悠々人生のエッセイ








 私のノートパソコンが、とうとう動かなくなってしまった。約4年前の代物であるから、CPUはペンチィアム133Hzだし、ハードディスクは1.6G、メモリに至っては32Mbに過ぎない。現在の高性能のパソコンに慣れた目からすると、それこそ、ポンコツもいいところである。私はこれを買ってからというもの、メモリを足したり、ハードディスクを入れ替えたり、いろいろなソフトを何万円分もインストールしたりして、それなりに手とお金をかけ、性能の向上にせいぜい努めてきたつもりである。その結果、日常の使用には十分に耐えられるものに仕上がって、私はそれで十分満足していた。

 もちろん、この四年の間、毎日必ず一回は電源を入れるようにして使ってきたので、かなり酷使してきたのかもしれない。さまざまな出来事を経験してきた。たいていは、新しいソフトや機器を導入するときである。私の場合、使い方など誰にも聞かないし、マニュアルの類も読まないで自己流でやることから、失敗することもある。あるときなどは、再インストールを余儀なくされたことも2〜3回あった。まあそれでも、私もそれなりに知識が付いてきたと自負しているものだから、自分の知識にしたがってやってみてうまくいかないと、だいたいそんな出来の良くないものを作ったり、設計したりした、プログラマーやエンジニアが悪いと考える。それぐらい思はないとやっていけないのがパソコンの世界である。

 しかし、それでも思いがけない出来事というものがあるものである。あるときには、パソコンから煙が出てきて、びっくり仰天した。真夏の蒸し暑い日の夜のことである。部屋中にプラスチックの焼けるにおいが充満して、これにはさすがの私も参ってしまった。翌日、そのままメーカーに持っていくと、さすがにこれは問題だと思ったのであろう、無料で修理してくれた。どうも、パソコンの内部で外れて落ちたねじの一方がCPU基板に当たり、その熱を函体に伝えたので、こういう仕儀になったということであった。

 そういうわけで、私もそれなりに経験を積んできたつもりであるが、どうも今回の故障には、いかんともしがたいものがある。ハードディスクを点検しても、電源を見ても、どこにも悪いところが見つからない。いろいろと消去法で検討すると、わずかに、内蔵の電池が古くなったことが思いつくぐらいである。そんなことで、電源を入れても、動いたり、動かなかったりする、こんな気まぐれ現象が起こるものだろうか。

 この現象は、つい一ヶ月前からのもので、ちょっと長い間、使ったあとに起こるようになった。普通なら、電源を入れると、ウィイーンと小さく唸ったあとで、カラカラッという元気のよい音がするから、ハードディスクが回りはじめたと思っているうちにウィンドウズのロゴがあらわれる。しかし、この現象が出るようになって以来、電源を入れても、最初の唸り声だけで、そもそもハードディスクが回ってくれないのだから、どうにも始末が悪い。ちょうど、「もう、わしゃ、疲れた」という感じである。人間の世界では、小泉首相が誕生したが、私のパソコンの世界でも、とうとう世代交代の時期にさしかかったのかもしれない。長い間のお勤め、本当にありがとう。ワープロやインターネット、それに静止画像の処理には十分すぎる性能だった。それにしても、いまどき売られている最新式のパソコンの性能をパンフレットで見ると、CPUは1ギガ、メモリは124Mb、ハードディスクに至っては20Gなどという高性能のものとなっているが、こんな化け物のようなパソコンなど、いったい何に使えばいいのだろう。

(平成13年 5月 7日著)



【後 日 談】その1

 以上のようなエッセイを書いたあとで、ままよ、最後のチェックだと思ってパソコンの内蔵電池を外し、それをじっくり眺めてみたが、もちろん、何の変哲もないバッテリである。「そういえば、入れ替えて1年半くらいになるなぁ」と思いつつ、たまたまそれを外した状態で電源を入れてみた。すると、あぁら不思議、ウィイーンと小さく唸ったあとで、カラカラッという元気のよい音がして、何と動いたではないか。何だこれは。変なパソコンだ。バッテリを装着した状態でコンセントに繋ぐと動かないのに、バッテリを外したら動くというのは、いったいどうなっているのだろう。またひとつ、パソコンにミステリーの種ができてしまった。

 いずれにせよ、原因は簡単なことだった。そういうわけで、早速、東京にあるメーカーの部品会社に電話をして在庫を確認した。それで、「あなたは、運がいいですね。東京にあるたった一つの在庫です」などといわれて、それを予約し、すぐに飛んでいった。その部品会社に着いてみると、その在庫とやらを持ってきてくれた。ところがどうだ。裸の電池の束ではないか。「一体全体、こりゃ何ですか」と問うと、先方もわからない。いろいろと電話をかけまくってくれて、どうやら判明したことは、「もう、これしかないんです。何しろ、古いものなので。」と、申し訳なさそうに言う。要するに、それは探しているバッテリの内部構造で、それをケースに入れないと、役に立たないのである。そして、特殊工具がないと、バッテリの分解は素人には出来ないと言うのである。まあ、どうでもいいが、たった4年で、もうポンコツ扱いである。ドッグイヤーでいくと、28年か。いやいや、参った。


(平成17年 5月10日追記)



【後 日 談】その2

 これは平成13年5月の文章であるが、平成17年の同じく5月、再びこれを読み返してみて、それから更に4年後のいまはどうなっているかということを記しておきたい。この文章を書いてからほどなくして、やはりこの2代目のシャープ製パソコンは、今度こそ本当に動かなくなってしまった。そこで、同じくシャープ製のメビウスを買った。CPUは1.2ギガ、メモリは256Mb、ハードディスクは20G、OSはウィンドウズMeというものである。ちょうどその頃、デジカメを買ってその画像を入れる必要がでてきた。すると、20Gのハードディスクなどすぐに一杯になりそうになり、30Gのものに換装した。平成13年11月にはウィンドウズXPが出たので、ひとりで四苦八苦してXPをインストールした。

 そうして2年が経過したところで、家内もパソコンをやりたいというので、新しいのを買って差し上げようとしたところ、別に高性能のものでなくとも、今の私のパソコンでよいという。そこで、私が富士通製のパソコンを買って、私がそれまで使っていたパソコンを家内に譲った。従って、私のものは、いまは4代目となる。定価は25万円で、いろいろなソフトが既にインストールされていた。ちなみに、1990年頃に買った私の1代目は、NECのPC9821Neである。MS−DOSで動いたが、すぐにウィンドウズ3.1になった。その当時、これは定価が90万円程度で、しかもいろいろとソフトを別に買う必要があったから、まあ定価100万円だと思ってよい。それがわずか15年間で、性能はおそらく20倍以上、定価は4分の1に下がったのだから、おそるべし。これが情報技術革命というわけだろう。しかし、私自身がそれに見合ったリターンを受けているか、いささか疑問ではあるものの、まあ夜の世界に飲みに行って蝶よ花よと大いに散財するよりは、はるかに健康的だったかもしれないと思うしかない。

 余談であるが、私は、オフィスでは、デルのデスクトップとノートパソコンを使っている。娘は自宅で東芝、息子はソニーのバイオを使っているし、両親の家はHPのデスクトップなので、これでIBM以外のほぼ全部のメーカーを網羅していることになる。そのIBMのパソコン事業も、先頃レノボとかいう台湾のメーカーに身売りされてしまった。パソコン戦国時代も、そろそろ収斂の時期を迎えているのかもしれない。



(平成17年5月10日記)
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