邯鄲の夢エッセイ



The Old England Hotel





 私が本郷の東大大学院でしばらく教えていたときの教え子だった学生さんの一人で、ロンドンに留学中の方から、前回に引き続き、メールが入った。そろそろ1年が経ち、最初の留学先での勉強が終わった頃である。前回は、留学から半年経った頃のメールで、言葉の壁の苦労などが綴られていた。ところが今回は、まあ、その逞しくなったことといったらない! もともと、とびきり優秀な学生さんだった方とはいえ、たった1年間の異国での勉学生活で、ここまで逞しく立派になるとは、思わず嬉しくなったほどである。

 
「先生、ご無沙汰しております。英国留学中の、Tです。お元気でいらっしゃいますか。 日本は今年の夏も猛暑だったようですが、最近はようやく秋の気候になってきたようですね。こちら英国も、日が短くなり朝夕はかなり冷え込むようになりました。

 私のほうは、ケンブリッジでの課程が終了し、10月からロンドンで、また1年間の修士課程に所属することになりました。ロンドンについては、昨年合格をいただいたもののケンブリッジで入学のため一旦入学を辞退していたのですが、本年度また、先生にご支援いただきました昨年の書類(筆者注:推薦文のこと)でもう一度審査してもらい、無事入学を認めてもらうことができました。改めて、その節は本当にありがとうございました!

 今は今月末のロンドンへの引っ越しに向けて徐々に準備に着手しているところです。ロンドンでは大学の寮に入居することになり、場所は大学まで歩いて5分程度、大英博物館の近くです。ケンブリッジは環境に恵まれた住みやすい町なので、離れるのは非常に名残惜しいのですが、また大都会ロンドンの新たな環境で頑張りたいと思います。勉強の内容面では、ケンブリッジは専門の学科を専攻したものの、ケンブリッジの特徴なのか、かなり哲学的・思索的な議論をすることが多かったのですが(正義とは何か、大学とは何か等等……)、ロンドンではより実務的な内容になりそうです。EUの政策形成・運営の実態や、それらの英国との関係等についても、勉強してみたいなと思っています。

 夏休みには、夫と夫の両親、私の両親が英国を訪ねて来まして、張り切ってツアーコンダクターを務めました。両親たちは初めての英国、また海外旅行もほとんどしない人たちなので、日本との違いに戸惑うこともあったようでしたが、ウエストミンスター寺院やバッキンガム宮殿、大英博物館、そしてケンブリッジの町なども案内し、英国の歴史と文化を色々と楽しんでもらうことができました。私も家族との久しぶりの再会で、とても思い出深い夏休みになりました。私の両親はちょうど結婚40周年だったので、両親にとっても記念のビッグイベントになったようでした。

 夫とは、私も初めてとなる湖水地方やスコットランドの方まで足を延ばしたのですが、ロンドンやケンブリッジとはだいぶ違った趣で、改めて英国の広さ・奥深さを感じることができました。湖水地方は特に日本人に人気のある観光地のようで、田舎町ながら多くの日本人旅行者にも会いました。町並みや文化は勿論日本と大きく違いますが、穏やかな美しい自然はどこか日本人の感性に合っているのかもしれません。夫も私もとても気に入り、また将来訪れてみたい場所になりました。ブログで拝見しましたが、先生もご家族と北海道や東北の3大祭りにお出かけになられ、素敵な夏を過ごされたようですね!綺麗なお写真の数々とお孫さんの可愛いらしいエピソード等、楽しく拝見させていただきました。

 英国や周辺のヨーロッパ諸国を旅していると日本と異なる壮麗な建物や美しい風景に感動しますが、改めて日本を思い返してみると、地方地方で異なるユニークな文化や豊かな自然、清潔な町並み、安くておいしい食事、礼儀正しい人々などなど、日本の魅力にも気づかされます。先生のブログを拝見していて、日本の温泉、お祭り、食べ物などが、少し恋しくなりました。とはいえ、この1年、色々ありつつもあっという間に過ぎてしまったので、ロンドンでの2年目はさらに早く過ぎ去ってしまいそうです。また気を引き締めて、さらに充実した留学生活になるよう、一生懸命頑張りたいと思います!先生におかれては、変わらずお忙しくされていることと存じますが、どうぞお体にお気をつけてお過ごしくださいませ。長々と失礼いたしました。またロンドンでの様子もご報告できたらと思います。

 添付の写真は、湖水地方の風景2枚(丘から見た風景、「ピーターラビット」シリーズの作者ポターの家)、ケンブリッジ・ケム川の舟から撮ったキングスカレッジ、エジンバラのホリールード宮殿の写真です。」




 というわけで、わずか半年前のお便りのときは悩んでいた言葉の壁の問題が見事に消えて、公私ともに留学生活を満喫し、ご両親や夫君とともに旅行を楽しむ余裕が生まれたことがわかる。この方は、もともと英語の成績が特に優秀だった。だから当然だという気もするが、それにしてもキャッチアップが早い。まだ頭脳が若いうちにこうして留学することができたからだろう。ということで、私も次のように返信した。

「お便り有難うございます。どうされているかと思っていたのですが、いつも通りのご活躍で、思わずニコニコと笑ってしまいました。お元気で何よりです。イギリスはどこを見ても絵になる景色が広がっていて、今のうちになるべく見物された方がよろしいですね。

 とりわけメールの中にあった湖水地方は、私も当時は小学校1〜2年だった二人の子供連れで1984年に行ったことがあり、懐かしく思い出しました。ウィンダミア湖畔のオールドイングランドホテルに泊まり、二人の子供が庭の大きなチェス盤で、自分の背の高さくらいの駒を動かすのが面白くて、笑っていたことは、良い思い出です。当時は日本人のしかも一家で観光しているのが珍しかったようで、あちこちでジロジロと見られて閉口したことを覚えています。

 私の今の仕事は、ともかく書類ばかりです。たまにはじっくりと関係者の話を聞いてみたいという気になりますけれど、なかなかそうもいかなくて残念です。ただ、世の中いろいろな事件が起こるものだとの感想を持ちます。

 ところで、お願いなのですが、またこのお便りを、差し障りのないように加工した上で、以前と同じように私のブログに掲載させていただきたいのですが、よろしいでしょうか。出来ればお写真もお願いしたいところです。

 では、あと半分の期間、楽しい留学がますます充実したものになるように願って、筆を起きたいと思います。ご帰国の際は、ご主人様とご一緒に、またご連絡ください。お元気で。」


 
 すると、さっそく返信をいただいた。

「ご多忙の中、ご丁寧なご返信を頂き恐縮です。先生もお元気そうで何よりです。内容・写真とも、先生のエッセーやお写真に比べるとお恥ずかしい限りですが、ブログに掲載していただけるなら大変光栄です!

 先生も湖水地方にご旅行されていたのですね。ウィンダミア湖畔のオールドイングランドホテルは、ウィンダミア湖で船に乗る時に見かけました!湖のすぐそばの、大きくておしゃれなホテルですね。今回夫とは、湖畔からは離れたウィンダミア駅近くの民宿(B&B)に泊まりましたが、次回来る時はこんなホテルに泊まってみたいね?と話していたので、先生がご家族でお泊まりになっていたと伺い、驚きです。先生がお出かけになられた際には日本人観光客が珍しかったとのことですが、私たちが旅行した際には、むしろ日本人観光客の多さが印象に残りました。車が運転できなかったので、現地の会社が企画しているツアーに申し込みマイクロバスで9つの湖を巡ったのですが、私たちを含め、ツアーに参加していた3組の夫婦は全員日本人、音声ガイドも日本語でした。30年前とはかなり様子が変わってしまっているかもしれませんね。

 いつも暖かい応援のお言葉、どうもありがとうございます。残りの留学生活、一日一日を大切にし、帰国した際には少しでも成長した姿で先生にお目にかかれるよう、努力したいと思います。」


 留学生活は、1年目は慣れるのがやっとで、ようやく2年目にして周りに目を向ける余裕も生まれ、授業内容もよくわかるようになるので、これからの1年間を有意義に過ごしていただきたい。お帰りになる頃には、またひと回りもふた周りも大きくなって戻ってこられるだろう・・・そう思って、「留学の日々は、たとえ普通の生活でも一日一日が貴重ですから、お大事になさってください。ではまた、次にお会いするときを楽しみにしています。さようなら。」と返信したところである。 どうかお元気で、これからさらに1年を過ごしてほしいものである。



(平成26年10月8日著)
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