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目 次 |
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| 1 | 今回の旅の目的は、3ヶ所 | ||
| 2 | アプリで俄か管制官になる | ||
| 3 | 米子はゲゲゲの鬼太郎の街 | ||
| 4 | 足立美術館の庭は日本一だ | ||
| 5 | 安来節のドジョウ掬い人形 | ||
| 6 | 巴庵の島根和牛すき焼き鍋 | ||
| 7 | 黄昏時の松江ライトアップ | ||
| 8 | 松江城は国宝五城のひとつ | ||
| 9 | 数奇な人生の小泉八雲旧居 | ||
| 10 | ぐるっと松江の堀川遊覧船 | ||
| 11 | 松江フォーゲルパークの鳥 | ||
| 12 | 由志園に色とりどりの牡丹 | ||
| 13 | 出雲の割子蕎麦と展望風呂 | ||
| 14 | 【補遺】 大根島と由志園 | ||
![]() 1.今回の旅の目的は3ヶ所 ゴールデン・ウイークの前半、かねてから行きたかった島根県安来市の足立美術館、国宝松江城、松江市大根島の尚志園を、二泊三日の行程で回ってきた。足立美術館は第一級の日本庭園で著名であり、松江城は国宝五城のうち最も新しく平成27年に指定されたその経緯が劇的なものであり、大根島の尚志園はこの時期にだけ繰り広げられる「池泉牡丹」つまり池の全面に3万輪もの摘み取られた牡丹の花を浮かべるイベントで有名である。いずれも一度は行って写真を撮ってきたいと考えていた。 また、数年前に我々一家が欧州旅行をしたときに貯まったマイレージが、今年の夏で期限を迎えるので、それまでに航空券に引き換えたいという事情もあった。旅客数の多い旅行シーズン期間だから、飛行機の予約は難しいかも知れないという気もしたが、案ずるより生むがごとしで、すんなりとANAの羽田空港と米子空港の往復航空券を確保できた。また、松江と米子の駅前のビジネスホテルも、ネットで簡単に予約することができた。その理由は現地に行ってみてわかった。要は、人口も観光客の数も、東京で思っていたよりもずーっと少ないのである。地方で少子高齢化がこれほど進んでいるとは思わなかった。
2.アプリで俄か管制官になる ところで、機内でインターネットに繋がっていることを良いことに、iPad上で、フライト・ライブというアプリを動かしてみた。すると、これがめっぽう面白いのである。地図上に、その時点で飛んでいる飛行機の便名、航空会社名、使用機材、出発地と目的地がわかる。しかも、地図上で飛行機マークが時々刻々移動するので、どこを飛んでいるのかが一目瞭然だ。もっとも、時々、GPSでの本機の現在位置と、その飛行機マークがズレることもあるが、それもご愛嬌だ。これまでは飛行機の中から地上を眺めて、「この地形なら静岡だ。」などと山勘で現在地を判断していたが、フライト・ライブならその時点での正確な飛行位置がわかるので、便利である。
しかし、よく見ると、同じ方向に向かう飛行機は、いつの間にか等間隔に並んで飛行している。反対方向もまた然りで、どうやら空中に見えない回廊を設定して、そのトンネルの中を飛んでいるようだ。してみると、これと交錯するルートがあったとしても、そもそも空中回廊の高さが違うのかもしれない。それをこのフライト・ライブは、平面的に上から見ているだけなので、回廊の高さの違いが認識できず、したがって先程のような要らぬ心配をすることになったのだろう。今度、航空関係の専門家に会う機会があったら、管制の手法を聞いてみようと思う。 面白いのは羽田空港周辺で、一見バラバラで無秩序に散らばっていた飛行機の群れが、気がついてみると、これまた等間隔の距離を置きつつ渦のようなカーブを描いて、次から次へと空港に着陸している。見事なものだ。羽田空港に降りる螺旋形の空中回廊でもあるのだろうか。 3.米子はゲゲゲの鬼太郎 お昼前に米子空港に降り立って驚いた。辺りがすっきりしているというか、ターミナルビルのみで、周辺には何もないのである。近くのJR米子空港駅に行くとレストランくらいあるかもしれないと思って、延々と歩いて行ってみたら、びっくり仰天した。切符の自販機とトイレがあるだけで、他は何にもない。ターミナルビルでレストランを探すべきだった。仕方がないと、そのまま駅で待っていた。しばらくしてやってきた車両はディーゼル気動車で、それもたった1両。しかもボタンを押さないと扉が開かないではないか。加えてこの車両の車体にも、そして終点の米子駅にも、私の趣味に合わない妖怪の漫画が描かれている。ゲゲゲの鬼太郎だ。「幾ら地元の有名人の作品だからと言って、ただでさえ物寂しい雰囲気の中で、わざわざ妖怪の漫画を描かなくてもよいのに。」などと、お化けの嫌いな私などは、思ったりする。
そういうことで、米子空港と米子駅の滞在はそこそこにして、足立美術館のある安来市にJR山陰本線のディーゼル気動車で向かった。途中、「そういえば、富山県高岡市から出るJR氷見線の電車の車体にも、忍者ハットリくんの絵が描かれていたし、高岡駅前にも、ドラえもんのキャラクターのオブジェが並んでいた。あそこも、藤子不二雄さんの片方の出身地だったなぁ。」と思い出し、「あれには全く違和感がなかったけれど、やはり、お化けとどらえもんというキャラクターの差かなぁ。」と考えたりもした。安来駅から、足立美術館のバスに乗車した。 4.足立美術館の庭は日本一
さて、絵画の鑑賞はほどほどにして、写真を撮ってもよい日本庭園に向かう。苔庭 → 枯山水庭 (その先に亀鶴の滝) → 白砂青松庭 → 池庭 → 寿立庵庭 という順路で見て回った。一言でいえば、実に端正で一分の隙もない庭だ。あらゆる造形物が計算され、計画的に美しく配置されている。だから、どの方向から写真を撮っても、それなりの構図になる。確かに、15年連続で日本一の庭に選ばれた理由が分かる。今は新緑の季節で緑が生き生きしているが、秋になると真っ赤な紅葉がさぞかし美しいだろうと思う。
「日本の美術というものは、自然をそのままに受け止め、自然の要素を頭の中で繋いで、全体としてその美を見いだすところに特徴がある。これに対して、西洋の美術は、自然を征服し、人間の前に跪かせる。例えば、日本庭園を見るとよい。自然の風景をそのままに、要素を厳選しながら自然を再現しようとする。これに対して西洋庭園は、基本的には緑の芝生を一面に敷き詰めないと気が済まないスタイルだ。 終戦直後、進駐軍の将校がやって来て日本家屋を接収し、そこに住もうとしたとき、彼らが最も居心地が悪いと感じたのは、数枚に渡って描かれた襖絵である。襖の黒い枠で仕切られているのに、あたかもそれがなかったように松の木が枝を広げている。日本人は頭の中でその枠を消して見るのだが、その将校らはそれができなかったようで、遂には黒い枠もろとも白いペンキで塗り潰してしまった。ここに、日本人と西洋人の世界感の違いが現れている。日本人にとって自然は自分もその一員として共生すべき存在だが、西洋人にとって自然は征服すべき存在なのである。」 かくして足立美術館の庭は、ずっと私の頭の中で眠っていたこういう記憶を引き出してくれた。やはり、この庭は一流の存在である。はるばる来て良かったと思った瞬間である。
5.安来節ドジョウ掬い人形 安来駅でJRの列車を待っている間、安来駅舎の中をブラブラと見て回った。お土産売り場や、市の観光関係の職員さん達が詰めているブースがある。宣伝しているのは、もちろん安来節のドジョウ掬いの踊りだ。その姿を描いたユーモラスな人形が、其処此処に置いてあり、ぱっと見ただけで笑えてくるものばかりだ。実演は、あの足立美術館の近くにある「安来節演芸館」で行っているらしい。 でも、足立美術館であの「日本美術の粋を集大成した聖なる庭や日本画」を見ていたく感心した直後に、「田圃や川でドジョウを掬う様を描く滑稽で俗な踊り」を見たくなる人がどれだけいるのか、私にはよくわからない。要するに、客層が違うから両立は難しいのではないかと思うのである。ただ、地元の名物を何とか普及宣伝したいというその熱意と心意気には、大いに感心した。旅行会社のコースに入っているか、パンフレットを注意してみてみたい。
松江に着いたのは、午後5時半である。ホテルにチェックインし、カメラを肩に掛けて伊勢宮町に向かった。というのは、事前にインターネットで調べて、松江城下の市街地にある老舗の旅館建築(登録有形文化財)を使った「巴庵」という料理屋に行くつもりだったからである。島根和牛のすき焼き鍋を注文していた。この旅行唯一の豪華な食事である。 私は普段からダイエットの成果の維持のために、食事のカロリー量をコントロールしている関係で、食事はついつい控えめになってしまっている。だから、旅行中の一度くらいは地元の名物を味わって、記念にしつつ日頃の節制を一時忘れてしまいたいというわけだ。
やがて、すき焼き鍋がやってきた。島根和牛は、私の手のひらくらいの大きさのものが3枚、ただしすき焼き用のため、厚さは薄い。野菜は、ネギ、キャベツ、コンニャク、豆腐,シイタケ、エノキなどと、関東のすき焼きの材料と全く同じだ。
料理の方は、まず牛脂を引き、肉を入れ、赤い色がある程度変わったところで醤油と昆布汁、野菜を入れて、味を整える。塩っぱいと困るなと思いつつ、まず仕上がった牛肉を生卵に浸け、口に運んだ。すると、香ばしい香りが口いっぱいに広がり、非常に美味しい。なるほど、料亭だけのことはある。同時に注文した豆腐サラダなるものは、いささか量が多すぎたし、掛かっているソースも多すぎた。まあ、旅行中なので野菜不足を補うという意味で、全て平らげてしまった。 7.黄昏時の松江のライトアップ
大橋川に掛かる松江大橋を渡り、しばらく川に沿って行くと、ライトアップされた威厳のある建物に出会った。「カラコロ工房」というらしい。重要文化財のような建物にしては妙な名前だと思って検索すると、ここは元日本銀行松江支店の建物で、同支店が廃止された後は、体験工房に使っているらしい。カラコロというのは、小泉八雲が松江大橋を渡る人々のカランコロンという下駄の音に惹かれたと記述したところから名付けられたという。
8.松江城は国宝五城のひとつ やっと天守閣に通じる門まで来た。たまたまいた守衛さんから「この門は7時半に閉まるので、もう少し良いですよ。」と言われた。時計を見たら、7時15分だ。あと15分しかない。
手早く撮って、帰途に着いた。途中で、明治の開花期のような趣きの建物があると思ったら、「興雲閣」と書いてあった。明治天皇行幸時の御宿所として建設された擬洋風建築の迎賓館だという。 松江城は、私にとって国宝五城(姫路城、彦根城、松本城、犬山城、松江城)を巡る旅の最後を飾る記念すべきお城である。実は50年ほど前の学生時代に、島根県浜田市の友達の実家を訪ね、その帰りに出雲大社のほか、ここまで足を運んで松江城を見て、小泉八雲の旧居を見物したことがある。つまりは半世紀ぶりの再訪というわけだ。 そのときは、松江城は、戦前は国宝に指定されていたものの、昭和25年の文化財保護法では築城年を示す文献が見当たらないとして国宝から外され、重要文化財として指定されるにとどまっていた。ところが、平成27年になって築城年を記した祈祷札が見つかり、それが天守閣の柱の本来の位置にぴったりとはまったことから、国宝に再指定されたという劇的なエピソードがある。
9.数奇な人生の小泉八雲旧居 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は、数奇な運命をたどった作家である。記念館における展示に書かれていたことを思い出すままに書いていこう。ラフカディオは、1850年に、アイルランド出身の軍医補としてギリシャに赴任中の父チャールズと、ギリシャ・キシラ島の出身の母ローザとの間に生まれた。2歳の時に両親に連れられてアイルランドのダブリンに移ったものの、母ローザは現地の気候風土に馴染めなかったのか、精神を病んで単身ギリシャに戻り、二度と息子に会うことはなかった。母に見捨てられた形のラフカディオは、厳格な大叔母の下で育ち、孤独な少年時代を送ったという。 16歳の時に、遊んでいたときの事故で、ラフカディオは左目を失明してしまった。不幸は続く。19歳の時には、頼みの大叔母が破産してしまった。このため一人でアメリカへの移民となり、赤貧の生活を送るが、たまたま入ったシンシナティの新聞社で文才が認められて、ジャーナリストとして独り立ちした。その後、ルイジアナ州ニューオーリンズで働き、さらにカリブ海のマルティニーク島へ移り住んだ。同島では現地のブードウー教に魅せられたという。 ニューオーリンズ時代に万博で目にした日本文化に興味を持つようになり、さらにはニューヨークで読んだ古事記の影響で来日を決意し、1890年4月、横浜に降り立った。これは、新聞社と契約して(今ならカメラマンだろうが、当時のことだから)挿し絵作家とペアで来日したのだが、船中でその新聞社からもらう報酬を比較してみると、自分の方が低いことがわかったラフカディオは、憤慨して辞表を出してしまった。
ただ、松江のような寒い土地は苦手だったようで、住んでいたのは僅か1年半余り、それから熊本第五高等中学校に赴任し、次に神戸クロニクル社に勤め、1896年9月から東京帝国大学文科大学講師として英文学を講じたという。同年には小泉セツと正式に結婚して、日本に帰化した。二人の間には、三男一女が生まれた。
記念館の隣が旧居で、私にとっては半世紀ぶりの再訪だった。昔の記憶とほぼ同じだったが、彼の机のレプリカが置いてあった。机はものすごく高いが、椅子はむしろ低い。彼の身長は高々160cmほどだったので、これはなぜかというと、彼が極度の近視だったことから、こういう背の高い机でないと、読み書きができなかったためだという。 10.ぐるっと松江の堀川遊覧船
さて、背の低い橋に差し掛かった。天井というか、屋根が下げられる。乗客はそれに合わせて倒れ込んだり、前屈みになる。やがて橋が過ぎると、また天井があげられて元に戻る。確かに、アトラクションとして見れば、なかなか面白い。橋によっては、船頭さんが「この橋の下は、声がよく響くんです」といって、民謡まで歌ってくれる。サービス満点だ。
しかし、地方といっても、例えば愛知県は、人口は継続的に増加している。それというのも、トヨタという輸出で稼ぐ基幹産業があるからこそだ。たまに名古屋に行くと、新しいビルが雨後の竹の子のように次から次へと建っているのだから驚く。こういう稼ぎ頭のない地方は、そもそも若者にサービス業くらいしか新しい職を与えられないのだから、人口が漸減していくのは、残念ながら避けられないことだ。かつて、これを政治的に対応しようと、東京などへの一極集中を是正するといって、法律で、都市部の工場立地制限と、大学立地の制限策がとられたことがある。 ところが製造業の工場は賃金の高い都市近辺での立地は避け、地方に向かうどころかそのまま海外へ工場を移転してしまった。大学についても、結果的には一部の大学を東京の中心部から八王子近辺に追い出すにとどまっただけで、そのうちかなりの大学が再び23区内に戻ってきてしまった。東京の中心部にいないと、学生も何の知的刺激も受けないし、また教える教授の方も不便を感じるからである。そういうことで、この法律は廃止されてしまった。社会経済的に合理性のない政策は、結局は上手くいかないのである。
この遊覧船は平成9年に始まり、船頭さんは60から70歳代が主力で頑張っているとのこと。その年代が活躍できる場を設けるというのはとても良い考えだし、この地で人生経験を積んだ船頭さんの話を聞くと、実に為になる。それに、地域最大の観光資源(?)である出雲大社とセットで観光客にアピールできれば、十分に生き残ることができるだろう・・・とまあ、船に乗りながらそういうことをぼんやりと考えていたら、クルージングの50分間は、瞬く間に過ぎてしまった。 11.松江フォーゲルパークの鳥
その電車も、1時間に1本しかない。出たばかりだから、あと1時間弱も待たなければならない。交通網がこれほど薄いとは・・・時間が有効に使えない、困ったものだと思いながら周りを見回した。街路樹に「ベニハナミズキ」というのがあって、普通のハナミズキが白い花をつけるのに対して、これはその名前の通り赤味のあるハナミズキの花をつけている。それを撮っても、なかなか時間がつぶせない。
「フォーゲル」というのは、ドイツ語の鳥のことだろう。何となれば、私の学生のときには「ワンダーフォーゲル部」、略して「ワンゲル部」つまり渡り鳥という部があって、軽い登山やスキー、ハイキングに興じていたものだ。すると、ここに行けば鳥が撮れる。明日は牡丹ばかりを撮ることになるから、ここで動きのある鳥を撮るのは一興だと思って、松江フォーゲルパークに行くことにした。
それを広い会場の端から端まで飛ばすのである。思いのほか、早い速度で飛ぶ。野生では狩をしているから当然か。体長は僅か40cmくらいだが、両翼を広げてサーっと頭の上を通り過ぎるので、迫力がある。観客がそのコース上でうっかりと立ち上がろうものなら、ぶつかりそうだ。
次に登場したのはサイチョウ(犀鳥)で、その名前のように頭から嘴にかけて、犀の角のようなものが付いている。雑食性で、りんごが好きだという。ただし、もらったりんごが甘くないと、吐き出してしまうそうだから、笑ってしまう。その次に飛んだのは、フクロウで、飛ぶ前に発する鳴き声に迫力があった。飛び立った瞬間の良い写真が何枚か撮れたが、目の前を飛んでいるときは、余りにも早すぎて、ピントを合わすことができなかった。
フクシアの花はいずれも下向きで、典型的なのは真ん中の筒が紫色でその中心に数本の雄しべがあり、その筒を囲うようにピンク色の数枚の花びらがある。その形からして、「釣浮草」と呼ばれるほどだ。それが、ここでは筒がピンク色で花びらが白色とか、筒ではなくて八重のようになっているものとか、様々な種類があって見飽きない。係の人に「こんなに多くの鉢が吊り下げられていて、水やりはどうしているんですか」と聞くと、「全自動で水をやっているから、大丈夫です」とのこと。納得した。
温室には、ケープペンギンもいて、園内をヨチヨチ歩くイベントもある。ふれあい温室に、緑の鳥、エボシドリ(烏帽子鳥)がいて、これが実に可愛い。あちこちのキョロキョロ見るときに、頭と身体を「く」の字のように傾けて、「あれ、何だろう」とばかりの仕草をする。小さな子供そっくりだ。アフリカ最南端の密林にいて、昆虫や果実を食べている鳥らしい。
12.由志園には色とりどりの牡丹 由志園(ゆうしえん)は、中海に浮かぶ大根島にある。「大根島」「おおねしま」とでも呼ぶのかと思っていたら、何とそのまま「だいこんしま」と言うそうだ。あまり夢のない呼び方だが、地元の特産品は、牡丹と朝鮮人参とのこと。なるほど、いずれも味わい深い産物だ。実は、私はかねてから、大根島が牡丹の産地だということを知っていた。というのは、自宅近くの上野東照宮で冬牡丹展というのを毎年1月に開かれていて、その牡丹の産地ということで、こちらの名前が掲げられていたからだ。 さて、その大根島へは、米子から日ノ丸バスで境港へ行き、そこから松江行きのバスに乗っても良いが、私はゴールデンウィークの始まりということもあって、タクシーで行くことにした。話し好きの運転手さんに当たれば、地元にまつわる諸々の話が聞けて面白い。 タクシーに乗り込んだら、運転手さんは、なかなかの博識だったので、この選択は、正解であった(下記14.(1)参照)。途中、立派な橋を渡っていると思ったが、運転手さんに言わせれば、これは中海干拓計画の中止に伴って作られたという。そういえば、有明海の干拓事業のような、そういう話があったことを思い出した。それまでこの地にあった橋は、東京の勝鬨橋のように船が近づくと跳ね上がる形のものだったが、この新しい橋は水面上44mあるから、大丈夫だそうだ。 そこを通り過ぎ、由志園に近づくと、大渋滞となった。すると運転手さんは気を利かせて、反対方向から回り込むようにした。松江方面から境港行きのバスが通る道だそうだ。そちらは渋滞することなく、直ぐに由志園に着いた。
更にその向こうには日本庭園があり、その池の中にびっしりと赤と白の牡丹の花が浮かぶ「池泉牡丹」が現れる。本日はその初日であるが、それにしても隙間なく池面を牡丹の花びらで埋めたものだ。池面が赤と白になり、その向こうに丸く刈り込まれた緑の木々、そして岩があり、その背景にまた木々があって、その上は真っ青の快晴の空である。いやこれは写真の撮り甲斐がある。しばらく、色々な角度からカメラを構えて、シャッターを押した(下記14.(2)参照)。そこを撮り終え、順路に沿って進んでいくと、建物の中に様々な色の牡丹が置かれている。花を長持ちさせるように、気温が低く調整されている。たぶん、季節外れの時期に牡丹の花を見てもらおうとする建物なのだろう。
園内を一周してもう最後という頃に、まるで龍安寺の石庭を思わせる庭に出た。白砂に砂紋が付けられていて、水の動きを、表している。ただ、惜しむらくは、岩がもう少し存在感があったら良いのにと思われる点である。要は、もうふた回りほど大きくてどっしりした岩だと、それなりに様になったのではないかと考える。
13.出雲の割子蕎麦と展望風呂
境港に来て、まず地元の名物である出雲の割子蕎麦を食べた。次に「汗をかいたし、疲れたし、日焼け止めクリームを早く落としたい」などと思っていたら、たまたま、このフェリー待合室の建物の最上階に、「展望サウナ風呂」というのがあるのを見つけた。米子空港まで行く電車は、2時間後に乗ると、午後5時の飛行機に十分に間に合う。このお風呂に入ることにした。 その名の通り、なかなか見晴らしの良いお風呂で、正面には隠岐の島に行くフェリーが停泊している。その向こうにはフェリーが通ってきた境水道が、更に向こうには陸地が見える。それを見下ろしながら、ジャグジー風呂に入っている。ほかに入浴客は、2人いるだけだ。新たに1人が入ってきたが、いずれもかなりのお年寄りである。この居心地の良さが、好きなのだろう。お風呂から上がり、冷たいお茶を飲む。文字通り、リフレッシュすることが出来た。再び境港駅に行き、やってきたJR境港線の気動車に乗って、米子空港に行った。そこで、ターミナルビルの2階を歩いていると、出雲名物の割子蕎麦を提供する蕎麦屋があった。食べたくなって、夕食には早過ぎる時間だが、ついいただいてしまった。帰りの飛行機は定刻通り出発して、羽田空港には着陸時の混雑のため、10分ほど遅れて到着した。 そういうことで、良い写真が撮れ、珍しいものも見たし、知的好奇心も満たされた。とても、満足出来る旅だった。惜しむらくは、家内と一緒に来られなかったことだが、また体調が回復したら、無理のないスケジュールの旅を考えたい。 14.【補遺】大根島と由志園 (1)中海に浮かぶ大根島 タクシーの運転手さんから聞いた話に基づいて、大根島の由来を記しておきたい。もともと中海は、半島であった湾口部が砂州でふさがれて汽水湖になったもので、そこに浮かぶ2つの島のうち大きい方が大根島であり、実は火山だという。日本一低い火山だそうだ。 二大産物のうち朝鮮人参は、200年前から松江藩が奨励して藩内全域に広がったものの、収穫に6年、休畑期間が15年と大変に手間がかかるので、今や大根島にしか残っていないという。 牡丹は、300年前に全隆寺の住職さんが薬用に供するために静岡から持ち帰ったものが始まりで、今や苗木出荷量は120万本と、全国出荷量の8割を占めるようになったそうな。石楠花の苗木に牡丹の芽を継ぐ手法が開発されてから生産量が急拡大し、島内の女性は、苗木を背負って全国各地に売り歩いたものだという。タクシーの通る道すがらに綺麗な牡丹の畑を見かけたが、運転手さんに言わせると、昔はこんなものではなく、もっともっとあらゆる所が牡丹畑だったとのこと。 (2)由志園の池泉牡丹の花 日本庭園の池一面に3万輪もの牡丹の花を浮かべるなんて、壮大な浪費ではないかと思う向きがあるかもしれないが、実はそうでもない。大根島は、先程から言っているように、牡丹の産地である。牡丹は苗木の形で売られるが、花が咲いて種を付けるようになると苗木の負担となるため、花は受粉する前に摘んでしまうのだという。そうして摘まれた花を譲り受けて、この展示を始めたそうだ。 (平成30年5月1日著) (お願い 著作権法の観点から無断での転載や引用はご遠慮ください。) |

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