![]() |



目 次 |
|||
| 1 | 木曽御柱祭の歴史と意味合い | ||
| 2 | 御柱に曳き綱を付け引っ張る | ||
| 3 | 山出し・木落とし・里曳きを | ||
| 4 | 小高い丘の上にめんでこ出現 | ||
| 5 | 穴山の大曲と川越し等見たい | ||
![]() 1.木曽御柱祭の歴史と意味合い 木曽御柱祭(おんばしらまつり)を見に行った。前日の夜、宿泊先の蓼科グランドホテル滝の湯のロビーで、地元のテレビが御柱祭を放映していた。それを1時間以上にわたって感心しながら見ていたので、このお祭りについて、少し事前に勉強をした。
昔は、御柱(おんばしら)として、木曽らしく杉を使ったこともあったらしいが、今では樹齢200年にもなる樅(もみ)の木だという。大きいものは、長さ17m、重さ12〜13tにもなるというが、その巨木を森から切り出してくる。氏子の皆さんで諏訪神社まで曳いてきて、上社(本宮、前宮)、下社(春宮、秋宮)の計4つの神社の社殿の四隅に立てるという行事である。 元々は伊勢神宮のように社殿そのものを定期的に建て替えていたらしいが、それでは負担が大きいので、この簡略化した形になったそうだ。7年ごとの寅と申の年に行われる(曳いた年を1年と数えるので、実質的には6年ごとに実施)。
切り出してきた御柱に曳き綱を付けて引っ張るという、見方によっては素朴な祭りだが、特に上社の場合には、御柱に「V」字形の「めんでこ」なるものを付け、沢山の若い衆がそれに鈴なりに乗って調子を付けるように叫び、箒のようなものを左右に振り回す。 その中で、節回しの旋律の主導を果たすのは、木遣りで、これが朗々と歌い上げて、それからラッパ隊が突撃ラッパのようなものを吹き鳴らすので、誠に勇壮なお祭りである。
でも、乗っている若者は、派手な祭衣装といい、垢抜けた身のこなしといい、なかなか格好が良い。女の子に大いにもてそうな感じがする。ただ、前回の御柱祭では、木落としの際に「めんでこ」が折れて、2人の死者が出たそうだ。だから、外見はともかく、ここに乗るのはまさに命懸けなのである。
上社では、この御柱を、4月2〜4日に「山出し」として綱置場から出発し、柳沢交差点、直角に曲がる難所の穴山の大曲を経て傾斜が30度近い「木落とし」を滑る。 その上で、雪解け水で冷たい川を渡る「川越し」をして御柱屋敷に至る。次に5月3〜5日に「里曳き」として御柱屋敷から街中を引いて本宮に至る。
我々が見たのは、そのうち、山出しの木落としだ。その本宮ニの11時からの木落としを見物するため、観覧席に座った。いよいよ本番だ。木遣りの囃子を背景に、川向こうの小高い丘の上に、「めんでこ」が現れる。 ラッパ隊が突撃ラッパを吹き鳴らす。それに応ずるかのように、「めんでこ」上の若者が箒みたいなものを左右に振る。二手に分かれた綱が、掛け声に合わせてぐいぐいと引かれる。祭りは最高調だ。だんだん「めんでこ」が丘の頂上からせり出してきた。
それから、何事もなかったように、掛け声に合わせてまた進んで行った。私は、かなり興奮して、しばらくその余韻が残った。なるほど、天下の奇祭の一つというのは、あながち誇張でも何でもない。見に来て良かったと思う。 5.穴山の大曲と川越し等を見たい 今回は、「木落とし」だけだったが、次回は、「穴山の大曲」と「川越し」、それに「里曳き」を見て、写真に撮ってみたいものだと思っている。その時のために、気が付いた点を幾つか書き残しておくと、 (1) 食事するところがあまりない。その代わり「荻野屋」があって、私が昔、北陸方面に行く途中の信越本線でお弁当として買った釜飯を売っている。これはお弁当にしては美味しいが、容器の釜が重たいから、その辺に捨てる訳にはいかなくて難儀する。 (2) 御柱祭が行われる諏訪地方はとても寒いと聞いて、コート、マフラー、手袋、ホカロンなどを買い集めた。ところが、いざ行ってみたら朝は寒かったものの、御柱祭の頃には気温が上がっていて、少しも寒くなかった。この他、雨天に備えて雨合羽や傘を用意していったが幸い使うことはなかった。
(平成28年4月3日著) (お願い 著作権法の観点から無断での転載や引用はご遠慮ください。) |

![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]()
(c) Yama san 2016, All rights reserved