This is my essay.



(出 典)The Star, Jan. 1. 2008 W32




 私は、今年のお正月、暇だったので、ネットサーフィンをしていたところ、とある英字紙で、インドの代理母出産事情を描いている記事を見つけたことがある。その記事の写真では、生まれたばかりの赤ちゃんを真ん中に、東洋系の若い男女がニコニコして写っていていて、その左にサリーを着たインド人女性がにこやかに手を添えている。この記事によると、インドでは、2002年から商業的な代理母出産が認められて「子宮貸します ( wombs for rent )」ということができるようになった。

 このキム夫妻は、アメリカ人で、カリフォルニアの在住なのだが、自己懐胎ができないために、かねてから代理出産をしたいと願っていた。ところが、アメリカでは代理出産の費用がとても高くて手が出ない。病院へ20万ドル、これとは別に代理母に8万ドルの謝礼が必要だというのである。しかし、キム夫妻は、それだけでは諦めきれなかった。すがるような思いでインターネットを検索し、このインドのパタル・クリニックを見つけて、小躍りしたそうだ。というのは、こちらのインドで行う代理出産費用は、アメリカの十分の一と、格安ですむのだそうな。

 そんなわけで、このパタル医師に頼み、自分たちの精子と卵子を使って、インド人女性に代理懐胎をしてもらい、このように自分たちの赤ちゃんを手に入れることができたというわけである
( The Star, Jan. 1. 2008 W32)。「ほほぅ、それはよかった世の中、こんなご夫婦もいるのだなぁ」というのが、そのときの私の偽らざる感想であった。

 それから時が過ぎ、その年の夏になった。この話を忘れかけようとしていたところ・・・、事実は小説より奇なりというが、それにしても、日本人がからんで、こんなことが起こるとは想像もしなかった。8月8日の各社の新聞夕刊を総合してみると、どうやらこういうことだったらしい


(もっとも、これは当面報道された情報をつなぎ合わせたものにすぎず、事実と異なっているかもしれないので、その点はご容赦いただきたい)

 45歳
(この記事時点)になる日本人の男性医師が、えたと独身でも子供がほしいと思っていた。一昨年、まだ独身の頃にインドを訪れて、商業的な代理母出産が認められていることを知った。そこで、インド西部のグジャラート州の病院に、第三者からの卵子の提供を受ける形で代理出産を申し込んだ。おそらくその後だと思うが、41歳(この記事時点)の日本人女性と結婚したものの、そのインドでの代理出産計画は、そのまま進行させた。自分の精子と、現地で提供を受けた卵子とで人工受精させ、それをインド人女性の胎内に入れた。そして、今年の7月末にめでたく赤ちゃんが生まれるに至った。生んだ代理母は、契約通りに、その出産後、自宅へ帰った。ここまでは、計画通りである。

 ところが、ここから、話はややこしくなる。すでに6月に、この二人は離婚していた。ちなみに、もともとこの母親の卵子を使ったわけではないので、赤ちゃんとこの母親とは遺伝的なつながりはない。それに離婚した以上、家族としてのつながりもない。そのため、赤ちゃんはこの「元」夫婦の実子にはならず、インドから出国できなかった。インドでは、幼児売買を厳格に取り締まっているようで、この辺りの規制は大変に厳しいと聞く。そこで、赤ちゃんをいったんインド人として、養子にとろうとした。ところが、一度その赤ちゃんをインド人にするにしても、母の欄には遺伝上の母親つまり卵子提供者を書かなければならないが、契約上それが書けないという。しかも、インドの法律では片親へ養子に出すことができないので、結局のところ、養子にはできなかった。

 そういう顛末があり、結局、この赤ちゃんは宙ぶらりんの状態になってしまった。そこで、赤ちゃんはどうなったかというと、その男性医師の70歳になる母親が、急きょ、インドの現地に飛んでお世話をしているらしい。その母親つまり赤ちゃんから見て祖母にあたる方に、記者が電話をして聞いたところ、この話を聞いたのがほんの1週間ほど前のことで、びっくりして現地にかけつけたという。ところが、場所はインドだし、英語もできないし、食事も合わないしで、相当ご苦労されているようだ。しかし、遺伝的につながっている子なので、最後までお世話をすると、力強く述べられていたそうだ。ちなみに、父親の男性医師によると、赤ちゃんは感染症にかかっているらしく、容態が心配だという。

 現地の新聞は、こうした事情を報道したうえで、初めての代理出産「孤児(Orphan)」だと騒いでいるらしい。いやはや、自分の子供を持ちたいというその志は大事にすべきであるし、現に赤ちゃんが生まれたということは、まことに結構なことである。しかしそれにしても、医学的見地のみならず、もう少し法律的見地から現地の事情や日本の制度を調べておくべきであったのではないだろうかという気がする。

 実はこの問題、以前から「代理懐胎出産」として、法曹界では注目を集めている課題なのである。というのは、タレントの向井亜紀さんとプロレスラーの高田延彦さんご夫妻が、アメリカのネバダ州で、みずからの卵子と精子を使って代理懐胎出産により赤ちゃんを得た。そこで、その赤ちゃんを養子としてではなく、戸籍上の実子として扱うよう求めて東京都品川区に出生届を提出した。ところが品川区は法務省と協議の上、出生届を受理しなかった。そこで行政処分の取消しを求めて出訴したところ、東京家裁はこれを却下したので、夫妻は東京高裁に即時抗告を行った。東京高裁はその決定を取り消したものの、この決定は、最高裁判所第二小法廷(平成19年3月23日)により破棄自判となった。つまり、やはり実子にはできないというわけである。

 判決曰く「女性が自己以外の女性の卵子を用いた生殖補助医療により子を懐胎し出産した場合においても,出生した子の母は,その子を懐胎し出産した女性であり,出生した子とその子を懐胎,出産していない女性との間には,その女性が卵子を提供していたとしても,母子関係の成立は認められない」とする。つまり、今の民法の下では、実子とは認められないというわけである。法解釈としては、そう解するしかないと思う。加えて、この決定の中では、特別養子とするか、あるいは立法によって解決されるべき問題である旨が示唆されている。ところが、前者の道、すなわち特別養子とするためには、いったんはその赤ちゃんを、生みの母たる代理母の実子にしなければならないが、そのネバダ州の代理母との契約では、それができないというのである。

 他方、後者の道、すなわち立法については、「・・・遺伝的なつながりのある子を持ちたいとする真しな希望及び他の女性に出産を依頼することについての社会一般の倫理的感情を踏まえて、医療法制、親子法制の両面にわたる検討が必要になると考えられ、立法による速やかな対応が強く望まれる」とし、法整備の必要性を説いている。

 というわけで、代理懐胎出産の合法化に向けての特別立法が期待されるようになった。現に、既に述べたインドはもちろん、先進国でもアメリカの一部の州や、イギリスでは、代理懐胎出産が合法化されている。そのような経緯で、日本でも、必要な取り組みが始まったのである。ところが、政府部内で担当している厚生労働省及び法務省は、この問題の是非の審議を日本学術会議に依頼した。

 そこから、外部からは、どうにも理解できない展開が始まる。紆余曲折した挙句、「代理懐妊は原則として禁止すべきであるが、先天的に子宮をもたない女性等の場合は試行として認めてよい」という、いかにも医者と学者らしい結論を得たのである。だいたい、代理母が危険といって禁止しておきながら、どうして試行として認めるという法制度を作ることができるのか、普通の法律家なら、思わず天を仰ぐような結論である。

 いずれにせよ、遺伝的につながった自分の子供を得たいという親の願いは、汲んで差し上げる必要があるのではないだろうか。私は、そのような「人情」というものを重視したい。代理母の危険性は、確かに心配だが、それは自分から進んで買って出た危険である。それに加えて、日本は、これから人口減少の局面に入っている。少しでも、そういう熱心な親に育てられる立派な日本人の数を増やせばよいではないかと思うのだが、いかがであろうか。

 さて、話が脇道にそれたが、またインドで生まれた赤ちゃんの話に戻ろう。この日本人男性医師によると、これまでの代理母出産の費用の合計は300万円、今回の騒ぎでさらに200万円の支出を予定しているという。なるほど、代理母出産自体は格安ですんだらしいが、結局は高くついたようだ。いずれにせよ、赤ちゃんが健やかに育ってほしいし、それに父親のお母さんも、健康を害さないようにしてほしいものだ。


(2008年8月9日記)



【後日談 1】 両国政府の取り計らい

 2008年9月16日の朝日新聞夕刊によれば、この代理出産児(女の子)については、インド政府は渡航許可証を発行し、日本への出国を認める方針を示したとのこと。本来は、無国籍では旅券が得られず、日本への出国ができないそうであるが、このケースでは父親側が日本で育てる意思が明確であることから、人道上の観点から特例を認めるらしいとのこと。また、日本の法務大臣も、入国を認める方針であるという。


(2008年9月16日記)


【後日談 2】 女児は帰国へ

 10月17日付けの日本経済新聞朝刊によると、インド政府は、代理出産で生まれた女児の出国を可能にする身元証明書(渡航証明書)を発行した。女児に付き添ってインド滞在中の父親の母親(つまり、女児にとっては祖母)が、近く、この証明書とともに関係書類を在インド日本大使館に提出して、査証を発行してもらうこととなっているという。インド政府は、女児はインド国籍を取得できないためにパスポートは発行できないので、無国籍のまま出国できるようにと、この証明書を発行したとのこと。

(2008年10月17日記)

【後日談 3】 女児と祖母が入国

 11月5日付けの日本経済新聞朝刊が報じたところによれば、この女児は、祖母に連れられてインドを出発して、11月2日に、関西国際空港へ無事到着したという。インド政府の渡航証明書の発行を受けて、現地の日本大使館が10月27日に1年間のビザを発給して実現したもの。今後は、認知又は養子縁組によって親子関係を確定した後、帰化手続を行って日本国籍を取得できるはずであるという。めでたし、めでたし。

(2008年11月5日記)




(参 考)英国の代理懐胎法

 英国においては、特別法が制定されている。生殖補助医療において子を出産した女性が母となることを原則とするが、代理懐胎において、裁判所の親決定により、出生した子を代理懐胎の依頼者である夫婦の子とする途が開かれている。この決定を得るための要件は、(1)胚の形成に代理懐胎の依頼者である夫婦の一方又は双方の配偶子が使用されたこと、(2)依頼者が法律婚をしていること、(3)子の出生から六か月以内に申し立てること、(4)依頼者である夫婦が子を養育していること、(5)代理母及びその夫が同意していること、(6)金銭その他の利益の授受がないことなどである。なかなか、合理的な制度であり、我が国の立法に際しては、参考になろう。




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