悠々人生・邯鄲の夢エッセイ



クアラルンプール市内




(1)今から20年前、当時の第4代首相が、副首相を投獄した。罪名は同性愛罪と職権乱用罪である。
(2)出獄したその元副首相は、十数年経って今度は第6代首相によって、同じ罪名で再び投獄された。
(3)20年後、92歳になった第4代首相は、第6代首相の腐敗を痛烈に批判し、野党連合を率いて選挙を戦った。大激戦の末に選挙に勝利して、第7代首相として返り咲いた。
(4)その第7代首相は、今度は自分が20年前に投獄した当時の副首相を、第8代首相にするために恩赦で出獄させ、同時に第6代首相の腐敗を追求しようとしている。


 とまあ、この数日間にマレーシアで起こった政治情勢と、その前の行き掛かりを簡潔に説明すると、このようなことになる。いずれも20年以上にわたる経緯がある話だけに、一筋縄では行かない。「事実は小説よりも奇なり」というが、この言葉は、まさにこういう場合に当てはまるのではないだろうか。ちなみに登場人物の名前は、

 第4代首相:マハティール・ビン・モハメッド
       (首相だったのは、56歳から78歳まで)
 第6代首相:ナジブ・ビン・ラザク   (現在65歳)
 第7代首相:第4代首相と同じ     (現在92歳)
 第8代首相:(予定)アンワール・ビン・イブラヒム(現在71歳)


である。(いずれも称号略)


クアラルンプール市内


 マハティール首相は、第4代首相だった頃、マレー人(人口の6割)、中国人(3割)、インド人(1割)という舵取りが難しい多民族国家をまとめ上げ、先進国型経済の構築と貿易の振興に力を注いだ。かくして現在の経済的繁栄の基礎を築き、国民1人当たりの所得で、もうすぐ先進国入りを果たすまでに育て上げた。その過程で「ルック・イースト・ポリシー」(日本に学べ)という政策(東方政策)を展開し、日本の方もこれに答えて、自動車産業の育成、下請け中小企業への技術指導、1万人以上に及ぶ留学生の受入れなどを行ってきた。また、マハティール首相は現地の日本人社会にも協力的で、日系企業への配慮も手厚く、更には新聞社主催の日本でのセミナーにも、毎年のように来ている(今年も6月11日からを予定)。

クアラルンプール市内の夜景


 マレーシアという国は、人種問題が政治の底流に横たわっている。歴史的な経緯によって、そもそもの社会構造が、三大人種から成っているからだ。イスラム教で多数派のマレー人、実利主体で経済力のある中国人、極めて有能な医師、弁護士、記者などを輩出するインド人である。だから、総じて単一民族の日本では全く考えられないほどの人種間の緊張が、陰に陽にある。大雑把に言えば、貧しい大多数のマレー人と、経済を独占している中国人との対立である。その対立が極限に達したのが1969年5月13日事件である。その3日前に行われた総選挙を契機に人種暴動が発生して、200人近い死者と500人ほどの負傷者が出た。主に中国人が犠牲となった。これを契機に、経済力の劣ったマレー人を優遇する政策(ブミプトラ政策)が始まり、大学への入学や海外留学、民間マンションへの入居、外国からの投資の優遇など、あらゆる方面に広がった。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の議論でも、この政策が大きな問題となり、段階的な見直しの方向となったと聞いている。

クアラルンプール市内のショッピングモール


中国系の人が大好きな飲茶


 マハティール首相は、最初に首相に就任する前に、「マレー・ジレンマ」という本を出版し、こうしたマレー人の現状を憂い、鼓舞するような内容だったので、マレー人優遇政策を更に強化するのではないかと懸念する向きもあった。しかし、マハティール首相が行ったのは、確かに民族主義的な要素はあったものの、特に中国人を排斥するようなこともなく、むしろ成長を通じて経済全体を底上げする政策をとった。このため、外国からの高水準の投資を呼び込む結果となって、経済は高度成長を続けたことから、マハティール首相はマレー人だけでなく中国人にも支持されて、20年以上もの長期政権を維持することができたのである。

マハティール首相。ストレーツ・タイムスのインタビューより


 もう一つ、マハティール首相が名を上げたのは、97年のアジア経済危機への対応である。きっかけは、アメリカの投資家ジョージ・ソロスなどが参加するヘッジファンドが仕掛けた東南アジア通貨の空売りである。これにより、タイ、韓国などは経済がIMF管理に移行して塗炭の苦しみを味わった。ところがマハティール首相は、IMF管理を断固拒否して、通貨も固定相場制を維持した。これは経済の常識に反すると専門家の間では散々の評判だった。実は、私もそう思っていた。というのは、周辺諸国が変動相場制なのにマレーシア一国だけが固定相場制だと、そこに歪みが集まって、固定相場など、直ぐに維持できなくなると考えたからだ。ところが、案に相違して、この政策は奏功した。固定相場によって資源や工業製品の輸出入が安定的に可能になるなど、マレーシア経済は早期の回復を遂げた。この一件で、世界はマハティール首相に一目を置くようになった。

 マハティール首相は、2003年、首相職を第5代となるアブドゥラ・ビン・アフマッド・バダウィに譲り、与党バリサン・ナショナル(与党連合・国民戦線)の指導的立場も降りた。そうしたところ、バダウィ首相は、6年後に辞任し、第7代首相ナジブ・ビン・ラザクにその座を譲った。ちなみに、ナジブ首相は、第2代首相アブドゥル・ ラザクの長男である。ところが、ナジブ首相は腐敗と縁故主義で、次第にその評判を落としていった。その典型例が1MDB事件である。1MDB( 1 mlaysia Development Berhad )は、政府系の投資会社であるが、2015年7月、ウォールストリート・ジャーナルがナジブ首相の銀行個人口座へ7億ドルが振り込まれたことを報じた。ナジブ自身は「これはサウジアラビアの王族からの資金」と説明したが、その釈明を信じる人など、誰もいない。これれを契機にパナマ文書などをも利用した国際捜査が行われ、40億ドルもの資金が流出して中東やマレーシアの高官の口座が振り込まれたといわれる。

 2015年8月には全国でナジブ首相の退陣を求める大規模デモが行われた。ユーチューブで私もその様子を見ていたが、参加した人々は何万人にものぼり、あらゆる年代の老若男女をはじめお母さんに連れられた幼児に至るまで、いずれも黄色いシャツを着て整然と抗議デモを行っていた。中には、サウジアラビアの白い民族衣装を着て、ナジブ首相にドルを手渡すパフォーマンスをする人もいたりして、思わず笑ってしまうような平和的なデモであった。これに対しナジブ首相は、強権的手法で危機を乗り越えようとし、赤シャツを着た集団を黄シャツのデモ隊に対決させたり、閣内の反対を押さえるために内閣改造を行い、政府批判を強めるジャーナリストらを逮捕し、疑惑や不正を報道する新聞の発行を禁止したりした。その一方で、悪化する財政を立て直すため、庶民の生活を支える各種補助金を削減するとともに、2015年から消費税(GST。税率は6%)を導入した。これはただでさえ苦しい庶民の懐を直撃して、住んでいる人によれば、実感として食料品の値段がこれ以降の3年間で倍になったと言われる。加えて、マレーシアの一般民衆の気持ちを逆撫でしたのは、ナジブ首相の再婚相手のロスマ夫人である。かなり派手な人柄で、高価な装飾品、ブランド物を身につけ、またそれを見せつけるような言動をするので、すっかり庶民の敵のようなイメージが作り上げられてしまった。いわば、マレーシア版のイメルダ・マルコス夫人というわけである。

 マレーシアは、その建国以来、与党のバリサン・ナショナル(BN:与党連合・国民戦線)が政権を担ってきた。ところが、今回の総選挙(2018年5月9日)に際して、齢92歳にもなっていたマハティールは、与党を飛び出し野党3党を結集して希望連盟(PH)を構成し、反ナジブ、反腐敗と縁故主義を標榜して、与党に挑んだ。これに対するナジブ政権の選挙妨害は、それはそれは大変なものだった。マハティールに政党を結成させないようにし、首都圏からの立候補を禁じたので、やむなく出身地のケダ州からの立候補となった。また、投票日直前にはフェイクニュース規制法を成立させた。私が現地のユーチューブを見ていると、マハティールが選挙集会で「ナジブ政権は、腐敗している。例えば1MDBだ。あの巨額の金はどこに行った?」などと一席ぶっていたところ、いつの間にか制服を着た3人の警官が背後に現れた。そして、「フェイクニュース規制法に基づいて、発言を禁止する」などとやっている。まるで明治時代の日本のようだとびっくりしてしまった。都市の住民は政治意識が高くて反腐敗・反政権寄りになりやすく、政府の支援が手厚い地方は政権寄りになりやすい。そこで選挙区を改編して、地方と都市の一票の格差を9倍にした。その他、これは日本の新聞にも載っていた話だが、マレー人を特定の地域に住まわせて、かなりの手当を出している。まるで、地域ごと票を買収しているようなものだ。いやもう、すごいとしか言いようがない。

 選挙終盤にマハティールに対する記者会見が行われた。ある女性記者がこう質問した。「あなたは、92歳という高齢だ。そんな人が国政を担えるのか。」これに対してマハティールは、こう答えた。「この選挙が終わってすぐ、7月には私の誕生日がくる。その誕生パーティに、あなたをお招きしよう。」と。ユーモアを交えた素晴らしい答えだと感心してしまった。ビデオでマハティールの様子を見ていたが、さっさと歩く姿はまるで60歳台だし、受け答えはかつてのバリバリの首相時代と変わらない。ともかく、この年齢で活躍できるなんて、「中年の星」どころか、「後期高齢者の太陽」といっても良いくらいだ。

 選挙に劇的な勝利をおさめたその翌日の5月10日夜、国王からの首相任命を経て開かれた記者会見でのマハティール第7代首相の発言は次の(1)から(7)まで、選挙の翌々日の5月11日の発言は、(8)以下の通りである。いずれも、正鵠を射て立派なものだ。

 (1) 希望連盟(PH)への国民の強い支持の広がりに感謝を申し上げる。マレーシアの歴史上、ここまでの熱狂的な支持を得たのは希望連盟が初めてである。予想を上回り120議席以上を獲得して単独多数を確保し、政府を構成することになった。
 (2) 私は、長年の間、ビジネス・フレンドリーな政府を目指して「Malaysia Inc.」という標語を採用していることからわかるように、これからはそうした政策を実施する。国民が懸念している財政及び経済運営の問題に集中して取り組む。経済界は株価を上げて結構であるし、通貨リンギットは切り下がらないようにできるだけ安定させるように努める。希望連盟には専門家がいる。私自身は経済の専門家ではない。しかしながら、人の話を良く聞いて判断してきた人間である。
 (3) ラフィダ・アジズ元通産相、ダイム・ザイヌディン元財務相などが投票前に与党から転じて希望連盟への支持を表明し、統一マレー国民組織(UMNO)を除名された元閣僚たちのその心意気は称賛に値する。
 (4) 与党連合・国民戦線は政府の負債は総額8000億リンギットと言っていたが、隠された負債があり、総額は1兆リンギットにのぼると言っても過言ではない。1MDB問題で不正に流出した資金は、米国、スイス、シンガポールなどから回収できると考える。これら資金は政府の負債の返済の一部に使える。これからは法に基づく統治を行い、投資家の信頼を得る。お金がこれ全てといったような金権政治はもう終わらせる。財政再建のために、巨大すぎる事業は再検討し、借り入れの利息が高すぎる点など条件を再交渉し、財政負担を和らげるよう努める。
 (5) 抑圧的で不公正な政策、とりわけフェイク・ニュース規制法と国家治安維持委員会法(NSC法)については、見直すことにする。
 (6) 可能な限り速やかにアンワール・ビン・イブラヒム元副首相が、国王から完全な恩赦を得て政治活動に復帰できるよう努める。
 (7) 明11日は休日としたが、私は休まない。希望連盟を構成する党の総裁会議を開催し、新政権の閣僚ポストの配分について協議する。
 (8) 前政権下で膨れ上がった省庁の数を10に再編する。マレーシアは通商立国であり、国内市場は小さいので、アジア、欧米、その体制に関わらず全ての国と市場に対してオープンであるが、いかなる大国の影響を受けるものではない。消費税(GST)の廃止など、選挙中のマニュフェストを実行する。
 (9) 現在収監中のアンワール元副首相については、国王の恩赦を得たので、法的プロセスを経て速やかに釈放されることになろう。

 このうち、(9) アンワール元副首相の扱いについては、注釈が必要である。元々、アンワールはマハティールが第4代首相時代にその才能を見込んで副首相に取り立てた人物である。ところが、アジア通貨危機に際してIMFに肩入れしようとしてマハティール首相と対立したほか、青年同盟出身で若手のマレー人に人気のあったアンワールがこの機に乗じて首相の座を狙い、それがマハティール首相の逆鱗に触れたのではないかと私は考えている。そうしたある日、アンワールは、イスラム国家では罪に問われる同性愛罪のほか職権乱用罪で、投獄されてしまった。しかしながら、アンワールは未だに一部のマレー人に支持されており、このため投獄中のアンワールに代わってそのワン・アジザ夫人が野党(国民正義党。その後、人民正義党)を結成して釈放運動を行っていた。同党は今回の希望連盟(PH)という野党連合を結成する3党のうちの重要な1党であることから、マハティールは「敵の与党に対する敵はまた味方なり」ということで、かつての政敵と組んだということなのだろう。このあたり、マハティール首相はなかなかの現実主義者であるし、ワン・アジザ夫人の方も、日本的に言えば節操がないということになるけれども、確かに夫を早期に出獄させる手筈を整えることができたのだから、大したものだと言ってもよいかもしれない。ちなみに、アンワールはもちろんマレー人だが、ワン・アジザ夫人は実は中国人で、マレー人の夫婦に育てられたという。医学校では文字通りのトップ・スチューデントだったそうだ。ここにも、マレーシアの人種問題の複雑さが見てとれる。ついでに言えば、マハティール自身も、父はインドのケララ州から移住してきたイスラム教徒である。

 ナジブ前首相は、選挙の翌日の深夜、ツイッターに「短い休暇をとるため、家族で外国旅行に行く」と書き込んだ。そしてプライベート・ジェット機を用意したが、外国へ逃亡すると感じた市民がこれを阻止するため続々と空港へ詰めかけたので、とうとうナジブ一家は空港には姿を現さなかったという事件もあった。老練なマハティール首相はこうした動きを察知して、12日、ナジブ前首相とロスマ夫人を出国禁止処分にした。かくして、世紀の政権交代の波は、しばらく収まりそうもない。


マハティール首相。ストレーツ・タイムスのインタビューより


 いずれにせよ、私は、「後期高齢者の太陽」を心から応援したい。ちなみに、現地の報道を見ていると、レポーターが私の聞きたかったことをマハティール首相に質問していた。女性レポーター曰く「あなたは、年齢の割には体型も素晴らしく、お肌も色つやがよくて、そして髪の毛もふさふさとしている。それは、なぜなのか、教えて下さい。」これに対して、マハティール首相が答える。「大事なことは、食べ過ぎないことだ。(Not overeat)。母からこれを教えてもらって、感謝している。美味しい食べ物を前にすると、誰しも食べたくなる。そこを我慢して食べない。こうやって自分を律することが大事だ。(Discipline yourself)」。なるほど。ナジブ前首相だけでなく、全世界の汚職まみれの政治家に、じっくりと聞かせてあげたい言葉である。





(平成30年5月12日著)
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