近くの小学校は、東京でも指折りの「下町」にあるだけあって、地域の人を巻き込んで、いろいろな行事が行われている。中でも、これは珍しいと思った行事は、ドジョウのつかみ取り大会である。毎年の夏に行われている。 その日になると、校庭に消防のホースが置かれ、それで二つくらいの直径10メートルはあろうかと思われる大きな輪が作られる。片一方は高学年用、もう片方は低学年や幼稚園児用である。これは地域の消防団の訓練も兼ねているようで、消防士さんが小隊長に復命し、敬礼をしてからサッサと走っていく。どうなるのかと見ていたら、ホースが高台にあるプールに繋がっていて、そこからプールの水をこの輪の中に導いていくらしい。小隊長の合図とともにポンプが動き、ぺしゃんこだったホースが生き物のようにしなって太くなり、水をドッと吐き出した。 その輪は、何しろホースでできているものだから、高さはわずか5センチ程度であるが、そこにプールからの水がどんどんとたまっていった。そして水がもう溢れてくるようになったとき、それっとばかりに、おそろいのTシャツを着た地域の人たちが、バケツに入ったドジョウをその中にぶちまけた。それからは、水着を着て待ちに待っていた小学生たちが、ワーワー、キャーキャーと大声を上げて飛び込み、そこらを逃げ回るドジョウをつかまえようとするのである。いやはや大変な騒ぎで、見ているだけでも、それがとっても面白いのである。日差しが暑いものだからから、消防士さんたちがプールの水を霧状にして子供たちに振りかけたりする。今度はそれが冷たすぎるので、子供たちがキャッキャッと叫んで逃げるというものである。またその合間には、ドジョウが輪の中からこぼれ出て、運動場一面にはね回っている。誰もが満面しわだらけにして、大笑いをしている。 こうして1時間近くもこれをやっていると、さすがのドジョウもくたびれ果てて、ほとんどが人間さまに捕まってやっとおしまいになる。子供たちはその戦果をビニール袋に入れ、ぶらさげてにこにこしながら家路に着くというものである。なかなか、良い企画である。以前この町に住んでいた友人によると、今は20代半ばのその人の子供もこれに参加したというから、かなり前から行われているらしい。 ところで、12月10日には、そこで年末恒例の餅つき大会が行われた。私のマンションからも進んで参加している人がいるので、家内と一緒にちょっとのぞいてみた。当日、その小学校に行くと、校舎の前で5〜6年生らしき、背の高い男の子が二人、うろうろしている。家内は、「これは、恥ずかしがっているのよ」という。こちらは、その意味がよくわからない。「つまりね、もういい年になったので、小さな子に混じって餅つきなんかするのが、恥ずかしいのよ」といわれて、初めてそんなものかと思った。うちには、すでに成人した男の子がいるので、家内はそういう勘が働くらしい。 そこで、家内はその恥ずかしがり屋たちに、「そんなところで『うじうじ』していないで、お入りなさいよ」と言ってみたが、すぐには入って来ずに、まだためらっている。近くのおばさんと一緒になって言うと、やっと入ってきた。乙女心と何とやらというが、この年回りの男の子も私には何だか扱いが難しい。そもそもこの年齢の子供の考えていることがわからないうえに、どう対応すれば最も適切なのかも自信がない。その点、家内はよくわかっている。 私も、そんな調子でよく子育てをしたものだといわれれば、どうにも返す言葉もない。ただ私として気を付けたことは、怪我や病気をさせないこと、体格を良くすること、勉強を要領よく簡単にすませること、無駄な苦労はさせないことの四点ぐらいで、あとは本人の自主性に任せたら二人とも立派に成人したと思っている。しかし正直いって、高校に入学するまでは家内が子育ての8割以上を行っていて、私はといえばまるで傍観者に近かった。しかし子供たちが高校生くらいになってからは、私がいろいろと進路相談などに乗ったので、ようやくその主と従の役割が逆転したかのようである。 まあ、それはともかく、最近の世間の論調は、専業主婦は世の中に何の貢献もしていないというものである。しかしながら、専業主婦の皆さんは、たとえば「子育て」という人生で最も大事な仕事に全力を投入している。それに家事も、決して馬鹿にすべきものではなく、家人の健康と調子を見ながら毎日の献立を考えておいしい食事を作るということ自体は、外でつまらない仕事をするよりも、はるかに創造的で大事なことだと考えている。いずれも誠に頭が下がる思いである。そういうわけで、専業主婦だといって自分を卑下したりすることは毛頭ないし、逆に働いているからといって、専業主婦を見下すことも論外である。いうまでもなく、既婚の働く女性の成果は、収入、社会的地位それに社会経験であることはいうまでもない。それでは専業主婦が誇るべき成果は何かというと、子供の成長と、家内の平和と安全、それに家人の健康ではないだろうか。 こういう議論を最近出会った東南アジアの人にしたら、キョトンとしていた。こちらのいう意味がわからないのである。いろいろと説明をして、双方ともお互いが何をいっているのか、ようやく理解した。つまり、先方では、専業主婦こそが、女性の「あこがれる職業」なのである。上流階級になればなるほどその奥方は、「専業主婦」として自宅にいて、習い事をしたり、チャリティに参加したり、あるいはショッピングや小旅行を楽しんだりするのである。そして、お金に余裕のない中産階級以下の奥方は、残念ながらそういう「専業主婦」にはなれずに、働きにいかざるを得ないというわけである。だから、日本人がそういう専業主婦を見下すのというのは、とても信じがたいというのが彼の反応であった。もっとも、あちらの上流階級の専業主婦は、その余った時間を家族のためというよりは、自分のために使うようであるし、そもそも家事はすべてお手伝いさんがやってくれるのだから、彼我の事情は大いに異なってはいるのである。 また横道にそれてしまったが、その近くの小学校の餅つき会場に入ると、私のマンションの隣の部屋のご主人がいて、全体を取り仕切っている。どうやら、町内会の顔役さんのひとりである。そして、運動場には三つの臼があり、それぞれ思い思いに杵を振り下ろしている。出来上がったお餅は、子どもたちに分けて、「きな粉」、「おしるこ」、「おしょうゆ」の三部に分かれて振る舞っている。わぁわあ、きゃあきゃあといって、それは大騒ぎである。 私は、その三つの臼のグループの中で同じマンションの別の人を見つけて近づいていき、その人が餅つきでふらふらになっていたから、私がやるといって代わってもらった。私は、臼と杵の餅つきなど、小学校の時代以来である。その頃は、年末になると玄関の土間に臼を置き、父親と一緒になって、よく餅をついたものである。だから、40年ぶりのことであった。最初の一発を振り下ろしたら、何と杵は向こう側の先端だけが餅に当たった。臼が低くて、私の背には合わないらしい。しょうがないので、私は両足を前後に開いて深く腰を落とした。それで試しについたところ、杵は餅の上にぴったりと着地した。そこで、そのままの格好でリズムを取りながらどんどんとついていった。 杵を持った腕を振りながら、なつかしい思いで胸が一杯になった。普段しないことをやると、まるで想像もしなかったことが頭に浮かぶものである。このときも、もう何十年も全く思い出すことのなかったことが、鮮やかに記憶に甦ってきた。小学校時代に住んでいた家の玄関にゴザを引いて大きな臼が置いてある。それから、父が力強く餅つきをしているその後ろ姿、それにそのそばでお餅をひっくり返す母の手つきなど、次から次へと記憶の棚から頭の中に転がり出てきたのである。このままいつまでも続けたいところであったが、体がいうことをきかない。20回を超えた当たりでそろそろ息が切れてきて、30回を回ったところで、とうとうギブアップしてしまった。 そのあとは、家内と一緒にお昼がわりに、そのお餅を食べた。昔なつかしい、とっても甘い味である。しかしそのときは、それから三日間ほど、腰と背中の痛みに悩むことになろうとは、全く知る由もなかったのである。ともあれ、誠に良い一日であった。 (平成12年12月20日著) (お願い 著作権法の観点から無断での転載や引用はご遠慮ください。) |
(c) Yama san 2000, All rights reserved