This is my essay.



京都大学再生医科学研究所のHPより




 京都大学再生医科学研究所の山中伸弥教授と高橋和利助教のチームが、2007年11月21日、世界を驚かす発表を行った。それは、受精卵に由来するES細胞(胚性幹細胞, embryonic stem cell)ではなく、人間の皮膚細胞などから万能細胞、つまりiPS細胞(人工多能性幹細胞, induced pluripotent stem cell)を作り出したというのである。形式的には日米二つの研究チームが同じ発明を同じ日に別々に発表したのだが、その競争相手のウィスコンシン大学のチームが胎児や新生児のものを使ったのに対して、京都大学の山中チームは、ヒトの成人の皮膚細胞から作り出したことが、特筆に値する店である。いや、決定的な違いといってよい。

 山中チームは、体細胞をいったん胚の状態に戻すために働く4つの遺伝子を、レトロウィルスを使って皮膚細胞に入れ込んだのである。そしてこのiPS細胞が、軟骨細胞、神経細胞、筋肉細胞に分化していくのも確かめているというから、これは本物である。ちなみに、2004年から5年にかけて、ソウル大学の黄禹錫(ファン・ウソク)教授が捏造した幹細胞というのは、受精卵に由来するヒトクローン胚から作製したES細胞である。

 同じ幹細胞でもES細胞と違ってiPS細胞は、受精卵を壊すという倫理的問題を回避できるし、山中教授のやり方であれば成人自身の細胞を使うのであるから、それをその成人にまた戻せば、理論上、拒絶反応は起きない。したがって、たとえば今は心臓のバイパス手術のためには、自分の太ももから採ってきた血管を使うが、この技術があれば体外で培養した血管で間に合う。それからそもそも心臓がアウトになっても、これまた同様に体外培養の自分の細胞由来の心臓を移植すればよい。それが腎臓や肝臓、筋肉や骨の組織でも同じである。

 白血病だって、自分の皮膚から細胞をとってそれを白血球に分化させて大量に培養し、また自分の体に戻せば一発で片が付きそうである。スーパーマンを演じた故クリストファー・リーブは落馬で脊髄を損傷して車いすの生活を強いられたが、これだって自分の細胞で脊髄の神経細胞を作り出してはめ込めば、すぐに直りそうである。

 まあ、それやこれやで、簡単な又は単純な組織や器官から始めて、だんだん複雑な治療が可能となり得て、しかもそれらがいずれも抜本的に完治する治療となる。まさに再生医療の新時代が到来したというわけだ。これはすごいことだと感心するのは、私だけではあるまい。もっとも、今回使われた遺伝子の中にはガンを誘発するものが含まれているというし、またレトロウィルスの安全性にも慎重な研究が求められる。そうした困難はあるとしても、ともあれ、すばらしいことではないか。これこそ、ノーベル賞ものの研究といえよう。

 ところで、この記事が出てわずか10日ばかり経過した時点で、早くも次の段階に進むような記事を見かけた(朝日新聞、2007年12月1日記事)。それは、同じく山中伸弥教授が、万能幹細胞を作るために皮膚の細胞に組み込む四つの遺伝子のうち、がんの発生に係わるといわれる「c-Myc」を除外した残りの三つの遺伝子で、成功したというのである。培養条件を見直したものだが、それでも作成効率が多少落ちる程度で、うまくいったらしい。マウスの細胞で実験したところ、「c-Myc」を含んだ4つの遺伝子で作り出したマウスには、37匹中6匹で腫瘍ができた。ところが「c-Myc」を除外した残りの三つの遺伝子の場合は、マウス26匹を100日間、育てたものの、1匹もがんにならなかったという。

 以上の話は、新聞記事だから、いまひとつ知りたいところが載っていないと残念に思っていたところ、科学雑誌のニュートンがさっそく特集記事を掲載していた(2008年2月号)。また、ごく最近、京都大学再生医科学研究所のホームページにも解説が載った。それらによると、こういうことだったらしい。

 1998年、イギリスのトムソン教授によってヒトES細胞が作られた。このES細胞を一般の体細胞と一緒にして電気刺激を与えると、細胞融合を起こし、48時間まではひとつの融合細胞にふたつの核が存在するが、その後は核自体も融合してしまう。そのとき、この融合細胞は、いわゆる初期化つまりいろいろな体細胞に分化する能力を獲得することが、2001年に発見された。これは、京都大学再生医科学研究所の多田高准教授らによるものである。山中伸弥教授らは、この現象から、ES細胞に初期化を引き起こす因子があるものと考えた。

 そこで、ES細胞で強く働いている遺伝子などをリストアップして24種類を選び出した。そして、それらの遺伝子をレトロウィルスを使って一つ一つ、マウスの成体皮膚や胎児に由来する線維芽細胞に注入していった。ところが、この手法ではES細胞に類似した細胞を得ることはできなかった。他方、その24の因子を同時に線維芽細胞に導入すると、ES類似細胞ができた。そして、その24種類の因子を絞り込んだ結果、体細胞の初期化に必要な「Oct3/4」「Sox2」「Klf4」「c-Myc」という4つの遺伝子を発見してマウスの皮膚細胞の初期化に成功し、2006年8月に公表したというわけである。山中伸弥教授は、これらのうち「Oct3/4」と「Sox2」は万能性の維持に必要で、「Klf4」と「c-Myc」は体細胞が分化して得た情報を消す消しゴムのような役目を果たしているという。

 これと同時並行的にヒトの皮膚細胞でも初期化を試していたのだが、うまくいかず、一時はマウスと同じ4つの遺伝子では出来ないのではと考えたほどである。しかしその後、遺伝子を細胞に注入するタイミングをずらし、かつシャーレで培養するときの細胞数を減らしてみたところ、突然うまくいったという。これが2007年11月に発表されたものである。そして、その発表からわずか10日後、がんを引き起こすc-Mycを除外した試みも、成功したのである。このc-Mycは、iPS細胞作成の効率を高める役割があるが、必須の遺伝子ではなかったことが判明した。

 ちなみに、こうして作成したiPS細胞が本当に初期化されていて、かついろいろな体細胞に分化する能力があるかどうかは、そのヒトiPS細胞と目される細胞を、マウスの皮下に移植して判定するのだという。そうして移植すると、その場所に「テラトーマ」という腫瘍が作られ、その中にはヒトiPS細胞に由来するいろいろな細胞、たとえば筋肉細胞、心筋細胞、軟骨細胞、神経細胞などが含まれるので容易にわかるということだ。

 さて、山中伸弥教授がiPS細胞を生み出したと発表してから、わずか3ヶ月が経っただけなのに、もうすでに、全国各地の大学や研究機関において、これを使ったさまざまな研究が計画されている。2008年2月27日の朝日新聞夕刊の記事を元にして、それらの研究や臨床応用のテーマを一覧表にすると、下の表のとおりである。このようにiPS細胞は、再生医療の中核的技術となりつつあり、あと10年もすれば、病気やけがに苦しむほとんどの人々に対して、大きな福音をもたらすものと期待している。

 私自身もこれから何年かして還暦を迎えたりし、そのうち否応なく私の人生がジ・エンドとなるわけであるが、願わくはその前に、この技術が普及して様々な病気やけがの治療に使われてほしいものである。もっとも、幸いにして今のところの私は内臓系統や筋肉骨系統などは全く問題ないし、まだ現役として激しいテニスの試合などもやっている。だから必要が生ずるとすれば、しいて言うとやや記憶力が鈍ってきた「頭」と・・・それに年相応の「顔」かもしれない。ははぁ、そんなものの取り替えは当分の間は無理だって?・・・。いやいや、それはわからない。せめてこの技術で、外付け記憶細胞なんて、作ることはできないものか?


     


 iPS細胞の研究
              
京都大学再生医科学研究所資料より
【研究概要】

 初期胚から樹立される胚性幹(ES)細胞は、分化多能性を維持したまま長期培養が可能であり、細胞移植療法の資源として期待されている。さらに核移植技術と組み合わせることにより拒絶反応の無い患者専用のES細胞を樹立できる可能性がある。しかし、ヒト胚利用に対して慎重な運用が求められている。胚を用いることなく、分化細胞からES細胞に類似した多能性幹細胞を直接に樹立することができたなら、倫理的問題や移植後の拒絶反応を回避することができる。そのためには分化細胞を初期化する因子の同定が重要である。

 昨年、我々はES細胞で特異的に発現する遺伝子Fbx15のレポーターを持つ線維芽細胞に、4つの遺伝子(Oct3/4, Sox2、Klf4およびc-Myc)をレトロウイルスベクターで導入することによって、ES細胞と性質の良く似た人工多能性幹 (inducible pluripotent stem, iPS) 細胞が作れることを報告した。しかし、このFbx15-iPS細胞はES細胞に近い性質を持つものの、遺伝子発現や分化能力については不十分な点があった。そこでES細胞の分化多能性に非常に重要な働きをする遺伝子であるNanogの発現を指標とし、再度検討を行なった。Nanogレポーターマウスの胎仔線維芽細胞に前述の4つの遺伝子を導入し、レポーターの発現を指標としてNanog-iPS細胞の樹立に成功した。この細胞はNanog、ERasやEsg1などのES細胞のマーカー遺伝子を発現しており、マイクロアレイを用いた網羅的な解析から約90%の遺伝子の発現がES細胞と同程度であることが分かった。分化能についても、初期胚に移植を行うことにより複数のクローンからキメラマウスが誕生した。このうち一部からは子孫も産まれてきており、Nanog-iPS細胞はES細胞に匹敵する分化能力を有していることが示された。ところが、キメラマウスとその子孫の約20%に腫瘍ができることが判明した。Nanog-iPS細胞のゲノムには樹立段階で用いたレトロウイルスによって、原癌遺伝子であるc-Mycを含む4つの外来遺伝子が10コピー以上も挿入されていた。詳細な解析の結果、このc-Mycの再活性化が腫瘍形成の一因だと考えられた。以上の結果より、体細胞からES細胞に匹敵する分化能力を持つiPS細胞を作り出せることが明らかとなったが、医療への応用にはレトロウイルスを用いた方法を改善する必要がある。

 次に我々はマウスと同じ遺伝子セットを用いてヒトiPS細胞の作製にも成功した。ヒトiPS細胞は報告されているヒトES細胞に類似した形態を示した。ヒトES細胞のマーカーであるSSEAs、TRAsやNANOGを発現していた。他にも、増殖、テロメラーゼ活性、遺伝子発現、エピジェネティック状態などがES細胞と類似していた。ヒトiPS細胞は胚様体や奇形腫形成により三胚葉系に分化することができた。さらにこれまでに確立された手法を用いて高効率にドーパミン産生ニューロンや心筋細胞への直接的な分化誘導を行うことができた。以上の結果より、マウスだけでなくヒト細胞でも既知因子を導入することによりiPS細胞を樹立できることが明らかとなった。

 前述のようにマウスiPS細胞は生殖系列に寄与できるキメラマウスを作ることができることなど多くの点でES細胞と良く似た性質を有している。しかしながら、iPS細胞樹立に用いたレトロウイルス由来のc-Myc遺伝子の再活性化によりキメラマウスやその子孫マウスに腫瘍が発生することが分かり、再生医療へ用いるには安全面での問題が考えられた。我々はiPS細胞作製の条件を改良することでレトロウイルスのc-Mycを用いず3因子だけでマウス繊維芽細胞からMyc-(マイナス)iPS細胞を樹立することに成功した。このMyc- iPS細胞は成体キメラマウスを作ることができた。これらのキメラマウスからは現在のところ腫瘍の形成は認められていない。さらに、ヒトの細胞からも同様にMyc- iPS細胞を樹立することに成功した。これらの成果はiPS細胞の再生医療への応用に向け重要な知見であると考える。







(平成20年2月29日著)
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