江戸東京博物館で、ボストン美術館が所蔵する浮世絵展を開催しているということで、家内と出かけた。土曜日の午後だったことから、両国の駅を降りたとたん、人々の列が延々と江戸博に向けて続いていて、こんなにたくさんの人が見に行くのかとびっくりした。それでも、普通に歩いて行って、すんなりと入れた。入口で音声案内のレコーダーを借りた。その声が里見浩太郎だったので、これは相当の歳の人たちを対象にしているなと思ったほどである。案の定、とても芝居がかった案内で、聞いていて、少々笑えてくるときもあった。 それはともかく、浮世絵が版画だけでも1番から120番くらいまでボードに吊り下げられていて、それをずらずらと見て歩く。一番前の列にいないと、よく見えないが、中には一番前で立ち止まってじいっと見入った挙句、その絵にはもう関心をなくしているのに、次の絵の順番を待っているためにその絵の前を動かなくて迷惑をかける人が結構いて、効率的に見て回るのはなかなか大変だった。 浮世絵は、主として年代別に並んでいたと思う。最初は明暦の大火から宝暦までの初期で、浮世絵の出始めは、墨による単色刷り(墨摺絵)だったようだ。見ていても、昔の新聞の挿絵みたいで、あまり美しくない。菱川師宣の時代である。ちなみに、この人の代表作の「見返り美人図」 〜 かつての切手ファンなら知らない人はいない 〜 は、肉筆画だったらしい。次に、この墨摺絵に赤い顔料で着色した紅絵(べにえ)というものが出てきて、鳥居清信などが女性を描いた。 我々のイメージする浮世絵となったのは、明和から文化年間にかけての中期で、鮮やかな多色刷りの東錦絵である。鈴木春信らが編み出したという。下絵師、彫師、刷師という工程の分業体制が出来上がったのもこの頃のことである。ところが当時は、江戸幕府による規制がいろいろとあったらしい。たとえば、正規の暦は、特に許された版元しか刊行できなかった。そこで、その規制をかいくぐるために絵の中に暦となる数字を隠して描いたとか。また、全身像を描くことが規制されたときには、半身とか、七分身とか、首だけを描いたりとか・・・ささやかな抵抗をしていたらしい。 喜多川歌麿は繊細で上品な美人画(大首絵)を描いた。寛政三美人などである。このあたりは、我々もよくなじんでいる画材である。見ていて、本当に優雅な絵だと思う。驚いたことに、色が実によく残っている。ボストン美術館での保存が、よほどよかったものと見える。 この頃、あの捻じれたような独特の役者絵を書く東洲斎写楽が出てきた。冒頭に掲げた絵である。活躍したのは、わずか1年にも満たない期間にすぎなかったというので、「写楽、さて私は誰でしょう」とよく話題を呼ぶ謎の浮世絵師である。ミステリー本も出ていて読んだ記憶があるが、ごく最近、寺の過去帳の記録が見つかったことから、浮世絵類考に書かれているとおり、やはり阿波の能役者である斎藤十郎兵衛ではないかと言われている。しかし、江戸時代には、写楽は人気出ないままに、役者の舞台姿の絵で有名な歌川豊国に負けてしまっていたらしい。 浮世絵の後期は、文化から安政年間までで、開国の足音が迫っている頃である。この時代から初めて、名所絵(風景画)なるものが生まれた。葛飾北斎の「富嶽三十六景」、歌川広重の「東海道五十三次」が有名で、特に北斎は、あのダイナミックな構図が時代を超越している。私の住んでいる地域は東京でも下町なので、浮世絵の摺り師がいて、昔ながらのやり方で、今も摺り続けている。下町祭りなどでそれが売られているが、1枚6000円と、なかなか高いものの、それを何枚か買いこんで、いつも眺めている。やはり、この二人の富嶽三十六景と東海道五十三次が、いつ見ても飽きが来ない。たとえば、大きな樽の枠越しに見る富士山なぞ、どうしてこんな雄大な構図の発想が生まれるのだろうかと思ってしまう。私の好きな日本文化のひとつである。 やや細かい話ではあるが、時代が下るにつれて、浮世絵の中の表現もますます繊細になっていく。たとえば、女性の髪の生え際、そのほつれた様子などが美しく描かれていて、なまめかしい。ホントに感心した。加えて、雨や蚊帳の細かい線がさりげなく繊細に描写されて、これもよく雰囲気を伝えている。こういうものこそ、本物の芸術だと思う。しかし、そういうことを思えるのも、こうして本物を間近に見ることができたからこそだという気がして、主催者に深く感謝したい。私は、ボストン美術館にも行ったことがあるが、浮世絵は、ほんの十数点を見たにすぎない。これほど所蔵されていたとは、思いもしなかった。 そうそう、この浮世絵展に行く直前、また神田の「万惣」に行って、家内と二人で、フルーツ・サンドとホットケーキを分けあった。そういうわけで、目と舌が十分に満たされたきょうという日は、本当に良い一日であった。 (注) 10月18日付けの日経新聞によれば、こういうことらしい。ボストン美術館の5万点にも及ぶ浮世絵コレクションは、ウィリアム・スタージス・ビゲローが寄贈した作品が元となっていて、今回は、初期の墨摺りから幕末の華やかな多色刷りまで、137点を揃えたもの。ほとんど公開されていなかったために、褪せやすいといわれる朱や紫を鮮やかに残す作品が多い。ボストン美術館では、一度公開した作品は、最低5年間は公開しないという厳しい基準で管理しているという。どうりで・・・。 (平成20年11月 9日著) (お願い 著作権法の観点から無断での転載や引用はご遠慮ください。) |
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