悠々人生のエッセイ








 岐阜の山奥、世界文化遺産・合掌造りの白川郷に行って来た。実はこれは二回目で、約15年ほど前に御母衣ダムを見学のために一度訪ねたことがある。そのときは、岐阜方面から入って白山スーパー林道の方へ抜けた。山間をくねくね曲がる悪い道を延々と車を飛ばしてようやくたどりついたという記憶があり、まさに深山幽谷という感がしたものである。ところが、今では高速道路がほとんど開通している。名古屋から北上していくとわずか2時間余りの快適なドライブで来ることができ、逆に北から南下して来るとあと残りの25キロの区間さえ開通すれば富山県高岡市からほんの1時間という絶好のロケーションとなったようだ。

 今回は、富山県側から、既開通区間の高岡インターから五箇荘インターまで高速道路で行き、それから白川郷まで在来国道156号線を延々と走って、約2時間半で到着した。庄川の源流に近い山々が重なり合う奥地である。谷を隔てて一番手前の山は緑で一杯であるが、その後ろの山は青く霞み、さらにその奥の山は稜線だけが薄く重なり合っているという山の中である。これで雨でも降れば、水墨画のような世界になること請け合いである。

 確かにこれでは、平家の落人伝説もさもありなんという気がして、昔は大変な僻地だったのだろうなあと思うばかりである。ところが、いまやその地に、全国各地のナンバーを付けた観光バスや乗用車、バイクがどんどん押し掛けて来ている。あまりのことに、村はこれらの車が村の中心部を通るのを禁止してしまい、バイパスのようなところを通らせてそこに駐車場を用意し、観光客はそこから吊り橋を渡って村の合掌造りを見に行かせるという手段を講じている。なかなかの知恵者がいるらしい。

 合掌造りの民家を眺め上げると、かなり高い。今風にいえば四階建てである。昔の基準では相当の高さといえる。それに、正三角形の切妻屋根の傾斜はかなりなものである。屋根に葺いた茅の小枝の厚さは1メートル近くになるであろうか。これは釘を一本も使わず作られているそうだが、台風や大雪にも倒れずに頑丈そのもの。30年ごとに行われる屋根の葺き替えには、2日間で200人の人手が必要だそうな。昭和のはじめ、建築家のブルーノ・タウトが「極めて論理的、合理的で、日本には珍しい庶民の建築」と評したそうな。

 しかし、それにしても、こういうところに高速道路を通してよかったものかどうか。それも、地上を走っているとは言い難い。橋桁がおそらく50メートルはあるような高いところを通っている。つまりは空中道路なのである。そうして何本か連なっている橋桁の先は、トンネルに吸い込まれていく。だから騒音も何もないが、こういう調子で名古屋のような大都市に、わずか2時間で繋がってしまったのである。文化的な影響はどうなっているのだろう。

 そう思いつつ、白川郷の駐車場を離れて近くの「道の駅」、つまり国道のそばにある休憩ポイントで土産物を眺めていたときに、地元のビデオが畑仕事をしている三人を写していた。何げなくそれを見ていたら、こういうナレーションが流れてきたのである。

 「岐阜県□□郡△△村の○○さん一家は、代々農業で生計を立てている。今年もまた、メロンや野菜の種まきの時期である。こちらが父親と母親(60歳)、そして長男(39)である。ところが、長男のお嫁さんの姿がない。母親はいう。『困るんですよ。畑仕事はしないし、跡取りも生んでくれないで、名古屋にいるんです』と語る。

 《場面は変わり、美人の若い女性がカメラマンにパチパチっと写真を撮られている》

  これが、お嫁さん(26)とのこと。『私は、名古屋でファッション・モデルをしています。田舎の生活より、ここでこそ、自分を取り戻せます』と語る。《再び場面は変わり、このお嫁さんが、三人に囲まれて帰ってこいと言われ、涙を流している》」

 
ははあ、一部しか見ていないが、これはひょっとして、この地方から名古屋に出ていった若い女性が、ファッション・モデルで成功して、それと自分の故郷との板挟みになっている状況なのかと思ったが、そこまで見たところで時間がなくなって、そのまま出発してしまった。しかし、その続きがとても気になるところである。

 さらに行くと、「ゆー楽」という地元の温泉があり、それに入った。お風呂場に足を踏み入れてそこから見える景色の雄大さにびっくり。前には大河がゆるゆると流れてこちらから見るとUの字型に蛇行し、真正面には、緑の半島が突き出ているがごとくである。その後ろには山々がつらなり、雲の切れ間より、神々しいばかりの日光の筋が、地面を槍のように突き刺している。眼下に広がるこれらの雄大な風景を、露天風呂に入りつつ眺めるその気持ちの良さ。至福の瞬間である。ああ、ここに来てよかった。


(平成14年 7月29日著)
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