This is my essay.







 この店は、いつぞや、娘が女性雑誌に載っていたのを目ざとく見つけたものである。「レストランのはずなのに『カフェ』とはおかしいね」と言いながら、「しかしモダンアジアンって、何だろう。アジアの雰囲気でも味わえるなら、試してみるか」と思い、一家で行ってみたのが始まりである。

 何というか、実に不思議な雰囲気のレストランなのである。いや、「不思議」というのは、別に蔑視する意味では決してない。正確に言うと、「アジア的雰囲気の、浮世離れした、おもしろい組み合わせ」というところか。

 だいたい、その店の位置からして、妙なのである。数寄屋橋交差点近くのビルの地下一階にあるが、私は、地上からでなくて、地下からしか行けない。その方がわかりやすいのである。日比谷方面からJRや高速の高架下に相当する地下道の階段を上がってすぐに右に曲がり、その突き当たりのビルの左手入ってすぐ角である。銀座ファイブとかいう高架下のビルの地下一階らしい。

 おもしろいことに、地下の通路を挟んでその右側にガラス張りのそのレストランがあり、通路の左に、その調理場がある。つまり、料理ができると、通路の向かい側に取りに行き、それをこちら側の客席に運ぶという仕組みである。通路が地下にあり、人通りも少ないので、何とかなっているのだろう。

 その客席だが、木のテーブルに、半分はソファーのような長いすで、そのテーブルの上には30センチほどの、みずみずしい葉っぱがコップに指してある。きれいな緑色をしており、それがうねうねと長細く続いている葉で、何でも、根のないままに水にさしておくだけで、そのまま何日か持つのだという。

 さて、肝心の料理だけれども、あるある、いずれもアジア風の妙な名前がついている。ミス・サイゴン?、モロッコ風おはぎ??、豆乳のパンナコッタ???・・・いったい何だこれは・・・、想像もつかないところがおかしいのである。このレストランに何回か通って慣れた頃に、待ち合わせで先に席に着いた娘に対し、携帯メールで「あの、肉味噌味の皿うどんを頼んどいて」といったら、「そんなサラリーマン風の言い方はやめて。ちゃんと工夫して名前を付けているのだから。覚えてないの」などといわれてしまった。しかし「
バンバンジー風ソーキ焼そば」と言われてもねぇ・・・と反撃したいが、相手が娘だと、いつも、うやむやになってしまう。

バンバンジー風ソーキ焼そば  ちなみに、「
ミス・サイゴン」というのは、サラリーマン風に言うと「サラダ乗せ冷麺」、レストランのメニューによると「十数種類のフレッシュ野菜とハーブを盛ったオーガニック・パスタ」であるが、味は淡白である。「モロッコ風おはぎ」というデザートは、確かに、小豆と米が混ざっているが、日本のおはぎという感じはしないので、このネーミングはあまりフィットしない。むしろ、中国料理のデザートに、こんなものがあったことを思い出したので、そちらから名前を借用した方がよろしいかも。そして「豆乳のパンナコッタ」なるものは、メニューには「大粒のタピオカとパジルシードがたっぷりのヘルシー・デザート」とあるが、なんのこっちゃ。

 いや、以上でご想像のとおり。ここは、若い女性向きのレストランなのである。あまり私のような年代の男性が行くようなところではない。しかし、日焼けせずに地下伝いに行けるのが、ここの良いところである。あるとき、この店で遅い昼食をとっていると、向かいのソファー席にリクルート・ルックの若いお嬢さんが座った。そして注文した食事がテーブルの上に置かれた瞬間、ニコッと満面の笑みを浮かべて、そして両手を合わせて「いただきます」と言って食べ始めたのにはびっくりした。初々しい限りである。よほど、躾けの良いご家庭に育ったのだろうと感心した。そうかと思うと、レジをはさんでその右隣の向こうの席では、だらしない格好の女性がバッグからタバコを取り出して、スパスパと吸い始めた。まあ、若い女性といっても、いろいろである。

 ところで、このロイス・カフェの宣伝文句は、次のとおりである。

 秘めているのは文化と歴史の香り。満ちているのは自由でおだやかなこころ。光や空気までが心地よいアジアンモダンの空間に、オーガニックな野菜や食材をふんだんに使ったとてもヘルシーなお料理をと、こころを潤す上質のお飲み物をご用意いたしました。からだが、きもちが、なごむ大人のくつろぎ______ アジアンモダンの心に触れるひとときをロイス・カフェでお楽しみください。

 そういえば、レジで妙な音楽CDを売っていた。それを聞いたところ、ボョーン、ボョーンと聞こえると言ったら、娘に笑われた。


(注) このレストランを経営しているのは、元は大阪から出た、株式会社クレヨンというSPA(製造から販売までを一体化した業態の専門店)タイプのファッションの会社らしい。そして、97年9月からはカフェ事業を展開しはじめたという。やはり、少し変わった経歴の会社だった。



(平成16年6月 3日著)

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