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目 次 |
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| 1 | 東京に生きた縄文人の特別展 | ||
| 2 | 多摩ニュータウンのビーナス | ||
| 3 | 第1章 東京の縄文遺跡発掘史 | ||
| 4 | 第2章 縄文時代の東京を考える | ||
| 5 | 第3章 縄文人の暮らし | ||
| 6 | 東京の縄文土偶100 | ||
![]() 1.東京に生きた縄文人の特別展 両国の江戸東京博物館で開催されている特別展『縄文2021―東京に生きた縄文人』に行ってきた。我々の世代が縄文時代について習ったことは、「稲作文化が始まる弥生時代以前の狩猟採集の野蛮で退屈な時代」というものだった。ところが、この展示会で、縄文時代の石器、土器、土偶や装飾品の芸術性の高さを目の当たりにして、そのイメージが変わってしまった。 最新の研究では、縄文時代は今から1万6000年以上前に始まって1万4000年近くにわたって続いたという。その中で、縄文土器の変化に合わせて、草創期・早期・前期・中期・後期・晩期の6つの時代区分に分類されている。並んでいる個々の土器や石器などは、時代を経るにしたがって、簡単で小さなものから、複雑で大きなものへと変わっていく。これが紀元前2000年頃まで延々と繰り返されたことが、展示を追うことで分かってくる。 展示は、 「プロローグ」 「第1章 東京の縄文遺跡発掘史」 「第2章 縄文時代の東京を考える」 「第3章 縄文人の暮らし」 「第4章 考古学の未来」 「エピローグ」に分かれている。 2.多摩ニュータウンのビーナス 「プロローグ」の目玉は、多摩ニュータウンで発掘された「ビーナス」(土偶) である。縄文時代中期のもので、年代測定をすると、今から約5380年前から5320年前の作とのこと。これは、胸や腰の膨らみから女性であることが明らかで、その存在感が素晴らしい。 豊穣を祈るとともに、その柔らかい顔立ちからして、人々に安らぎを与えていたものと思われる。目から頬にかけての二本の線は、刺青つまり黥面を表しているのだろうか。「魏志倭人伝」に書かれた倭人の黥面文身の習俗が、既に5000年前からあったとは、驚きである。
この章では、大森貝塚をはじめとして日暮里延命院貝塚、落合遺跡、駒木野遺跡など8遺跡が紹介されている。このうち、大森貝塚は、明治時代に来日したエドワード・モース博士が汽車で大森付近を通過中に貝塚らしきものを発見したことから、日本の考古学の出発点となったところである。縄文時代後期の多数の土器が発掘されている。
この章では、葬墓制研究についての展示があり、新宿区加賀町二丁目遺跡で発見された縄文時代の人骨を元に「縄文人の顔」が復元されている。なかなか精悍な男前の顔であるが、頭蓋骨の左側上部に大きな穴が空いている。これが死因なのかもしれない。
この章では、縄文人たちの暮らしぶりが紹介されている。展示エリアの真ん中には、 長さ6メートルに及ぶ大きな丸木舟が置かれている。これは、縄文時代中期のもので、北区中里遺跡から出土した(北区飛鳥山博物館蔵)。
「東京の縄文土偶100」という展示があったが、これがまた面白い。見方によっては、笑い、可笑しみ、叫びなどを自由闊達に表現されているといえる。
(令和3年12月 5日著) (お願い 著作権法の観点から無断での転載や引用はご遠慮ください。) |

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