悠々人生エッセイ



自筆証書遺言保管制度の説明(法務省HPより)




1.友達が遺言を作成した背景

 私の大学時代の同級生の友達が、突然、脳出血を起こして救急搬送された。幸い、大事に至ることなく退院してリハビリに努め、時間はかかったものの、今では日常生活を問題なく送ることができている。

 良かった、良かったというわけだが、その友達は、命に関わる危機に瀕して、それなりに思うところがあったのだろう。遺言案を作成して同級生の弁護士にチェックしてもらい、それを遺言として残しているという。


2.我が家も遺言を書き残すことにした

 ああそうか、我々はもう命の危険がある年齢になったのかというのが、私の感想だ。翻って私の家のことを考えると、正直言って家内のことが非常に心配だ。

 一昨年、家内は、私のその友達と同様にそれこそ命の危険を感ずる病気も経験した。それは手術とリハビリで回復したとは言っても、その影響だろうか、昨年も今年になってからも、軽く転んだと思ったのに、いずれも大きな骨折に見舞われている。いずれも、長期入院を余儀なくされた。その結果、身体の自由に相当程度の制約を受けることになったのは、本当に可哀想だ。他方、家内は亡くなった父母から、それなりの遺産を多少は受け継いでいる。

 仮に家内が急に亡くなったりしたら、相続人の私と子供たちが集まって遺産分割協議をすればよいだけだ。しかし、遺産の種類によっては共有というのもその場しのぎの対応だし、それくらいなら事前に家内自身が配分を決めておいた方が良いだろう。もちろん、私が先に亡くなる可能性もある。

 相続には、配偶者特例というものがあって、1億6千万円まで相続税がゼロになる(ちなみに、この額を超えても配偶者の法定相続分までは同様である)。しかし、それはその一次相続時限りの効果に過ぎない。次の世代の子供たちへの相続(いわゆる二次相続)まで考えると、全体の相続税の合計は高くなる。納税は国民の義務とはいえ、せっかく父母が働いて営々と築いてきてくれた財産を、その分、子孫に残すことができないというのも、忍びないという気がする。

 そこで、私たちはいずれも配偶者特例を利用せず、それぞれが亡くなった場合にお互いがいただく遺産は必要最小限かほとんどゼロにして、残りをそのまま子供に相続させる。そうすると、子供たちはそれなりの相続税を払わなければならないが、二次相続まで考慮すると全体としての相続税は少なくなる。そのためには、配分を遺言として残しておけば、忙しい子供たちの手を煩わせてわざわざ遺産分割協議をするまでもない。

 そういうわけで、一次相続の場合と二次相続の場合の相続税を対比しつつ計算して家内に示し、「これだけの納税額の差が出るが、どうする」と聞いた。「それなら、遺言を書いておいた方が良いわね」ということになった。

(参 考)相続税の計算には、みずほ証券の記事pdf)が大いに役に立った。


3.遺言の形式と保管方法

 遺言の形式には、自筆証書遺言と公正証書遺言の二つがある(秘密証書遺言は省略)。また、保管方法には、自宅等、法務局、公証役場の三つがある。

 このうち、法務局での保管は、「遺言書保管制度」pdf)といって、「法務局における遺言書の保管等に関する法律」により2020年7月10日から始まった制度である。それまでは、自筆証書遺言は、全文と財産目録を自署し、自宅等で保管し、相続が発生したときは家庭裁判所による検認を得なければならなかった(民法968条)。その手続が面倒であったのみならず、それが変造や偽造ではないか、あるいは遺言時に遺言者に意思能力がなかったのではないかなどと紛争の種になっていた。それを解決しようとしたのが、遺言書保管制度である。これは、自筆証書遺言であることには変わりがないが、財産目録は自署する必要はなく、法務局でその遺言を預かるし、希望すれば死亡時に相続人の一人に通知もしてくれるという制度である。しかも、手数料が3,900円と、非常にリーズナブルだ。

 他方、公正証書遺言は、公証役場に行って公証人に作ってもらい、そこで保管してもらうものだ(民法969条)。これまで、私が裁判上の色々な紛争を見てきた限りでは、遺言者の意思能力の有無が争われた事件はあったものの、公証人による偽変造だなどと主張する事件はなかったので、それだけ公正さについての信頼を得ている制度だ。ところが問題は、二人以上の証人を用意しなければならないことと、料金が高いことで、証人を公証人に用意してもらうとすると、10万円近くかかりそうだ。


4.自筆証書遺言を選んで作成

 私も弁護士なので、遺言内容の法的正確さには自信がある。では、自筆証書遺言でやってみよう。問題は家内がこんな法律の文書を自筆で書けるかどうかである。聞いてみると、お手本に従って、少しずつなら書けるという。では、決まりだ。

遺言書の書式(法務省HPより)


 まず案文をパソコンのワードで作る。ネットで調べるとサンプルがいくつかあったが、どれもこれも全くの素人向けで、あまり役に立たない。では、自分で作るとするか。形式は、法務省民事局作成の遺言書の様式pdf)が参考になる。分かりやすく、二つの条にわけて、その他のことは最後にまとめて一つの条としよう。つまり、

 第1条は、遺言者が配偶者より先に死亡した場合
 第2条は、配偶者が遺言者より先に又は同時に死亡した場合
 第3条は、その他の規定


となる。それぞれの条は項と号に分けてと、、、項はアラビア数字、号は漢数字にしよう、、、などとやっていくと、昔取った杵柄、仕上がったものを見たらまるで法律のような文章になってしまった。もう、笑うしかない。例えば、第3条は、次のようになった。我ながら、やけに細かいことまで書いたものだと思うが、あらゆる可能性を考えれば、このようになってしまうのは、やむを得ない。それが法律の世界というものだ。

 (その他の規定)
第3条
 第1条第二号、第三号及び第五号並びに前条第三号及び第五号の規定により財産を分割する場合において、端数が生じたときは、その端数分の金額は、それぞれ年長の者に相続させ、負担させ、又は遺贈する。
2 遺言者及び配偶者が死亡したときの前後関係が不明な場合には、同時に死亡したものとみなして、前条の規定を適用する。
3 この遺言の執行人は、第1条の場合にあっては配偶者とし、第2条の場合にあっては同条に規定する相続人のうち〇〇〇〇とする。
4 前項の執行人は、他の相続人の同意を要せず、不動産の登記手続き、預貯金債権の払戻し若しくは名義書換え又は貸金庫の開扉、内容物の取り出し若しくは解約、その他本遺言執行のために必要な全ての行為を単独でする権限を有するものとする。
5 この遺言により各自が相続する財産及び債務に係る名義変更等に要する手数料等の諸経費、遺言執行費用及び税務申告費用は、各自が負担するものとする。
6 遺言者が負担する債務(別添の財産目録のうち、第3項ただし書に掲げるもの)のうち、未納の固定資産税その他一切の債務及び葬式費用については、第1条の場合にあっては配偶者が、第2条の場合にあっては同条に規定する相続人が、それぞれ承継するものとする。

 その他、付言事項も書いておこう。これは法的効力はないが、遺言して財産を遺す際の親の気持ちが子供や孫たちに伝わるようにしておきたいから、有用である。

(参 考)細かい規定については、佐藤和基税理士の相続の教科書pdf)の記事が役に立った。


5.財産目録の作成と金利難民

 遺言書の最後に添付する財産目録を作らなければならない。遺言書保管制度が始まるまではこれについても自署することが求められたが、その規制が緩和されて、パソコンでの作成も認められるようになった。ただし、各ページに署名と押印をし、本文と一連のページ番号を付す必要がある。

 この規制緩和は、とても助かる。というのは、日銀のゼロ金利政策のせいで、我々高齢者は「金利難民」に成り下がっているので、なけなしのお金を預けるために少しでも高い預金金利を求めて、満期が来る度に右往左往して金融機関をネットで探し、その結果、預金保険でカバーしてくれる範囲内の千万円以内の預金をいくつかの金融機関に預けてあるからだ。

 例えば、先日がっかりしたのは、家内名義で、とある信託銀行に預けていた千万円の定期預金が満期になったという知らせがきたときのことである。その内容を見て愕然とした。3年物で、利息がたったの600円余、税引き後で478円だったからだ。目を凝らして金利を見ると0.002%だ。計算すると、確かにそうなる。これは、確か数年前に少し高い預金金利につられてその信託銀行に預け、それが満期となってもそのまま放置したおいたからなのだが、それにしてもひどいものだ。

 これが、あるインターネット銀行の場合だと、千万円の定期預金なら3年物で金利が年0.3%だったから(今は少し下がって0.25%)、利息は、税引き前で90,270円、税引き後で71,931円となるので、大きな違いだ。なけなしのお金を今更、投資には回したくない我々高齢者としては、暇と時間だけはたっぷりあるので、そうやって少しでも高い預金金利を求めて、別々の金融機関に預けるため、日々努力している。

 最近の世界経済は、新型コロナによる混乱とロシアのウクライナ侵攻によって未曾有のインフレに直面している。しかも、それだけでなく、日本は経常収支の大赤字と、日米通貨当局の思惑の違いでどんどん円が売られ、とうとうロシアのルーブルと並ぶくらいの独歩安となっていて、これらが我々高齢者の生活を脅かしている。私は、ある程度それは予測して、実は今年の2月頃に米ドルをレート110円で買っておいた。しかし、現実はそれをはるかに上回る展開となっている。このままでは消費者物価指数が上がって、国民の生活を圧迫する。もっとドルを買っておけば良かったと思うのは後の祭りで、ついには131円にまでなってしまった。するとこれによる利益は、100万円当たり21万円、税引き後で16万8千円だ。これが、わずか3ヶ月余りで得られたのだから、個人的には良かったものの、反面、インフレでその分を簡単に損する気がする。いずれにせよ、投資による収益は、預金の利息とは大きな違いである。でも、外国通貨への投資は賭けに等しいから、あまり我々には向いていない。今回はたまたま上手くいったものの、仮に上手くいかなかった場合には、もはや回復する気力も余力も時間もないからだ。

 やや本題から外れてしまったが、そういうわけで、財産目録を作る時は、金融資産等として、細々とした銀行がいくつか出てくる。しかも銀行によって、総合口座、普通預金口座、定期預金口座などと呼び方がバラバラな上、数字が何桁もあってこれをいちいち手で書くのは大変だ。だから、パソコンで財産目録を作成してもよいというのは、実にありがたい改正だ。

 私の財産目録は、次のような構成にしよう。

  第1項 不動産及びこれに附帯する動産
  第2項 金融資産等
  第3項 勲章等
  第4項 負債


 第1項の不動産などは、いま住んでいるところだ。第2項の金融資産等は、銀行の定期預金と、証券会社から外貨MMFという形で買った米ドルだ。投資信託は、今はもう持っていない。第3項の勲章等は、せっかく頂いた旭日大綬章があるので、子々孫々大事にしてほしいという意味で、第1項の動産とは切り離して別建てとした。第4項の負債は、全くないのだが、亡くなった直後には、固定資産税の未払いのものやクレジット・カードの1回払いに係る月払いの負債は有り得るから、それを明記した。家内は不動産を持っていないので、第1項は少しだけある貴金属とし、もちろん第3項は落として第4項を第3項としたが、これは負債がないことを確認するために置いているだけだ。


6.手書きは大変、公証役場でびっくり

 そういうわけで、ワードで書きあげて、それを法務省の「遺言書の用紙例」pdf)に収まるように印刷し、それをお手本にボールペンで書いていった。ところが、パソコンに慣れてしまって、文字など自分の名前しか書かない生活を長年送っているから、最初の出だしの「遺言書」からして、自分で書いておきながら、気に食わないのである。だから、書いては捨て、また書いては捨てと、なかなか進まない。そのうちに、面倒になって、こんな大変な作業を体調の悪い家内にしてもらうのは、無理だという気がしてきた。

 そこで方針を変えて、せめて家内の遺言だけは公証役場でしてもらってはどうかと考えるようになった。住んでいる文京区役所には公証役場が入っていることを思い出し、そこへ行ってみることにした。

 その前に、予め、公証人連合会のHPpdf)を見たら、「公正証書遺言は、遺言者本人が、公証人と証人2名の前で、遺言の内容を口頭で告げ、公証人が、それが遺言者の真意であることを確認した上、これを文章にまとめたものを、遺言者及び証人2名に読み聞かせ、又は閲覧させて、内容に間違いがないことを確認してもらって、遺言公正証書として作成します」とある。なるほど。

 次に、それに伴う必要書類を書き出していった。それによると、

 (1)遺言者本人の 印鑑登録証明書
 (2)遺言者と相続人との続柄が分かる戸籍謄本
 (3)遺贈する場合には、その人の住民票
 (4)財産の中に不動産がある場合には、その登記事項証明書(登記簿謄本)と固定資産評価証明書又は固定資産税・都市計画税納税通知書中の課税明細書となっている。

 ああ、これは、面倒至極そのものだ。自筆証書遺言なら、そんなもの必要ない。マイナンバーカードがあるから、それで十分だ。

 それに加えて、証人二名が必要だ。手数料は、どうなっているのだろうかと思ってHPをみると、公証人手数料令で定められていて、これがまた高いのである。しかも、「財産の相続又は遺贈を受ける人ごとにその財産の価額を算出し、これを基準表に当てはめて、その価額に対応する手数料額を求め、これらの手数料額を合算して、当該遺言公正証書全体の手数料を算出」という仕組みになっている。だから、預金通帳を全部持ってこいということになる(注)。我々は少しでも金利が高い銀行に預けてあるが、そのほとんどがインターネット銀行で、そういう銀行にはそもそも預金通帳などないではないか。どうすればいいのか、実に面倒なことになった。

(注)この点、文京公証役場では、「遺言公正証書の申し込みに必要なもの」と題する(書類)を配っていた。この中で「公正証書作成時点での大まかな金額をお知らせいただきます」と書かれていた。ところが、窓口での説明では、やはり預金通帳を全部持ってこいという話で、そんなものには付き合いきれない。しかし、弁護士仲間に聞くと、「『預金通帳を全部持ってこい』とはやりすぎで、「自分が扱った公証役場では、公証人は『大まかでよい』と言っていた」という人もいた。

 しかも、証人は相続人ではダメで、それ以外にせよというから、例えば友達や知り合いを呼んでくると、財産の中身をみな知られてしまう。かといって、そういう人がいない場合には公証役場で用意するというが、見ず知らずの人に財産の中身を開示するのは、果たしてセキュリティが確保されているのか心配なので、全く気が進まない。もっとも、謝礼はというと、一人当たり5,000円だというから、まあそんなところだろう。

 そういう話を総合的に考えると、自筆証書遺言が書けるのであれば、そうした方が、面倒なことにならないことが、よーくわかった。かくして、色々と面倒な公正証書遺言は、すっぱり諦めることにした。問題は、体調が良くない家内が書けるかどうかだが、時間はたっぷりあるので、一日当たりたとえ数行でも書いていけば、なんとかなるだろうと思った。家内に「自筆は大変だが、やってみるかい」と聞いたところ、「大事なことなので、是非とも書きたい」と言う。


7.手書きにまた戻る

 やれやれ、振り出しに戻ったわけだが、まずは私自身が、自らの遺言を自署できるかだ。また最初のページから始めて、数枚の反故は出したものの、集中してやってみたら、半日で書き上げることができた。何のことはない。簡単に書けたではないか。かくして自筆で書いたこの本文をチェックし、これでよしとなった。

 次に財産目録だ。これは今回の法改正の趣旨を生かして、パソコンで作成することにした。まず「第1項 不動産及びこれに附帯する動産」の「不動産」については、土地建物の権利証の通りに書いた。これなら、間違いない。「第2項 金融資産等」は、金融機関の名称とその口座番号を、預金通帳やインターネットバンキングと照らし合わせながら書き込んだ。万が一、近い将来に銀行を切替えるような場合があれば、それに対応できるように包括条項として、「前各号に掲げる金融機関以外の金融機関の口座」と付け加えた。

 「第3項 勲章等」には、旭日大綬章のほか、勤続30年記念の銀杯や、閣議構成員の記念としていただいた肩書きと名前入りの硯箱も入れておいた。「第4項 負債」には、「負債は、全くなし。ただし、次のクレジット・カードの1回払いに係る月払いの負債は有り得る」と書き、クレジット・カードの名前を列挙した。


8.家内が自筆に四苦八苦

 さて、次は家内の番だ。同じようにそのまま書けばよいというパソコンで作ったお手本を見せ、その通りに書いてもらうようにした。ところが、私には慣れている法律用語が、家内にはさっぱりなので、まずはその説明からしなければいけない。その上で、書かれている内容の説明をする。それだけで、1週間がかりだ。加えて、家内は、腰の具合が悪いので、30分以上は同じ姿勢で座っているのは苦しいことから、1日当たりその程度にしておかなければならない。これは、とても時間がかかりそうだ。

 実際にいざ書き始めると、これがまた、大変だった。例えば、「遺言」の「遺」の字、「当該」の「該」、「第一号」の「号」、「放棄」の「棄」などは、普段使う文字ではないから、まずは練習してからでないと書き間違える。一度間違えると、それ以前に書いたそのページは全てボツとなる。自ずと真剣とならざるを得ないから、たった1行を書くのに10分以上もかかる。まあ仕方がない。そんな調子で、体調に気を配りながら、1日に30分程度、ほんの数行ずつを書いていった。そうやって1ヶ月ほどかかって、ようやく書き終えたときは、私もほっとしたが、家内もいわば最後の力を振り絞って精根尽き果てたかのようで申し訳なかった。本当によくやったと思う。


9.遺言書の保管の申請

 やっと遺言書の作成が終わったので、いよいよ遺言書の保管の申請手続となるが、その前に申請書を作らなければならない。これには、所定の様式がある。遺言書保管申請書とその継続用紙だ。このマス目に書けと?やれやれ、また手書きかと思ったら、全部パソコンでよいらしい。これは助かった。というのは、これ以上、家内に自書はさせられないからだ。パソコンだから、先ず私の申請書を作り、次にそれをほとんどコピーして家内のを作った。家内は、それに署名押印するだけでよかった(最近、押印は省略できるようになった)。

(参考)申請書の記述例pdf

 作った書類を再度確認し、形式が合っているか、漏れがないかなどを点検し、ようやく遺言書と申請書が完成した。私の住所地を管轄するのは九段にある東京法務局の本局なので、電話(03-5213-1441)かインターネットで予約をとらなければならない。インターネットを見たところ、3日後と4日後にとれた。つまり別々の日にしたのである。というのは、二人で行っても、一人につき1時間20分もかかるので、私が手続きをしている間、家内を車椅子の上で待たせるわけにはいかないからだ。そこでまず最初の日は私自身が行って手続をし、次の日は私が車椅子を押して家内を連れていくという算段だ。当日、家内の体調が急変しないことを祈るばかりである。折り畳み車椅子も用意した。

 さて、東京法務局に行く日がきた。千代田線から半蔵門線に乗り換え、九段下駅6番出口から出て左に曲がり、しばらく歩く。道の左手に見える高い建物が千代田区役所で、その次が、目指す東京法務局が入っている九段第二合同庁舎である。自筆証書遺言の保管は、その8階で行っている。午前10時半の予約だったのに、30分も早く着いてしまった。待合室には、誰もいない。すると部屋の奥に位置する事務室から担当官がやって来た。私の名前を告げると、「少し時間が早いのですが、始めてよろしいですか」ということで、2番窓口で早速始まった。

 遺言書保管申請書、遺言書、住民票の3点を渡す。担当官は、それをチェックし始めた。遺言書の各行を一々指さしながら一枚一枚を見ていく。時々、遺言書保管申請書や住民票と照らし合わせている。ずーっとチェックしていき、遺言書保管申請書を見ているときに「あれっ」と呟かれてピンク色の付箋を貼られた。私は、何か間違えたかなと、一瞬、嫌な気分になる。幸い、遺言書自体には何の問題もなさそうだ。あーぁ、元に戻って、もう1箇所、遺言書保管申請書に付箋を貼られた。何だろう。

 まず、後者の付箋箇所だが、「受遺者等又は遺言執行者等の番号」の次に、「受遺者等又は遺言執行者等の別」という欄があり、「受遺者等」と「遺言執行者等」にレ点を付けるところがある。私は、「遺言執行者等」だけにレ点を付けておいた。というのは、記入上の注意事項には、「受遺者とは、遺言により財産を受け取る者のことです。受遺者に類する者として法務局における遺言書の保管等に関する法律第9条第1項第2号に掲げられている者も含み、遺言により認知するものとされた子や遺族補償一時金等の受取人等として指定された者等、遺言により権利を得る者が該当します」とあった。その第9条第1項第2号に掲げられている者とは、相続人ではなく、祭祀の主宰者なども入るのが、それを見逃していた。だから、ここにもレ点を付けるべきだった。担当官に「ホームページの記入上の注意事項の説明がわかりにくい」と言うと、「色々な方が入るから書ききれないので、一応は『等』としておいて、こうして申請時に我々がチェックするようになっている」と答える。

 次に前者の付箋箇所は、ああ、これは私の凡ミスだった。失敗、失敗。遺言書の間違いでなくて良かった。数字を少し直して、それで受け付けてもらえた。それから、マイナンバーカードで顔と住所を照合された。そういうことで、20分ほどで担当官のチェックは終わり、大きく受付番号が書かれた札を渡された。それから、別の担当官のチェックと、コンピュータへの登録のために待つようにと言われた。しばらくして、手数料として3,900円の収入印紙を4階で買ってくるようにとの指示で、そうした。更に待つこと15分、番号が呼ばれて、「これでおしまいです」と言われて保管証なるものを渡された。「これは、コピーして相続人に渡しておくとよい」とも言われた。また、「自筆証書遺言の保管手続が完了した方へ」、「相続人等の手続について」という紙も渡された。要は、遺言書の内容を書き直したかったら、いったん撤回し(無料)、再び前回と同じ手続きを踏んで保管を申請すればよいということだ。

 翌日、車椅子に乗った家内を連れて、再び同じことを繰り返した。前日の失敗を生かして、レ点もしっかりと入れたので、今度は全く問題はなかった。これで、およそ1ヶ月に及ぶ遺言書騒動は終わった。久しぶりに、弁護士らしい相続関係の仕事をした気分である。


【後日談】 以上の記事は、主に手続を中心に記述したが、大切なのは、どういう内容の遺言にするかである。これは、遺言者の財産の内容とその金額評価、配偶者の資産の有無、子供との距離の近さや遠さ、老年期に誰がどれほど世話をしてくれたか、そしてそれにどれくらい遺言者が感謝しているか等で大きく変わってくる。

 だから、遺言内容を一律には書けるものではない。しかし、いくつかテクニックのようなものがある。例えば上記2.で記述したように、二次相続まで見据えれば、自ら老後の生活を維持できるほどの財産の余裕があるなら、配偶者が亡くなった一次相続のときに配偶者特例を利用せずにその財産の大半をそのまま子供たちに相続させるというのも、一案である。

 更に、財産の大半が不動産(住宅)で、そこには長男と住んでいて、現預金はわずかというときには、長男にそのまま住まわせたいと思うのが人情である。ところが、遺言でたとえ「不動産は長男に相続させる」と書いたとしても、次男や長女には遺留分があるから、それを現金で支払いを求めてくる場合がある。そういうときには、長男を受取人とする生命保険金に入っておけば、これは受取人の固有財産であり、しかも500万円X相続人数の範囲内で非課税となるので、これを遺留分の支払いに充てることができる。とまあ、そういうテクニックがいくつかあるので、研究しておいて損はないと思う。



(令和4年5月15日著)
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