悠々人生・邯鄲の夢エッセイ



ブラナカン・マンション入り口




 ペナンへの旅( 写 真 )は、こちらから。


     目 次

 1.プラナカン・マンション
 2.ワット・チャヤマンカララーム(タイ寝姿仏寺院)
 3.ダーミカラマ・ビルマ寺院
 4.ケッロクシ寺院(極楽寺)
 5.クー・コンシー博物館
 6.トロピカル・スパイス・ガーデン
 7.ペナン植物園
 8.その他の余談




ケッロクシ寺院(極楽寺)


 5月の連休を利用して、ペナン島に来ている。マレー半島の北西に位置し、マラッカ海峡の北部にあることから、海峡中部のマラッカと海峡最南端のシンガポールと並んで、イギリスの植民地として昔から交易で栄えた町である。中心部のジョージタウンは、マラッカとともに2008年にユネスコの世界遺産に登録された。由緒ある建物に街角アートが目白押しである。そこで歴史的建造物やお寺を巡り、また熱帯の植物を見てきた。

ケッロクシ寺院(極楽寺)


 しかし、地球温暖化のせいか、暑くてたまらない。気温は摂氏35〜6度くらいあるのではないか。直射日光が当たれば体感温度は40度以上だ。いや50度以上かもしれない。外にいる限りどこにいても、大汗をかく。現地の人は、気象観測始まって以来の記録的な暑さだと、うんざりしたように語る。連日、あの町は40度を超えたなどと話題になっていたが、その話題も既に飽きてきたという。しかもペナンでは、この数ヶ月、雨が一滴も降っていないそうだ。

ケッロクシ寺院(極楽寺)


 現地の人が言うには、「今年は記録的な暑さだから、暑さに慣れていない人は、陽の高い午後には余り屋外には出歩かない方がいいですよ。」とのことだったので、主に午前中にお寺や建物、それに花を見物し、午後はホテルのプールサイドなどで休養することにした。そうすると、ついつい食べ物に目が行く。ダイエット中なのに、困ったものだ。というわけで、主食のほか、デザートとして果物のドリアンとマンゴー、それに氷水のアイスカチャンまで、連日いただいてしまった。

ドリアンの外観


ドリアンの中身


 こちらの食事は和洋中どれでもあるが、特に中華料理はいずれもとびきり美味しい。しかし、そのカロリー計算など不可能だから、私のダイエットの当面の基準としている1食600kcalかどうかが、さっぱりわからない。こんな調子では、帰国してから体重計に乗るのが憂鬱だ。過去5ヶ月で78.8kgから70.9kgまで一気に下げたから、その成果を無にしたくない。まあ、72.0kgくらいまでリバウンドするのは仕方がないと思っている。

プラナカン・マンション


1.プラナカン・マンション
 (Pinang Peranakan Mansion)


プラナカン・マンション


プラナカン・マンション


 これは19世紀末の華僑(現地ではプラナカン、Peranakans)が家族と暮らしていた豪奢な邸宅がそのまま保存されて公開されているものである。プラナカンは、海峡中国人(Straits Chinese)、あるいはババ・アンド・ニョニャ(Babas and Nyonyas)とも言われ、イギリス植民地のペナン、マラッカ、シンガポールに定住して大いに栄えた。その生活、文化、習慣、食事などは、イギリスのコロニアル・スタイル、現地のマレー文化、中国文化の独特な混合である。

プラナカン・マンション


プラナカン・マンション


プラナカン・マンション


 私が見るところ、マラッカのババ・アンド・ニョニャは、そもそも明朝の皇女が現地のサルタンに輿入れしたことから始まったので、そのベースとなる中国文化に古いものが色濃く残っている。たとえばマラッカの博物館に行くと女性を纏足したその実物の靴を見ることができて驚く。それに比べて、この住居は、もっと時代を遡った19世紀末から20世紀にかけてのものなので、日本風に言うと、いわば戦前の大正から昭和にかけての古き良き時代を彷彿としてさせる。

プラナカン・マンション


プラナカン・マンション


 この邸宅の外観はミントグリーンで、さほど変わった印象はないが、一歩中に入ると、スペインの住宅のような中庭がある。ちなみに、中庭が観光客でごった返す中、現地の中国人カップルが結婚式を挙げていた。住居部分は2階にあり、そこから庭を見下ろせる。調度品や住宅内装には、実に細かい彫刻や装飾が施され、持ち主の栄華が偲ばれる。ガラス製の花のような置物など古美術品が数多くあり、奥方の趣味だったのだろう。どんな人が住んでいたのだろうと思ったら、そのご夫妻の写真まで飾ってあり、それを見て納得した。寝室には、出始めのブラウン管のテレビまである。隣の子供部屋には、中国人らしく赤で装飾された小さなベッドがあった。ちなみに、この邸宅を建てたのは、チョン・ケン・キー(The Kapitan Cina, Chung Keng Kwee)という人物だそうだ。

ワット・チャヤマンカララーム


2.ワット・チャヤマンカララーム
 (タイ寝姿仏寺院、Watt Chyayamangkalaram)


ワット・チャヤマンカララーム


ワット・チャヤマンカララーム


ワット・チャヤマンカララーム


 ちょうど1年前に、バンコクのお寺巡りをしてきたが、そのお寺の一つに、ワット・ポーがあり、全長46メートルの巨大な寝姿仏がおられた。こちらはそれほどの大きさではないが、寝姿仏のお顔がワット・ポーの場合が金ピカであるのに対して、こちらの場合は肌色なので、より身近に感じられる。目も、ワット・ポーでは御釈迦様が大きいことから頭の位置が高すぎてどこを向いているのかよくわからなかったが、こちらはほどほどの高さだから安心感がある。

ワット・チャヤマンカララーム


ワット・チャヤマンカララーム


 改めて、寝姿仏のお顔を拝見しているうちに、像の前にピンク色の蓮の花の形をした蝋燭がたくさん並んでいるのに気がついた。正式参拝をしたくなり、そばの売店で10リンギットで買い求め、教えられたとおりに火を灯した。それを灯明の列に加えるように置き、異国の仏に家内の安全と道中の無事を祈った。その後、寝姿仏の前に金箔に包まれた異様な仏像があると思ったら、自分の痛いところに相当するその仏像の場所に金箔を貼れば、それが治るという言い伝えがあるそうな。典型的な民間信仰である。次に、寝姿仏の裏側に回って驚いた。大きな納骨堂になっていたからだ。骨壺の一つ一つに、亡き人の写真がある。なるほど、こういうことだったのかと納得した。

ワット・チャヤマンカララーム


ワット・チャヤマンカララーム


 表に出て、この寺院の建物を振り返ると、建物を守る龍の、その派手なことといったらない。金色を基調とし、緑と赤の原色だし、八岐大蛇のように小さな頭がいくつもついている。それが青い空によく映えて、いやはや、頭がクラクラしてきそうだ。しかし、総じて、面白かった。このユニークなお寺は、一見の価値が大いにあると思う。

ダーミカラマ・ビルマ寺院(緬佛寺)


3.ダーミカラマ・ビルマ寺院(緬佛寺)
 (Dhammikarama Burmese Buddhist Temple)


ダーミカラマ・ビルマ寺院(緬佛寺)


ダーミカラマ・ビルマ寺院(緬佛寺)


 ワット・チャヤマンカララームの道を隔てた向かいにこのダーミカラマ・ビルマ寺院がある。こんなところでもタイとビルマが張り合っているようで、なんだか可笑しくなる。ビルマ風の金色のストゥーパのような塔が聳え立つ。そのお堂に入ると、白い柔和なお顔の仏様が我々を見下ろしている。立ち姿のそのお手は、片方が掌を上に、もう片方が下に向けていて、日本にもこのようなお姿の仏様をよく見かけるので、京都や奈良にいるようで、どことなく気持ちが落ち着く。

ダーミカラマ・ビルマ寺院(緬佛寺)


 お堂の裏手に回ると、両脇を猛々しい2羽の鳥が守っているような形で、大きな地球儀がある。その地球儀には、ビルマが中心にあるのは言うまでもない。しかし、それより中国の版図が広いので、やたらに中国が目につく。日本などは、地球儀の端っこにあって、全く目立たない。その近くには、天女のような像があったり、天上世界のようなレリーフがあったりして、いずれも誠にカラフルである。日本の寺院の色は剥げ落ちたくすんだ色ばかりで、そういう仏像や仏画に慣れ親しんだ日本人の一人からすると、最初はあまりにケバケバしい感じがした。

ダーミカラマ・ビルマ寺院(緬佛寺)


 しかし、考えてみると飛鳥時代の玉虫厨子もこれが作られた当初は非常に派手な色彩に彩られていたのだし、奈良時代の大仏様も造られた当初は金箔で覆われていたのであるから、仏教思想を伝える寺院というのは、本来こういうものであったのだろう。万葉集の「青丹よし奈良の都は咲く花のにほふがごとく今盛りなり」の歌でも、奈良の都全体が宮殿の青い瓦と朱色、そして花に覆われる様子が描かれ、それにたぶん緑色も加わって、たいそう派手な景観だったようだ。ところがその後、時の重みが加わり、仏像や寺院の建物の色や金箔が剥げ落ちてもそのままにされ、かえってそれが大切なものとされて、今日に至っているのだと思う。仏教の伝来から千数百年もの間、同一人種が同じ場所に暮らしてきたからこそ、成し得たことである。

ダーミカラマ・ビルマ寺院(緬佛寺)


 いやまあ、それにしてもこの緬佛寺の色彩感覚はすごいものだ。青色、ベージュ色そして緑色の天女が踊っているような像があるし、その向かいには、まるで奈良を思い出すような鹿の群れがいる。かと思えば、仏様の群像は、白いお顔と肌に金色の袈裟を身に付けておられる。その足元には色とりどりの花が供えられている。慣れれば、誠に有り難く思えるから、不思議である。

ケッロクシ寺院(極楽寺)


4.ケッロクシ寺院(極楽寺)
 (Kek Lok Si Temple)


ケッロクシ寺院(極楽寺)


ケッロクシ寺院(極楽寺)


ケッロクシ寺院(極楽寺)


 タイやビルマのお寺もそれなりに派手なものだったが、この極楽寺も中国風ながら、極彩色に溢れて、それらよりもっと派手派手しい。トンネルみたいなところを抜けて明るい空間に出ると、亀の池を見下ろすようになっている。そこには小さな塔が建っているかと思えば、見上げると、派手な瓦屋根が続く。それを目指していくと、ぐるっと一周して登っていくようになる。そこから急に見晴らしが良くなり、ペナンの市街地など下界を遠望できる。

ケッロクシ寺院(極楽寺)


ケッロクシ寺院(極楽寺)


ケッロクシ寺院(極楽寺)


 お望みであれば、そこから更に大観音像や仏塔まで行けるというのであるが、時間がないので、引き返してしまった。中国正月の季節には、これをライトアップするというから、さぞかし派手なものだろうと想像される。

ケッロクシ寺院(極楽寺)


ケッロクシ寺院(極楽寺)


ケッロクシ寺院(極楽寺)


5.クー・コンシー博物館(龍山堂 邸)  
 (Khoo Kongsi)


クー・コンシー博物館(龍山堂 邸)


クー・コンシー博物館(龍山堂 邸)


クー・コンシー博物館(龍山堂 邸)


 現地に親切な解説がないので、前知識なしで行くと、単に彫刻などに凝った造りの建物だという印象しか得られないと思うが、私のガイドがこの建物について詳しく説明してくれたので、それを信ずるとすれば、こういうことらしい。およそ百数十年前に福建省からこの地に根付いた「邸」という一族があった。最初は文字通りの荒くれ者たちで、ギャングのような存在だったらしく、そのときに使った青龍刀もあるという。

クー・コンシー博物館(龍山堂 邸)


クー・コンシー博物館(龍山堂 邸)


クー・コンシー博物館(龍山堂 邸)


 ところが、年月が経つうちに堅気になって文明化していき、遂には堅気の商売で財をなし、街の一画に一族が固まって住むところを作るようになった。それがこの地で、住居や公会堂から舞台まで造り、今に至っているらしい。つい最近まで邸一族の人たちが住んでいたが、ユネスコの世界遺産に登録されるということで、立ち退いたという。

クー・コンシー博物館(龍山堂 邸)


クー・コンシー博物館(龍山堂 邸)


 この話を聞くと、秦の始皇帝に追われ、中国大陸を放浪した挙句、その最南部の山間地に一族が住む円楼なるものを作り出した「客家(Hakka)」の人たちを思い出す。とくにこういう異国にあって、一族の安寧の地を求めるのはなかなか難しかろうと思うが、百数十年間、およそ四代から五代の世代をかけて、よくやったものだと称賛したい。そういう目でこの凝った彫刻や舞台を見ると、これまた格別の感がする。

クー・コンシー博物館(龍山堂 邸)


クー・コンシー博物館(龍山堂 邸)


6.トロピカル・スパイス・ガーデン(熱帯香辛料園)
 (Tropical Spice Garden)


トロピカル・スパイス・ガーデン(熱帯香辛料園)


トロピカル・スパイス・ガーデン(熱帯香辛料園)


トロピカル・スパイス・ガーデン(熱帯香辛料園)


トロピカル・スパイス・ガーデン(熱帯香辛料園)


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 ペナンで有名な高級ホテルのあるフェレンギ・ビーチの先に、この熱帯香辛料園がある。小さな滝のある入り江のような崖を利用して作られている。入ったばかりの所に小さい池があり、そこに睡蓮が3つ咲いている。あとは案内の通りに崖の道を左右に行ったり来たりしながら、登ったり降りたりして出口にたどり着く。何か目新しい花を付ける植物があるかもしれないと思って期待していたら、案に相違して、咲いている花は全て知っている植物のものばかりだった。

トロピカル・スパイス・ガーデン(熱帯香辛料園)


トロピカル・スパイス・ガーデン(熱帯香辛料園)


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トロピカル・スパイス・ガーデン(熱帯香辛料園)


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 私は、東京の夢の島熱帯植物園、新宿御苑の大温室、板橋区立熱帯環境植物園によく行き、ほとんどの熱帯植物の花を見ているから、これはいかにこういう日本の植物園のレベルが高いかを示しているようなものだ。それでも、日本の植物園は一品類で1種類の花しかないのが普通である。その点、この熱帯香辛料園では、私の好きなヘリコニアの花に、色々な種類のものが見られたのは、収穫だった。なお、香辛料の植物には、実が生る時期があるので、そういう時期にないものの葉っぱだけを見ても、あまり印象には残らなかった。

トロピカル・スパイス・ガーデン(熱帯香辛料園)


トロピカル・スパイス・ガーデン(熱帯香辛料園)


トロピカル・スパイス・ガーデン(熱帯香辛料園)


トロピカル・スパイス・ガーデン(熱帯香辛料園)


7.ペナン植物園
 (Penang Botanical Garden)


ペナン植物園


ペナン植物園


ペナン植物園


ペナン植物園


 珍しい熱帯植物の花が見られるかと思って期待して行った。ところが、なだらかな丘に緑の芝生とランニング・コースが広がっているだけで、植物園というより、単なる公園化しているのでガッカリした。でも、野生の猿が自由に闊歩していたし、ランニング・コースの脇に高い菩提樹があって、そこに日本では珍しくてなかなか見られない菩提樹の花が咲いていたので、これには感激した。

ペナン植物園


ペナン植物園


ペナン植物園


ペナン植物園


8.その他の余談

ペナン植物園


 ガイドがこんなことを語っていた。2004年のインド洋大津波の時には、津波はまず2時間半後にタイのプーケットへと来襲し、次にマレーシア領のランカウイ島に来た。そして、その1時間後にペナンに到達した。だから、ペナンでも事前の警告が間に合って、ホテルの従業員が、観光客にビーチから引き揚げるようにと呼びかけた。すると、外国人は津波の知識があるのですぐに避難したが、地元の人は津波など知らないので、ビーチに残った人が多かった。その結果、地元の人を中心に、21人が死んだという。

ペナン植物園


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 スマートフォンで、道案内と渋滞情報の伝達を音声でしてくれる「Waze」というアプリがあり、ドライバーが使っていた。「800 meters ahead. Turn right.」という具合である。それが太い男性の声だから、私がドライバーに、「道案内にしてはあまり相応しくない声だ。女性の声はないのかね。」と言った。すると彼は、「今のは世界一のプロバスケットボール選手の声だ。」と答えるので、ヘェ〜と驚いていると、こんな声もあると言って、「800メートル先を右に曲がります。」と、日本人女性の流暢で綺麗なアナウンスの声に変えてくれる。ニヤリと笑って「私には、分からないけどね。」などと言う。なるほど、スマートフォンのおかげで、もはや言語の壁はなくなったに等しい。便利な世の中になったものだ。





(平成28年5月5日著)
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