悠々人生・邯鄲の夢エッセイ



ランカウイ島




 私より10歳ほど年上の世代の人達は、かなりの人が別荘を持っている。八ヶ岳、軽井沢、蓼科、伊東などが多い。そして、仲間内で、楽しそうに別荘ライフの話をする。それは良いのだが、別荘でどういう過ごし方をしているのかというと、例えば週末に3日滞在するとして、何と最初の日は、あちこち掃除したり、庭の雑草をとったり、買い出しなどをする雑事に追われて、やっと落ち着いて暮らすのは翌日からだそうだ。また、それが冬場だと、零下20度で氷柱が下がっているというし、その中でストーブを焚いても、建物が芯から冷え切っているのでなかなか温まらないので寒くてたまらないというし、夏は蚊の大群に襲われるしで、大変なご苦労をされているようだ。そういう一等地にある別荘の価格は、少なくとも3000万円はするだろうが、それだけのお金をかけて、自らが掃除人、管理人のお仕事をし、はたまた冬場に建物が温まるまで寒い思いをしたり、夏は蚊にくわれたりするというのは、私に言わせれば酔狂というか、何とも馬鹿馬鹿しい限りである。

 しかしながら、私の世代になると、別荘を持っているのは大学時代の仲間では25人に1人くらいで、非常に少ない。私と同じように考えるのか、それともお金がないのかわからないが・・・たぶんその両方なのだろうけれど・・・ともかく少ないのである。その僅か1人の別荘所有者に招かれた友人の話によると、その所有者は「いやもう、これが建って15年も経つからあちこちにガタが来てね、今月はペンキの塗り替えとベランダの床の張り替えで大変だったよ。」と、嬉しそうに言ったそうだ。それを聞いて友人は、「日曜大工どころか、家の家具を動かすことすら面倒な自分には、別荘なんかお金があっても絶対に持ちたくない。」と、私と同じような感想をもったそうだ。

 別荘の代わりに、いわゆるリゾートクラブに入っていて、箱根、下田、蒲郡などに出掛けるというスタイルの人が少々いる。また、近頃は貸別荘ということで、夏の一定期間だけ本物の誰かの別荘を借りるということもできるそうだ。私は、こうしたやり方は、非常に合理的だと思っている。良いクラブなら全国各地の景勝地にあるし、そもそも会員制とはいっても普通のホテルだから、自分が掃除人になる必要はなくて、ホテルの人たちがやってくれるからだ。貸別荘も好きな場所を選択できるという意味では同様だ。しかし、残念ながら、私にはこうしたスタイルはとりえない。およそどのホテルも僻地のリゾートにあるから、車がないと行きにくいのである。私は、職業柄、車で事故を起こすとよろしくないので、この20年あまり運転しないことにしているから、自家用車を持っていない。東京にいる限り、通勤時はオフィスの車が迎えに来てくれるから、それで何の痛痒も感じないのだが、週末に田舎に行こうとするときには、困ってしまうというわけだ。

 それで、私は、のんびりするために、海外のリゾートに行くことにしている。成田空港も羽田空港も、私の自宅から1時間以内で行ける距離にあるから、どちらの空港に行くにしても電車にサッと乗って着くから便利である。それに加えて、例えば東南アジアに行くには、エコノミークラスなら1人あたり往復高々5万円から6万円の航空機代を払えば、大抵のところは7時間ほどで着く。渡航先では、5つ星ホテルに泊まることにしている。もちろん、そういうホテルの部屋は非常に広くて、設備はこの上なくゴージャスそのものである。日頃は都心の狭いマンション住まいだから、感激する。コンシェルジュをはじめとするスタッフは親切でよく訓練されていて、打てば響くほどだ。馴染みになったら私の好みや何やらを良く覚えてくれていて、非常に気持ちよく過ごせる。加えて、食事がとっても美味しい。それで1泊いくらかというと、もちろん国、都市、ホテルにもよるが、日本のビジネスホテル並みの1万5000円から2万円も出せば非常に良いホテルがあるし、しかもその値段で2人まで泊まれる。ところが日本だと、これと同じようなホテルは、たぶん1泊6万円以上はするだろうし、しかも人数分の料金が発生することも多い。

 ハワイも、リゾートとしては美しくて安全で清潔だから滞在を楽しめるが、いかんせん料金が高くて、数年前に行ったときにはワイキキビーチの老舗ホテルが、3泊で24万円もした。しかも、部屋はオーシャンビューではあるものの、値段の割には設備が古くて貧弱で、あまつさえ部屋やベッドが狭くてがっかりした。そういう面から比べると、東南アジアのホテルのお得感は相当なものである。英語さえできれば、まるで王侯貴族と言うと言い過ぎかもしれないが、掛け値なくそれに近い生活が出来る。ただ、私は、英語以外の言葉といえば、マレー・インドネシア語が多少できる程度なので、タイ、ベトナムなどに行くと、街中で会話を楽しめない。だから、一般の人でも英語がある程度話せるシンガポールとマレーシアに、どうしても引き寄せられるように行ってしまうということになる。これらの国は、超近代的都市と熱帯のリゾート、それに美味しい中華料理があるし、友達も住んでいるから、何かと安心である。なお、一般の人にもそれなりに英語が通じる国という意味ではフィリピンもあるが、最近は物騒だと聞くだけでなく、そもそも土地勘がないし国民性もよくわからないので、かなり昔に一度行ったきりで、再訪しようという気がどうも起こらない。

 次に日本旅館と東南アジアのホテルの食事を比較してみよう、最近は日本旅館でも、1人あたり6万円から10万円近くとるところがある。夕食と朝食付きではあるが、そういうところに限って、豪華という名の無駄な食事がいっぱい出て、食べたくないのに無理に胃袋に詰め込むという仕儀となる。こういうスタイルは、一泊旅行の宴会の名残りなのだろうか。国際標準とは、程遠い気がする。特に私はダイエットをしているということもあって、何をどれだけ食べるかというのは、自分でコントロールしたいので、これではかえって困るのだ。

 その点、東南アジアの特にシンガポールとマレーシアでは、中華料理がともかく美味しい。それも、広東、福建、北京、四川、客家など、バラエティに富んでいるものが味わえる。しかも、量は自分でいかようにでも調節できる。とくに飲茶(やむちゃ)は、好きなものを少しずつ食べられて、選ぶ過程から始まって口に入れるまで幸福感がある。それに、季節になると、私の好物のドリアンという果物の王様が街中で売られている。これを食べに行くだけでも、とてつもなく幸せだ。そのほか、ドラゴンフルーツ、スターフルーツ、マンゴスチン、パパイヤ、マンゴー、ジャックフルーツなど、色々なフルーツがあって、日系のイオンなどの総合スーパーで安全に清潔でしかも安く買える。

 もちろん、海外のどこに興味をそそられるかというと、本当はボストンやニューヨークなど馴染みのアメリカの大都会に行きたいところである。文化的な満足度は非常に高いからだ。だからこういう地域なら、費用は多少かかっても、行く価値は十分にあると思っている。しかしながら、東方に飛ぶと時差がきつくてたまらないから、旅行の期間としては少なくとも10日くらいはほしい。だけど今の仕事では、残念ながらその余裕がない。そういうことで、3年前は時差の問題が少ないヨーロッパに行って各国の文化を満喫したが、最近は大都市でテロが続いているから、もはやあまり行く気がしない。一昨年はオーストラリアに行ったが、現地の印象はアメリカ西海岸とほとんど変わらないので、オセアニアはもう結構だ。そういうことで、行き先としては、ついつい引き寄せられるように、東南アジアを選んでしまうのである。時差は1時間か2時間だし、前述のように飛行機に7時間余りも乗っていれば着いてしまうから便利だ。

 もう少し若い頃は、マレーシアの場合だと、ティオマン島のような熱帯の海に潜るのが大好きだった。海中に色とりどりの熱帯魚が泳いでいて、それを直接見るのが、何といっても楽しい。ただ、着ているシャツの上から日焼けするほどの強い日光には参ってしまうが、それを除けば、青い空、白い入道雲、緑に椰子の木々、真っ白な砂浜、どこまでも赤く広がる日没など、どれをとっても、この世の楽園だと思ったものである。現在では、ランカウイ島(冒頭の写真)、パンコール島などで、そういった熱帯の海を味わえる。

 ただ、それから歳をとって現在に至ると、熱帯のリゾートに行ってもかつてのように連日、海に潜って熱帯魚を見るというようなことはしない。たとえしたとしても、一滞在当たりほんの数回で、あとは、のんびりと海や砂浜を眺めながら本を読み、iPadを眺めて駄文を書いて過ごしている。海外でもWifiがある限り、国内にいるのと同様に新聞は読めるし、銀行取引はできるし、しようと思えば株取引だってできる。そして、気が向けば写真を撮りに行くという過ごし方をする。

 そのほか最近の関心は、都市に滞在して歴史と異文化に触れることである。海峡植民地だった頃のペナン島、マラッカ海峡のマラッカ、シンガポールなどは、本当に良かった。特に前二者は、最近、世界遺産に登録されたことをきっかけに整備されてきたからこそ、私のような外国人観光客でも、系統的に理解しながら簡単に回ることができるようになった。とりわけ、こういう地域の中国人の祖先は、食うや食わずといった苦しい状態にあった17世紀から19世紀にかけて次々に祖国を後にし、艱難辛苦の末に現在のような子孫繁栄の礎を築いた。その過程を想像するにつけ、心から同情するとともに、自分の通ってきた道と重ね合わせて、感慨にひたることができる。

 その一方、シンガポールはまた独自の発展を遂げている。これは、豪腕の故リー・クアンユー首相が、古き良き時代の建物や街並みを全てリシャッフルして、超近代的な箱庭都市を作り上げてしまったからである。あんな強引なことをしてよいのかと思うほどだった。30年近く前のことだが、あるとき、シンガポールのシャングリラ・ホテルでテレビのニュースを見ていると、ブルドーザーが轟音を立てて古い中国人街の町並みを取り壊している。そのすぐ横では、中国の民族服を着たお婆さんが、まさに壊されつつあるその住宅兼店舗の柱にしがみついて、何か叫んでいる。その画面に流れてきたテロップを読んで、びっくりした。それには、「再開発に頑強に抵抗する老婆」とあったからである。「いくらなんでも、これはひどい。本当に可哀想なことをする。このお婆さん、家族や先祖の思い出のあるこの店と家が壊されるのが忍びなかったのだろう。」と、いたく同情をしたものだが、その一方、「早い話、上野から京成電車に乗って成田空港に向かう途中、近代的なスカイライナー電車が走るその両脇には、線路に倒れてくるのではないかと思うくらいにびっしりと木造住宅が立ち並んである。これこそ、アジアを感じさせる混沌とした市街地だ。仮にこれを一掃しようとすれば、これくらいの強権的な権力を行使しないと、こんな近代的な街並みは実現しないのか。日本ではまず絶対に無理だな。」と、日本の現状について、妙に納得してしまった。

 ともあれ、出来上がったシンガポールの、まるで豊洲やお台場のような近未来の街並みは、確かに旅行者のみならず、優遇税制も相まって世界の金持ちを引き付けてやまない。その一方、現地に滞在すると、正直なところ、監視付きで住んでいるような居心地の悪さを感じないわけではないが、安全で清潔で、全てにつき合理的で効率的なところは世界一であることは確かだ。その代わり、ペナンやマラッカのような歴史や文化や(良い意味での)アジア的猥雑さを感じさせるところに欠けるというのが私の唯一のマイナスのコメントであるが、一人当たりGDPが世界10位という経済力からすれば(日本は22位)、そんなことは小さな問題かもしれない。いずれにせよ、中心部から30分以内に世界一流のビジネス街、ホテル街、カジノ、熱帯リゾート(セントサ島)が並んでいるという国は、他にまずないだろう。

 そういうことで、私の別荘は、それこそ世界中にあるというつもりで、関心と興味のおもむくまま訪れて、そこでの滞在を楽しんでいる。滞在先では、写真を撮り、現地の新聞を読み、人の話を聞き、食べ歩き、観光地を訪ね、こうして備忘録のようなエッセイを残すことにしている。この夏も、東南アジアに行ってきた。大変によかった。寿命が数年伸びたような気がする。





(平成29年9月11日著)
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