悠々人生・邯鄲の夢エッセイ



世界一の高さを誇るブルジュ・ハリーファ




 この年末年始、娘一家はアラブ首長国連邦のドバイに行った。世界一高い超高層ビルである「ブルジュ・ハリーファ 」(828メートル、160階)を舞台に行われるカウントダウンの花火を見るのだそうだ。しかし、花火なら日本のものが世界一だと思うので、 何もわざわざ中東まで行かなくとも・・・という気もしないではない。しかし、私も、こと旅行に関してはかなり物好きだと自覚しているので、娘たちのことは言うまい。それに、息子、つまり私にとっての初孫くんに、幼少期からなるだけ英語に触れさせるのは大事なことだ。そういうわけで、帰ってきてからの旅行話を楽しみにしていた。

周辺の地図


 私がオーストリア旅行から帰ってきたばかりの2016年元旦の朝7時頃、たまたまテレビをつけてNHKニュースを見ていた。すると、娘たちの泊まっているパレスホテル(ブルジュ・ハリーファの目の前の人造湖の向かい側にあるホテル。図の赤い丸2番)の二つ隣にある63階の高層ビル「ジ・アドレス・ダウンタウン・ドバイ」(図の赤い丸1番)で、大晦日午後9時半頃に、火事があり、モクモクと火が出て燃え盛る様子が映し出されているのを見てびっくりした。確か、年越しの花火を見るため、その近くにいると聞いていたので、とても心配してしまった。

パレスホテルの自室からの眺め


パレスホテルの自室からの眺め


 ところが、ほどなくして娘から電話があり、全員無事とのことで、家内とともに、ほっと胸を撫で下ろした。初孫くんの説明によると「火事があって消防車や救急車がいっぱい来て、手をつないで逃げたの」ということらしい。それにしても、単なる火事にとどまり、最近流行りのテロではなくて良かった。

火事の数時間前のジ・アドレス・ダウンタウン・ドバイ


 帰国してから話を聞いてみると、かなりの火災だったらしい。娘一家の滞在していたホテルは低層の4〜5階建てで、そこへ火元の63階建ての高層ビルから大勢の人が避難してきたという。「何か騒がしいので部屋の外に出てみると、人で一杯だった。風向きの関係で、やがてこちらにも煙やガラスの破片が飛んで来た。それで、このホテルも避難しなければならなくなり、皆で手に手を取り合って人造湖を時計周りに逃げた」のだそうだ。

燃え上がるジ・アドレス・ダウンタウン・ドバイ


ブルジュ・ハリーファの花火


 息子を抱きつつ人造湖の周りを走りに走って、半周したところにある「ジ・アドレス・ドバイ・モール」のホテル(図の赤い丸3番)が、パレスホテルからの避難者を受け入れてくれて、羽毛布団をくれたり、バイキングの食事を提供してくれたので、全く困らなかったそうだ。「そこで燃え盛る火事を見ていて、真夜中の12時近くになった。これでは、年越しの花火大会どころではないから、中止に違いないと思っていた。ところが、ドドーンと音が聞こえて、何と花火大会が始まった。それからというもの、夜空の下、池の一方では花火がどんどん打ち上げられているかと思えば、池の反対側では火事が燃え盛っていて、なかなかシュールな光景だった」という。中東ならではの風景だ。

翌朝、再び同じ高層ビルから火災



火災のあった高層ビルが無残な姿を晒す


 翌朝、火災のあった高層ビルが無残な姿を晒している中、ホテルに戻ったそうだ。やれやれと思ったのも束の間、またその高層ビルから出火した。前夜の燃え残りのようで、完全に鎮火していなかったらしい。再び同じように逃げ、またその避難先のホテルにお世話になったという。まるで、漫画のような話である。

ブルジュ・ハリーファの展望台からの眺め


 でも、このハプニングを除けば、あちらこちら世界一ばかりで、目を見張るほどだったらしい。ブルジュ・ハリーファの高さは世界一、その前の人造湖で繰り広げられる噴水ショーは噴き出る水の高さが150メートルもあって世界一、東京ドームが23個も入ってしまうドバイモールは世界一、その中の無料の水族館に行けばこれも世界一、5つ星どころか7つ星ホテルのブルジュ・アル・アラブ(舟の帆のような形をしていて、娘一家が年末年始に泊まろうとしたら、5泊で300万円と言われたので断念)は、もちろん世界一だろう。

ブルジュ・アル・アラブ


 しかし、設備は世界一でも、その運営は、とても一流とは言いかねるようだ。たとえば、火事のため、ホテルを退去して下さい。」と言われて避難手形のようなものをもらっただけで、どこへ行って良いのか、何のインストラクションもない。一緒に逃げる人たちの各国語の中から英語を拾って、情報を仕入れながら走って逃げる始末。たまたま自分達を受け入れてくれたホテルも自力で探したわけだし、そこで一晩過ごしたにもかかわらず、自分が泊まっているホテルの従業員が探しに来るわけでもない。気が付いたら、一緒に避難している人達が、一人減り、二人減りと、どんどん少なくなっていく。そこで、自分のホテルに戻ってみると、何事もなかったように、いつも通り平然と営業している。まるで狐に化かされたような塩梅だったそうだ。

 これは、どう理解すればよいのか。そのヒントは、Webサイトで見つけたわずか35年ほど前のこの地の写真にあると考える。これを見ると、この地は、少しは建物があるものの、全体の様子は、土漠の中の荒涼たる寒村という風情だった。だから、先ほど紹介したこれら世界一を誇る建物群は、いずれもこの10数年ほどの間に、オイルマネーに物を言わせて作られたものだという。だから、それを運用する人間が、まだ育っていないのだと思う。そういうわけで、火事などの非常事態についての訓練が行き届いていないのだろう。それにしても、63階建の高層ビルが、20階から出火して、あんなに簡単に一気に燃え広がって一晩で廃墟になるものか。信じがたい。難燃性のカーテンやら室内装飾品が使われていないのに違いない。まるで、アラビアン・ナイトの蜃気楼の上に建つ世界ではないか。


35年ほど前のドバイの写真


 今回、火事を起こした高層ビルの人的被害であるが、現地の警察によれば、避難時の混乱で1人が心臓発作を起こして死亡し、その他15人が折り重なって軽い怪我を負ったものの、その他大多数の宿泊客などは、無事に避難できたそうだ。亡くなった1人には申し訳ないが、一つの高層ビルが丸焼けになった割にはその程度の被害で済んで良かったというか、不幸中の幸いだったというべきであろう。しかしそれにしても、この焼け焦げた写真を見る限り、建て直しをするほかなさそうだ。日本だと、こういう火災を契機にして、事故に対する知見が形成されて、消防法の規制内容の見直しが随時行われるところであるが、そういうことがされているのか、いささか疑問である。

 ところで、帰ってきた娘一家のコメントはというと「泊まるのなら、低い階に限る。でないと、子供を抱えて外に避難するのは大変だ。でも、面白かった。また、行ってみたい。」・・・なんと・・・全然、懲りていない。





(平成28年1月5日著)
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