This is my essay.



ハッブル宇宙望遠鏡から見た星雲




 銀座通りの歩行者天国を家内と二人でぶらぶらと歩き、松屋の前の旭屋書店で、「パラレル・ワールド」という題の本を見つけた。著者は、ミチオ・カクというニューヨーク大学理論物理学教授であり、最新の宇宙論をわかりやすく述べている。私はちょうど2年前に、NHKで「美しい宇宙論 統一理論に向けて」と題するテレビ番組を見て感動し、このエッセイにも「エレガントな宇宙論」というものを書いた。この本は、その中心課題である「ひも理論」又は「M理論」というものを書物の形で解説し、あわせて宇宙終末(ビッグ・クランチ)に際して我々知的生命体は生き残れるかなどという課題を解き明かそうとしているのである。かねてからの私の関心事であったから、早速これを買い込んで、土曜の夜から日曜の朝にかけての6時間、たっぷり楽しませてもらった。期待以上にすばらしい内容だったのである。

 物質とエネルギーの本質を追究してきた結果、今では二つの物質粒子間に働く力として、次の4つがあるとされている。第1は、重力(あらゆる粒子に引力として働く)、第2は、電磁気力(電荷を帯びた粒子に働く)、第3は、弱い核力(物質粒子に働き、光子や電子などスピンが整数のものには働かない)、第4は、強い核力(原子核の中で陽子と中性子をまとめる閉じこめる力)である。そしてノーベル賞をもらったワインバーグ、サラムなどの科学者が生み出した大統一理論(GUT)は、後三者は統一できたものの、重力についてはまだできていなかった。そこでこれを説明するのに諸説入り乱れていたが、とうとう新たに出てきた「ひも理論」又は「M理論」なるものがそれに成功しそうだということが、そのテレビ番組であった。まさに、この本はその詳細を記述している。

 この4つの力は全く別のもので、強さも性質も違う。たとえば、重力は他の力の10の36乗分の1であり、静電気を帯びた櫛が落ちないというのは、電磁力が地球の重力より勝っているからである。それから重力はもっぱら引く力であるが、電磁力は引き合うこともあれば互いに排斥する力でもある。宇宙の誕生から数えて今は137億年経っているが、その誕生の時にはこれら4つの力は一つのものだった。つまりあらゆる力は完璧に単一の状態で始まったが、その後多くの状態の変化を経て冷えるにつれ、力が一つ一つはがれ落ちてきて、現在に至ったとのことである。

 そして、今後の宇宙の未来を見通す場合の要素として、H(ハップル定数 = 宇宙の膨張速度)、Ω(オメガ = 宇宙の物質の平均密度)、Λ(ラムダ = ダークエネルギーつまり空っぽの空間の持つエネルギー)という3つのパラメーターが考えられた。このうち特にΩ(オメガ)が問題で、仮にΛ(ダークエネルギー)がゼロとすると、Ωが1より小さいと宇宙は将来どんどん縮んでいって、ついにはビッグクランチと称する灼熱の破滅を迎える。Ωが1より大きいと将来とも宇宙は膨張を続けて、ついには温度が絶対温度0度に達して死の世界たるビッグフリーズを迎えるということとなる。ところがちょうど中間の1だと、宇宙はこのまま膨張を続けて最後は平坦になり、時間も空間も無限大となる。実際の宇宙は、このうちのいずれであろうか、それが問題となる。

 また、宇宙については3つの疑問があった。それは、@重力以外の3つの力を統一できた理論の想定するモノポール(磁気単極子)が見つからないのはなぜか、A宇宙がどこまでも平坦である理由はなぜか(平坦性問題)、B夜空のどこを見ても一様なのはなぜだろうか(地平線問題)というものである。これらは、アラン・グースのインフレーション理論が一挙に解決をした。つまり、モノポールが見当たらないのは、広い宇宙に散らばってしまったからであり、AとBは、宇宙が急激に膨張したからである。しかし、Ω(オメガ)の値は1.0となるべきところが、観測を通じては0.3しか確認できず、その理由が不明のままだった。

 ところがこの問題は、1998年に数十億年前に生まれたIa型超新星の観測を通じ、昔の宇宙の膨張速度を観測したデータがとらえられて解決した。昔と比べて、現在の宇宙の方の膨張速度が、はるかに高かったのである。これは、かつて無視していたΛ(ダークエネルギー)を0.7としなければ計算が合わず、これにΩの0.3と足し合わせれば、確かに1.0となる。これはインフレーション理論の正しさが検証された瞬間で、その鍵は、真空にあったというわけである。WMAP(マイクロ波背景放射観測衛星)の背景放射の観測で、Λ(ダークエネルギー)が宇宙の物質とエネルギーの73%を占めることが判明した。このΛの計算結果と符合する。

 ここで過去を振り返ってみると、宇宙の大統一理論(万物理論)を打ち立てる際には、どうしてもアインシュタインの一般相対性理論と、彼が最後まで違和感を持っていた量子力学とを統一しなければならなかった。ところが前者は、恒星や銀河、ブラックホール、クエーサーなどの宇宙的規模の現象を記述するのに適しているのに対し、後者は原子、陽子、中性子などという超ミクロの世界を説明するのに使われる。しかも、量子力学はそもそも量子という不連続なエネルギーを相手にしているので、事象はすべて確率の問題に還元されてしまう。だから、この二つの理論は、そもそも交わりようがないというわけである。したがって、これらを統一しようとする試みは、すべて失敗に終わっていた。

 ところが、1968年「ひも理論」が偶然に発見された。カブリエレ・ヴェネツィアーノと鈴木眞彦がそれぞれ別個にオイラーのベーター関数というものを発見した。これは、18世紀にレオンハルト・オイラーが見出した公式だが、素粒子の相互作用を記述するために必要なあらゆる性質を備えていることを発見した。これは素粒子の特性を予測できるなど、その革命的性質から、一大センセーションを巻き起こした。

 「ひも理論」というのは、最初から風変わりなものであった。というのは、それまでの物理の理論は、まず自然を観察して仮説を立て、それを実験で検証していくという道筋をたどる。ところが「ひも理論」は、最初から直感的に答を推測するのである。そして、普通の理論なら、たとえばパラメーターを少し変えてそれをよりよくしようとするが、この「ひも理論」に限っては、少しでも式をいじくるだけで全体が崩壊してしまう。つまり、調整可能なパラメーターなど全くないということがわかった。

 次に、シカゴ大学の南部陽一郎は、素粒子を点の粒子でなく、振動する「ひも」である考えた。つまりどの粒子も本質は同じもので、ただ振動だけが違っているというのである。そこでこの本の著者のカク教授は、「ひも」を場と考えて「ひも理論」を4センチの式にまとめてしまった。ところが次に気づかれた問題は、「ひも理論」は10次元ないし26次元でしか、存在しえないということであった。これで、一時はこのせっかくの理論も、お蔵入りの運命になった。

 しかし、シャークとシュウォーツという二人が研究を続け、「ひも理論」からアインシュタインの一般相対性理論が導き出されることを発見した。これは超ひもの最低の振動として現れたのである。これで科学者は、「ひも理論」は実は万物理論になるべきものだったということに気づいたのである。そして1984年、シュウォーツとグリーンが「ひも理論」で数学的発散と異常性をなくせることを立証して、理論に矛盾がないことを示し、これ以降、「ひも理論」が再びホットな理論となった。

 仮に極微の世界を観察できる顕微鏡があって、それで電子の真ん中を覗いたとしたら、「ひも理論」によると点粒子ではなく振動する「ひも」が見えるはずで、その大きさは10のマイナス33乗センチメートルだという。そして、その「ひも」をはじくと振動が変化して電子がニュートリノになったり、あるいはクォークになったりするというわけである。既知のいかなる素粒子も、これで説明ができる。「ひも」が分かれたりくっついたりする相互作用は、原子に含まれる電子や陽子の相互作用を生み出すので、「ひも理論」であらゆる物理法則が説明できるのである。

 「ひも」が最低の振動を示すとき、つまり質量がゼロでスピンが2の「ひも」は、従来の理論でいえば重力の粒子つまりグラビトンと解釈がでる。そうするとアインシュタインの重力理論が量子の形で示すことができる。また、「ひも」は動いたり切れたりくっついたりするときに時空に影響を与えるので、アインシュタインの一般相対性理論も得られる。これで、「ひも」理論にアインシュタインの理論を取り込めるというか、正確にいえば後者はむしろ「ひも」理論の一部というわけである。

 「ひも」理論は、これが10次元を前提とするものであるだけに、いまある空間と時間を合わせた4次元を超えた残りの6次元はどうなっているかという疑問が生じる。これについては、宇宙は当初は10次元であったが、ビックバンのときに、これが不安定となって6次元は小さく巻き上げられ、残る4次元だけが拡がりだしたというわけだという。

 次に、ビックバンと同様に時間を遡っていくと、ついには特異点に達してしまって、そこでは既存の物理法則がすべて破綻するのではないかと考えられる。この点については、「ひも」は点たる粒子ではなく長さのある物体であるために、ゼロで割って無限となるような「発散」は避けられる。つまり、無限ではなく、有限のままなのである。これを数学的にいえば楕円モジュラー関数というものである。これは、「ひも」理論が10次元でなければならないものと結論付けている。

 もうひとつ「ひも」理論は、対称性をもっていて、この観点も、「ひも」理論が宇宙論として十分に役立つことを示唆している。宇宙は、もともとすべての力が一つの力に統合された完璧な存在であった。ところが、宇宙が冷える過程でその対称性が崩れて、現在の宇宙となったとされる。「ひも」は、超対称性ともいえる特性があり、既存のすべての素粒子をひとつの単純な対称性にまとめられる可能性があり、換言すれば、宇宙のすべてを取り込めるほどの対称性が得られそうなのである。

 「ひも」理論には調整が可能なパラメーターが一切存在しないが、それでも標準模型に含まれる様々な素粒子とパラメーターが説明できる。しかも、「ひも」理論の10次元のうち6次元を巻き上げても残り4次元で超対称性が保てるのなら、小さな6次元の世界はカラビーヤウ多様体で表せる。そしてひもの対称性が崩れると、標準模型に驚くほど近い理論が得られた。そしてカラビーヤウ空間の研究が進むと、この6次元空間(多重連結空間)のトポロジーが、我々の現実世界である4次元宇宙のクォークやレブトンを決定していることがわかった。

 「ひも」理論は1984年にいったん火がついたが、1990年代の半ばにはブームに衰えをみせた。というのは、ひもの方程式には無数の解が見つかり、それぞれが特有の宇宙を表していた。標準模型に近いものも実現できたが、現実に19個のパラメーターが特定の値を持ち粒子に3つの世代があるような厳密に標準模型と一致するものは、まだ見つかっていない。これは、宇宙が林立している中で、我々の宇宙を見つけることは、非常に難しいことを意味していた。

 ところが、我々の宇宙の開闢時に、対称性が崩れていって現在の宇宙の姿となったのであるが、その場合の対称性の崩れ方には多種多様なものがあり、そのパターンにはそれぞれの宇宙が対応している。それに基づいて無数の宇宙があると主張するのが「宇宙=ユニバース」ならぬ「マルチバース」理論である。ちなみにこれは、量子論の根本原理であるハイゼンベルクの不確定原理にも適合する。そして、この「ひも」理論が表す林立する宇宙は、このマルチバースを意味していたのである。

 それはよいのであるが、「ひも」理論が表す宇宙が多すぎて、うまく解を選ぶ方法が思いつかなかった。加えて、矛盾のない「ひも」理論(10次元)が5つもあって、統一理論とはいえなかった。しかも、このほかに超重力理論と超膜理論という11次元で働く理論も考えられたが、いずれも超対称性はあるものの、完全な説明はできなかった。

 1994年になって突破口が開かれた。11次元の超膜理論で1次元を巻き上げれば、結局それは「ひも」理論となるだけでなく、11次元で考えれば5つの「ひも」理論は同じ事をいっているにすぎないことがわかったのである。ウィッテンはこれをM理論と名付けた。たとえば、超重力理論は11次元の理論で質量ゼロの二つの粒子しか含まれないが、M理論は様々な質量を持つ無数の粒子を考えるので、その一部が超重力理論の二つの粒子に対応するというわけである。つまり、超重力理論はM理論の部分集合にすぎなかったのである。M理論は膜(membrane)から成る。11次元のうちの1次元を巻き上げれば小さな円となり、それが10次元でいう「ひも」理論の「ひも」となる。ここに、「ひも」理論はM理論へと大きく発展したのである。

 M理論によると、他の力に比べて重力が圧倒的に小さいことが説明できる。たとえば我々の宇宙が5次元の世界に浮かんでいる3ブレーンだとすると、身の回りの振動である原子は、5次元の世界には漂い出ることはない。振動は3ブレーンにとどまっているからである。ところが重力は空間の曲率なので、5次元の世界に漂い出る。だから、我々のブレーンでは他の力と比べて重力はその分、ずーっと弱くなるというのである。そしてこれが、ひょっとしてダークマターの見えないエネルギーを説明できるのではないかということである。

 つまり、超空間をはさんで、我々の宇宙とは別の、並行宇宙が近くに浮かんでいる。重力は超空間を飛び越してそちらに漏れていってしまっているので、我々の世界では非常に弱くなる。他方で、天の川銀河をとりまくハローに銀河の90%の質量が含まれているように観測されるということは、それはダークマターというより、並行宇宙の質量ではないかというわけである。この点はまだ実験や観察で確認されたわけではないが、M理論の応用としては、非常に興味深い。

 加えて、従来はビッグバンといわれた宇宙開闢の宇宙観にも、M理論が応用できそうである。ビッグバンは、ひとつの点から宇宙が芽生えたのではなく、高次元の膜に浮かぶ二つ以上の並行宇宙がぶつかって起こったのではないかということである。すなわち、ここに二つのからっぽの冷たい膜(並行宇宙)があったとする。それが、重力で惹きつけられて衝突し、そのときの莫大な運動エネルギーが物質と放射に変換されて我々の宇宙の萌芽ができる。二つの膜は衝突の反動で分かれていき、冷えていって我々が目にする宇宙となり、引き続き冷却されてついに宇宙の絶対温度が零度になる。それでもなお重力が膜を動かし続け、何兆年後に再び衝突を起こして別の宇宙が誕生するというサイクルを繰り返している。この考えは、宇宙の平坦性と一様性を説明している。

 このようにM理論は、いろいろな宇宙論に応用できそうなのだが、まだM理論を定式化する公式が見つかっていないという意味では、発展途上の理論である。しかし、これまでのどんな理論よりも、万物理論となり得るものといえる。M理論が正しいとして、これはユニバースならぬマルチバースという並行宇宙世界があることを前提とする。考えてみると、我々が現在住んでいるこの宇宙パラメーターは、非常に良くできている。

 たとえば、宇宙の相対密度Ω(オメガ)が今より小さいと、宇宙の膨張速度は速すぎて、早く冷えてしまっていた。反対に、今より大きいと宇宙は人間が誕生する前につぶれていたはずである。宇宙定数Λ(ラムダ)も、今より数倍大きければ爆発的に膨張してビッグフリーズとなる。逆に、マイナスであったら、宇宙はすでにつぶれてしまっていた。また、次元が1次元や2次元ではたとえ生物が生まれても複雑な神経網はできず、4次元では原子も太陽系も軌道が不安定となる。やはり3次元でなければならない………などと、6つの定数の値が人間の生存を決定する条件で、これらがわずかに違っていたりすると、たちまち死の宇宙になってしまうというわけである。

 こうして、「ひも」理論から発展したM理論は、単に万物理論の有力候補であるだけでなく、従来の宇宙観すら根本的に覆すパワーを秘めている。これが正しいとすると、我々人間の宇宙観だけでなく、宗教や哲学の分野にも大きな影響を及ぼすものであろう。従来、物理学者といえば、数式を扱うという程度の一般的認識しかなかったが、それがあの世や人間に来し方などをも説明できるようになったとは、私は本当に心底から驚いている次第である。

 高次元の空間というものがあり、それは何兆年いや何京年あるいはもっと果てしない過去から、超宇宙を漂っている。その高次元の空間に浮かぶ膜(ブレーン)は無数にあり、それが重力で互いに惹きつけられて衝突を起こし、それで誕生するのが個々の宇宙である。我々の世界は、そうして生まれた。しかし、たまたま我々の宇宙は、色々な条件が好都合にそろっていた。だから、誕生後これまで137億年も続いてきて、膨張速度は拡大しているものの、これからもまだ相当続きそうである。その中で45億年前に生まれた我々の太陽系の地球で、生命がはぐくまれた。実は、地球は全球凍結やら隕石の衝突やら度重なる氷河期があったのであるが、そういう試練を経てなお、知的生命体としての我々人間が生存し、繁栄している。

 これが新しい宇宙観である。したがって、我々人間がこの宇宙に生存し得ているということは、まさに僥倖ともいうべきものだということがわかる。たとえば、膜(ブレーン)の衝突としての宇宙の誕生のときに、少しでもパラメーターが違っていたら、そういう宇宙は単なる空間か、あるいは死の世界となっていたはずである。地球上でも、いろいろな試練があったにせよ平穏な時期が数億年なかったとしたら、我々人間のような高等動物は生まれていなかった。これが、確率が支配する世界での単に偶然のなせる技か、あるいは神のような存在が意図的に作り出したのか、何とでも解釈ができるであろう。

 さて、次なる課題は、今の世界に我々人間が存在すると、何十億年先には、宇宙全体がビッグフリーズを起こしてすべてのものが死に絶えてしまうということが予測されるが、その時に知的生命体は、生き延びられるかというテーマである。これをカク教授はタイプTからVまでの3つの文明に分ける。惑星内文明、恒星系文明、銀河系文明である。ちなみに現在の地球の文明は、タイプTの惑星内文明にも至らない、0.7文明だという。それが百億倍のエネルギーを扱い得る銀河系文明になれば、他の宇宙への脱出口となるブラックホールやベビーユニバースを人工的に作って可能になるかもしれないという。いずれにせよ、遠い遠い未来のことと信じたい。


(March 15, 2007)






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Essay of My Wonderful Life

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