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(1)今から20年前、当時の第4代首相が、副首相を投獄した。罪名は同性愛罪と職権乱用罪である。 (2)出獄したその元副首相は、十数年経って今度は第6代首相によって、同じ罪名で再び投獄された。 (3)20年後、92歳になった第4代首相は、第6代首相の腐敗を痛烈に批判し、野党連合を率いて選挙を戦った。大激戦の末に選挙に勝利して、第7代首相として返り咲いた。 (4)その第7代首相は、今度は自分が20年前に投獄した当時の副首相を、第8代首相にするために恩赦で出獄させ、同時に第6代首相の腐敗を追求しようとしている。 とまあ、この数日間にマレーシアで起こった政治情勢と、その前の行き掛かりを簡潔に説明すると、このようなことになる。いずれも20年以上にわたる経緯がある話だけに、一筋縄では行かない。「事実は小説よりも奇なり」というが、この言葉は、まさにこういう場合に当てはまるのではないだろうか。ちなみに登場人物の名前は、 第4代首相:マハティール・ビン・モハメッド (首相だったのは、56歳から78歳まで) 第6代首相:ナジブ・ビン・ラザク (現在65歳) 第7代首相:第4代首相と同じ (現在92歳) 第8代首相:(予定)アンワール・ビン・イブラヒム(現在71歳) である。(いずれも称号略) マハティール首相は、2003年、首相職を第5代となるアブドゥラ・ビン・アフマッド・バダウィに譲り、与党バリサン・ナショナル(与党連合・国民戦線)の指導的立場も降りた。そうしたところ、バダウィ首相は、6年後に辞任し、第7代首相ナジブ・ビン・ラザクにその座を譲った。ちなみに、ナジブ首相は、第2代首相アブドゥル・ ラザクの長男である。ところが、ナジブ首相は腐敗と縁故主義で、次第にその評判を落としていった。その典型例が1MDB事件である。1MDB( 1 Malaysia Development Berhad )は、政府系の投資会社であるが、2015年7月、ウォールストリート・ジャーナルがナジブ首相の銀行個人口座へ7億ドルが振り込まれたことを報じた。ナジブ自身は「これはサウジアラビアの王族からの資金」と説明したが、その釈明を信じる人など、誰もいない。これれを契機にパナマ文書などをも利用した国際捜査が行われ、40億ドルもの資金が流出して中東やマレーシアの高官の口座に振り込まれたといわれる。 2015年8月には全国でナジブ首相の退陣を求める大規模デモが行われた。ユーチューブで私もその様子を見ていたが、参加した人々は何万人にものぼり、あらゆる年代の老若男女をはじめお母さんに連れられた幼児に至るまで、いずれも黄色いシャツを着て整然と抗議デモを行っていた。中には、サウジアラビアの白い民族衣装を着て、ナジブ首相にドルを手渡すパフォーマンスをする人もいたりして、思わず笑ってしまうような平和的なデモであった。これに対しナジブ首相は、強権的手法で危機を乗り越えようとし、赤シャツを着た集団を黄シャツのデモ隊に対決させたり、閣内の反対を押さえるために内閣改造を行い、政府批判を強めるジャーナリストらを逮捕し、疑惑や不正を報道する新聞の発行を禁止したりした。その一方で、悪化する財政を立て直すため、庶民の生活を支える各種補助金を削減するとともに、2015年から消費税(GST。税率は6%)を導入した。これはただでさえ苦しい庶民の懐を直撃して、住んでいる人によれば、実感として食料品の値段がこれ以降の3年間で倍になったと言われる。加えて、マレーシアの一般民衆の気持ちを逆撫でしたのは、ナジブ首相の再婚相手のロスマ夫人である。かなり派手な人柄で、高価な装飾品、ブランド物を身につけ、またそれを見せつけるような言動をするので、すっかり庶民の敵のようなイメージが作り上げられてしまった。いわば、マレーシア版のイメルダ・マルコス夫人というわけである。 マレーシアは、その建国以来、与党のバリサン・ナショナル(BN:与党連合・国民戦線)が政権を担ってきた。ところが、今回の総選挙(2018年5月9日)に際して、齢92歳にもなっていたマハティールは、与党を飛び出し希望連盟(PH)という名の下に野党4党(注)を結集し、反ナジブ、反腐敗と縁故主義を標榜して、与党に挑んだ。これに対するナジブ政権の選挙妨害は、それはそれは大変なものだった。マハティールは自らの政党(マレーシア統一プリブミ党)を作っており、選挙の登録団体とするために選挙直前にその旨を当局に届け出たが、当局から登録を拒否されただけでなく活動停止命令まで受けたため、野党連合・希望連盟のロゴを使って、無所属で立候補することを余儀なくされた。また、投票日直前には政権側はフェイクニュース規制法を成立させた。私が現地のユーチューブを見ていると、マハティールが選挙集会で「ナジブ政権は、腐敗している。例えば1MDBだ。あの巨額の金はどこに行った?」などと一席ぶっていたところ、いつの間にか制服を着た3人の警官が背後に現れた。そして、「フェイクニュース規制法に基づいて、発言を禁止する」などとやっている。まるで明治時代の日本のようだとびっくりしてしまった。都市の住民は政治意識が高くて反腐敗・反政権寄りになりやすく、政府の支援が手厚い地方は政権寄りになりやすい。そこで選挙区を改編して、地方と都市の一票の格差を9倍にした。その他、これは日本の新聞にも載っていた話だが、マレー人を特定の地域に住まわせて、かなりの手当を出している。まるで、地域ごと票を買収しているようなものだ。いやもう、すごいとしか言いようがない。 (注)希望連盟(PH)は、4つの政党から成る。マハティールのマレーシア統一プリブミ党(PPBM)、アンワールとワン・アジザの人民正義党(PKR)、ペナン州首相で華人の民主行動党(DAP)、マット・サブの国民信託党(AMANAH)である。 選挙終盤にマハティールに対する記者会見が行われた。ある女性記者がこう質問した。「あなたは、92歳という高齢だ。そんな人が国政を担えるのか。」これに対してマハティールは、こう答えた。「この選挙が終わってすぐ、7月には私の誕生日がくる。その誕生パーティに、あなたをお招きしよう。」と。ユーモアを交えた素晴らしい答えだと感心してしまった。ビデオでマハティールの様子を見ていたが、さっさと歩く姿はまるで60歳台だし、受け答えはかつてのバリバリの首相時代と変わらない。ともかく、この年齢で活躍できるなんて、「中年の星」どころか、「後期高齢者の太陽」といっても良いくらいだ。 選挙に劇的な勝利をおさめたその翌日の5月10日夜、国王からの首相任命を経て開かれた記者会見でのマハティール第7代首相の発言は次の(1)から(7)まで、選挙の翌々日の5月11日の発言は、(8)以下の通りである。いずれも、正鵠を射て立派なものだ。 (1) 希望連盟(PH)への国民の強い支持の広がりに感謝を申し上げる。マレーシアの歴史上、ここまでの熱狂的な支持を得たのは希望連盟が初めてである。予想を上回り120議席以上を獲得して単独多数を確保し、政府を構成することになった。 (2) 私は、長年の間、ビジネス・フレンドリーな政府を目指して「Malaysia Inc.」という標語を採用していることからわかるように、これからはそうした政策を実施する。国民が懸念している財政及び経済運営の問題に集中して取り組む。経済界は株価を上げて結構であるし、通貨リンギットは切り下がらないようにできるだけ安定させるように努める。希望連盟には専門家がいる。私自身は経済の専門家ではない。しかしながら、人の話を良く聞いて判断してきた人間である。 (3) ラフィダ・アジズ元通産相、ダイム・ザイヌディン元財務相などが投票前に与党から転じて希望連盟への支持を表明し、統一マレー国民組織(UMNO)を除名された元閣僚たちのその心意気は称賛に値する。 (4) 与党連合・国民戦線は政府の負債は総額8000億リンギットと言っていたが、隠された負債があり、総額は1兆リンギットにのぼると言っても過言ではない。1MDB問題で不正に流出した資金は、米国、スイス、シンガポールなどから回収できると考える。これら資金は政府の負債の返済の一部に使える。これからは法に基づく統治を行い、投資家の信頼を得る。お金がこれ全てといったような金権政治はもう終わらせる。財政再建のために、巨大すぎる事業は再検討し、借り入れの利息が高すぎる点など条件を再交渉し、財政負担を和らげるよう努める。 (5) 抑圧的で不公正な政策、とりわけフェイク・ニュース規制法と国家治安維持委員会法(NSC法)については、見直すことにする。 (6) 可能な限り速やかにアンワール・ビン・イブラヒム元副首相が、国王から完全な恩赦を得て政治活動に復帰できるよう努める。 (7) 明11日は休日としたが、私は休まない。希望連盟を構成する党の総裁会議を開催し、新政権の閣僚ポストの配分について協議する。 (8) 前政権下で膨れ上がった省庁の数を10に再編する。マレーシアは通商立国であり、国内市場は小さいので、アジア、欧米、その体制に関わらず全ての国と市場に対してオープンであるが、いかなる大国の影響を受けるものではない。消費税(GST)の廃止など、選挙中のマニュフェストを実行する。 (9) 現在収監中のアンワール元副首相については、国王の恩赦を得たので、法的プロセスを経て速やかに釈放されることになろう。 このうち、(9) アンワール元副首相の扱いについては、注釈が必要である。元々、アンワールはマハティールが第4代首相時代にその才能を見込んで副首相に取り立てた人物である。ところが、アジア通貨危機に際してIMFに肩入れしようとしてマハティール首相と対立したほか、青年同盟出身で若手のマレー人に人気のあったアンワールがこの機に乗じて首相の座を狙い、それがマハティール首相の逆鱗に触れたのではないかと私は考えている。そうしたある日、アンワールは、イスラム国家では罪に問われる同性愛罪のほか職権乱用罪で、投獄されてしまった。しかしながら、アンワールは未だに一部のマレー人に支持されており、このため投獄中のアンワールに代わってそのワン・アジザ夫人が野党(国民正義党。その後、人民正義党)を結成して釈放運動を行っていた。同党は今回の希望連盟(PH)という野党連合を結成する3党のうちの重要な1党であることから、マハティールは「敵の与党に対する敵はまた味方なり」ということで、かつての政敵と組んだということなのだろう。このあたり、マハティール首相はなかなかの現実主義者であるし、ワン・アジザ夫人の方も、日本的に言えば節操がないということになるけれども、確かに夫を早期に出獄させる手筈を整えることができたのだから、大したものだと言ってもよいかもしれない。ちなみに、アンワールはもちろんマレー人だが、ワン・アジザ夫人は実は中国人で、マレー人の夫婦に育てられたという。医学校では文字通りのトップ・スチューデントだったそうだ。ここにも、マレーシアの人種問題の複雑さが見てとれる。ついでに言えば、マハティール自身も、父はインドのケララ州から移住してきたイスラム教徒である。 ナジブ前首相は、選挙の翌日の深夜、ツイッターに「短い休暇をとるため、家族で外国旅行に行く」と書き込んだ。そしてプライベート・ジェット機を用意したが、外国へ逃亡すると感じた市民がこれを阻止するため続々と空港へ詰めかけたので、とうとうナジブ一家は空港には姿を現さなかったという事件もあった。老練なマハティール首相はこうした動きを察知して、12日、ナジブ前首相とロスマ夫人を出国禁止処分にした。かくして、世紀の政権交代の波は、しばらく収まりそうもない。 【後日談】ナジブ前首相宅の家宅捜索 現地の大衆紙によれば、5月18日頃、警察がナジブ前首相宅に家宅捜査に入ったところ、金の延べ棒、ドル札の現金、1個1800万円もするハンドバッグなどが続々と出てきたそうである。 (平成30年5月12日著) (お願い 著作権法の観点から無断での転載や引用はご遠慮ください。) |
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