This is my essay.



北朝鮮工作船の船首の弾痕
北朝鮮船工作船の船首の生々しい弾痕

 お台場の船の科学館で、さきごろ東シナ海から引き上げられた北朝鮮工作船が展示されている。これまでわずか一ヶ月間で30万人もの人が見学し、先日は小泉首相も見学したとのこと。好奇心いっぱいの我が家も、それでは見てくるかということで、土曜日に行ってみた。

 すると、いるはいるは、たくさんの一般の人たちが、ぞろぞろと並んで進んでいく。どういう人たちが見にくるのかと思っていると、これという傾向はなくて、子供連れの若いカップルから、われわれのような中年やもっと年寄りの夫婦まで、さまざまである。今回の事件から受けた脅威と衝撃は、それだけ、国民の一般に広く深く及んでいるということであろう。行列の中にいて、周囲から聞くともなしに聞こえてくる会話を耳にすると、

「ああ、こんな船で連中は来たんだ。本体の船は時速60キロ、子供船は90キロか、すごいな。」、
「曽我さんたちは、こんな船のあんな狭いところに積まれて運ばれていったのか。むごいことだなぁー。」、
「対空機関銃どころか、戦車用のミサイルまで持ってるよ。日本の船で死人がでなかったのは奇跡的だな」
「拉致に覚せい剤に核兵器か。ぶっそうな国だ。」


 などというもので、いずれも全くその通りである。錆び付いた船体にはっきり残っている弾痕、自爆でめくれあがった船体の鉄板などを見ていると、こんな船で日本人の拉致やら覚せい剤の密輸などの国家による犯罪を行っていたのかと思うと驚くばかりである。われわれが、戦後半世紀以上の間、このような現実の脅威に気づくことなく、普段からいかに太平楽の中に生きてきたのかと反省させられるのは、私だけではないだろう。

 後日の記憶のために、その場で配られていたパンフレットを元にして、この事件の概要を記しておきたい。

 平成13年12月22日、海上保安庁は防衛庁から九州南西海域に不審船がいるとの情報を受け取り、巡視船と航空機を差し向けた。この不審船は、度重なる停船命令を無視し、ジクザグ航行を続けて逃走を図った。このため巡視船は20ミリ機関砲による威嚇射撃をしたが、不審船は引き続き逃走を図った。そればかりか、巡視船に対し自動小銃、ロケット・ランチャーによる攻撃をしかけてきたため、巡視船は正当防衛射撃で応じた。その後この不審船は、午後10時13分、自爆用爆発物による爆発を起こして水深90メートルの海底へと沈没した。なお、巡視船「あまみ」では、海上保安官が3名、被弾した際に負傷した。

 その後、平成14年9月11日に、海上保安庁はこの船を海底から引き上げ、証拠品を収集したところ、
 @ この工作船は、平成10年の覚せい剤密輸事件で、東シナ海で暴力団関係者に北朝鮮製の覚せい剤を受け渡した「第十二松神丸」と同一船舶であること。
 A 金日成バッチ、北朝鮮製たばこ、菓子袋などが船内にあったこと。
 B 武器の中に北朝鮮製を示す○☆マークのものがあったこと。
などにより、これは北朝鮮の工作船と判断された。

 最後に、いくつかの写真を掲載しておこう。

自爆装置のスイッチ
無反動砲

ロケット砲
侵入用の水中スクーター

(平成15年7月 7日著)
(お願い 著作権法の観点から無断での転載や引用はご遠慮ください。)



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