悠々人生エッセイ



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       目 次
    
       
     初春大歌舞伎
     操り三番叟
     鳴神と大薩摩連中
     熊谷陣屋
     矢の根
     児雷也豪傑譚
     春興鏡獅子





1.初春大歌舞伎

 東銀座の新橋演舞場に、市川團十郎一門の初春大歌舞伎を観に行った。昼の部で、演目は、

 一 操り三番叟
 ニ 鳴 神 (歌舞伎十八番中)
 三 熊谷陣屋
 四 寿初春 口上


である。ちなみに夜の部は、矢の根、児雷屋豪傑譚話、春興鏡獅子となっていた。

 昨年たまたま観た映画「國宝」で、歌舞伎の魅力を改めて思い知らされた。今回の観劇は、それに触発されたものであるが、実際に歌舞伎を観に行くのは、それこそ何十年ぶりだ。どんなことになるかと内心期待していたが、粗筋が簡単に調べられることもあり、昔のようにチンプンカンプンということはなく、純粋にその素晴らしい舞台を目前にして、ただただ感激した。

 中でも、操り三番叟のアクロバティックな動きから滑らかな動きまでのスムーズな移行、姫の色香に惑わせられる鳴神の怒りの変身にコミカルな白雲坊と黒雲坊のやりとり、熊谷陣屋の忠義のために実の息子を身代わりにする姿など、大いに楽しんできた。

 ところで、それぞれの演目の解説を、Google Geminiにお願いしたら、次のようなことだった。それから、特記しておきたいことなのだが、鳴神での大薩摩連中には感心というか、驚いた。裏方の役割をはるかに超えて、もう歌舞伎役者並み、いや、それ以上の熱演だったからである。

 なお、昔々、私が学生の頃に観たのが児雷屋豪傑譚話で、これは面白かった。現代でいえば、特撮のようなものだけど、残念ながらこの日は夜の部だった。また次回の楽しみとしよう。


2.操り三番叟

 「操り三番叟(あやつりさんばそう)」は、歌舞伎や日本舞踊の中でも非常に人気のある演目で、お祝いの席などでよく披露される「祝儀舞踊」の一つです。この演目の最大の特徴は、「人間が糸操り人形(マリオネット)になりきって踊る」という点にあります。物語としての複雑なストーリーはなく、五穀豊穣や天下泰平を祈る儀式的な踊りをベースに、高い身体能力とユーモアを交えて展開されます。

(1)その粗筋は、次の通り。

 @  箱出し(はこだ出し)


 後見(黒衣などの助手)が大きな箱を舞台に運び出します。中から出てくるのは、糸操り人形の姿をした三番叟です。

 A 人形の動き出し

 最初は糸が絡まっているような、ぎこちない動きを見せます。後見が操り糸をさばく仕草をすると、三番叟に命が吹き込まれたかのように動き始めます。

 B 揉ノ段(もみのだん)

 足拍子を力強く踏み、軽快に踊ります。人形ならではの「カクカク」とした動きや、糸が切れてガクッとなる様子、また糸が絡まって慌てる様子などを、踊り手が絶妙なパントマイムで表現します。

 C 鈴ノ段(すずのだん)

 黒い「尉(じょう)」の面をつけ、鈴を手に持ちます。種まきの様子を象徴する踊りで、豊作を祈りながら華やかに舞い納めます。

(2)その見どころは、次の通り。

 @ 超絶技巧の「人形振り」
・・・首の振り方、手足の関節の動かし方など、まるで本当に上から糸で吊られているかのように見せる技術は圧巻です。

 A 後見とのコンビネーション・・・人形を操る「後見」と、踊り手の息がぴったり合っているかどうかも重要なポイントです。

 B おめでたい雰囲気・・・もともとは能の「翁(おきな)」に由来する神聖なものですが、歌舞伎ではエンターテインメント性が高く、明るく楽しい雰囲気で楽しめます。


3.鳴神と大薩摩連中

 歌舞伎の演目「鳴神(なるかみ)」と、それに関連してよく目にする「大薩摩連中(おおざつま れんじゅう)」について解説します。市川團十郎家のお家芸「歌舞伎十八番」の一つで、「高僧が美女の色仕掛けに負けて堕落する」という、エロチックでダイナミックな物語です。

(1)その粗筋は、次の通り。

 @ 竜神を滝壺に封印


 平安時代、鳴神上人(なるかみしょうにん)は、帝が「お寺を建ててあげる」という約束を破ったことに激怒します。上人は呪術を使い、雨を司る竜神を滝壺に封印してしまいました。そのせいで国中がひどい日照りに襲われます。

 A 美女の登場

 困った朝廷は、宮廷一の美女・雲の絶間姫(くものたえまひめ)を上人のもとへ送り込みます。彼女は「亡くなった夫の着物を洗いたいが、水がなくて困っている」と色っぽく泣きつき、上人に近づきます。

 B 堕 落

 最初は修行の身として撥ね付けていた上人ですが、姫の巧みな話術や色香に少しずつ翻弄されます。姫が急に苦しみだしたふりをすると、介抱しようと体に触れた上人は初めて知る女性の柔らかさに我を忘れ、ついに「還俗(修行をやめること)してあなたを妻にする!」と宣言。祝言の酒を飲まされ、酔いつぶれて寝てしまいます。

 C 結末(荒事)

 上人が眠った隙に、姫は封印の注連縄(しめなわ)を切り、竜神を解放します。空は一変して豪雨となり、姫は逃げ去ります。雨音で目を覚まし、騙されたと知った上人は激怒。髪は逆立ち、顔には凄まじい隈取(くまどり)が浮かび、荒れ狂いながら姫の後を追う……という迫力の幕切れ(飛び六法)となります。

(2)大薩摩連中(おおざつま れんじゅう)とは?

 「鳴神」などの演目の冒頭で、舞台の隅や浅黄幕(あさぎまく)の前で演奏する一団を指します。

 @ 役 割

 歌舞伎の伴奏(長唄)の中でも、特に「荒事(あらごと)」という力強く豪快なシーンを盛り上げるために用いられる、非常に力強い浄瑠璃(語りと三味線)の流派です。

 A スタイル

  三味線の音色が重厚で、バチを叩きつけるような激しい演奏が特徴です。特に「鳴神」や「矢の根」などの歌舞伎十八番では、物語のスケールの大きさや主人公の強さを表現するために欠かせない存在です。

 B 見分けるコツ

  舞台に「大薩摩」と書かれた看板(まねき)が出たり、演奏者が「大薩摩主膳太夫(おおざつま しゅぜんだゆう)」などの名前を名乗ったりします。

(3)その見どころは、次の通り。

 @ 「鳴神」は、「聖人君子のような高僧が、一人の女性によって人間味むき出しの怒れる雷神へと変貌する」ドラマチックな変化を楽しむ芝居です。そこに「大薩摩連中」の重厚な音楽が加わることで、江戸歌舞伎らしい力強さが生まれます。

 A この他にも、鳴神上人と対照的にコミカルな動きを見せる「白雲坊(はくうんぼう)」「黒雲坊(こくうんぼう)」という弟子たちのやり取りも見どころの一つです。


4.熊谷陣屋

 「熊谷陣屋(くまがいじんや)」は、人形浄瑠璃から書き替えられた「義太夫狂言」の最高傑作の一つです。この物語の核心は、「忠義のために実の息子を身代わりにし、その死を嘆きながら武士を捨てる男の悲劇」にあります。

(1)その粗筋は、次の通り。

 @ 背景と再会


 源平合戦のさなか、源氏の武将・熊谷直実(くまがいなおざね)は、一の谷の戦いで平家の貴公子・平敦盛(たいらのあつもり)を討ち取ったとして陣屋に戻ります。そこへ、息子の小次郎を案じて妻の相模(さがみ)が、さらに敦盛の母である藤の方が密かに訪ねてきます。

 A 衝撃の首実検

 主君・源義経が首実検のために現れます。直実が差し出した首は、実は敦盛ではなく、自分の息子・小次郎のものでした。 というのは、敦盛は後白河法皇の落胤(隠し子)であり、義経は密かに敦盛を助けるよう直実に命じていました。直実はその命を果たすため、同じ年頃の我が子を身代わりに討ったのです。

 B 制札(せいさつ)の見得

 直実は、義経が以前立てた「一枝を伐らば一指を剪るべし(桜の枝を一折した者は指一本を切り落とせ)」という制札(立て札)を掲げます。これは「桜(=敦盛)を守るためなら、一枝(=自分の子)を犠牲にせよ」という義経からの暗号でした。我が子を殺した苦悩と忠義を表現する、物語最大のクライマックスです。

(2)その見どころは、次の通り。

 義経は直実の忠義を汲み、本物の敦盛を密かに逃がします。直実にとって戦いは空しいものとなり、「十六年は一昔、アア夢だ、夢だ」という有名な台詞を残し、髪を落として僧(蓮生法師)となり、戦場を去っていきます。舞台から去る際、すべてを捨てた悲しみを背負って花道を歩む姿は、観客の涙を誘います。


5.矢の根

 歌舞伎十八番の一つである「矢の根(やのね)」は、お正月にふさわしい、非常に明るくパワフルな演目です。「曽我もの(父の仇討ちを目指す兄弟の物語)」の一つですが、悲壮感はなく、江戸歌舞伎の「荒事(あらごと)」の魅力が詰まった、どこかユーモラスな一幕です。

(1)その粗筋は、次の通り。

 舞台は正月の元旦。曽我兄弟の弟、曽我五郎が自宅で巨大な矢の根(矢尻)を研いでいるところから始まります。

 @ 矢の根を研ぐ五郎

 五郎は父の仇である工藤祐経(くどうすけつね)を討つため、精神を集中させて巨大な矢を研いでいます。その姿は非常に力強く、いかにも血気盛んな若武者といった様子です。

 A 大薩摩主膳太夫の訪問

 そこへ、新年の挨拶に大薩摩主膳太夫(おおざつま しゅぜんだゆう)がやってきます。彼は年玉として「宝船の絵」を五郎に贈ります。

 B 予知夢(五郎の異変)

 五郎はもらった宝船の絵を枕の下に敷いて、一休みします。すると夢の中に、兄の曽我十郎が現れます。兄は「工藤の館に捕らえられた、助けてくれ!」と必死に訴えます。

 C 飛び出す五郎(裸馬での駆けつけ)

 跳ね起きた五郎は大変な剣幕で、「兄上を助けねば!」と家を飛び出します。ちょうどそこを通りかかった馬子が引く、大根を積んだ馬を強引に奪い取ります。

 E 大根の鞭(幕切れ)

 五郎は手近にあった巨大な大根を鞭(むち)代わりにして、馬にまたがります。荒々しく、しかしどこかユーモラスな格好で、兄のいる工藤の館へと勇ましく駆け去っていくところで幕となります。

(2)その見どころは、次の通り。

 @ 五郎のメイク(筋隈)や衣装、そして研いでいる「矢」や「大根」のすべてが巨大です。これらは江戸時代の観客が喜んだ「誇張された表現」です。

 A 実はこの「矢の根」という演目は、当時衰退していた大薩摩節(浄瑠璃の一種)を復興させるために作られたという歴史があります。そのため、劇中に「大薩摩」という名前の人物が直接登場するのです。

 B 舞台には松竹梅が飾られ、五郎が座る台も華やかです。江戸の人々にとっては、五郎の力強い姿を見ることで「厄を払い、元気を分けてもらう」という、お守りのような演目でした。

 C 「鳴神」や「矢の根」など、歌舞伎十八番はどれもキャラクターが強烈ですよね。


6.児雷也豪傑譚

 「児雷也豪傑譚(じらいやごうけつものがたり)」は、江戸時代に大ブームとなった読本(よみほん)や草双紙を元にした、壮大な忍術スペクタクル作品です。現代では大人気漫画「NARUTO」の元ネタ(自来也、綱手、大蛇丸)としても有名ですが、本来の物語は「親の仇討ち」と「妖術バトル」が主軸となっています。

(1)その粗筋は、次の通り。

 @ お家騒動と没落


 肥後の豪族・尾形家は、天下を狙う悪人・月影照友(大蛇丸)の策略によって滅ぼされます。尾形家の一子・雷丸(後の児雷也)は家臣に助けられ、辛うじて生き延びます。

 A 術の伝承

 成長した雷丸は、越後国の黒姫山で仙人(仙素道人)に出会い、「蝦蟇(がま)の妖術」を授かります。彼は名前を児雷也と改め、義賊として活動しながら、親の仇を探し始めます。

 B 仲間との出会い

 旅の途中で、児雷也は綱手(つなで)という美しい女性に出会います。彼女は「なめくじの術」を操る達人で、児雷也と恋に落ち、夫婦となって共に戦うことを誓います。

 C 宿敵・大蛇丸との対決

 彼らの前に立ちはだかるのが、かつて尾形家を滅ぼし、今は「蛇の術」を操る大蛇丸(おろちまる)です。

(2)その見どころは、次の通り。

 @ 三すくみの戦い


 「蛇は蛙を食い、蛙は蛞蝓(なめくじ)を食い、蛞蝓は蛇(の毒)を溶かす」という三すくみの理屈により、術比べは熾烈を極めます。児雷也と綱手は一度は大蛇丸の毒に倒れますが、仲間たちの助けや宝剣「浪切丸」の力を借りて、ついに宿敵を討ち果たし、お家を再興します。

 A ケレン(派手な仕掛け)

 巨大なガマに乗って登場する児雷也や、大蛇に変身する大蛇丸など、当時の人々にとって最新の「特殊効果」を想像させるワクワクする設定が満載でした。歌舞伎では、舞台いっぱいに広がる巨大なガマのぬいぐるみ(屋台)が登場したり、忍術でパッと姿を消したりする「ケレン(派手な仕掛け)」が最大の見どころです。


7.春興鏡獅子

「春興鏡獅子(しゅんきょうかがみじし)」は、明治時代に九代目市川團十郎が初演した、歌舞伎舞踊の中でも最高傑作の一つと言われる作品です。前半の可憐な「小姓(こしょう)」と、後半の勇猛な「獅子の精」という、正反対の二役を一人で踊り分けるのが最大の見どころです。

(1)その粗筋は、次の通り。

 @ お座敷への呼び出し


 舞台は江戸城の大広間。今日は鏡開きのお祝いの日です。恒例の「鏡曳(かがみひき)」の儀式の後、余興として踊りを披露することになります。そこで選ばれたのが、まだ若く恥ずかしがり屋な小姓の弥生(やよい)です。

 A 前半:可憐な弥生の舞

 弥生は家老たちに無理やり引っ張り出され、恥ずかしさに顔を赤らめながらも踊り始めます。手習子(てならいこ)の様子や、恋心を詠んだ唄に合わせて、しなやかで優雅な舞を披露します。

 B 獅子頭の異変

 弥生が飾ってあった「獅子頭」を手に取って踊り始めると、次第に様子が変わります。獅子頭に宿る霊力が弥生に乗り移り、弥生は獅子頭に引きずられるようにして、舞台の奥へと消えていってしまいます。

 C 間狂言(あいのきょうげん)

 主役が着替える間、可愛い二匹の「胡蝶(こちょう)」が登場し、牡丹の花にたわむれる華やかな踊りを見せます。

 D 後半:獅子の精の狂い

 やがて、先ほどの可憐な弥生とは打って変わって、巨大な白い毛(白頭)を頂いた「獅子の精」が現れます。獅子は胡蝶と遊び、牡丹の花を愛でますが、やがて激しく勇猛な舞を見せ、長く白い毛を豪快に振り回す「毛振(けぶ)り」でクライマックスを迎えます。

(2)その見どころは、次の通り。

 @ 「静」と「動」の対比


 前半の「お嬢様のような可憐さ」と、後半の「百獣の王の荒々しさ」のギャップこそがこの演目の醍醐味です。

 A 豪快な「毛振り」

 首を大きく回して、長い毛で円を描くように振る「毛振り」は圧巻。特に後半、毛が床を掃くような鋭い動きは、踊り手の体力と技術の限界に挑む見せ場です。

 B 胡蝶との対比

 小さな蝶と、大きな獅子。その対比が視覚的にも美しく、最後は獅子が威風堂々と座り込んで幕を閉じます。

 C 映画化もされた

 この演目は、名優・六代目尾上菊五郎の当たり役としても有名で、映画化もされています。





(令和8年1月6日著)
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