邯鄲の夢エッセイ




大腸の内視鏡検査食







 私は毎年1回、夏が終わった頃に健康診断に行くことにしている。いつも同じ病院で、記録を見るともう18年目だというから、よく続いたものだ。実は親類に胃ガンが多いものだから少し気になって、胃についてはそれまでのバリウムを使うレントゲン検査から、5年前に内視鏡検査に切り替えた。

 胃の検査の前に、カメラのチューブの種類と入れ方を聞かれる。それは、
「カメラのチューブを喉から入れますか。その場合には通常径つまり太いのと、細いのとがあります。鼻から入れるタイプもあります。」という三択である。どういう違いがあるかというと、通常径のもの以外は細いから、視野が狭くなって検査医としては見にくい。これに対し通常径のものは、検査医は見やすいが、その代わりチューブが舌の奥に触れやすいので、そうすると反射が起こって、オエッと吐き出しそうになるとのこと。せっかくカメラを入れるのだから、しっかり見てもらいたい。だから通常径にして、舌の奥に触れないようにすれば良いのだなと思って、最初から通常径にしている。2〜3年前にその反射とやらが一度起こったことがあるが、何とか凌いで、それ以来この検査に慣れた。

 検査前日の夕食を食べてから絶食だが、水は飲める。検査当日、喉にチュチュッとゼリー状の麻酔薬をかけられ、それを喉の奥に溜めて3分待って呑み込む。舌が痺れ、苦いものが喉の奥に落ちていく感覚がある。それから右肩に胃の蠕動を止める注射を打たれ、そのまま検査室に入る。体の左側を下に横向きになってベッドに横たわる。検査医に顔を向け、口にマウスピースをはめられて検査が始まる。鼻からの検査だと、ここで喋ることができるというが、喉からだから話せない。

 カメラが口から入っていく。一番の関門である喉の奥を過ぎ、食道を通る。自分で言うのも何だが、中はピンク色で綺麗なものだ。ずんずん進み、胃の入り口に到達する。ゆっくり中の様子を見ながら行く。襞がたくさん見え、これまたピンク色が綺麗だ。右肩に打たれた注射のせいで胃の壁は蠕動せず、動かない。そうやって胃の出口まで行き、十二指腸に少し入って引き返す。視界に映る色を時々セピア風に変えたり、青いインクを噴射して組織を見ている。最後に胃の上の方を見上げる。検査医が「ああ、全く問題ありませんね。」というので、ひと安心する。そのままカメラはスルスルっと食道を通って口から出て来た。

 実は2年ほど前に、60歳以上の6割の人がピロリ菌を持っていて、これが胃潰瘍や胃ガンの原因になると聞いた。そこでピロリ菌が私の胃に住み着いているのではないかと気になり、消化器内科を訪れた。診察してくれたお医者さんに、「ピロリの除菌をしてください。」というと、
「では、まず、ピロリ菌がいるかどうかを調べましょう。」といわれ、袋を渡された。そこに呼気を入れるのだそうだ。それに息を吹きかけ、いっぱいに膨らませ、それを渡して結果を待った。すると「いませんでした。だから、除菌の必要はありません。」と言われて、拍子抜けしたことがある。聞くところによると、ピロリ菌に感染するのは4〜5歳までが多く、その多くは井戸水からだそうだ。そういえば私は、幼年期は神戸で過ごしたので、殺菌された水道の水を飲んでいたからだろうと思った。

大腸検査食


 次の大腸の内視鏡検査は、今回が初めてである。なぜ受ける気になったのかというと、私と同じ歳の友人が、去年末から急に体調を崩し、今年になって病院に行って診てもらったら、末期の大腸ガンで、あれよあれよという間に3ヶ月ほどして亡くなってしまったからだ。これまで、日本人のガンによる死因の第一位は胃ガンだったが、食生活の西洋化のせいか、今では大腸ガンが第一位だそうだ。だから、一度は受けてみようと思った。毎年行っている健康診断の時期を早めて、夏前の6月中に受けてみることにした。

 予約のときに、検査の注意事項を聞き、検査前日に食べる「検査食」なるものを購入した。それは要するに、お粥のレトルト食品である。前日はこればかりを朝から三食分たべたので、力が抜けてしまった。しかも前日の午後7時から、お茶と水以外は絶食となる。午後8時に、液体の薬を飲むが、何の変化も起こらない。本来ならここで、トイレに行きたくなるそうだ。翌朝9時に家を出る直前に、錠剤を2錠飲む。30分で検診センターに着いた。それまでにトイレに駆け込みたくなる事件が起こったら困ると思ったが、幸いにして取り越し苦労に終わった。


大腸検査用の2リットル下剤


 検診センターでは、着替えさせられ、2リットルの液体を渡された。2時間でこれを飲めという。同時に、尾籠な話で恐縮だが、トイレに流す前の水の様子を汚いものから綺麗なものまで5段階のサンプル写真を渡された。最初のスケール1から最後のスケール5になったら、看護師に見せてほしいという。それから、その液体をチビチビ飲みながら、iPadを見て時間を過ごした。ところが、2時間経って2リットルを飲み終えても、まだスケール4だ。これは困ったと思っていたら、看護師に、あと1リットルを追加されてしまった。これには閉口したが、何とか飲み終えたところで、やっとパスした。

 内視鏡室に入った。ベッドに横たわると、左側に17インチほどの液晶画面がある。ゼリーを塗られて、カメラが入った。大腸の中が良く見える。やはり、ピンク色である。どんどんと進み、直角に曲がるところで一瞬難渋するが、そこも通過した。検査医は「
あった。これはポリープです。でも、問題ありません。後からじっくり見ます。」という。残念、やはりあったか。問題は、大きさだなと思って、再びスクリーンに目を戻す。引き続き大腸の中を進んで行くと、次の曲がり角で進めなくなったので、検査医は、助手の先生を呼ぶ。若い人だったが、私のお腹を歪めてその一方をすごい力で押さえる。痛いと言いそうになったところで、カメラが通過した。そのまま小腸の入り口まで行って、引き返しながら詳しく見ていく。するともう一つ、ポリープが見つかった。その対角線上の反対側にも、小さいものがもう1個。さきほど見つかったものと合わせて、合計3個というのが本日の成果だ。検査医に「これ、大きくありませんか。」と聞くと、「いや、直径は3ミリです。これくらいなら、1年後に診療科に行って、そのときに取るというので大丈夫です。」という。

 実は検査の直前に、「ポリープが見つかったら、その場で取ってくれるのでしょうね。」と聞いたら、
「いや、ここは検診施設なので、治療行為はできないんです。その場合は、本院で診察になります。」という誠につれない返事だった。そのときは、「ポリープがなかったらいいな。この問答も不要になる。」と思っていたので、いささかがっかりした。次回からは、検査と治療を同時にやってくれる病院に行ってみることにしよう。検査は20分で終わった。検査直後に張っていたお腹が落ち着いたら、どっと疲れが出て、何か食べたくなった。この検査は、かなりの負担だと思いながら、帰途に着いた。




大腸ポリープの切除( エッセイ )は、こちらから。




(平成27年6月25日著)
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