![]() |



目 次 |
|||
| 1 | バスのツアーに申し込む | ||
| 2 | 若草山麓の古都屋で夕食 | ||
| 3 | 若草山焼きの起源と予定 | ||
| 4 | 大花火打ち上げ15分間 | ||
| 5 | 若草山に左右から点火する | ||
| 6 | 八坂神社(京の四社巡り) | ||
| 7 | 上賀茂神社(京の四社巡り) | ||
| 8 | 松尾大社(京の四社巡り) | ||
| 9 | 城 南 宮 (京の四社巡り) | ||
| 10 | 玄武蒼龍朱雀白虎の由来 | ||
![]()
![]() 1.バスのツアーに申し込む 奈良の若草山焼きを見物に行ってきた。一度は見てみたかったのだが、何しろ寒い季節に行われるし、加えて例年その頃は仕事が忙しい時期に当たり、なかなか行く機会がなかった。ところが今年は体調はよろしいし、幸いにして十分に時間があったので、それでは見物して来ようと思ったのである。現地の状況がある程度事前に見当のつく行事なら、往復の交通機関の切符と宿、そして有料観覧席があるならその切符を手配してから行くようにしている。ところが、今回は寒い季節に行われる夜のイベントでもあり、風邪をひいたり転んで怪我でもしてはかなわないので、安直にツアーに乗ることにした。 そのパンフレットの写真によると、漆黒の空の下、若草山の上空に花火が上がり、ライトアップされた寺社の建物の背景に、山焼きの紅蓮の炎が浮かんでいる。こんな写真が撮れたらいいなというわけだ。それだけでなく、山焼きの翌日には、京都で4つの社寺を訪れるそうだ。青龍、朱雀、白虎、玄武の、都を守るいわゆる四神である。このうち、八坂神社と上賀茂神社はよく知っているが、松尾大社と城南宮には行ったことがない。だから、面白そうだという気がしたのも事実である。ところが問題は、新幹線なら楽なのに、バスで行くツアーだったことだ。まあ、この冬の寒い季節だから、道路はそれほど混まないだろうと期待して、申し込んだ。 当日朝、新宿に集合して8時半にバスに乗り込んで出発した。私は、中部・関西方面に行くにはもっぱら新幹線を使っているので、新東名高速道路は通ったことがない。だから、バスの旅を楽しみにしていた。東名高速道路を順調に走る途中で仰ぎ見る真冬の富士山には、真っ白な冠雪がある。それが折からの快晴の青い空を背景に輝いて見え、文字通り感動するほどに美しい。期待通りだ。御殿場を過ぎたところで、いよいよ新東名高速道路に入る。道路は新しいし、ドライブイン内はまるでスーパーのように商品で溢れている。30年ほど前のこと、私は小さい車に家内と子供たちを乗せて高速道路を走り、当時はまだ粗末な設備のドライブインでよく休んだものだが、その時代とはまるで大違いだ。 バスは更に進み、名古屋市中心部を通らずに、伊勢湾岸自動車道に抜ける。巨大な吊り橋をどんどん走って、左手に昔は長島スパーランドと呼んだ娯楽施設が、まだあるではないか。でも、ジェットコースター中心のようで、昔とは様変わりだ。新名神高速道路に入り、甲賀の山を越える。その辺りで雪になる。これが奈良まで続いて山焼きが中止になったりすると、目もあてられないなという考えも一瞬、頭の中をよぎるが、「いやいや、私は晴れ男だから」と思ってそういう考えを振り払う。 2.若草山麓の古都屋で夕食
私は、せっかくだから、この際、東大寺の大仏さまを拝んで来ようと大仏殿に入った。そして大仏さまを正面から拝んで裏に回り、更に例の四角い穴が空いている柱をくぐる人を「あっ、やっている」とばかりに眺めて、直ぐに出てきた。それから手向山神社の方へと階段を上がっていき、そこから右手に曲がって若草山の裾野に出た。夕食会場の「古都屋」は、すぐその前だ。天候は曇りで、花火直前には雲一つない青空が見えてきた。これは良い。
3.若草山焼きの起源と予定 現地でいただいた若草山焼き行事実行委員会作成のガイドブックによると、「若草山三重目の頂上には巨大な前方後円の鶯塚古墳があります。その昔、ここから出る幽霊が人々をこわがらせるという迷信が長く続いていたらしく、しかもこの山を翌年1月までに焼かなければなにか望ましくないことが起こるといったことで、通行する人が放火し、東大寺境内に火が迫る事件が再三起こりました。1738年12月に奈良奉行所は若草山に放火停止の立て札を立てましたが、その後も誰ともわからないまま放火が続きました。近隣社寺への延焼の危険が絶えず、江戸時代末期には若草山に隣接する東大寺・興福寺、奈良奉行所が立ち会って山を焼くようになりました。このように山焼きの起こりは、山上古墳の鶯塚に葬る霊魂を鎮めるための祭礼というべきものであり、供養の為でもあったと言えます。」とあった。 その他、ネットでは、「若草山一帯の春日大社・興福寺と、東大寺との領地争いから始まった」とか、「早春にしばしば行われる原始的な野焼きに由来する」などという話もあった。上の実行委員会パンフレットの説では、春日大社が出てこない。ところが、当日の式次第では「春日の大どんど」より御神火が発したり、神事一切を春日大社が行っているし、そもそも春日大社の宮司さんがこのパンフレットに一文を寄せているので、むしろ興福寺や東大寺の影は薄い。わずかに「三社寺にゆかりの深い温食」として、名前が挙がっているのみである。真実のところはどうなのか、聞こうにも適当な人はいなかった。 それでもパンフレットをよくよく見ると、「春日大社、興福寺、東大寺の神仏が習合し、先人の鎮魂と慰霊、さらには奈良全体の防火、世界の人々の平安を祈ります」とある。長い間に色々と変遷があったのだろうが、今では、春日大社が前面に出て、それを奈良県と消防団が支える観光行事となっているようだ。当日の式次第は、次のようになっている。 午後4時45分 御神火奉戴祭「春日の大どんど」より御神火をもらい受けます。」 午後5時05分 聖火行列出発「御神火が金峯山寺の法螺貝に先導され、山焼きに関係の深い三社寺と奈良奉行所の役人など総勢40名の厳粛な時代行列により、山麓にある野上神社まで運ばれます。」 午後5時15分 松明点火「春日大社の御神火を松明に点火します。」 午後5時40分 山麓中央の大かがり火に点火 「御神火は野上神社到着後かがり火に点火され、山焼き行事の無事を祈願する祭礼が行われます。続いて法要として、東大寺・興福寺・金峯山寺の読経の中、山麓中央の大かがり火に点火します。 午後6時15分 大花火打ち上げ 午後6時30分 山焼き一斉点火「奈良市消防団員が山麓中央の大かがり火から松明に火を移し、法螺貝、ラッパの合図で一斉点火します。 4.大花火打ち上げ15分間 夕食会場の古都屋から出てきたのは、午後5時50分頃である。そのまま古都屋の前で見物する人も多かったが、私の場合はカメラを載せる三脚を広げるので、そんなことをすると通行の邪魔となる。それではどこか適当な場所はないかと見渡して、若草山の麓にもっと近づいて、その柵を越えたところで三脚を構えることにした。幸い、この日は柵の中に入ってよいし、適当な場所も見つかった。その間、風に乗って法螺貝の音や読経の声が聞こえてくる。気温は零度を下回っているようなので手先が寒い。手袋をした。午後6時15分になり、花火が打ち上げられた。打ち上げ場所が近いので、花火がシューッと上がり大輪の花を咲かせた瞬間、ドーンという音と身体に響く振動を感じる。
私が以前持っていたオリンパスのカメラの場合は素人向けの製品だったから「花火モード」というものがあって、単にシャッターを押すだけで綺麗な花火が撮れた。ところがこのカメラは少し高度なものだから、そういう素人向けの便利なモードはない。私も、花火は年に1回、撮るかどうかというところだから、全く慣れていない。でも、この際、適当にやるしかない。
その間、シャッターが開きっぱなしになるから、写った写真はまるで太陽のような火の玉となってしまった。こんなことがあるのかと思ったが、翌日、試してみたところ、1回も起こらなかった。原因は、零度を下回る低い気温のせいだったのかもしれない。とにかく、そうこうしているうちに、15分間の打ち上げは終わった。皆が盛り上がったのは、奈良公園の鹿を模したスターマインだったが、残念ながら写真はうまく撮れなかった。 5.若草山に左右から点火する
なお、この若草山焼きは、一昨年は乾燥していて、普通なら30分は燃えるはずのところ、たった3分しかもたなかったそうだ。昨年は牡丹雪が降って湿っていて、ちっとも燃えなかったという。こうなると、もう笑い話の類いだ。では今年はどうかというと、前日から晴れて適度に乾燥し、雪もちらついて気温が低く、点火から30分、普通に燃えてくれたそうだ。 それは良かったのだが、そもそもこのツアーのパンフレットにあった「若草山の上空に花火が上がり、ライトアップされた寺社の建物の背景に、山焼きの紅蓮の炎が浮ぶ」というのは、実は合成写真だったのだ。現実には花火を打ち終わってからの山焼きだし、その炎のごく近くにあんな大きなライトアップされた寺社の建物があるはずがない。もしあったら、今頃は燃えてしまっているだろう。騙されたようなものだが、翌日の日経新聞を見ると、(1)山焼き、(2)花火、(3)ライトアップされた寺社の建物の3点セットの写真が載っている(下に掲げた2枚の上の写真)。全く見事に合成したものだが、これでは読者を欺いていることにはかならない。 その点、朝日新聞大阪版を見ると、「燃え上がる若草山。手前は興福寺五重塔」という題名で「午後6時13分から7時31分までの17枚を合成」と、ちゃんと書いてある(下に掲げた2枚の下の写真)。こちらの方が正直だし、花火は合成の対象にはしていない。
6.八坂神社(青龍)(京の四社巡り)
7.上賀茂神社(玄武)(京の四社巡り)
8.松尾大社(白虎) (京の四社巡り)
9.城南宮(朱雀) (京の四社巡り)
10.玄武蒼龍朱雀白虎の由来 城南宮の「京都五社めぐり ー 四神相応の京(みやこ)」の説明によると 「千年にわたって続いた京の都は、「四神相応」と讃えられています。方角を司る「四神」、すなわち玄武(北)、蒼龍(東)、朱雀(南)、白虎(西)が守護する土地として、ここに都が造営されたのです。 うらうらと朝日が昇る東山の麓に八坂神社、広々とした桂川を渡った西に松尾大社、水清き鴨川が流れ出る北に賀茂別雷神社(上賀茂神社)、鴨川と桂川が出会う南に城南宮、そして、平安神宮の建物は、平安京の大極殿さながらに建てられ、東に「蒼龍楼」、西に「白虎楼」がそびえます。 古来より人々は都の要所要所に鎮まるお宮に祈りを捧げ、それに応えて神々は人々の暮らしを守り、願いを聞き届けて来られました。四季の祭礼行事と美しい自然に彩られた京都のお社を巡れば、神々の息吹きに触れ、清々しい気持ちになります。元気をもらいに平安京にゆかりの深い神社にお出かけください。そして神様のご加護の印の御朱印を集めてみてはいかがですか。」とあって、「五社めぐり四神色紙」なるものを勧めている。 ああ、なるほど、そういう仕組みだったのかと、やっと納得した。そういえば、各社で僅か40分間しかない参拝時間で、どうやって御朱印をもらおうかと腐心している人がおられた。ちなみに私の場合は、もう物には一切こだわらないので、そういう一種の「物欲」には無縁である。残すとしたらデジタルの形式にしている。そうすると、誠に清々しい気分になる。例えば、昨年はアルバムにして20数冊分の写真をデジタル化してすっきりした。今年は、書類と本のデジタル化に手を付けようかと思っている。そして最終的には、ハードディスク1個になるのが理想である。 (平成30年1月27・28日著) (お願い 著作権法の観点から無断での転載や引用はご遠慮ください。) |

![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]()
(c) Yama san 2018, All rights reserved