This is my essay.







 銀座の数寄屋橋にある阪急百貨店の裏手には、泰明小学校という繁華街の真ん中に位置する、とても由緒深い小学校がある。その近くの一角にあるのが、ラ・ボエムというイタリアンレストランである。この小さな交差点は、私のお気に入りのところなのである。ひとつには、旭屋という本屋があるからである。ここは、本そのものは雑然と置いてあるのだが、どういうわけか私の気を引く本ばかりがあって、その意味でよく立ち寄るところである。第二は、本日の主題のレストランであるラ・ボエム。第三は、その対角線上のビルに入っているレモン・グラスというタイレストランである。この二つのタイプの違うレストランは、娘が推薦してくれたところであり、いずれも夫婦揃って非常に気に入って、土曜日のお昼にはちょくちょくと顔を出している。

 ラ・ボエムは、入り口から地下へと下っていく造りになっている。古びた木製の内装なので、あたかも昔の帆船の中にいるようである。中央に大きな四角いコーナーが仕切られていて、そこで料理をしている。お客はその回りで食べるという趣向である。もともとイタリアンレストランは、安くて庶民的でうまいというのが特徴である。ここはまさにそうで、料理は安くて、ボリュームがあって、しかも大変おいしい。ただ、ちょっとスパイスを利かせ過ぎている欠点はあるものの、値段相応と思えば、それも許せる範囲内である。

 私が必ず注文するのが、シェフのおまかせピザとインゲン豆のスープ、それにお腹が許せばサラダを頼む。いずれもボリュームがあって、とても一人では食べきれないので、家内と二人で分けるとちょうど良い。全く、お店にとっては有り難くない客ではあろうが、そういう気配も示さずにサーブしてくれるのは、誠に結構である。ただ、周囲を見渡すと、われわれのような年代は皆無で、女性ばかりか、二人連れがほとんどである。

 ただ、この店は、人気がありすぎて、昼食時や夕飯時に行くと長蛇の列である。したがって、午前11時半の開店時か午後2時過ぎのように、時間を外して行かないと、長く忍耐強く待つ羽目になる。これが唯一の欠点といえば欠点なのであるが、近く、また行くことにしよう。

 それにしても、われわれがイタリアに行ったときのことを思い出す。バスに乗って、ヨーロッパ・アルプスからブルンナー峠のトンネルを通ってイタリアに入ってびっくりした。それまでは、一面の雪景色で、見かける人々も大柄で金髪の白人ばかりだったのに、イタリアに入ると、われわれ東洋人のような黒い髪とややオリーブ色の肌を持ち、しかも背が低い人たちばかりだったからである。ドイツ人のガイドが、「これからローマに入るけれども、女性はハンドバックをこういう風に持ってください」などと言って、大げさに両手で抱えるような仕草をした。そして、役に立つイタリア語を教えましょうといった彼女から習った中に、本当にどこでも役に立った言葉があった。それは、「アッカ・ミネラーレ・センツァ・ギャス」というのである。アクア・ラングであるから、「アッカ」はもちろん水である。「ミネラーレ」はミネラルであるから鉱物、「センツァ」は、英語の「Without」という意味らしくて、「ギャス」は文字通りガス。つまり、炭酸抜きのミネラル・ウォーターである。何のことはなく、日本ではその辺のどこにでもある普通のミネラル・ウォーターを意味している。

 ヨーロッパを旅行すると、これがなかなか見つからない。下手にミネラル・ウォーターを注文すると、炭酸入りのゴボゴボと泡が出ている水を持ってこられるので、誠に往生する。私はそれでも慣れてしまったが、子供たちはそうもいかずに、必ず炭酸抜きでないと、飲めなかった。そこで、これを現地語で言えられれば、どの国でも大変に便利だったのである。イタリアではどこのホテルやレストランでもこれを使ったので、ほぼ15年経った今でも、この言葉たけは出てくるのである。しかし、その後長い年月が経ち、その間に覚えたイタリア語といえば、わずかに「プロント」だけである。またそろそろ、次のイタリア語を仕入れに行こうかと思いつつある。


(平成13年2月 3日著)
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