私が社会に出て、立法の仕事に携わるようになった頃のことである。法律というのは、いわゆる法律事項、つまり権利義務に係わる事項が必要とされるため、それが見当たらないことから、なかなか思い通りの法律案を作らせてくれないという状況がよくあった。法律案ができなければ、仕事にならない。そこで、こんな困った状況を称して、「法律というのは、男を女にすること以外は何でも出来るんだ」と大言壮語し、その言葉通りに、その当時の常識ではやや無茶な法律案を作ってしまった若杉さんという先輩がいた。私には、この言葉が非常に魅力的で、その大胆な発想をしたこの先輩をひそかに敬愛していたものである。 しかしながら、その豪放磊落な若杉先輩ですら、いかに法律でも、さすがに「男を女にすること」は無理だと思っていたし、事実、私も「そうだろうな」と長い間、何の疑いもなく信じていた。ところが最近、その信念を揺らがせるような法律が出現した。これには、私もびっくり仰天し、価値観の大変動に驚くばかりである。 それは、「性同一性障害者の性別の取扱いに関する法律案」という参議院の議員立法である。平成15年7月中に通常国会の通過が確実視されている。その内容は、性同一性障害者、つまり生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的には別の性別であるとの確信を持ち、当該別の性別に適合させようとする意思を有する者について、その戸籍上の性を、男は女に、女は男にすることを認めようとするものである。もちろん、二人以上の医師の診断を経て、家庭裁判所に審判を請求し、それが認められる必要がある。 これについて、@小学生の女の子が男の子になったりするのかとか、Aある日突然、お父ちゃんが二人(又はお母ちゃんが二人)になってしまうのか、Bひょっとして戸籍上の男が赤ちゃんを産むのか、C外見は男だけれども戸籍は女という場合があったら混乱するな、などといろいろと心配になるが、法案をみると、さすがにそれらは考慮されているようだ。対象者は、次のいずれの要件をも満たす必要があるという。 @ 二十歳以上であること A 現に婚姻していないこと B 現に子がいないこと C 生殖腺がないこと等 D その身体について他の性別の性器に近似する外観を備えていること ということであるから、まあとりあえずは心配するまでもないと思うが、それにしても何か他に問題が生じないものなのだろうか。説明によると、我が国で最初の性同一性障害に係る手術がされたのは、平成10年10月であり、それ以来、約4年あまりでのべ約1,000例が施術されたという。法廷でも戸籍訂正許可申立審判が却下され、それを争った事案もある(東京高裁決定平成12年2月9日、判例時報1718号62頁)。各国の例では男性3万人に1人、女性10万人に1人ということで、我が国には推定2,200人〜7,000人の対象者がいるらしい。これらの方が、生物学的な性別と心理的な性別との不一致による苦痛や社会的機能障害に日夜悩んでいるとのことである。 それにしても、事実は小説よりも奇なりのごとく、法律も最先端の事実を追いかける時代になり、聖域もなくなってしまったようだ。 (平成15年7月 5日著) (お願い 著作権法の観点から無断での転載や引用はご遠慮ください。) |
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