This is my essay.








 ある法人の担当者から、「法律関係資料提供サービス」の構築について、全くのプライベートな相談があった。それによると、IT基本戦略や自民党の e-Japan 重点計画委員会でも、”利用者視点の情報活用”が問題となっている。日本の法令では、行政管理局の「法令データ提供システム」があるが、法律案のいわゆる五点セット(@法律案要綱、A法律案、B理由、C新旧対照表、D参照条文)等については、各省でばらばらに対応しているため一元管理されておらず、利用者の視点からは使いにくいというのが実情であるとの認識の下で、法律資料を一元的に管理・提供する法律関係の総合情報提供サービス構築をめざす、としている。

 確かに、いまの日本の法律情報の提供体制は、全くおそまつといわれても、仕方のない面がある。たとえば、アメリカと比較してみよう。あちらでは、アメリカ議会図書館が、「トーマス」というウェブ・サイトを提供していて(
http://thomas.loc.gov/)、各法律案につき、法案、提案者情報はいうに及ばず、審議情報、投票結果まで、事細かに掲載されている。その法律案をめぐるすべての文書情報をこのサイトから入手できるといってもよく、検索も充実している。私も、ある時これで産業スパイ防止法(Economic Espionage Act of 1996, H.R.3723)なるものを調べたことがあるが、いつ誰からどんなレターが出されたとか、非常に詳細にわたって網羅的に掲載されているのには、びっくりしたものである。

 それに比べて我が国の場合はどうか。一般の方が日常的に使うのは、出版社から出されている法令集と、その法令についての解説本であろう。もちろん、法律の公布は官報で行われるが、そんなものを見るのは法律の取扱いを仕事としている法曹か、よほどの業界関係者であろう。ましてや、その国会議事録や審議会情報等まで遡って調べるのは、細かい条文解釈をするような場合に限られる。要するに、そうした法律関係情報を一切合切とりまぜて載せている本とかウェブ・サイトなどは、どこにもないのである。

 昔のように、公布されている法律の数が少なく、その改正もさほど頻繁に行われるわけではないような時代ならともかく、現在では、次々に新法が生まれるし、かつ改正の分量と頻度が上がってきている。たとえば、この間の中央省庁改革では、我が国の現行法律の数が約1,800本であるのに対して、そのうち約1,200本もの法律が一度に改正された。それに引き続く独立行政法人や特殊法人改革と司法制度改革でも、相当の数の改革が既にされたか、あるいは現在進行中である。しかも実務的な問題は、改正法の場合は同じ法案でも施行期日がばらばらである場合がよくあることで、それに加えて同じ法律を複数の改正法が同時に改正するというケースも、稀ではなくなってきていることである。こういうことがあると、ある時点をとってみた場合に、その時点で施行されている法律はどういう姿であるかということが、昔のように単純にわかるというものでは決してない。それは、公布されたいろいろな法律とその施行政令を当たってみて、はじめてわかるのである。

 もちろん、そうした法律自体の姿の問題に加えて、その法律がどういう経緯で、いかなね意図の下にできたかという問題は、立法者意思を忖度するものとして、その法律を解釈する上で必要不可欠な情報となる。立案の端緒となる審議会答申、閣議請議された案、国会審議録、国会での附帯決議、委員会と本会議での議決日、公布日、施行日、それに政省令や通達というものも、その法令を理解するのに大いに助けとなる情報である。

 ところが、以上の情報は、あちこちでばらばらに保管されている。官報は公布された法令を掲載し、国会審議録は衆参両院の事務局が発行しているものの、以上すべてを網羅しているわけではない。ましてや、法令がIT用にテキスト化されているわけでもない。ウェブを使った法令検索では、この法人の担当者のおっしゃるように、行政管理局の「法令データ提供システム」がよく使われるが、法律が公布されたらその改正後の形で掲載されるので、施行日の姿を先取りしてしまっている。これは一見それでいいように思えるが、たとえば二年後に施行される法律を掲載していても、法施行の現場での実用には向かないのである。つまり、その時点で施行されていて有効な法律でなければ、実務では意味がない。

 それに、改正法令が公布されただけでは、そのままでは使えないのである。改正法令は、いわゆる「改め文」、つまり『第○○条中「□□」を「
■■」に改め、「◇◇」の下に「◆◆」を加え、「●●」を削る。』という形をとる。これだけでは何が何やらわからないので、現行の法律の条文と照らし合わせてそこにその改正内容を入れ込んで(これを「溶け込ませる」という。)読まないと、わからない仕組みとなっている。実は、これに若干の技術を要する。いや、技術というよりは、長時間の単純作業に耐える忍耐力といった方が実態には合うかもしれない。

 それでは実際に法令集を出している出版社はどうしているかというと、まず官報に出た法令をもってきて、その法令集で取り上げる法令の現行条文と照らし合わせ、一条ごとにこの「溶け込ませる」作業を行う。その際に、いつ時点の法令の姿であるかを明らかにしておくというわけである。たとえば、その年の通常国会が終わる6月中旬までの時点で成立した法律について法令集を出版しようとして、夏いっぱいかかってこの「溶け込ませる」作業を終えで印刷にかかり、11月に出版にこぎつけるというのが、一般的なスケジュールであろう。ではその11月に出た法令集が最新かというと、必ずしもそうではない。10月に臨時国会があって、そこでその法律が再び改正されてしまっているかもしれない。いやいや、そんなことは現実にはほとんどないはずだといっても、現に最近の金融関係の法律は、わずか1〜2年の間であっても、根本的にがらがらと変わってしまっている。たとえそういった例外的な事情がなくとも、先ほど述べた施行期日の問題は、やはり法令集の鬼門となる。その11月に出た法令集では、既に溶け込んでいる条文でも、それは翌年1月1日からの施行かもしれないし、さらに2年後の7月1日からの施行かもしれないのである。もちろん、そういったことは出版社でも予定していて、各法律や各条文に「注」として書くものである。それで読者にわかるといえばそれまでであるが、最近の法律では、一部のみ公布日から施行で、他は、6ヶ月を超えない範囲内で政令で定める日から施行というのも多い。そうなると、いつから施行か、法令集では判然としないのである。

 それやこれやで、最近のように変化が激しく、かつまたそのスピードも以前とは比べものにならない時代では、やはりこの法人の担当者さんのおっしゃるように、この手の情報を電子化するしかないのである。そうできれば、最新の法律情報は、受け手の国民に対して、大量・即時かつ正確に伝えられるのである。しかも、紙の媒体を使わないだけ、提供費用は安いはずである。いいことずくめであるが、果たして、いったい誰がするのだろうか。この点で思い出すのは、民間篤志家が、個人で「法庫」というウェブ・サイト(
http://www.houko.com/)を立ち上げていることである。2〜3年前だっただろうか、まだその立ち上げたばかりの頃にそのサイトを覗いて、いったいどんなプロフィールの人が、こんな面倒な溶け込ませるの作業をやっているのだろうかと、ふと思ったことがある。そのうち、平成9年以降に公布された法律等について有料化が図られ、料金は1年間、個人で7000円、法人で14000円ということらしい。単なる推測であるが、一人でこれをやっているのではなかろうか。そうだとすると、単調で大変な手間である。よほど法律の文章が好きな人でなければ務まらない。ただただ感心するばかりである。

 というわけで、やや脱線してしまったが、それでは次に、望ましいデータ・ベースにはいかなる情報が含まれるべきか、そしてそれをどうやって作ればいいのだろうか。その手順を考えてみたい。

1. 法律案作成の背景・・・審議会答申等
  担当省庁で作成されるたいていの重要な法律案には、審議会答申が作成されているので、法律案が作成される背景としては、なかなか捨てがたい資料である。そのテキストは、ほとんどの場合には、その担当省庁のウェブ・サイトで入手できる。ただし、形式は、PDF,XML,HTMLなど、まちまちである。

2. 法律案本体・・・法律案及び新旧対照表
  閣議決定が行われるので、その段階で上記1.と同様に入手できる。もちろん、紙情報である。最近は、図表をも多く含むようになった。

3. 国会審議・・・国会審議録及び附帯決議
  国会審議録は、詳細なものを衆参両院の事務局が作成し、それぞれの下記ウェブ・サイトでそのテキストが公開されている。これに加えて各委員会で附帯決議を出すこともかなり一般的になっており、その法律を施行する担当省庁は、これを守るべき道義的立場にあるので、当該法律を理解するには、極めて重要である。もっともこれは、国会審議録中に含まれている。

 
衆議院:http://www.shugiin.go.jp/index.nsf/html/index.htm
 
参議院:http://www.sangiin.go.jp/japanese/frame/joho2.htm

4. 公布された法律・・・官 報

  法律は、通常は国会で可決されてから2〜3日後に官報に掲載されることとなっている。法的効果としては、官報に掲載されたことをもって、その法令は公布されたこととなる(昭和32年12月28日最高裁大法廷判決)。インターネット上では、官報は、今年の4月1日から独立行政法人として立ち上がった国立印刷局のウェブ・サイト(http://www.npb.go.jp/)で見られるが、現在のところ、過去一週間分にとどまり、かつテキスト形式では公開されていないので、IT社会の観点からは、いささか使い勝手の悪いものとなっている。この点は、そのうち改善されることを期待するが、いずれにせよ、この官報掲載版の法律が、すべての基本となる。

  ところが、ここで若干の問題がある。官報に一度掲載されても、それに間違いがある場合である。これはその後、官報正誤という形で必ず修正されるが、それがいつ、どの程度の修正がされるかは、その性質上事前にわかるはずがない。もっとも、誤字脱字のたぐいの軽微なものがほとんどではあるが、ごく稀にではあるものの、大事な法令用語が間違っていて、その官報正誤が有効かどうかが争われることも、ないわけではない。したがって、いったん官報に掲載された法令でも、それに引き続いて官報正誤がないかどうかを常時意識しておく必要があるのである。

5. 下位法令等・・・政令・省令・告示・通達
  法律は、それが成立しても、通常はそれだけでは動かず、下位法令たる政令や省令、それに告示と通達がそろってはじめて、運用できるというものが少なくない。たとえば税法では、通達の持つ重要さは、強調してもし過ぎることはない。というわけで、これらをテキスト形式で入手する必要があるが、政令、省令それに告示は官報に掲載されるものの、通達はそうでもない。これは、その担当省庁ないしは業界団体に直接行って、手に入れるほかないのである。これも、結構たいへんな作業であろう。

6. 溶け込ます作業・・・改正法の場合
  以上のように、法令などをテキスト形式で入手してから、また作業がある。新規制定の法律ならその必要はないが、改正法の場合は、本文の「改め文」を、現行法に一々溶け込ませていくわけである。これが最も面倒かつ費用と時間のかかる作業となる。法令集を出している出版社では、それ専門の職人さんを何人か抱えており、その皆さんが、官報をコピーして、該当箇所に一つ一つ貼り付けていき、それを印刷するという作業をやっている。字は細かいし、読み合わせにも相当の手間がかかる。新旧対照表を使えば簡単に済むという面もないわけではないが、これは単なる参考資料であって、改正文が正式な改正内容である。いずれにせよ、それらがテキスト化されれば、そういう作業も若干は楽にはなるものの、それでもまだまだ手間である。最近、改め文を溶け込ませるソフトウェアができたようであるが、図表のところなどはどうするのかなど、果たして実用に耐えられるかどうか、やや疑わしい面もないわけではない。

  しかも、そういう手間を掛けて行う溶け込ませる作業は、その条文ごとに、その施行期日を確認しながらやっていく必要がある。前述のように、同じ法律でも施行期日が異なることはざらにあり、しかも別々の法律で同じ法律を個別に改正にいくこともしばしばあり、ひどいケースになると、ある条文を二つ以上の改正法が同じ日の施行で改正しているというものもある。もちろんこういう場合には、法律番号が若い方が先に溶け込むというルールで処理することになっているが、そういうこの世界の常識に触れる機会のない方には、さっぱりわからないかもしれない。いずれにせよ、こうした地道な作業が基本なのである。

7. インターネットでの提供
  さて、1.から6.までのもろもろの作業の末に入手した一連の資料を、インターネットで提供するという段階となる。ウェブの画面としては、見やすく、一覧性があり、かつ検索しやすいということで、専門家に作ってもらうしかない。それは当然として、これを公益事業としてするか、それとも収益事業とするかというポリシーを選択しなければならない。無論こうした点は、収集する資料の範囲、実施する作業の程度に大いに影響する。前者の例としては、法律だけに留めるか、政省令や告示・通達まで入れるかということになるし、後者の例としては、溶け込ませる作業はとてつもなく大変なので、最初は改正文とその新旧対照表程度にしておくるかなどという点を費用や予算と相談しながら進めていき、そのうちこれらを網羅する完璧なものとするという漸進的な考えで、気長に取り組むということになるであろう。それから、これを収益事業として行うのなら、会員制でするのか、それとも個別にばら売りするのか、前者なら会費を振り込んでいただいたりクレジット・カードでの引き落としをさせていただいた方に会員番号とパスワードをお教えして利用していただくことになるだろうが、後者なら、ばら売りするときの料金の徴収方法が問題である。最近はコンビニでも電子マネーを買えるようになったが、そういうものを利用するのも一案だろう。

 それやこれやで、果たして、この構想は、民間ベースでうまくいくのか心配になる。ウェブだから、掲示板でも作って関係者どうしの情報交換の場を設けたり、相談に応じたり、検索を非常に使いやすいものにするなどして、単なる法令提供にとどまらずに、これに色々な付加価値を付けることを考え、顧客対応に力を注ぐべきであろう。その場合、網羅的、正確性、最新性、利便性などがキャッチ・フレーズとなるだろう。誰か本当に作ってくれないか。



(平成15年6月 5日著)
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