悠々人生のエッセイ








 これまで私は、花などにあまり関心を持たなかった。ところが最近は、あまり言いたくはないが、年齢のせいか、季節ごとに移り変わる花や木の葉が美しいと思うようになった。私の父も、近頃は庭にいろいろな木々や花々を植えてそれを写真に撮ったりして楽しんでいる。父もばりばりのビジネスマンであった頃のことを思えば、本当に大きな変わり様である。

 それはともかく、若い頃の私でも、実はこれは綺麗だと思った花々がある。それは、熱帯地方の植物である。とりわけ東南アジアで暮らした経験があるので、そのときの熱帯の花と木に対する印象は強烈である。じりじりと焼き付ける太陽の下で咲き誇る原色そのものの花は、その形と色だけをとっても、日本にいてはなかなか見られない風物である。いや、正確には「見られなかった」というべきか、ごく最近では、運送技術が進んで、日本の花屋さんの店先にも並ぶようになった。

 ただその時分は、熱帯の花といえばブーゲンビリアかオーチャード(蘭)かという具合で、まだ日本ではあまり一般化していなかったのである。だから私は東南アジアで住みはじめたとき、家の庭先にある色とりどりの花々をこよなく愛したのである。ちょっと背伸びをして借り受けたその家は一軒家で、80メートル四方の前庭が付いていた。もちろん庭には芝生が引き詰めてあったが、周囲は生け垣となっており、その内側に木といろいろな花が植えてあった。その木とは、ランブータンが生る木である。「ranbut」というのは髪の毛という意味で、直訳すると髪の毛のようなものが付いている果物ということになる。

 年二回あるその実が生る季節になると、木にはいっぱいランブータンの赤緑の実が生る。薄い緑の本来の色にやや赤みががった小型の果物で、周囲には確かに髪の毛のようにもじゃもじゃと巻き毛のようなものが生えている。最初は、こんなもの食べられるかと思うほどであるが、その毛のようなものが付いている表皮を手ではがすと、白い実が現れる。それは薄茶色の大きな種を包んでいるもので、ほんのり甘くてしかもなかなかジューシィでおいしいものである。ちょうど、中国南部のライチーの実と似ている。そういう果物が生るのである。これは私も好きで、ときどき庭に行っては枝を折ってきて、食べたのである。ただ、これは木によって甘いものとそうでないものとがあり、特に玄関の門あたりの木がよかった。

 そのほか、庭の生け垣の周囲には、赤や白、そして黄色の花が咲いていた。あるとき、日本の椿のような白い見事な花が咲く小木を眺めていた。そのうち、何か変な気がしたのである。それもそのはずで、よくよくその木を見ると、今は盛りと咲き誇っている花、萎れかかっている花、すっかり萎れてしまった花、それと花の蕾が一本の木に同居しているのである。つまりその木は、日本の花のように季節を限って一挙に咲いてほぼ同時に枯れるのではない。それどころか年がら年中花を咲かせているために、一本の木の中でいろいろな状態の花の姿を同時に見せているというわけである。事実その木は、いつ見ても咲いていたし、花もそのような「赤ちゃん、乙女、中年女性に老婆」といった姿を同時に呈していた。

 しばらくして、私は花の名前が知りたくなった。そこでインド人の庭師をつかまえて聞いたが、何も知らない。ある夜、たまたま現地の知識人を家に招いたので、庭の黄色い花を指さして「あの花は、なんという名前ですか。あちこちでよく見かけるけど」と尋ねた。するとこの人は、「Oh! Yellow Flower」と言った。私は一瞬「何だ、黄色い花だから、 Yellow Flowerなのか、単純なネーミングだな」と思ったが、もしかしてという気持ちが働いて、その隣の赤い花を指さして同じ質問をした。すると彼は悪びれる様子もなく、「Oh! Red Flower」と言うではないか。聞いて損をした。

 要するに、現地の人で花の名前などに関心を持っている人は、ほとんどいないのである。赤や白や独特の形で美しければ、名前などは何でもいいのである。こんなことで、普通の人が図鑑を買ってきたり、図書館に行って調べるなどというのは、彼らの想像もつかない行動なのである。日本人の潔癖性の現れなのかもしれない。

 ともかく、私は日本人のひとりとして、その種の潔癖性が頭をもたげてきて、あちこち行ったときには、花の写真を撮り、シンガポール空港で買った図鑑とそれとを比較して、ひとりで楽しむようになった。この図鑑には、その花の原産地、学名と特徴などが書いてあり、なかなか面白かった。長年、撮りためたコレクションの中から、私の好きな順に上げていきたい。それでは「熱帯の花々」の写真をご覧いただければ幸いである。


(平成14年9月 7日著)
(お願い 著作権法の観点から無断での転載や引用はご遠慮ください。)








ライン




悠々人生のエッセイ

(c) Yama san 2002, All rights reserved