅葉は最初はさほどでもないが、半分ほど落ちたところで日光が射すようになると、ますます紅葉が強くなってそれは見事だという。その時期は、10月の終わりの日曜日だという。 覚えておこう。 6.立倭武多祭り
しばらく待っていると、なるほどそこから巨大な立倭武多が出てきた。まだ明るいうちだ。見物人から「うわーっ。大きい」という声が口々に上がる。ともかく高さがあるので、誰からもその威容を眺めることができる。 さて、暗くなっていよいよお祭りが始まった。青森は時計回りだったが、こちらは反時計回りに動いていく。その所定の場所につくべく、大小さまざまなねぷたが移動していく。青森に比べて跳ね人の数はとても少ないが、その代り大型の立倭武多がやって来たときは誠に圧巻で、見物席から惚れ惚れとして見とれていた。五所川原の立倭武多は、正面は勇壮な武者絵で、その裏は憂い顔の美人である。なぜかというと、これは出陣のときを表現しているから、武者はあくまでも凛々しく悲壮感を漂わせ、それを見送る奥方や親しい女性が心配そうな顔をして送り出している図だそうだ。 これに対して青森ねぶたは、戦勝して凱旋する様子を表しているから自由奔放な姿なのだという。いやいや、ともあれこの五所川原のねぶたを観て、本当に来て良かったと思った次第である。 いただいた祭りのパンフレットによると、明治の頃「五所川原市は北に金木、中里の木材資源、西に鰺ヶ沢、深浦の水産資源などの中継地点の商人の町として栄えてきた。巨大ねぷたは、それら豪商、大地主の力の象徴として高さを誇るようになり、ゆうに18〜21メートルに及ぶようになった」という。ところがどうも、それから長い間、途絶えたようだ。そして平成8年に80年ぶりに復活し、行政も電線の地中化などで協力するようになって、全国各地や韓国でもその雄姿を披露するようになったとのこと。毎年1基を新作しているとのこと。
そうしたときに家人の間で交わされた「あした東京に帰ったらね」という話を孫が耳にしたとたん「ええっ、もう帰るの?」という。そこで家内曰く「旅というのは、必ず終わりがあるのよ。家に帰ってまた、普通の生活に戻るのよ。それが『旅』というもの」と。なるほど、これはなかなかの名言である。 7.中尊寺金色堂 【第4日】 津軽南田温泉郷発 → 中尊寺参拝 → 平泉(昼食) → 仙台七夕祭り見物 → 仙台駅発(東北新幹線) → 東京駅着
中尊寺にはあちこちにお賽銭箱があるが、孫はそのすべてに気前よくお賽銭をばら撒きしかも、iPhoneで写真をいっばい撮ってご機嫌さんだった。ただ、お昼の食事は当然のことながら精進料理だったので、子供が食べられるものはあまりなかった。
8.仙台七夕祭り そこを出て、仙台七夕祭りを見に行くために仙台駅を降りたが、涼しかった北東北地方と違って、仙台は暑くて眠くてかなわなかった。人込みも多くて、取り敢えず私だけ七夕を見に行った。帰京の新幹線まで2時間ある。駅から歩いて10分くらいで仙台七夕祭りを開催中の商店街に着いたが、すごい人出だし、どれもこれも同じような飾りに見えてきたので、適当に切り上げることにした。
今回の旅の収穫は、秋田の竿燈と五所川原の立倭武多。それに孫が初めて温泉に浸かったこと。家へ帰り着いてから孫に、「何が良かったの」と聞いたところ、「どっこいしょー、どっこいしょー」つまり秋田の竿燈、そして「ラッセラー、ラッセラー」つまり青森ねぶただった。それからしばらく、孫が片手の掌で箒を縦に持って、「どっこいしょー、どっこいしょー」とやっているのには、もう笑いに笑ってしまった。
|

![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]()
(c) Yama san 2014, All rights reserved