This is my essay.








 もうかなり以前のことになるが、あるとき、私は美人コンテストの審査員を頼まれてしまった。和服、しかも相当高価なものを着て、それがよく似合う人というのがそのコンテストの考え方である。全国大会前の東京地区の予選とのこと。なかなか、役回りとしては悪くない。友達に言うと「そんな数の美人に一挙に会えるなんて、めったにない。その役、代わらないか」などと、その羨むこと。そこで、私も興味津々、どんなものかと思いつつその日曜日を迎え、会場である日本橋の三越に出かけた。それが、ちょうどこの吉祥天像の階段の下なのである。

 私ども数人の審査員は、この階段直下に控えて、東京各区の代表23人を見上げるという形式である。私は、何しろ初めての経験なものであるから、審査委員長がおられたので、採点はどうしたものかとお伺いをたてた。すると「コンテストの趣旨に沿って、各委員ご自由に判断されたい」とのこと。なるほど、これは明快かつ、えこひいきとは無縁である。公平でよろしい。しかし、委員長がひとつだけアドバイスしたいことがあるという。それは「5点満点で採点するのであるが、しっかりと差をつけてほしい」とのこと。具体的にいうと「たとえば、全員について5点だの4点だのを付けてそれを集計すると、思わぬ妙な結果をもたらしかねないので、いい人は5点、そうでない人はたとえば2点として、評価の差異を点数で明確にしてほしい」とのこと。うーむ、なるほど。もっともなりと感心した。そして、1位から3位までを、単純に審査員の点数を集計して決めるのである。審査員の数は、確か5名程度であったから、満点で25点となる。

 さて、早速、和服を着たお嬢さんたちが順に並び始めた。着物だけを見ていると、赤、紺、茶、緋色、緑、金銀・・・いやそれだけで、目がくらんできてしまう。その顔など、見るひまもないほどである。その娘軍団が、この吉祥天女像の周囲を、しゃなりしゃなりと一列が歩くのだから、華やかなること、この上ない。もちろん三越の店内は黒山の人だかりで、それにライトの光も加わり、熱気がむんむんとあふれてくる。そのような中を、私ども審査員は、後頭部にライトの熱を浴びながら、前を行くお嬢さんたちの顔や歩く様子を見ていなければならない。この中から将来のスターが出るかもしれないという意味では責任重大であるし、これは大変な仕事である。

 さて、和服軍団が全員で吉祥天像を一回りしたあと、ひとりひとり、マイクの前に立って、1分間スピーチをする。関係者によると「(失礼ながら)これで皆さんの『おつむの程度』を見させていただいて、あまりにこれはどうかという人を除きたい」というのである。何でも、何年か前からはじめたそうであるが、そのきっかけは、せっかく代表に選ばれたのに、行事に出かけても、どうにも使いものにならない人が、いたとかいなかったとか。まあ、それはともかく、気の利いたことを言う人がいたら、高得点をあげようと思って、聞き始めた。

 すると、どうだろう、これは。皆さん、かわいいお顔をしているだけでなく、なかなかどうして、実にうまいスピーチばかりなのである。相当練習している様子である。入試の学習塾と同じだ。そうしたことを教え込んで練習する場があるのかもしれない。そのせいか、どれもこれも、内容は似たり寄ったりであり、ほとんど、差はつけられない状況だった。もちろん、ひとりふたりほど、全く何を言っているのかといいたくなる人たちもいたし、その反対に、結婚式のプロの司会並みの人もいた(ただしこの人は、着物の着こなしなどがあまりに堂に入っていて、あれはプロではないかとすぐに見破られた)。いずれにせよ、ほんの1〜2人を振り落とす程度にしか使えないことがわかり、前述の関係者の言葉の意味が、ようやく理解できたのである。

 さあ、ひとわたり終了した。皆さん、また笑顔をふりまきつつ、しゃなりしゃなりと歩いて、いったん、会場の上のひな壇に並び、発表を待つ体勢となった。さあ、われわれ審査員の出番である。私は、渡された紙と鉛筆を前に、はたと考え込んでしまった。正直いって、絶世の美女がいたら、それにしようと思ったが、お嬢さんたちには申し訳ないけれども、そんな人はいなかった。どれも、隣の家の娘さんのような、現代的な「かわい子ちゃん」ばかりである。そうだろうなぁ、突然、楊貴妃やクレオパトラのような女性が現代の日本に出現するわけがない。では、どうしよう・・・。

 それで結局、その人の発する「オーラ」のようなもの、いや、どういうものかとは言いがたいが、その人物の持つ総体的な魅力を基準として決めようとした。入社の面接なども、結局は同じようなものだと思う。この優勝者は、これから色々なイベントに出て、魅力を振りまくことになるのであるから、それにふさわしい人でないと・・・と考えた。そう決めるとあとは一瀉千里、あの笑顔の魅力的な人と、こちらの現代的な顔の人と・・・、うーん三番目が困ったものの、まあこの人かなと思う人を選んで5点と4点を付け、提出した。

 さて、その結果であるが、私が最初に選んだ笑顔の魅力的な人が優勝者となり、私は内心、ほっとした。やはり、見るところはどの審査員も同じであった。

 その後、私は翌年も、やはりこのコンテストの審査員を頼まれた。もう手馴れたもの。前年と同じく、私は淡々と採点して提出したところ、今度は私の選んだ3人のうち、2人が1位と2位に入った。私は内心、ひょっとして「美人選びの専門家」となったのではないかと思ったほどである。しかし、残念ながら、その後、この技術を活用する機会には恵まれていない。




(平成16年5月21日著)
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